百五十二段 奥大山(おくだいせん)と隠岐諸島の旅
残暑の中 奥大山の星空観察と「木谷沢渓流(きたにざわ)」散策と山を下り
海を渡り隠岐諸島観光の旅に出た
1日目
異常気象で気温も高く 各地で線状降水帯が発生 大阪も雨だった
米子行のバスは「なんばOCAT」から出る


流石のなんば地下街も早朝はガラガラ


日本交通の高速バスはトイレ付・3列シートを選ぶ ただ3列でも2列と1列で通路は1つ
従って右1列だけだ独立した形 数は3分の一しかないので1か月前の一番に予約を入れる
6日後の帰りも同じ様に予約日の1番に確保した 帰りは日曜日なので 満席だったので正解

バスは時間通りに米子駅に着きJR伯備線の新津行き普通列車に乗る



漫画みたいな駅

KANTAはこれに乗る
本来なら左手に大山が見えているのだが雲に隠れて全く見えない
これでは星空観賞どころではないわいな 母呑気だね


今夜から2泊する「国民休暇村奥大山」の迎えの車と「根雨駅」
岡山からの他の客はすでに着いていた KANTAが合流して直ぐに宿に向かう

蕎麦の花も満開
約40分近く掛かる 標高920mまで登る 流石にすこしひんやり
下界は普通の曇り空だが ここは時折霧がかかる
13時前に宿に着きチェックイン 送迎は特急「やくも」の到着時間に合わせている様だ
部屋に荷物を置き 周辺の散歩






部屋からの景色 多分 前の芝生が「星空鑑賞会」の場所なんだろうが・・・
国民休暇村の星空観賞参加は過去に 広島の「帝釈峡」は曇りでNO 那須高原では濃霧でNO
そんなことがあるので今回2泊にしているが明日は本格的な雨らしい 月に一度の新月と晴天の一致は難しい
もう一つ今回ここに決めたのはこの時期 毎週水曜日の10時にここから車で30分ほどにある
「木谷沢渓流散策」が現地ガイドの案内で開催される 宿に申し込めばその場までの送迎をしてくれる
ガイド・送迎・お弁当付きで2200円
宿の横は薄ヶ原



風呂は13時から入れる 温泉ではないが大山の地下250mからの湧水は超軟水とか
そういえば近くに「奥大山」というサントリの水の製造工場が有った

いい湯だった
フロントで「ご自分で布団を敷いていただいたら100円引きの券を差し上げます」というので
頂いて 缶ビールとお菓子を買った 明日に備えて?夕食まで3時間近く 飲んで寝てしまった
さて今夜のお料理は



コーヒーがいつでも飲み放題とは有難い
朝食は8時 ゆっくり寝よう
2日目


朝食をしっかり摂って
渓流散策は宿から6名だった
渓流の入り口には観光バスが2台と個人の車などの人や男女のガイドが5~6人いる

我々のガイドさん
お花や木々に詳しく いろんな写真等使って説明








来るときは隠れていた大山が帰る時に少しだけ顔を出した まだ冠雪はない
雨も降りそうなので弁当はホテルで食べた

腹ごしらえも出来たのでホテルの前の擬宝珠山(ぎぼしやま1110m)に登る
ここは920mなので1時間ほどで登れるらしい






登り始めは道も奇麗に整備されていたが段々と背丈ほどの藪になり先が見えない
草場から山に入る道も藪
これは1人で来る道ではないなと思った 熊の情報は有りませんとフロントでは言うが・・・
登山中止 ホテルの周辺を大きく回って2時間ほど散歩した
風呂に入って夕食まで一休み なんとものんびりした一時 これぞ 休暇村だ
夕食






日々のお粥三昧からすれば極楽極楽
あとは寝るだけ
窓の外は霧で真っ白
夜から朝方にかけて雨音が大きかった
3日目
朝も霧で窓の外は真っ白

朝の送迎は10時 のんびりできる


下界に降りてくると いつもの知った普通の曇り日 山との違いを感じる


駅舎の入り口に看板が NETによると
ここから3km程に日野町金持にある金持神社(かもちじんじゃ)『「金持」という景気のよい地名は、タタラか鍛冶に
係わるカヌチ・カナジの語から出た地名だろうといわれる。』
伯備線の鉄橋から見れる日野川には多くのオシドリが群れる 観察小屋もあるそうだ

金持神社 NETより
米子駅まで戻る
米子駅の1番線ホームは前半分が0番線で後ろ半分が1番線である
車両は1~2両なので1つのホームを2つに使っている
境港行は0番線である


特急やくも

境線はJRには珍しく距離の割には駅数が多く速度も遅い
途中に「鬼太郎空港駅」が有るのに 搭乗者はいらいらするだろうな
本数は少ないから単線でも退避時間はほとんどないのは良い
以前 境港の鬼太郎観光に来た時 駅の前が隠岐フェリーの乗り場だった事を知り
いつか隠岐に行きたいと思っていた


境港は鬼太郎一色(
KANTA温泉51)
熊本はくまもん一色(
KANTA温泉熊本)
高知はアンパンマン一色(
つれづれ119段)
この国は漫画王国

隠岐汽船ターミナルと境港駅
列車駅とフェリーターミナルがこんなに近いのは有難い
隠岐観光協会が期間限定で隠岐での宿泊とイベントに参加すれば帰りの2等船賃3510円が無料になるキャンペーン開催中
往きのチケットを買ってスマホでQRコードに登録すればOK ところがいくらしてもQRコードが入らない
係の人が試すも駄目 結局 乗船証明になるスタンプカードを貰った

2等席は当然ごろ寝

隠岐には隠岐島という名前の島は無い
隠岐は噴火で出来た4つの島と180程の小さな島で隠岐諸島という
4島には大きく島前(douzen)と島後(dougo)という呼び方と
島前には➀西ノ島(別府港)②中之島(菱浦港)③知夫里島(来居港)
そして一番大きい島後には名前は無いが港は西郷(現地ガイドの話~それでも島民は別に不自由はないと言う)
これを理解していると船に乗る時 非情にわかり易くなる
船は本土からは➀境港(鳥取県)②七類(島根県)からフェリーと高速ジェット船が出ているが
季節によって本数が増減する しかも頻繁に変わるので運行期間には要注意である
現に西ノ島から島後に渡る時 隣にいた20歳代の女性2人組が七類に帰る予定の船は運行期間外だった
それで周りの宿に電話をするもどこも満室 なんとか島後に1軒空いてたようで島後迄渡るチケット買っていた
島に渡る方法はもう2つ有る
➀関空からと出雲空港から隠岐島後空港行き
②泳ぐ 約80km
又島と島を結ぶ連絡船もあるがここでは省く

島後は火山が盛り上がった様に見える 島前は噴火して鹿児島湾の様に
カルデラ湖だった様に見える
全島ジオパークになっている 至る処に柱状摂理が見られる
現在日本におけるユネスコジオパークは10ヵ所
➀
洞爺湖有珠山②
糸魚川③島原半島④山陰海岸⑤室戸
⑥
隠岐⑦阿蘇⑧アポイ岳⑨伊豆半島⑩白山手取川
上の⑧と⑩は行ったことがない

境港を出て美保関の半島沿いに灯台の岬を経て日本海に出る

以前 美保神社から美保関灯台に来た時に泊まった宿(
明神館)が中央の白い建物
ここの岩ガキなど海鮮料理には驚いた

日本海側から見た美保関灯台

途中 知夫里島の来居港に寄る

そして今夜の宿泊地 西ノ島(別府港)に着く この時期 日の落ちるのも釣瓶落とし
17時10分はもうだいぶ暗い
宿(みつけ島荘)はターミナルから徒歩5~6分
湾内の真ん中に「見附島」がある そうか宿名はこの島からなんだ


島の前に有る「みつけ島荘」


てきぱきとした女将さんとご挨拶

女性の細やかな配慮が伺われる
以前 岩井温泉の「岩井屋」の女性目線の素晴らし設えに感動したことがある

2階の部屋の窓からの景色 見附島と海と電線
何となく天気が良くなりそう 明日は島の反対側の国賀までバスで行く
取り敢えず4人位が入れるお風呂に行く
6時過ぎに夕食の連絡が有った
食堂は大勢の客で満席(10数名)
ノンアルコールビールを注文した


口いっぱいに広がる岩ガキ マグロの釜 堪らんでしょう ‼ ノンアルコールもジョッキで飲むとその気分になる



日本に生まれたことを感謝 感謝
今日のおまけ
夜中3時頃目が覚めた カーテンを開けて夜空を見上げると満天の星らしき様子


屋根と電線に挟まれているが 肉眼では結構多くの数が見れた
カメラ技術が付いてこないので 残念
4日目

朝食も豪華 夜食並みの内容
本当にあんな宿泊料でいいのかな 美味しゅうございました
港前のバス停10時20分のバスで国賀まで行く
今日は好天の下 少し歩く 自販機でお茶を買おうと思ったら小銭入れが無い
港の観光センターに18時まで1つ300円で大きなバックパックを預けている
そこに入れたのかな それともどこかで落としたのかな(今迄でも2回落としている)
センターに行って確かめようにもバスの時間が迫っている
もんもんとバス停で待っていると黒い車から降りてきた「みつけ島荘」の女将さんが
従業員がお部屋の掃除をしていたら小銭入れを見つけました あなたのものでしょう
と届けて頂いた よく落とすから見えやすいようにビニール袋に入れていたので 女将さんに笑われた
大銭では無いが 気分的にはスッキリしたし 旅の良い思い出になった
先の奥大山の宿の人達も皆親切で優しいかった この地域の人達は本当に優しく親切である
休暇村でも奥大山の人達は他の休暇村より優しい
ついでに言うと 明日から2連泊の「隠岐ビューポートホテル」のフロントや食堂の叔父さん達も優しい
「ローソク島」から帰ると食堂の叔父さんはわざわざ厨房から出てきて今日は見えましたか
と聞きに来る ばっちり見えましたよと言うと 良かった良かった 昨日は曇りで駄目だったんです
なんでもない会話に温かみがある その点 新潟・福島以北は接客に慣れていない所為か 驚くことが多い
最初は戸惑うが 何度か行くとこの人達はこれが普通の接し方なんだと判れば気にならなくなる
国賀まで行くバスはこの時期 1日1本 往は10時20分 復は14時41分のみ
10月の半ばからそれも無くなる
観光客の殆どは遊覧バスか自家用・レンタカーで周ると思う
バスは一律200円 約35分

帰りのバスの時間まで3時間40分
その間に展望台から摩天涯まで往復したいと思っているが距離は4~5kmくらいだが
結構アップダウンがきつい様だ 行けるだけ行ってみよう





通天橋の展望台から
通天橋の上まで行けば摩天涯が見えそう

神社から大夫上がって来た ここにもローソク島がある 夕日は当るのかな

牛が歩道を遮る あんな角の前なんか歩けないな
暫くその食べっぷりを見ている

やっと動いてくれた
通天橋の上に来た

摩天涯が一望だ
一休みして上を目指す

すると今度は馬の群れに道を阻まれる

気持ちが良いほどぼりぼりと草を食む
暫く見ているともう崖の上まで行く気が失せて来た
この馬や牛を見ている方が面白い



お腹が一杯
じじいもここから引き返す
バス停で最終バスを待つのはじじい1人だった
一緒に乗って来た若い女性たちはどうしたんだろう
彼女たちは摩天涯まで行ってそのまま山を降りて4~5km先の港近くのバス停から乗りこんできた
やっぱり若いんだ 参った
KANTAは港駅に着いてそこから徒歩10分にある「黒木御所跡」に行った
島後西郷港までの船は17:20分発だから充分時間はある

黒木御所は「太平記」に拠ると後醍醐天皇の幽閉地となっている
KANTAは以前吉川英治の「私説太平記」を夢中になって読んだことが有る
私説だから自分の想いを史実になぞらえて書いているので面白い
太平記自体が作者も不明だしどこまで史実かは定かでない
同じ幽閉でも後鳥羽上皇はこの地で亡くなっている
今回は行けなかったが中の島に火葬場がある
御醍醐が面白いのは幽閉されたあとここから脱出して又政権の座に着いたということだろう
そのエネルギーと執着心とその周りの人々の人間模様が凄まじい所
どしてこんなところから脱出できたのかは推測の域を出ないが
吉川氏はどうやら佐々木道誉が黒幕と設定し 影に日向に道誉を登場させ
全体の筋たてをしてるように感じた
道誉は元の名前を尊氏だったが足利尊氏と接するに紛らわしいと名前を変える
当時から婆沙羅で一風変わった武士だったようで何となく織田信長の魁を感じる
近江の豪族で足利尊氏と後醍醐天皇の間を上手く交わしながら実は足利尊氏が
大好きなんだと感じさせる
彼の城跡と菩提寺と墓が有る近江に行ったことが有る
勝楽寺の近くには婆沙羅通りの石碑も(
ミニ旅勝樂寺)

道誉は地方の豪族や天皇の見張り役などにも手を回し
用意周到の上 決行したのだと推測される



御所跡は湾のすぐ傍の小高い丘の上に有った
海に向かって鳥居が有り小山を上がると黒木神社が有る
その脇をさらに上がると御所跡の碑があり板で囲ってある
何となく樟葉宮跡と似た感じ 樟葉宮は推定地だがここは本当だろう

両陛下も来ておられるんだ マメな人達だ

振り返ると この景色は恐らく天皇も毎日観られたに違いない
脱出の算段に忙しく感傷している暇は無かったかも

続いて道を一本挟んだ山の竹藪の一角にある「局屋敷跡」と「半官屋敷跡」に行く



何故天皇の流刑に隠岐が選ばれたのか 良く判らない ご存知の方はお知らせ願う
港近くの弁当屋で のり弁を買って西郷港に向かう 18時35分着である
今夜のホテルは「隠岐ビューポートホテル」 港の目の前で助かる
シャワーを浴びて弁当を食って寝る


ホテルの写真は公式サイトより
5日目

朝食だけは頼んでおいた
この島にはコンビニは無い ホテルの近くに最近ドラッグストアーが出来たというので
行ってみたが 食品は冷凍物やパン・乾燥ラーメン等ドライ物しかない
離島の流通は大変である
この島は大きい メインの「ローソク島ツアー」などを入れると1日では周れない
観光協会主催のイベント2つに参加した
ローソク島ツアーは夕日の時間によって出発時間が変わる
今日はホテル前集合が13時10分で西海岸の観光地を巡り16時位に船に乗り換える
ホテルに10時に出ても埒があかないので もう一つのイベントにも参加した10時にホテル前集合
「かっぱ遊覧船」である
西郷内湾と川筋を魚釣り船で遡り 町の散策である
10時発は前日の泊り客でないと乗れない(本土からの船がこの時間では着いていない為)
客はKANTA1人だった 貸し切り船だ


カッパの叔父さんの操舵とカッパのお姉さんのガイドで出航 宜候(ヨウソロ~)





港内でも結構揺れる 正面の少し右の灰色の建物が隠岐ビューポートホテル
左の白いのは隠岐プラザホテル
街中の八尾川を遡る

車のガソリンと船のC重油が同時に給油出来る全国に1ヵ所のガススタンドですとガイドさん


橋が低い 塩が満ちてくると時々屋根をこするらしい
そういえば松江城の堀巡りの時もこんなだった(もっと低かったかも)

これも柱状節理か

川と家の高低差が少ない 隠岐のベネチアや
裏玄関から船に乗れる
1時間足らずの船旅 爽やかな天候で楽しかった 両かっぱさんに拍手
丘に上がって少し甲羅干し




日中はやはり暑い
13時10分集合のバスツアーに少し時間があるのでホテルに戻り 冷房の効いた部屋で休ませてもらった
ホテルの下が集合場所なので良い所に予約したもんだ

バス観光のガイドは昭和23年生まれの叔父さん 元は3隻の船を持つ漁師兼木こり兼農業
今は息子さんは漁師にならず船はレジャーで魚釣り 田んぼは人に作らせる 山林も専門会社に依頼
現在は神社の総代 ガイドの資格を取ってガイドを楽しんでいます などのご挨拶
地の生神様の様な御仁
この年になると言いたい放題 特に竹島問題などは厳しい
そういえば知床半島から国後島を見下ろす時女性ガイドも涙を流さんばかりに訴えていた
この国が抱える3つの領土問題が尖閣と竹島と北方領土である
ともあれ 出発

ガイドの叔父さんは西郷港から
➀玉若酢命神社・八百杉・億岐家住宅②都万の舟小屋③壇鏡の滝④那久岬
迄である
その先の「ローソク島」乗船と観光はオプションで別料金である
理由は海や天候の状態で船が出ないことが多いので予約はしていても料金は当日払いになっている
観光バスは5000円(ローソク島に行かない人はバスで帰る)でローソク島は帰りはタクシーなので7000円
ホテルからは9名が参加したが内3名はローソク島の予約が満席で取れなかったと引き返す
そんなに混んでいるんだ
港から5~6分に➀がある萱吹きの立派な神社 出雲大社の小型版 そういえば境港からの美保神社も
素晴らしかった この地域は神話や神社関連は際立っている
ガイドの話では実は寺も多かったらしい しかし明治の廃仏毀釈で鹿児島と長崎に次いで3番目に寺を取り壊したそうだ
それでも現在68ヵ所の寺が有るという
やはり自然が厳しい所ほど神仏が必要なんだ キリストもイスラムも仏教も大都会からは生まれない
とは言えこの島は地震は無い台風は本土で弱まってしか来ない 時たま門司から日本海に来るのは強風になるくらい
とガイド 島には大型動物はいない 島の人口は1万3千程 茶色いオキノウサギは3万頭ほどいるらしい
一番怖い動物はカラスだとか




本殿
『隠岐の開拓にかかわった玉若酢命(たまわかすのみこと)を祀る神社です。
『延喜式』に載る玉若酢命神社は、五箇村の水若酢神社とともに島後では由緒ある神社です。
参道の神門をくぐると右側にある八百(やお)杉は樹齢約2000年と言われ、伝説では不死となった八百比丘尼が植えたとされます。根本の洞穴には大蛇が閉じ込められ、木の中から大蛇の大いびきが聞こえてくるとも伝えられています。
玉若酢命神社の本殿の造営は寛政5年(1793年)で、隠岐の総社です。隠岐造りといわれる建築形式で、屋根は茅葺き、千木(ちぎ)、堅魚木(かつおぎ)のうえに、雀踊(すずめおどり)と呼ぶ横木がおかれ、素朴ななかにも威厳のある建造物です。
毎年6月5日の御霊会風流(ごれえふりゅう)には独特な馬入れ神事があり、狭い参道を馬と人が一気に駆け上がる勇壮な祭りです。』
(しまね観光ナビより)

千木に雀やカラスが止まらないように雀踊があるとか めずらしいそうだ
千木の外削ぎは男神 内削ぎは女神という説もあるが疑わしいようだ

普段のKANTAの様(倒れそう) 2000年にはかなわん

海岸を走り

左中ほどが②都万船小屋
ガイドの船も3隻入れているとか 欲しい人は持って帰ってくれとのこと
昔の船は木造なので陸に上げないと腐りやすい為 船のガレージだ
③壇鏡の滝
上の背面の山を上がる


女滝と男滝
男滝は裏見の滝 すこし量が少ないが




良い滝だった
④那久岬
島の一番西側の岬
途中に「由井の池」があったそうだが木が鬱蒼としていて見えなかった
ガイド曰 今日が一番奇麗に見えるらしい 気温が高いと霧が発生し遠くの山は見えないという
きょうは岬から本土・大山が薄っすら見えていた





岬から15分ほどに「ローソク島遊覧」の港が有る
西郷港からほど反対側に位置する
タクシーでも3~40分はかかるだろう
港には既に多くの観光バスや普通車が止まっていた 港は客と係員で大混乱
これではよほど早くに予約しないと乗れないだろう

船は全部で4隻 一番大きい船は78人乗り(H交通社団体とKANTAのグループなど乗る)
満席である 横3席 が2列
船長の案内では右側・左側どちらでも見れるように操作はしますが日によっては
片方しか見れない場合も有ります その場合は窓側の方は順番に席をお代りください
なお他の船とは何分かで交代と順番が決められていますので 時間内に見れない場合も有ります
という
もう半分諦めた KANTAはど真ん中の席 まわりは団体の〇〇〇
港から現場まで波が荒い ドッスンドッスンと底を打つ
横揺れもある
あの知床の「KAZU2」が沈んだ半年前に同船に乗っていた 船長の顔も覚えている
対岸を見ながら救命具の位置を確認し この位ならたどり着くかも
知床の時より水温は高いから など要らぬ考えが絶えず起こる
気分が悪くなってきた 隣の席のご婦人も不安そうな顔 船内は沈黙
なんとか着いたようだ

なるほどこういう岩はシンボライズされてあちこちで神懸かり的存在となるんだ
古事記に出てくる淡路島の沼島「おのころ島」(推定地)の上立神岩(つれづれ125段)
や積丹半島の突端 神威岩(温泉25その2)などがあるが夕日のほどはわからない


船は崖とローソク島の間に入らないと夕日に向かえない
これからが又大変 船長と操縦士のやり取りがリアル
「もっと右 左 前 後」来れの繰り返し
なんせ限られた時間でローソクの芯に太陽の光を持ってこないと罵声を浴びる
客もカメラの真ん中に写るように必死 船内は阿鼻叫喚


もっと右 後

もっと左(船長の声)

まあこのへんで ご勘弁願います(船長の心の声)
お後が宜しいようで

因みに以下は乗船時に船会社からもらった写真

写せなかった時は使わせていただきます


船は全速力で港に向かう
来る時と全く異なった爽快感で満ちていた
港には乗合タクシーが待っていた 6人がホテル下まで帰って来た
そのままホテルに入り あまり食欲が無いので
ホテルの自販機で即席ラーメンと缶ビールを買って
シャワーして寝た
今回の観光はここまで
明日は西郷港8時30分のフェリーで本土・境港までもどる
6日目

朝食を食べ フェリーに向かう
帰りの船賃はスタンプ帳を渡せば乗船チケットがもらえた
これから中の島(菱裏)西の島(別府)知夫里島(来居)に寄り 境港には13時20分着
列車 高速バスと乗り継ぎ 大阪まで約12時間近くかかった

因みに今回旅行会社のツアーと比較してみた
勿論KANTAのツアーのような奥大山等付いていないので
隠岐だけの比較である
H社は(1名の参加企画はない)~伊丹往復飛行機で2泊3日 KANTAと殆ど同じところに行っている
それと中の島の後鳥羽上皇の火葬場は入っているが 壇鏡の滝は無い
1人16万円だった
C社は(一人参加OK)ほぼ同じで30万円だった(宿のクラスが違うかもしれない)
離島はどこも高い
KANTAツアーは奥大山込みで約10万円だった
只あの乗車、乗船時間を考えたらH社も捨て難い
楽しい旅でした
了
