百段 東欧6ヵ国の旅その1
数か月前に旅行の申し込みをしていたが その間世界の情勢は変わる
特にヨーロッパは激しい
出発直前に「パリのテロ」が起こった
躊躇する
しかし フィンランド航空でヘルシンキ経由ブタペストとあったので
ぎりぎりセーフかなと参加を確定する
参加者は9名 78歳男性2名 72歳男性1名 65歳男性2名 20歳代女性1名 kanta1名
いづれも一人旅 あと60歳代の夫婦1組
結論から言うと 非常にアットホームで楽しい旅行だった
行先コースはヘルシンキからハンガリーの首都
ブタペスト スロバキアの首都
プラチスラバ
オーストリアの首都
ウイーン ポーランド第2の都市
クラクフ チェコの首都
プラハ ドイツの首都
ベルリン
と旧共産圏の国々を駆け足で巡る
2015年11月24日~12月3日
1日目

関空のカウンターは混んでいた フィンランド航空を使用する人がこんなに多いとは



ヘルシンキまで10時間30分 時差は7時間
2時間待ちの乗り換えでハンガリーのブタペストまで2時間20分
入国の後少しコーヒータイムもある
ここからユーロが使える
しかし同じユーロ加盟国でも ユーロが使える国と使えない国がある
今回ではチェコとポーランドとハンガリーは使えない
使えないといっても全くではなく 観光客が行くようなところは ほとんど使える
少しローカルになると使えないか つかえてもお釣りが現地の通貨で返ってくる
又公共機関などは現地通貨でないとダメ ということが多い
関空で少しづつ両替してくださいと言っていたが面倒なので
ユーロとカードだけでやってみる
機上からはヘルシンキの町は真っ白だったが
空港内は人で混雑の熱気
フィンランドからハンガリーて国際的な感じだが 以後入国審査もなにもない
全く国内のローカル線の感じ
現地時間18時30分にブタペストに着き迎えのバスでホテルに直行
(夕食は機内食で済ます 安価旅行の定番)
ハンガリーは日本の岐阜県より少し小さい面積に約1000万の人口
人種的にはマジャル人が95% ヨーロッパ系というよりアジア・スラブ系という
なんとなく親近感がある




(早朝のホテル窓から)
来た時はよくわからなかったが このホテル立地は抜群だが
寒さと振動で目が覚める
どうやらエアコンが効いていない いろいろやるもダメ
2連泊なので次の日は部屋を変えてもらった
振動は窓下が線路で路面電車の終点地
電車の振動だ(電車の上の飾り窓が部屋)
そして朝 周辺散歩にでると 目の前がブダペスト東駅


実は数週間ほど前はこの駅構内 シリアからの難民でごったがえしていたという
列車でハンガリーに来たもののそこから先の受入国がなかったのだ
構内も地下も人で埋もれていたという

とにかく冷たい 大体0℃前後(昼間はプラス2℃から4℃ 夜はマイナス)
これから先はまだ寒くなるのだろう
2日目
朝食後ブダベスト市内の観光である


路上に観光用に東ドイツ製「トラバント」がおいてある ボディーは段ボールである オペラ座

くさり橋とドナウ川から王宮に上がる140年前にできたケーブルカー


王宮と衛兵交代(ラッキー!!)
ガイドは日本語ぺらべらのダンディーなハンガリー人
(写真をクリックすると日本語のガイドが聞けます少し長いです)



「漁夫の砦」からみた ブタペストの町
ドナウ川を挟んで手前がブタ地区 向こうがペスト地区 中央がくさり橋



マーチャーシュー教会


ショッピングタイム

昼食はワイナリー経営のレストラン
人数が少ないとゆったりしていいですな
いつも「最後の晩餐」のよう




「ハンガリーのスープ グヤーシュ」
「貴腐ワイン」は1~6級まであって 6級となると1万円前後
試飲したがとても甘くて美味しかった
写真は2.5ユーロの赤ワイン
昼食後 ブタペストから1時間半くらい郊外のドナウベント地方の散策




木彫作業を見ているとおじさんが「ビューティフル?」と訊くので親指を立てるとにこっと笑う


1時間ほど自由行動
川筋をそぞろ歩き
静かだ この川は近くのドナウ川にそそいでいる
美しき青きドナウ
東欧はこの時期日の入りが16時過ぎ
午後三時半ころから夕陽が濃くなる
みんな白いはずだ
ブタペスト市内にもどり夕食である









地下鉄はごく浅いところにある



「パプリカチキン」とビール
夜のブタぺストも綺麗だ
ホテルにいったん戻り 夜8時予約の「ドナウ川ナイトクルージング」に行
く
この時期乗客も少ない 9名の貸し切りだった
外気はマイナス だろう
国会議事堂
くさり橋

1時間ほどのクルージングだが
町全部がデズニーランドの様
ワンドリンクサービスの赤ワインを飲みながら感動に浸る
ホテルに帰ると 暖房の効く部屋に変わったが どうも鼻水が止まらない
なんとなく熱っぽい
こりゃいかん 風呂無しで早く寝る
3日目
鼻ずるずる状態でホテル8時出発
隣国スロバキアの首都プラチスラバまでバス移動194kmとある
ハンガリーとスロバキアの国境
今は全くのフリーパス
スロバキアはかつてチェコスロバキア共和国であったが
1993年チェコと分離独立
工業のチェコにくらべ農業中心のスロバキアは町全体がとても地味な感じ
九州ほどの土地に550万の人口


ブラチスラバ城


城から見たドナウとプラチスラバの街
旧市街の散策と昼食










日本大使館とオペラ座
スケート場

モーツアルトが演奏していたという標識




とにかくビールは安くて旨い
昼食後65kmバスで走って隣国オーストリアの首都ウイーンに入る
オーストリアは面積は北海道と同じくらいに850万の人口
かつてはヨーロッパに君臨したハプスブルグ家の本拠地である
ウイーンの郊外5kmにあるハプスブルグ家の別荘であった「会議は踊る」で知られた
世界遺産シェーンブルーン宮殿に寄る
内部は全面撮影禁止のため 絵葉書を掲載
「会議は踊る」の会場
右下の写真の真ん中にある白い物は暖炉
後ろにダクトがあって壁の中をつたって外に排気している
好きなようにしなはれ
ウイーンに着くともう真っ暗


シュフテン寺院
オペラ座



ウイーン市庁舎

レストランはどこも洒落ている


鶏肉のシュ二ツェル料理とか
ホテルの売店
この国はよく「オーストラリア」と間違えるらしい
「ここにはカンガルーはいません」だって

今回ホテルは8泊だが安価の割には清潔感がありとても良い
心配した熱もたいしたことなく
なんとかシャワーが出来そう
4日目
今日は午前中自由タイム
本来はオプションタイムだが人数が足りなくて中止
それで各々が自由行動になった
さてどうしたものか
ホテルはウイーン郊外40分の処
ホテルから全員オペラ座前まで送ってもらいそこで解散して3時間フリー
結局オプションのコースに行くことにした
まずオペラ座から歩いて15分に「美術史博物館」に向かう 途中「ゲーテ像」「モーツアルト像」で撮影
博物館で展示物の鑑賞とコーヒーを飲む出来れば昼食も摂る 博物館前はハクスブルグ家の王宮 一回りして
オペラ座に戻る

オペラ座前


ゲーテ銅像 モーツアルト像
「美術史博物館」10時開場のため並んで待つ
ハプスブルグ家の宝物館 日本で言えば正倉院のような所かな
この建物自体が素晴らしい
この向かいにも全く同じ建物が「自然史博物館」として並んでいる
入場料は大人14ユーロ(65歳以上は11ユーロ)
パスポートを示すが見もしないで11ユーロの切符をくれた
そうなんだ ここの目玉はこのブルュ-ゲルの「バベルの塔」
館内は総大理石で素晴らしい
2階に上がると喫茶室になっている
美術鑑賞後ここで喫茶予定
ラファエロ「草原の聖母」
ブルューゲル「バベルの塔」
フェルメール「絵画芸術」
以上3点のどれをとっても日本で見ようと思うと長蛇の列になるだろう
全くの独り占め状態だった
ブルューゲル「雪中の狩人」





約1時間ほど歩いた
コーヒータイム
日本で言う「ウインナーコーヒー」の発祥地
コーヒーとホイップクリームが半々になっている奴

そもそもウイーンという言い方は日本だけらしい
ドイツ語で
Wien(ヴィーン) オーストリアで
Wean(ヴェアン)フランス語
Vienne(ヴィエンヌ)
英語で
Vienna(ヴィエナ)と表されるので 頭がVで始まるのが多い
これだけ見て「ウイーン」とは思えない
ベリーケーキとコーヒーで900円ほどだった
コーヒーは「メランジェ」とか「「アインシュペナー」と注文すると
上載のものが出てくる(kantaは写真を示して注文した)
おそらく世界一豪華な喫茶店だと思う
なんて贅沢な時間と空間なんだろう
少しぱらつきそうな空模様
向かいに広がる王宮を回る
王宮内も各種展示室になっているらしいが 今回は無理



広場に出ると12時の鐘が鳴る(上記の写真をクリックしてください)

集合時間まであと30分
オペラ座の前の地下に入ると「OPERA TOIRE」がある
0.8ユーロだが ずーとオペラ曲が流れている
ちょっと有名
トイレもして バスに乗りポーランドのクラクフまで 465km
途中トイレ休憩を2回入れ7時間の長バス旅
晩食はホテルとなっている

バスが停止したので覗くとお葬式
オーストリアとポーランドの国境
フリーパスである
どこまでも平原が続く
山が無い







適当に食って飲んで寝るぞ~