百段 東欧6ヶ国の旅その2

5日目

朝8時30分ホテルを出発
午前中 世界遺産クラクフ歴史地区観光
昼から今回の最大目的地 アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所に行く

ポーランドは日本の8割ほどの面積に3900万人の人口
現在首都はワルシャワであるがクラクフはその前の首都で ポーランドの京都といわれている
城壁が残る落ち着いた街である
クラクフ周辺は180万人が居住する





ポーランドは歴史的にも幾多の戦火に塗れているのに
なぜこんなに建物が保存されているのかガイドにきくと
やはり爆撃する方も こういう地区は避けるんだとか
京都が爆撃から逃れたように






「聖マリア教会」
 丁度ミサに出会った (真ん中の写真をクリックしてみてください
又 左端の教会の写真をクリックしてください
朝九時の鐘と続いてトランペットが鳴り響きます
これは 蒙古軍がこの地域に攻め入った時に知らせるラッパだったのですが
吹いてる途中に射殺され ラッパが途中で終わってしまいました
それで現在もそうなっていると言れています)






世界的に人気のあるポーラン出身のヨハネ・パウロ2世が通っていた大学
コペルニクスも通っていたという



学校の前が「ホテル コペルニクス」



ブァベェル城と大聖堂 かつてはポーランド王が住んでいた







ここにもヨハネ・パウロ2世の銅像


そして今回のお楽しみ レオナルド・ダ・ブィンチの「白貂を抱く貴婦人」の鑑賞である

ダ・ブインチが一人の女性を描いた作品は4枚 この絵はそのうちの1枚である
本来クラクフのチャルトリスキ美術館所蔵であるが その建物修復の期間
この城の一室で公開されている

小さな部屋に監視人が2人居て この絵だけが飾られている
撮影禁止なので絵葉書を買う



館から出てくると 鑑賞チケットを求めて行列が出来ていた
早く来て良かったね

ダ・ビンチの絵はルーブルの「モナリザ」とミラノの教会の「最後の晩餐」とこの絵で3枚みたことになる



ここから64km1時間半ほどバスに乗る
クラクフ郊外のオシフィエンチムに来る

ここで昼食を摂る
この地からアウシュビッツまで10分ほど
入場には予約が要り 我々は午後1時の予約らしい








入口は人が並んでいる
入るには空港並みのチェックが要る
和人以外は若い人が多いのに驚いた
土日より平日は入場制限がかかるほど多いという
学校からの団体が多いようだ
丁度広島の原爆記念館の修学旅行生のようなものだろうか



"ARBEIT MACHT FREI"「働けば自由になれる」
のゲート
しかしその先は・・・・

ゲートに今日の案内人中谷剛さんが出迎えてくれた
この人アウシュビッツ博物館の研究員で 数々の本を出されている



専門家の立場で淡々と語られる
当時ユダヤ人を受け入れる国はなかった
この状況はシリア人を受け入れにくい現状と比較される
あなた方日本人はどうしますかと問われる





400Vの電流の2重のバリケード




収容場は本来政治犯や捕虜を収容していた
建物もドイツらしく端正に造っている
しかし実態は人体実験室や地下には拷問部屋や銃殺壁がある
今は展示室になっている




そしてユダヤ人のホロコーストが始まると
ヨーロッパ中から集められる何百万の人々を収容できないので
14歳以下 障害者 女 衰弱者は収容場に入ることなく
隣接のガス室に入れられ 焼却され粉砕され周辺に散布された
そのためここで殺戮された人の正確な数は不明だが 110万人と言われている



「銃殺の壁」
主に政治犯数千人がここで銃殺された



人体実験棟


絞首刑場


ガス室入口

この入口の前の広場で全員裸になり「シャワー室」として送り込まれる




2百人くらいが入れる部屋の上部に穴がある
ここから農薬の缶を放り込む
15~20分後




隣室の焼却炉で焼却




燃え残りの骨は粉砕機で粉に



しかし それもおっつかなくなると 死体の野焼きもされた

これらの作業は全て生かされたユダヤ人にさせ
ドイツ人はそのユダヤ人の監視役だった

生かされたユダヤ人も飢えと寒さと重労働で2~3週間でほとんど死んだという

以下は展示室の遺品







帰るときに判るように名前を書きなさいと言われ書いたカバン







そしてこれが殺戮に使用された 毒ガス
青酸化合物を含む「チクロンB」である



これ以外に 頭毛がうず高く積まれていたが遺体の一部ということで
遺族が撮影を拒否している

髪の毛は織物の材料として絨毯なのに織り込まれた

アウシュビッツからバスで10分足らずのところにビルケナウ強制収容場がある







「アンネ」が収容されていた棟
彼女は15歳だったので即ガス室行きはまぬがれた



トイレは1日2回 
この場所と決められていた



列車が入ってくると 降りた所に医者がおり
見た目で労働が出来るか出来ないかを見極め
即ガス室と収容所行を選別していた



当時のまま 列車が置いてある

ここまで3時間 0℃の中また水洟が止まらない



ここからブルノーという所で宿泊




収容所からの帰りなのか
粗食が粗食で無いように思える
鼻水がまたきつくなる
寝るぞ~

6日目


8時半ホテル出発
ブルノーから236kmチェコ国境に近い「チェスキー・クロムロフに行く




鼻水と雪の平野を走る














昼食など粗末なように見えるが
実はどのホテルも 朝のビッフェが充実していて 野菜やハムやヨーグルトなど種類も内容も
豊富なので 腹いっぱい食べて出てくる
お昼はビールのおつまみ程度で十分







おとぎの国のような町だった

ここから178kmチェコの首都プラハに向かう

兎に角この時期この地域 4時には日没なので毎日ホテルの到着は暗闇の中
プラハも夜だった
















それにしてもケーキは日本のが一番旨いと思う
しかしこの地のビールはまったく旨い!!
プラハの夜景と食事をしたのでホテルに向かう



水回りも暖房も良さそう

7日目

8時半にホテルを出発
午前中世界遺産プラハ歴史地区観光
昼食後
オプションで「世界遺産クトナー・ホラ半日観光・ビヤホールで黒ビール付き夕食」
に出かける
プラハ市内のコンサートに行く人もいた

チェコの面積は日本の20% 人口は約1000万









プラハ城






聖ビィート教会



現在は大統領府となっているが かつてはボヘミヤ家の居城で世界最大級の城
敷地内には宮殿や修道院 高さ100mの尖塔をもつ聖ビィート大聖堂









カレル橋はモルダウ川にかかるゴシック様式の石橋
全長520m幅10m カレル4世により1357年から60年かけて完成








旧市街地広場に多くの人が  旧市庁舎の時計台がもうすぐ仕掛けが動くらしい
前の人形がくるっと一回転するだけだった





レストランに展示しているチェコの民族衣装

昼食後バスで1時間ほどの郊外「世界遺産クトナー・ホラ観光」に行く

クトナー・ホラは銀の採掘で栄えた街
10世紀から銀が産出し中欧に広く流通したグロシュ銀貨がつくられた



坑夫の守護聖人を祭ったゴシック様式の聖バルパラ大聖堂







銀鉱入口










この男性像の一部を握ると幸福になるというもの 
一部がぴかぴかになっている



ホテルに帰る前に
チェコ市内の
ビヤホールによって夕食タイム



1499年からの老舗ビヤガーデン「U FLEKU」(ウ・フレク)
ここは自家醸造で黒ビールのみ




少し時間が早いのかこの部屋では最初の客
アコーデオンのおじさんがずーと演奏してくれる
チップを渡すと日本の曲も演奏していた





ビールが旨い!!
わいわいがやがや
この旅もあと一日の観光
みんなとても満足しているようだった



いよいよ明日が最終の観光地
帰国の荷造りをしないと


8日目

朝8時プラハを出てベルリンに向かう 341km




クラクフからベルリンに行く
(クリックでyou-tubeにいきます)

なんどかトイレ休憩があって1時過ぎにベルリンに着く



アウトバーン

乗用車は速度制限が無いが
トラック・バスは最高速度100kmとなっている




とりあえず昼食に
今日は中華料理
ベルリン市内の中華料理店 ドイツ人でいっぱいだった
いままで海外で食べた中華料理店で一番美味しかった

ドイツは日本の面積の95% 人口は8100万人
ホテルに入る前に観光
日没まで2時間余り
世界遺産博物館内 大聖堂 ベルリンの壁 ブランデンブルグ門 壁博物館に行






総延長150kmの壁はほとんど撤去されているが
一部残されている



壁博物館



元壁の所にはその表示がある









壁博物館の展示パネル



土産として売られているの「壁」の断片





ブランデンブルグ門





大聖堂にはもう入れなかった



この間「難民」の影も姿も無い
ドイツへの難民はベルリン郊外にある「ナチスのオリンピックベルリン大会」の時の現在廃屋となっている
競技場に集められており そこで難民審査などしているらしい
ドイツの難民対策は懺悔からくる人道上なのか それとも安価な労働力の確保なのかと
いった議論があるが何が本当なのかは これまた 歴史の神のみが知る


夕食はメルケル首相のアパート近くのレストラン
ここに彼女がよく来るらしい
おっと!メルケルさんが来た 一緒に写真を撮った



(嘘ですよ! これは店内にあるメルケルさんのパネル
でもこの店によく来るのは本当 店内には彼女や来店した閣僚や知名人の
写真が貼ってある
皆が大笑いしてレストランを出る


ホテルはなかなか素晴らしい







部屋の窓の下はホテルの食堂になっていた

9日目

朝9時にホテルを出る
ベルリンヘーゲル空港に行く
12時05分発ヘルシンキ行 1時間55分のフライト



乗り継ぎ時間2時間30分
ヘルシンキ空港の「寿司アンドNOODLE」も繁盛していた



さあヘルシンキから関空まで9時間30分のフライト

楽しい旅行だった