九十九段 西安・ウルムチ・敦煌の旅 その1
今から30数年前 石坂浩二ナレーション
NHK「シルクロード」が放映されていた
いつかこの地を訪ねてみたいと思っていた
旅行会社のパンフを比較すると おおむね西安を中心に
ウルムチ・敦煌で1週間から8日間である
その中に「夜の砂漠で星を鑑賞」「青龍寺も行きます」
というパンフがあった
これはもうぴったしカンカン
ところがH交通社の東京支店の募集 従って成田発である
前回の「四川省」と2週間しか開いていない
というのも
キューバ旅行の飛行時間からすれば 中国のそれは国内旅行の感覚
前回の「98段の旅」と同時に予約してしまったのだ
中国旅行があんなに大変ということが判っていたら恐らく今回の申し込みは
無かったであろう
通常 旅行の最終の行程表は旅行の1週間前しか来ない
今回も1日目のホテル到着時間は24時 端から夜中である
しかも飛行機は例の「中国東方航空」
しかも乗り継ぎは「上海」経由「西安」
いや~な予感
でも・・・今回は添乗員付きである(前回帰国後何度も確認)
旅の予約と同時に東京行きの夜行バスも予約していた
パンフではおおむね16時くらいの飛び出しとなっていたので
早朝7時に新宿に着くバスならいいだろうと思ったのだ
大阪駅前22時発新宿6時15分着
バスは隣席は空席だったのと足が結構伸ばせるので飛行機より楽だった
草津サービスエリアから寝てしまったのだろう
気が付けば清水サービスエリア 4時間は寝たと思う
新宿から山手線で日暮里まで行き京成成田線の特急で成田空港駅
の1つ手前第2ターミナル駅で降りる
9時に着いた
集合時間は14時55分(添乗員は14時20分に来ていますとのこと)
出発
予定16時55分
ちょっとスムースに来過ぎたかな
空港で朝食と洗面をしWI-FIで新聞を読み
大阪までの帰路をどうするか決めていなかったので
第3ターミナルまで歩く(約700m)
ここからLCCが出ている
ここからはジェットスターの関空行きが出ている
ピーチは第1ターミナルからなので1駅先である
時間通りに帰国できれば 一度ここに来て空きをみよう
その下見である
なんだかんだで添乗員がくる時間になった
若い美人の添乗員だった
書類を受け取って航空会社カウンターで手続きをして
出国口に向かおうとすると 添乗員が戻ってくれと言う
「我々の飛行機はまだ西安を飛び立っていません 代替機になるか 今日の出発
が延期になるか今の所不明なので16時にもう一度来てください
会社から1000円の食事券がでていますので この間に食べてください」と
言って食事券(アルコールNO)を渡された
そら来た~
「中国東方航空」の機内食はそれはそれは「豪華」なことは承知しているので
これは「本当に豪華な」しかも和食にしょうと思った
アルコールNOだが結局は総合計から1000円引けるのだ
結局20時30分発 代替機となった
家を出てから20時間になる まだ成田だ
さっき預けた荷物がそのまま並べてある
空港で人の動きを見ていると
圧倒的に中国人の団体が多い
次から次と カートに山盛りの荷物を積み上げて入ってくる
彼らは大声でよく喋る

中には日本の女学生の団体 高校生だろうか
話を聞いていると オーストラリアに修学旅行とか
(右端の女の子 おっさんの写真までピースしてくれる 楽しいね)

東京見物に来たのではない
やっと飛び出した
上海まで3時間10分(関空から2時間30分)
時差1時間で22時30分着
1時間後に上海を飛び立つというので 入国審査や移動でばたばた
23時30分上海発 西安2時着
今回は荷物も無事出てきた
現地ガイドは3時間前から空港に来ていたとか
今回の参加メンバーがやっと見えてきた
今回は全員で13名
仙台からの夫婦1組 都内からの夫婦3組 都内からの女性2名1組 栃木と埼玉と大阪からの男性各1名
ほとんど同じ世代である
(あとで65歳~71歳と判明)

少し霞む西安空港(遅れの原因は霞かな)
迎えのバスで1時間
ホテル 3時30分チェックイン

なかなかいいホテル
(今回宿泊のホテルは全て良かった)
お湯を張ってゆっくり
本来ビールのところ 旅行直前に知人から頂いた「越之 景虎」
(500mlペットボトルに詰めトランクに忍ばせた)
と コンビニで買った柿の種でご就寝
2015年7月15日~22日
1日目
観光1日目は本来朝8時30分ホテル発のところ
西安大雁塔観光を最終日に回して
出発は10時となった(こういうところは添乗員付ならでは)
明代城壁観光
絨毯店ショッピング(はいはい 早速です)
その後再び西安空港15時55分の飛行機で新疆ウイグル自治区の首府ウルムチ
ホテル20時半着予定


朝食はビィッフェしっかり摂らないと
朝のホテルの窓から
特大酒店を出て
現地ガイドのボクさん
バスは24名乗りのマイクロバス
あまり日本語が上手くない
家や車のローンで大変だとか 物価が高いとか
最近日本人客が少なく 中国人を日本に連れて行きます
日本は安全で綺麗で物が本物で安い
私も日本人として生まれたかった なんて擽りが入る
この西安は言わずと知れた「長安」
西周から秦・漢・隋・唐などの都として1000年
日本で言えば京都である
陝西省(せんせいしょう)の省都であり現在830万人の都市である
明代(14世紀後半)の洪武帝により造られた城壁は中国で唯一完全な形で残された
城壁で周囲13.7km高さ12m 上部の幅12~14m
東西の長方形である





ここは無料で入れるので 市民の運動場 憩いの場
マラソン大会も開催されるという
一見道路に見える城壁の上
屋根には最高に縁起のいい数字とされる8匹の龍の子供
因みに縁起の悪い数字は「4」と「7」
基本的に偶数が縁起が良いとされるが「4」だけは「死」の発音に繋がるらしいので嫌われる
上海では「13」がだめとか
中国で車を買う時にまずナンバープレートを買う
これがないと車は買えない
その買ったプレートナンバーは一生付いてくるナンバーである
車を買い替えるときも同じナンバーになる
従って縁起の悪い数字が並ぶのに当たった人は 例えば「47744」
になると放棄して他者から高額でナンバーを買うことになる
いい番号は車本体より高いという(以上ガイド説明)
因みに中国ではドイツ車・米車・韓国車・日本車・国産車の順で売れているという
そういえば あまり日本車は見かけない
国産車は60万円くらいから変えるそうだ
車検は6年

昼食後絨毯店にお付き合い



前回の四川と使う材料は余り変わらない様だが
味が全く違う 日本人に合う(事前に合わせてくれているのかも)
「草魚」は小骨が多くて食べづらい


良い物とは判るが終活者には・・・

こっちのほうだもんな~
おお!中国人もなかなかユーモアがあるじゃん
女性の鬚に思わず吹き出した

再び西安空港に戻り15時55分の飛行機でウルムチへ
いよいよシルクロードである
位置関係の地図を探すが なかなか良いのが見つからない
何点か掲示する
これで見ると西安は成田とウルムチの中間点にある
事実西安からウルムチまで3時間半のフライトである
旅行の行程としては
西安からウルムチまで行って 反転して東方向にトルファン・敦煌・西安と戻ることになる
烏魯木斉(チは斉の横棒無し)でウルムチと読む
何と飛行機は予定通り離陸し予定通り着いた
ウルムチは暑い
空港に着くやム~と来る
中国ではBAGGEGEのことを「行李」と表記している
なつかしい言葉だ
その上の文字はウイグルで使われている アラビア文字の変形型だそうだ


空港には現地ガイドの馬さんが迎えに来ていた
彼は日本語が上手
また知識も豊富である

(少し長いですが 彼の声とガイドを是非聞いてください)
写真をクリック


なかなかりっぱなものだ
新疆ウイグル自治区は面積は日本の約5倍 中国の6分の1
人口は4000万人と馬さんは言っていたがどうしてもこれは確認できない
ウィグル族が約半分というが中国政府が漢族をどんどん移住させる政策を執っていて
今は逆転しているようだ
少数民族といっても数千万人が言語も習慣も宗教も違えば
当然軋轢が生じる
特に近年この近辺に石炭に加え多くの石油の埋蔵が確認されてから
「死の地」から「希望の地」と名称を変えその支配を強化してきた
結果は報道の通りである(天安門広場のテロ(?)者も処刑された
来る3日前には市内で警察官3名が殺されたという)
中国は肥大する軍事費より 多くの地域で多発するテロや暴動の制圧にそれ以上の
費用を費やしているとか 今問題の景気悪化と相まってこの先不透明である
馬さんは自分のことを回族だと言っていた
このウルムチ(ウィグル語で美しい牧場の)
機上から見ると一面の砂漠に突然と緑と街が現れる
アルタイ山脈と天山山脈と崑崙山脈が鳥の足の様に西から東に三角広がり
その足の間が「タクラマカン砂漠」や「ゴビ砂漠」やオアシスや
石油や石炭が混在するのである

それにしても日が長い 夜の8時で太陽がこの位置
西に長い中国の全土を同一時間にするのには無理がある
結局星が見えるようになるのは夜10時過ぎてからである
この日はホテルに直行(夕食は機内食)


ホテルの窓からのウルムチの街


天山山脈の4000~5000m級の万年雪の山々
WI-FIがロビーでしか使えないのでロビーでしていると
馬さんが「ビールを買いに行きましたか」と話しかけてきた
「いあや 私の住む関西に大型台風が接近して今日明日にも上陸するんで情報を得ているんです
ビールはそれから買いに行きます」
「では一緒に行ってあげますよ」
「そうですね この辺ではビールて冷やして呑まないのですね
昼間のレストランでも冷えたのがなく皆さんほとんど注文しなかったです
だから冷えたビールを探しにいってもらえますか」
という
「そうですね 難しいかもね」
といって2人でホテルを出る
コンビニ店(便利店)はありますかといっても馬さんは首をかしげていた
何軒かの店の1軒で鬚を生やした見るからにウィグル人とわかるおじいさん
が店先で煙草を吸っている
馬さんが店に入って冷蔵庫を調べるが無い
でもコーラや水の下に缶ビール2本を発見
水やコーラ ビールどれでも5元
馬さんに1本上げようとしたら 明日朝早いからいらないという
それでスポーツドリンクならもらうといって取った
おじいさんが我々に煙草を吸えと差し出す
馬さんもkantaもことわった
そうか馬さんは回族だ イスラム教徒なんだ
彼は1度だけ日本に来るチャンスがあったのに逃してしまったのを
残念そうに言った
日本語は国内の学校で習得したという
非常に滑らかで内容も高度である
彼はウィグル語・中国語・英語などにも堪能とか
この地域では団体で日本に観光客を連れて行く頻度は少ないのであろう
メールアドレスを渡して「関西に来ることがあれば連絡ください」と言った

やっと冷たいビールを飲むことができた
でも台風が心配だな
追記
訪問から数年経って
ルポ「隠された中国」
金順姫 著
を読んでいるとじじいが訪れた2015年迄のこの地域に於
漢族とウイグル族にの争いを知って愕然とした
3日目
今日の予定は
午前中ウルムチ市内の新疆ウィグル自治区博物館
その後200kmバスで3時間
トルフィン観光で
カレーズ・高昌故城・ベゼクリク千仏洞・火焔山といく
7時モーニング 9時20分出発
少し早めにロビーでWI-FI
台風は四国に上陸して岡山に再上陸して日本海にぬけそうという情報
kanta以外は関東の人の為全く関心が無い
といってもここにいる分には
たとえどうなろうとどうしょうもないのだが
30分ほどで博物館に着く
ここはなんといっても「楼蘭の美女のミイラ」
ウルムチの市内バス(BRT)は バス専用レーンを走るので時間は正確だし
なんといってもどこまで乗っても1回1元(20円)
赤字部分は政府が補助していますとガイド
高級ホテル前では朝のミーティングをしている
結構あちこちの店の前でやっている
この国もサービス部門もそのレベルに近づこうとしているのだ
早朝からいたるところで建築や道路工事
大学の門前だろうか
10人くらいの男性とカービン銃をもった警官とが言い合っている
カメラを下げて隠し撮りのようにした
博物館も警備





どうみても騎馬民族である
隣のモンゴルやカザフスタンや遠くトルコなどに属するするほうが自然だ
そしてそれは突然に
普通にあった


(復元顔)
タクラマカン砂漠の北東部に存在したといわれる幻の都市「楼蘭」
紀元前1Cから後4Cくらいまで栄えたという
水源の湖の移動と共に消滅したらしい
1900年にスウェーデン人により発見され何体かのミイラが発見された
この女性は西洋系との混血らしく
発見時はまだ少し柔らかかったという
又色も白かったが 酸化とともに黒くなった
彼女の炭素試験ではBC19世紀となっているので 楼蘭との繋がりがはっきりしない


何千年も水が無いこの地で
この人達は土に戻れなかったのだ
黙祷
バスに乗り200km 約3時間
トルファンに向かう
バスは本当に砂漠の駱駝である

アジアで最大の風力発電地域
見渡す限り 延々と風車が回る
油田の採掘
トルファンは「火州」とも言われ
世界でも最も暑いところと言われている(過去49.6℃がある)又雨も殆ど降らない
しかし世界で「死海」に次いで海抜が低い(-154m)為 盆地の周辺からの
雪解け水が地下水脈として流れている
「カレーズ」とはこの水脈を
勾配をつけて地下トンネルとしてこの地域一帯に張り巡らせた水路のことで
現在1200箇所ほどあり 総延長距離は5000kmを越える
なんとなく偶然な言葉である




種無しブドウの名産地
2ヶ月乾燥させて干し葡萄にする
トルファンの町で昼食




本当にどこでも同じ食材
肉類はほとんど無し
隣の部屋がさわがしい
写真を撮らせてもらったが なんのお祝いなんだろう
午後3時の遅い中食後
「高昌故城」に行く
ここは628年玄奘三蔵も立ち寄ったという独立国高昌国の城跡
その後唐によって滅亡
故城は版築で固められ 一辺は1.5kmの四角
バスから降りたとたん
本当に生まれて初めての経験だった
熱風だ
息が出来ない 肺が詰まる 唇がかさかさ 鼻だ痛い
ちょっと生命の危険を感じる

入り口の土産物屋のおじさんが「今 46℃だよ」と言っていたとガイド
売り物の金属性の商品は熱くてもてない
その夜のホテルのTVニースで間違いなく46℃と言っていた
カートに乗って約40分ほど遺跡を巡る
だんだんカメラが熱くなってきて
手で覆ったりするが大丈夫かな
水は5分おきに唇を濡らしながら口中を潤す
このペットボトルがお湯になっている
ここに来るまでに馬さんが卵を15分砂の中に入れておけば
ゆで卵が出来ますよと笑って言っていたが 納得


カメラの中は50℃を超えていたと思う
今まで世界中を何万枚も撮ってきたが
こんな風に写ったのは初めて
カメラは熱に弱いのだ
しかしこの辺は冬は-20℃になるとガイドの馬さん
カメラは寒さには何℃くらいまでもつのだろう
試しに今度は南極にでも行ってみるか
冗談をいっている場合ではない
本当に暑くていや熱くて汗が即蒸発するのか服が濡れない
上の写真のドームで三蔵法師が説法をしたという
馬さんが「皆さん46℃を体験できて本当にラッキーでしたね」
と涼しい顔をしてさらっと言う
馬さんは本当に糞真面目なんだ しっかりと説明をしてくれる
手をぬくことはない
お願い 早くバスに帰りたい
そのバスが又冷房が効かない
しばらく熱風である
次は火焔山とベゼクリク千仏洞
火焔山はタクラマカン砂漠 トルファンの東にあり幅9km 長さ98kmの砂岩が侵食されて出来た
赤肌の丘陵である
「西遊記」にも登場し その一角にベゼクリク千仏洞がある
千仏洞の中は撮影禁止
6世紀から14世紀にウィグル人に開さくされたが
イスラムを信仰するウイグル人に破壊された
また20世紀なって日本の大谷隊を含む諸外国によって
その壁画や仏像が持ち去られた
先日たまたま京都西本願寺前にある 龍谷ミュージアムに行ったら
洞窟の壁画をコンピュータで実物大で再現していた
中に入ると極楽浄土である
その時はまさかここに来るとは思わなかった
「龍谷ミュージアム」のHPより
再びトルファンの町に戻り
ホテル近くのレストランで民族音楽を聞きながら
ラグ麺というトルファン料理を食べる




羊のシシカバブ柔らかくて美味い
麺は腰がないのでどうもイマイチ

(画面クリックで音楽が聴けます)
彼は有名な奏者だという

この踊り子さん昼間のレストランで会ったような気がする
過酷だが貴重な経験の1日だった

もうシャワーを浴びて早く寝る