二十八段 吉備路を漕ぐ


5〜6年前にも岡山市と倉敷市の北に位置するJR総社の駅前から今回と同じコースでサイクリングをした
当時は8月の半ば 暑さとのどの渇きに見舞われたが 今回はペダルを漕ぐ両足の太ももの筋肉の繰り返す引きつりで しばしの休息を余儀なくされた

初秋の吉備路を久しぶりにサイクりった。
前日 岡山市の「後楽園」「岡山城」「林原美術館」などを巡った
日本三名園のうち未訪なのがここ「後楽園」 これで3つ完訪である。
訪れる前の下馬評は「駄々広いだけ」とか「何もない」と周辺から聞く
これはやはり 訪れる人の視点・関心度・理解度・感性・知識度によるのであろうか。
 「後楽園」のパンフレットから抜粋すると
『岡山後楽園は岡山藩主池田綱政公が津田永田忠に命じて 貞亨4年(1700年)に一応の完成・・・・
後楽園はかつて藩主の静養の場、賓客接待の場として使われましたが 日を定めて藩内の人々にも観覧が許されていました
明治17年(1884年)に岡山県に譲渡され 一般公開されました。・・・・昭和27年には文化財保護法
による「特別名勝に指定され、・・・・・・』とある。
京都や全国にある日本庭園と違って芝生の大きく取り入れているのは非常に珍しいのではないだろうか。

全体の面積4万坪の内芝生は5600坪という、



  池を中心にその周りを芝生で囲み その周辺に茶室や居間・能舞台を配し そのどこからも 遠くの山なども庭の景色の一部に
取り組んでおり この藩主の美的感覚と完全主義にもちかいほどの几帳面な性格の一端を伺いする
特に感心したのは旭川からの水を園内に引き込み 庭園のいたるところに流れる水を配している


上の写真は水路の途中に家屋で覆いそこで足を洗ったり休息したりとなかなか面白い自分の家でも作りたいようなアイデアである。
朝10時と11時に門前に行けばボランテアの方が案内をしてくれる
我々には70才前後のおじさんがついてくれた
園芸が好きなんだろう とりわけ園内の植物の詳細説明には感心すること至極である。
勿論歴史・園の薀蓄も面白く楽しく和気藹々のままに案内いただいた

写真右の建物は延養亭と左は能舞台          流れの景色を感じる廉池軒(池田綱政が最も好んだ処

沢の池 
園内で一番大きな池で島茶屋のある中ノ島 釣り殿 白砂青松の砂利島などがある
ボランテアのおじさんの話では これは琵琶湖を模しているとか
さしずめ中ノ島は「竹生島」か


園から観た岡山城       堀の外から観た岡山城

堀の外には売店や食堂があり そこで「ままかり」と地ビールで一服
他の2名園に比して評判が芳しくなかったが 規模と斬新さと それでいて遊びの心が随所に散りばめれられた
やはり超一級の名園だと思った


この売店の商品棚にのんびりとした猫の寝姿が              園の門内にボランテアのおじさんが待っている



なんでも岡山県の地名はこの岡山城周辺の「岡山」が由来らしい。
この岡山城の外堀の道路一本向かい合ったところに「林原美術館」がある。
地元の水飴屋さんがその糖とバイオを馳駆して インターフェロンなどの生産では世界的なものとなっている
その林原さんの個人的な収集のモニュメントである。
今回は特別展で所蔵する重要文化財の「洛中洛外屏風」が公開されている。
その他 能面「宝増」 太刀「銘 吉房(国宝)」「紺糸威胴丸兜(重文)」など多岐にわたって展示されていた。

翌日
JR総社駅前のビジネスホテル出て9時オープンのレンタルサイクル店に行き コースの地図などをもらって
いよいよサイクリングがはじまる
少し雲行きが怪しいが サイクリングにはかえって涼しくていいと思っていたが だんだん良くなる(?)秋の空
晴れてくるとやっぱり暑い!
総社のメインストリートを走り 市役所・警察署前から山手に入っていくと「三輪山古墳群」
に行き着く
山の麓の神社で子供達が秋祭りの練習をしていた
失われつつあるご近所の人々との触れ合いを子供達はこんな形で継承されていくのだろうか
殺伐とした殺人事件が多い中こうした触れ合いがより大切にされないといけないのでは・・・・


「三輪山古墳群」は総社の町全体が見渡せる丘上に広がる50m級が3基とその周辺に小さい墳墓が集合されている
この地方の豪族と臣下 などの古墳群であろう

山登りに一汗かいて さっそく水の補給。
それにしても この総社市は街を歩いていて感じるのは 文化・スポーツの設備や住民の安全がよく考えられているという印象である
 デジタルボードつきの野球場
弓道場 野球場くらいのテニスコートとゲートボール会場
それに何といっても歩道が広い
場所によっては車道と同じ幅の歩道を採っている
こんな歩道が配備されている街をを見たことが無い
車道の横にかっこつけの様に白線だけをひいた歩道が多い都会からして 年中歩行者天国である。
そんな広々とした歩道・サイクリングロードを初秋の吉備路をすいすいと やっぱり来てよかった

ここから5kmはのどかな田舎道を作山古墳まで行く
写真は途中の公園にある展示物                 下は作山古墳の全景

この作山古墳は全長286mの3段構築で前方後円墳で規模は全国でも9番目 岡山では後ほど行く造山古墳に次ぐ規模である。
道路を挟んだところに角力取山古墳があるが 昼飯調達場所であるコンビニに気が捕られパス。(ゴメン)
コンビニでお茶と幕の内を前かごに積むや 500mほどさきにその五重塔が見えている備中国分寺に行く

この写真はベストショットで 「コスモスと塔」という題はいかがかな

ここはまさに秋の吉備儀の真っ只中 写真のコスモスの向こう側にサイクリングロードがある
きちんと整備され 車の来ない安心してサイクれる おもわず「ヤッホー」と声が出る。
国分寺は8世紀すえに建立 残された南門跡や中門跡から推定で160m四方の規模だったらしい

国分寺から200mほどの裏山に6世紀』後半といわれる「こうもり塚古墳」がある
全長100mの前方後円墳でならの石舞台に匹敵するほどの全長19.4mの横穴式で家型石棺が残存する

この地域にこれだけのものがあるというのは 畿内の大和と拮抗するほどの勢力が想像される
前回訪れたときは確か この周りは草蒸しっていたが 今回はすっきり 爽やかに整備されている
若いアベックが入口まできてそのままUターンしたが まあここまでこさせただけでも 自称考古学愛好家としては
嬉しいものである。

ここから500mに国分尼寺跡がある
これも8世紀後半の創建で南門や金堂跡の礎石がきっちり整列している

この尼寺も南北216m 東西108mというから相当おおきな寺域があち 他の地域の国分寺・尼寺もこれ位の規模
であるから 聖武天皇の命とはいえ中央政権の力はいかに大きいかがわかる
なおこの近辺に国府跡があるとおもわれるが 将来発見される日を期待する

この遺跡から数百mのところに県立吉備路郷土館がある
近辺から出土の遺物を展示している
のどかな田園の中に訪れる人も少なく  
ゆったりとしたときが流れる


元役場だった建物を移転保存している(郷土館横)                                     
 
先を急ぐ
4kmほど先に千足古墳と造山古墳がある。
千足は造山古墳の付随古墳ではないかと思われるが 装飾古墳として有名

千足古墳の上からみた造山古墳

造山古墳は全長360mで岡山では一番 全国でも4位の巨大3段構築の前方後円墳
吉備氏の最高峰の人物のものであろう

この階段を上がるだけで ぼちぼち足の太ももの筋肉がおかしくなってきた
前回もこの辺から足がへたってきたが 5年の年月が老いを加速している

ここから吉備津神社まで約10km 少し起伏のあるところでは もう太ももの筋肉が痙攣して
立っていられない ズボンの上から 筋肉の痙攣が見える
数度の休息の後 どうにか吉備津神社にたどり着いた
ここまでくれば もう一安心 
  
国宝吉備津神社社殿                            長い回廊

ここの主祭神は大吉備津彦命
いわゆる吉備氏の自社
「桃太郎伝説」と「鳴釜神事」が有名 この鳴釜は
セイロをのせ煮立った釜からの蒸気による音の判断で願い事が叶うかどうかを占うというもの
これは他の神社にも多くあるらしいが上田秋成の「雨月物語」に出てきたりと まあ鳴釜のブランドというところ

境内でしばし休息後 最終目的の吉備津彦神社に向かう
吉備津神社から3kmほどのところだが 備中から備前にかわる
そのことから この吉備津日彦神社は 吉備津神社より勧請したといわれる

                    
                              吉備津彦神社の近くにある共同トイレは「姫」「彦」の表示
                なかなか洒落ている


神社のすぐ前はJR一ノ宮駅 ここから岡山駅まで2駅
ひきつれた足の筋肉も元に戻り さわやかな秋のサイクリングも終わりとなる
親切で優しい吉備の人々と路に感謝しつつ 新幹線にのる。