二十七段 山城の国 禅定寺を訪れる


残暑の中以前から訪問したかった山城(現京都府綴喜郡宇治田原)の禅定寺に出かけた
禅定寺はまさに山の中 といっても山深い山中というのではない
海岸から 都会から最も離れたという意味で 山の中である。
とはいえ かつて平安時代以前は平城の都から近江・東海道・瀬田・信楽に通じる要路であった。

都が京に移されるとむしろ宇治川に面して造営された平等院のある北側が注目されていく。
かくて「かくれ古寺」として現存するが正式名は「白華補陀洛山観音妙智院禅定寺」という

創建は正暦二年(991) 東大寺別当平崇上人



その後藤原家との結びつきが深く 道長・頼道にいたって大いに発展し 頼道の平等院の管理下に入り
同寺の末寺となるが鎌倉・室町・戦国と衰退の時期となる



延宝八年(1680)加賀国大乗寺 月舟禅士は禅定寺中興の祖といわれる

加賀藩家老本田安房ま政長の経済援助を受けまた村民の山林寄進などの協力を得て旧観に復した
天台宗から禅宗(曹洞宗)に改宗されたのもこの時である
因みにときの霊元天皇が当寺へ行幸 勅願を下賜されており そんなこともあってか
現皇太子のご訪問時の写真が飾られていた こんな所にも皇太子が来られているんだ
たぶん結婚前の写真だろう(昭和55年行幸となっている)



写真は前栽

正直な話この寺のことは最近まで知らなかった

「涅槃」のことを調べるのにインターネットで検索しているとみつかった
それは当寺の裏庭の崖に描かれた「世界一」というふれ込みの「涅槃画像」である
寺の本によると 開創一千年事業の一つとして 平成11年4月8日釈迦誕生開眼法要時に
日本全国から募集に応じた12歳から85歳の人々が集まり 構想2年制作3年余りの歳月をかけて完成されたとう


大きさは縦8m横45m


「大涅槃図」

このがけの上は墓地でこの壁面の処理としては納得できるが
寺風と少しマッチしないかなと思った

そしてそう期待していなかった「寺宝館」にいった
ところが ここでまさに感動の空間に出会ってしまった
人手がないし 他に誰もいないので自分で勝手に扉を開け
蔵作りの寺宝館には重要文化財がびっしり
失礼なことだが こんな田舎のこんな場所によくこんなりっぱな 仏像が揃っているものだと
本当に驚きと感動にただただ感嘆するのみであった



本尊「十一面観音」高さ286cm 藤原時代 漆箔寄木造 重文

脇士「日光」「月光」 重文



四天王立像 四体 163cm 重文



「延命半跏地蔵菩薩」 座高88cm

 重文とまあ 素晴らしい一言に尽きる

なおここで知ったことだが「西国三十二禅刹霊場」というのがあって西国三十三箇所巡りのようにあるという
福井の永平寺を本山として禅寺ばかり三十二を周るのであろう
機会があれば行ってみたい

当寺から去ろうとすると 本堂脇の事務所の横が「喫茶」になっている
話の種にと思い入ってみる
なんとそこは 元食堂・厨だったんだろう
板張りの客室の真ん中に「おくどさん」や「釜戸」がそのままインテリアとして置かれており
これはなかなかの趣であった



禅と「喫茶去」

思わぬ寺宝と喫茶去に感動して寺をあとにした
途中 この地方特産の茶畑が眼前に広がっていた