七十四段 南アフリカの旅 その1
ヨーロッパからインドに行くのにかつてはアフリカの最南端「喜望峰」の沖を通らなければ
いけないのが 1869年に完成したスエズ運河でその距離が短くなった
とか 学校で教科書上で「喜望峰」とか「ケープタウン」の名前は知っているものの
そこに行けるとは思わなかった
今回はそのケープタウンとビクトリア滝と動物サファリの目的で渡航した
総勢37名の大所帯 このコースは最近人気でいつも予約で一杯とか
今回 関空から8名 成田から16名 名古屋空港から13名
香港空港で合流する
添乗員は成田からである
香港空港までパシフィック航空で3時間55分
ここから南アフリカ航空に乗り替えてヨハネスブルグまで13時間15分である
待合場所のW1にだれもいない
香港までは中国人客が多いからどの人が8名のメンバーかわからない
成田の本体は15分前に着いているはずが
関西からのほうが早く着いたようだ
15分ほど待つと遠くからそれらしき団体が来る
名古屋はもっと早かったらしく別の場所で待っていたらしい
とりあえず37名初顔合わせ
60代 70代の夫婦が多い
後は50代女性のグループ 60代の男性グループ
1人参加も7~8名
数が多いと顔も覚えられない
添乗員は50代の兼高薫似の女性で経歴30年の大ベテラン
ソフトにスマートにてきぱき

南アフリカ航空はやはり白人・黒人が多いが中国人(パスポートの色でわかる)も結構多い
ビジネスマンのようだ
香港までと同じく満席 13時間はきつい!!
しかし黒人のスチュワーデスがスマートで綺麗
時差は7時間 ヨハネスブルグに現地時間7:05分着
入国手続きや荷物の受け取り後国内線に乗り換え
ケープタウンまで2時間10分のフライ
昼食は機内食


ケープタウン12時15分着
最近どの空港に降りても目に付くのは「ヒュンダイ」「LG」「サムソン」
かつての「SONY」「PANASONIC」は影が無い
南アフリカ共和国(以後SAとする)は首都が三権分裂で行政がプレトリア
立法がケープタウン 司法がブレームフォンテーンに分かれている
従ってこのケープタウンには国会がある
ヨハネスブルグは経済の中心地である
面積は日本の3.2倍 人口は約4900万人
黒人が80% 白人9% カラード(混血)9% アジア人2%
因みに日本人は「名誉白人」として取り扱われた
BRICSのSであるが
大きな経済格差がある
平均寿命でかつて白人が多いとき(20%)は60才だったが
白人が流出し黒人が多くなりエイズの影響もあって40才代という
空港にはガイドの日本人男性が迎えに来ていた
17年間ケープタウンに住んでいるという
英語ぺらぺらの男前
早速バスに乗り換えケープタウンとその背後にあるテーブルマウンテンの観光
街は清潔で整理されている
完全に英語表記なのでなんとなく親しめる
高速道路が非常に発達している 全て無料
遠くにテーブルマウンテンが見えてきた
元白人居住区はあの山の麓にある
それ以外は全て黒人居住区で いわゆるタウンシップのソウェト地区
道路沿いは一見良いように見えるが ワールドサッカーのときに
沿線沿いだけ政府が建て替えた
トタンと板張りの住居が延々とある その人口はここケープタウンの地区だけで150万人

元白人居住区は整然とした英国の香りの街
今は黒人の成功者も住んでいる




右写真 真ん中の建物は市庁舎 マンデラが解放時にこの鐘の塔で演説をしたことで有名

バスは街の奥手にあるテーブルマウンテンに登るケーブル乗り場に着く

高さ1086mで 平坦な海底の隆起でできた
スイス製のロープウエイで5分で山頂
このロープウエイは山頂まで行く間に1回転するので同じ場所で見渡せる


「地球は青かった」とかしか言いようが無い
ケーブルカー山頂駅からケープタウンを見る
真ん中の塔の様な山が明日 夜景を見に行くシグナル・ヒル
街の沖合いに見えるのはマンデラが18年間投獄されていた世界遺産の「ロベン島」明日行く予定
右の海に近いところ丸くて白いのがワールドサッカーのときに作られたサッカー場
下山後この山の裏側にある世界遺産「カーステンボッシュ植物園」に行く

今は冬の乾季
花は殆ど咲いておらず 季節はずれ
右はSAの国花プロテアの蕾
見ごろは8~10月の春
昨日から殆ど寝ないで乗り継ぎと観光で少しばてました
泊まりは3連泊となるケープタウン市内のホテル
その前にケープマレー地区に寄る

夕日に染まったマウンテンと カラフルに塗られた町並みで人気スポット

ホテルはマウンテンが見える 「THE CAPE MILNER HOTEL」
こじんまりとしてるが部屋もしっかりしている
バスタブが長い物なので温泉気分で2回も入った
後で聞くと 遅くに着いたインド人の団体はお湯が出なくて文句
こうなればインド人とお湯の取り合い
2日目は日本組は全然お湯がでなかった
3日目は着いたら即お湯を貯めたので入れた
とりあえず1日目はビールで乾杯
この地域はその後も大体4ドル(SAランドで30ランド)
そうそうSAはUSドルが使えない
関空で「1ランド=120円」で400ランド約5000円だけ両替した
3日後からの国は全てUSドルが使用できるのでランドは残したくない
枕チップは5ランド
トイレチップはいらない
ビールと土産で5000円か!?
ぐずぐず言わずに早く寝よう
観光2日目
モーニングコールは6:00
8:15分ホテル出発 今日はネルソン・マンデラ前大統領が18年間収容されていた
旧監獄島世界遺産「ロベン島」と郊外のワイナリーの見学と食事
夕方はシグナル・ヒルからの夜景 となっている
「ロベン島」までは12km 港から船で30分


隣の黒人の家族の子供「だっこちゃん」みたいでかわいい
お兄ちゃんはオバマ大統領に似ているとみんなでわいわい
「ロベン島」港とテーブルマウンテン
マンデラ元大統領はこの島で
SAの340年間に及ぶ白人による人種隔離体制(アパルトヘイト)の撤廃を唱え
国家反逆罪で終身刑となり27年の投獄生活の内18年間収監されていた
1990年に釈放され1995年に大統領に就任している
島は全て国が管理しているので島めぐりはバス(バスからは降りれない)でガイドも公務員による英語のみ
今回の37名のおかげでバス全員を日本人にしてくれて(本当は来た順の各国乗り合い)
日本人ガイドが通訳もできる(他国の人と一緒だと通訳できない)
この頃からオバマ大統領がここにくるらしいとうわさが出始めた
昨日オバマファミリーがSAにきていてSAの大統領と会談
重体のマンデラの家族を見舞ったと現地のCNNTVでみた
ここは囚人達が石灰岩の採掘作業 左の小屋が監視小屋
その下にある洞穴はトイレ・食堂・教室となっていた
穴は臭く暗いので監視員も来なかった
弁護士でもあるマンデラが先生となりここで勉強会がされた
マンデラはここの作業が石灰の粉が目や肺に入って一番つらかったと後述している
真ん中くらいに小さな石積みがあるが
後日マンデラがここに訪れたときここに1ヶの石を置けば
周りの仲間達が全員石を置いたという
オバマは我々の翌日ここに来ていた
CNNニュースでは石積みの横に立っているのが放映されていた
港から反対側の休憩スポット
「ロベン島」からみたケープタウンとテーブルマウンテン

かつてはハンセン氏病患者の島だった
その施設や教会やお墓がある
バスの島内見学を終えると 監獄に案内される
この島に政治犯として収監されていた人がガイド

囚人たちの運動のための中庭 政治犯は独房となっていた
右の写真の左から4つ目の窓 の下にベンチがおいてある
ここにマンデラが収監されていた
元囚人のガイと日本人のガイドの通訳で解りやすい

「囚人番号46664」 畳1枚半ほどの独房
このマンデラの部屋だけ電気がついていた
翌日オバマはこの部屋に入って窓に向かって立っている姿がCNNに流れていた
勿論一般人は入れない



2時間ほど見学して「ロベン島」からケープタウンの港へ

バスで1時間ほどの郊外のワイナリーの見学と食事





食事はバイキングだが さすがワインは無料で飲み放題
工場見学のあとさらに5種類の試飲会もあったので
もうメロメロ
白より赤のほうが高いのは「オークの樽」に入れて発酵させるので
樽が一個10万円 その分高くなるんだそうだ ふ~ん
ケープに帰る途中名前を忘れたがトイレ休憩で寄った大学の街の風景



今日は土曜日で学生はほとんどいない
学舎や寮棟 訪問家族用ホテルや生協など
ホテルに帰る途中
近くの中華料理店で食事
マーボー豆腐???
ホテルに着いて一風呂浴びようと思ったがお湯が出ない
インド人にやられた
しょうがないから夜景観光の出発までCNNニュースをみる
(エジプトとオバマを何度も流していた SAはNHKがみれないようだ)
昼間上からみたシグナル・ヒルに上がる


地元の人 たぶん恋人同士などが多いのだろう
山の道路は駐車見学車でいっぱい
空は南十字星が見えている
詳しい人がいてあれが偽十字なんだとか教わる
なんでこんなところにおっさん1人で来たんかいな
観光3日目
6:00モーニングコール
8:15分ホテル出発
今日はケープタウンを南下して ハウトベイという港からアザラシ
の島シールアイランド
昼食はレストランでロブスター
その後すぐそばの
アフリカンペンギンが生息するボンダービーチに
更に南下して喜望峰とケープポイントまで
帰りにウオータフロントでショッピング
そこで夕食
というスケジュール
途中の海岸線は人気のリゾート地
かつてはマウンテンの下が人気地区だったが
今は海岸線沿い
外人も自由に購入できるそうでっせ
ハウトベイから船に乗る


ハウトベイを出るとすぐにマンボウが泳いでいた


おるおる
港から15分ほどのところ
ドイカー島(シールアイランド)
野生のアザラシが数千頭
次はバスで30分
ボルダーズビーチに着く
SAにだけ生息する 別名ジャッカスペンギンとも言う

民家(サイモンズ・タウン)がすぐそばにあるのに
人は決められたルートしか歩けないので
ペンギンものんびりしたもんだ
ペンギンビーチの続の海岸にレストランがある

レストランと小ロブスター
一服したところでバスはさらに南下
ずーと先に喜望峰が見えてきた

喜望峰の岬に行く途中の海岸 右に野生のダチョウが
喜望峰の標識 この山の先に灯台がある
歩いても登れるが上りはケーブルで

元は「嵐の岬」とよばれ100mの強風が吹くことも
この付近は暗礁が多く 船はさらに遠回りをする
この日はまったくの快晴 無風でガイドもおどろいていた
アフリカ大陸の本当の南端はここから150km南東にあるアグラス岬である
喜望峰という名前はバスコダガマがこの航路を発見したので
ポルトガルの王が自国に希望をと願いを込めて命名したという
100年居ても飽きない景色に別れを告げて夕食場所のウオーターフロントへ
景色の余韻が漂っていると
バスがまったく動かない
渋滞である
こんなところで今まで渋滞したことがないと
運転手が興奮気味
渋滞というより全く動かない
結局1時間の停滞
あとで判明したが
オバマ大統領が18時からケープタウン大学で講演をするのだが
その前にタウンシツプに寄って黒人達に会いに行ったらしい
交通は完全にストップ
食事の予定が1時間遅くなった
街の交差点は全てにポリスがいた
ウオーターフロントで買い物をして
その中のレストランで食事



商店もなかなか充実しているスーパーも物は豊富
物価は日本より少し安めだが平均20万円という収入からは少し高いように思う


レストランの食事は美味でした
さて明日はヨハネスブルグに行く ホテルに帰り荷物の整理
観光4日目
4:45分 モーニングコール
6:00 出発
ケープタウン空港 8:00発 ヨハネスブルグ
朝食はサンドイッチとバナナとジュースの弁当
空港のベンチで食べる
飛行機が離陸するときに真横にアメリカ大統領専用機が止っていた

ヨハネスブルグ10:00着
空港には白人のガイドが迎えに来ていた
彼は8ヶ国語を使えるが日本語はだめ
ヨハネスブルグには日本語を話すガイドが2名しかいないとか
英語ペラペラの添乗員が通訳で観光をする
ヨハネスブルグは金の採掘で栄えた街
街の周辺はいたるところに金鉱のぼた山がある
最近金の採取方法の向上によりこのぼた山から再度採取している
ヨハネスブルグの中心部には全く入ることは無い
あまりにも治安が悪く観光客が行くことはできない
現在市中の企業が近郊の街に新しいタウンを作りそこに移転していっている最中
我々の今晩の宿泊ホテルもそのニュータウンにある
SAの経済も発達し国民の経済事情も良くなっているが
それにつれ周辺の国々からの流入が多く 治安も悪くなっているという
ここからヨハネスブルグの南側にあるソウェト地区
(マンデラの元住居やへクターピーターソン記念碑)へと行き
その後街の反対側の郊外にある世界遺産の「スタークフオンテン洞窟」と食事
その後 近くにある「ライオンパーク」に行く
夜はホテルの近くの和食レストランでの食事


ヨハネスブルグ近郊は黒人住居でびっしり
数百万の人口である
昼間でも若い男性が家の前でたむろする
使わなくなった火力発電所(発電の80%は石炭)の煙突の落書きが有名になっている


「白人の言葉」のみを強要されていたのを反発して白人兵に射殺された
当時13歳のへクター・ピーターソンの記念館がある
この地で多くの黒人が暴動で殺されたが 最初の死者ということもあり
象徴化された


マンデラが住んでいたハウス(1956~1963)は博物館となっている
現在マンデラが入院先の病院の周りは報道陣と群集であふれているらしいが
ここはTV局一社が取材にきていた
上の写真の通りは「ノーベル賞通り」と呼ばれ
マンデラとデルモンド・ツツ大司教がご近所で平和賞をもらっている
丘の上にも黒人住居がびっしり
次は街の反対側の北西郊外40kmにある世界遺産「スタークフォンテン洞窟」
「生命のゆりかご」と言われ約320万年前の人類の最も古い化石が発見されている
エチオピアで発見された「猿人ルーシー」と同じ時期かもう少し古いとも言われている
石灰石が侵食されてできた洞窟に 何百万年前の多くの動物や人が落ち込んで
それが化石として今掘り出されている
この地域一帯が大学の管理となり現在も発掘が続いている
洞窟探検の前に同じ敷地内にあるホテルで昼食
こんな大草原の真ん中に泊まりに来る人いるのかな?

洞窟の入り口と展示館




320万年前の人類の骨を元にした人類の復元模型
こんな奴みたことあるで~
他にもいろんな動物の化石が展示されていた
この洞窟から30分ほどの所に
「ライオンパーク」がある
いわゆる街の動物園
ここの売りは子供ホワイトライオンに触れて一緒に写真が撮れる事

トイレ

頭と尻尾に触ってはいけない
結構動き回ってなかなかちゃんと収まらない
kantaを写すように係りの人にカメラを渡してライオンと並んでいると
突然ひざの上に乗ってきて 服をかぶりだした
係りの人があわてて引き離すも服がちぎれそう
生後数ヶ月でも力は強い
他にキリンやインパラやハイエナ ヒョウ ミーアキャットなど柵の中にいた


バスに乗り込んで帰るとき突然顔が出てきた
駐車場にキリンが放し飼いにしてある 餌を要求しているんだろう
窓ガラスがべたべた
ヨハネスブルグの近郊にできた治安のいいニュータウン
その中にある日本人の経営者の日本料理店「YAMATO」
さすがに味噌汁など全部が旨かった
日本料理店も中国人や韓国人経営が世界に広まっているが
やはり味付けが全く違う アフリカで旨いものが食べられるとは
(リマやイスタンブールではひどかった)
因みに地元ビールは30R
アサヒスーパードライは120R
さあ朝も早かったし寝るぞ~
その前に明日は出国
用意をしなくては



PROTEA HOTEL WANDERERS