その39 いわき湯本・作並・つがる温泉・黒石温泉(温湯・落合
2024年5月28日~6月5日

今回の旅は長い
何故なら周る地域の面積が広い
岩手県の面積1.53㎢
四国4県 1.83㎢
それと電車・バスなどの公共交通機関は殆ど2時間に1本の運行
1ヶ所訪問すればまず3~4時間は必要(曜日によっては運休も有り)
台風1号が近づいている これも気掛かり いきなり新幹線が止まればと早めに家を出た
今回の旅のハイライトは
➀いわき湯本温泉・・・・一時日本のハワイと謳ってフラダンスが映画化された福島の名湯
②作並温泉・・・・・仙台の奥座敷と言われ 少し先が山寺 山形からの客も多い
③三陸鉄道・・・・盛(さかり)から久慈までの三陸鉄道全線に乗る
④蕪島神社のウミネコ・・・・天然記念物ウミネコ約4万羽が神社の周辺に生息
⑤是川縄文館・・・・世界文化遺産北海道・東北縄文遺跡の一つ
⑥亀ケ岡遺跡・・・・世界文化遺産北海道・東北縄文遺跡の一つ
⑦金木斜陽館と津軽三味線会館・・・・太宰治の生家と津軽三味線の本場での生演奏
⑧五所河原立佞武多(たちねぶた)館・・・・青森・弘前のねぶたと違ったねぶたを展示
⑨黒石温泉郷・・・・十和田・奥入瀬に繋がる街道筋にある温泉
⑩伊勢堂岱遺跡・・・・縄文後期のストーンサークルで世界遺産のひとつ
以上を観光
1日目

JR常磐線特急ひたち
品川からいわきまで 途中水戸・日立を経過 いわきの1つ手前「湯本」まで行く
京都駅で湯本までというと箱根湯本ですかというのでいいや福島の湯本だというと時刻表を取り出して
調べる 本来 「湯本」はいわきが本家でなんだけど



日立駅前は工場が連なっている ここが今や日本を代表する世界の日立の元なんだ
台風と梅雨前線の影響で昼から雨は降り続いている
湯本には14時過ぎに着いた 宿泊宿に荷物を預け温泉巡りをする
宿は駅から10分ほど 徒歩の時間を計るのは バスや列車に乗り遅れない為 旅の必須

駅の内外に足湯がある
この街も活気が無いのは降りた途端に感じる 雨のせいもあるのだろう
常磐炭鉱の閉鎖以降 ハワイだとかフラダンスとか頑張るもなかなか大変なようだ




宿の近くに「野口雨情記念館」がある(現在は土・日のみ開館)
何でと思ったらこの町に痔の治療に来て4年間ほど住んでいたらしい
「童謡館」としているのは歌とは直接関係は無いが「赤い靴」「七つの子」「雨降りお月さん」「しゃぼん玉」「證誠寺の狸囃子」
「青い目の人形」など(全部歌えるね) 「シャボン玉」は列車の発着時に鳴らすらしいが 全く気づかなかった
やさしい歌の割にはやかやか実生活は複雑だったようだ

今夜の宿「温泉旅館こいと」

荷物を預け まず一番の目当て 共同浴場「さはこの湯」
少し長くなるがNETに面白い記事がある
陸奥の さはこの御湯に 仮寝して 明日は勿来の 関を越えてん 西行
なからいて 世々に経りぬる かひし有れば 嬉しさはこの みゆきなりけり 夫木和歌集 光友卿
『ここいわき市湯本は《佐波古 さはこ》、福島市飯坂は《鯖湖 さばこ》、宮城県鳴子は《沢子 さわこ》の御湯(みゆ)と云う。
ともに古からの名湯である。愛媛の道後・兵庫の有馬温泉とともに日本三古湯の一つと云われている。
以前よりこのネーミングの由来についてはどこが本家なのか興味があった。
特にここ湯本町三函(さはこ)地内にあるその名も温泉神社(佐波古神社)は、延喜式内社で既に1100年前には
全国神社名簿に記載された格式のある神社だ。
天武天皇の白鳳の時代から佐波古氏が代々世襲神主として連綿と現在まで継承されているとの事で半端ではない。
然もこの佐波古ブランドにはあの高僧徳一が絡んでいるのである。
神社の西方にいわき湯本のシンボル湯の岳(598m)がある。
徳一は湯岳山腹に湯岳観音堂を建て、そこに《戒》《定》《慧》三学の箱を石に納めた との事である。
つまり善を修め悪を防ぐ戒律・精神の統一を目指す禅定・真理を悟る智慧の事である。その根本道場こそ山頂途中にある観音堂跡である。
麓からパノラマラインで山頂をめざすと道路の傍らに、殆ど見過ごされ朽ちかけかつ倒れそうな小さな丸太造りの貧弱な鳥居がある。
そこから4~500m藪の中をを登ると、1mばかりの方形の石が三つあったのである。そこには三箱石(さはこいし)と書いてあった。
あの三学を納めたという謂れのある石である。だからこのやまを三箱(さはこ)山ともいうのであるが、その前に既にこの山は狭鉾山(さほこやま 頂上が鋭く切り立った山)という名前があったと高橋富雄氏は述べている。
そしてその狭鉾山は佐麻久(さまく)嶺からきているとのことである。そしてその佐麻久の意味にもいろいろと生い立ちがあるというのだが、実にややっこしくなるのでこの辺にしておきます。
ただ何気なく使用している名前にも実に長く深い謂れがあることを、我々は真摯に受け止めねばならないとつくずく感じる次第だ。
ところでここ湯本は総てが温泉で出来ていて、神社の鳥居の脇の石碑からも温泉が流れているし、その向にある惣善寺も山号は温泉山である。
石炭坑道が地下深くなるまでは、ここの境内からも温泉が湧いていたそうだ。
そしてその不況の炭鉱の町からみごとフェニックスのように生き返へらせたのもこの温泉を活用したからなのだ。
何から何までが《さはこ》と《湯》から出来ている湯本に、一歩分がありそうな気がするのであるが果たしてどうだろう。』
(平成14年5月28日)(参考 温泉神社栞・古代語の東北学 歴史春秋・浜通り風土記 いわき歴史愛好会)
飯坂温泉の鯖湖湯も趣がある建物だがここも面白い
料金は300円 内は結構雑でスリッパを履くのをためらう
脱衣場も狭く 人と触れ合う 湯船はあまり大きくない八角形の木枠のものと岩風呂
狭い所に10名程入っていた 湯は熱い たぶん44℃はある もう一つは43℃くらい
湯は薄緑色の硫黄臭(白くないのは源泉に近い) 湯口の湯を舐めると塩辛い
湯船の周りに何もかも放り出して天井を見上げて横たわっているひとが2~3名
暫く見ていてもぴくっともしない 本当に死んでいるのではないかと思うほど動かない
ああ動いた 生きていた

写真は「さはこHP」より
i
いい湯だった 流石に名湯と言われるだけのことはある
次は駅近の共同浴場「みゆきの湯」
その前に「温泉神社」にお参り




境内にある神湯 やはり熱い
その背後には


ここが源泉だ 湯をタンクに貯め 各所に配管で送湯しているんだ

「みゆきの湯」は駅前で設備も新しく清潔感もある しかし客は2人だった
「さはこ」からして拍子がぬける
入ってみて原因が判った
温度は42℃くらいで入りやすいがその分加水されているのだろう 湯が薄い
臭いも味も色もとろみも違う これでは地元の人は納得しないだろう
駅も近いし観光客用として 又混むのがいやな地元の人用なんだ
雨は依然と降っているが光はまだあるので宿に入るには惜しい
駅の反対側の山手に「いわき市石炭・化石館ほるる」があるらしい
駅を超えるのに何段も階段を上り下り 山手の団地を通り抜け いわき湯本病院に来たところで
まだまだ先なんだ と疲労 もう一度スマホで確認をするとなんと火曜日休館の案内
ありゃ 今日は火曜日じゃ ここで引き返す
因みにNETによると
「ほるる」とは『「いわき市石炭・化石館は、常磐炭田の採炭の歴史と、市内で発掘された化石や、
地球の歴史を物語る諸外国の化石資料を展示する施設です」

地下600mに降りる雰囲気をあじわいながら入坑した坑道には、実際と同じ枠が作られ
、各ステージに古い時代から現代まで順に石炭の掘り方が再現。
実際にどんな方法で石炭を掘っていたのかを古い時代順に模擬坑道を再現しています。
また、炭鉱ゆかりの資料もあわせて随所に展示しております。
エントランスを入るとすぐに、いわき市で発見された日本を代表する化石フタバサウルス・スズキイが皆さまをお迎えします。昭和43年地元いわき市の高校生の発見は日本の古生物研究史に残るものとなりました。』とある

残念!!

宿に向かう


「こいと」は外観以上に内部は奇麗で洒落ている
以前は普通の温泉宿だったが今はホテル形式で宿泊のみ(希望者は朝食有り)+温泉
最近逆にホテルがボーリングをしたり他の温泉地の湯を運んできたりと温泉施設を付加したりと
外人対応や日本人も無理からに宿の食事を押し付けられるよりも外部で好きなものを食べて寝るだけでいい
という人も増えてきている 実際 安価な団体ツアーは殆どがビジネスホテル使用で朝食だけ付けますというのがほとんど
一人旅を受け入れやすいのでじじいには好都合 ここの宿は先取をしていて好感

部屋の窓から目の前が「温泉神社」

コンビニ弁当を喰って宿の風呂に行く
宿のすぐ裏が山なのに風呂はこの奥ですと案内されたので不思議に思ったら
なんと大きなトンネルで山をくりぬきその裏に風呂場がある



やはり硫黄臭と塩味 源泉は61℃もあるんだ


上を見上げると谷底にいる様だ
湯本の湯は素晴らし
台風に追われた様な1日 早く寝る
2日目
朝は美人女将手製の弁当

館内は絶えず軽音楽が流され気分が浮立つ

これを見ただけでもこの宿の細やかさが判る
8時25分のいわき行の列車に2駅乗る
前夜 今日の工程を確認していたらJRより高速バスの方が早くて安いことが判ったので
駅前からバスに乗ることにした JR仙台駅まで約3時間である


途中 良く知った地名がでてくる 浪江・双葉 そうか今 福島原発の近くを通っているんだ
道路沿いにいくつか線量表示板があった
トイレ休憩は南相馬のサービスステーション

『1000年の伝統を持つ、勇壮で厳粛な馬の祭典 福島県南相馬市で行なわれる「相馬野馬追(そうまのうまおい)」は
、500騎もの騎馬武者が繰り広げる戦国絵巻のような祭りだ。』NETによる
そういえば来る前にTVで今年は5月に行われたと報じていた
例年は7月らしいが近年の暑さで人や馬が熱中症で死亡例も有り変更されたという
その内 馬がラクダに変わるかも

仙台から仙台~山形を結ぶ仙山線に乗る 仙台駅で1時間近く列車待
駅構内では特産品祭りなど賑やか もうすぐ東北祭りがや七夕祭り いつきても賑わいのある駅だ


仙山線は以前 山形から山寺に行くときに乗ったことがある
その時は山寺から引き返し銀山温泉に向かった
今回は仙台から快速で40分 山寺の手前「作並温泉」に行く


駅には宿からの迎えの車が待っている マイクロバスがほぼ満席
作並温泉は広瀬川の上流に沿った細長い温泉街
今夜の宿は「一の坊」 温泉街の一番奥にある

途中何軒かの宿が朽ち溶けて 無惨な姿が並んでいる 鬼怒川温泉の様相
存続するのは「一の坊」と隣の老舗「岩松旅館」くらいだろうか(他にあれば乞許)
「一の坊」はインクルーシブ(入館すれば飲食オールフリー制度)と渓谷を利用した
女性好みの設備で賑わっているようだ 実際 若いカップルや 若い女性単身者が多い








どうもここのインクルーシブは首を傾げる
確かにコーヒーやお茶・酒類などの飲み物は24時間フリーだが
食べ物は14時から17時までシャーベットと団子とわらび餅はこの時間だけフリーです
なんて近頃多くの宿でもやっているし 食べ物もせこい といいつつも食った
キューバのそれは(つれづれ97段その2参照)24時間飲めや歌えのお祭り騒ぎからして子供だまし
3時から入室可なので周辺をぶらつく


ここに行きたいと向かうも 二つ岩にはガイドが必要ですの看板

神社の前でうろうろしていると 3人組の叔母さんが山から下りて来た
「二つ岩」に行ってきたという 10分もかからないし大丈夫ですよとも言う
意を決して 鞄から鈴を取り出し振り回して山に入った

やはり 落ち着かない 彼女らは鈴を持っていなかったが 3つの口が鈴だから平気なんだ

なんとか たどり着いたが鑑賞する余裕もなく下山した


やはり1人部屋は景色の悪い部屋だった
夕食までに風呂に行く

無色透明の程よい温度 全面緑に囲まれて幻想的な美しさ
露天風呂に行く

川端の露天に行く

ここは人が絶えず シャッターチャンスが殆ど無い
この宿のメインポイント
夕食はビュッフェである
食事会場にはびっくりするほどの客 老いも若きも男も女も
牛タンや寿司や天ぷらコーナーはそれぞれシェフがいて注文で焼いたり握ったり
行列が出来る
天ぷらと寿司を注文した

ビールもフリーだったので風呂上がりにやってしまった
さあいよいよ明日から本格的な工程が始まる
充分に体力を付けておく
3日目

朝はしっかり 特製豆腐が美味かった
宿の車で駅まで15分ほど
再び仙台にもどり岩手県は釜石まで向かう 全て乗り物だけの1日である
仙台から仙石線で石巻まで これは一度乗ったことがある 震災後駅の近くの空き地には
災害住宅があちこちで見られた 駅も海水に浸かったという


又 漫画のキャラクターのお出迎え 最近やたらに出会うことが多い
石巻市内に「石ノ森漫画館」があるという
余り漫画の知識が無いので へえ~というくらいだが 「仮面ライダー」とか「怪傑ハリマオ」
と聞けば知ってる知ってる TVの前に釘付けになって🎵「ハリマオ~ハリマオ~」🎵「ライダーライダー」
と歌った
石ノ森氏は石巻の隣の登米市石森の生まれ そこにも「ふるさと記念館」があるそうだ
白人女性2人が記念館に行くようだ(右端) それとなくついていく



道のあちこちに大きなフィギアーが立っている
記念館まで徒歩15分 往復30分 これは見ている時間が無い 引き返す
駅前の大きなスーパーイオンが面白い

スーパーと同じ建物 入り口が市役所になっている
便利と言えば便利だが

震災の海水は膝上くらいまで来ている
石巻からJR石巻線で前谷地(まえやち)まで行く
駅前のバス停にバスが待っている これがBTRなんだ

『「BRT」とは、バス・ラピッド・トランジット(Bus Rapid Transit)の略で、連節バス
、PTPS(公共車両優先システム)、バス専用道、バスレーン等を組み合わせることで、速達性・定時性の
確保や輸送能力の増大が可能となる高次の機能を備えたバスシステムです。』NETより
さらに
『先の東北大震災により、当社設備は甚大な被害を受けました。そのうち、気仙沼線、柳津・気仙沼間、大船渡線、気仙沼・盛間については
お客様の安全の確保など復旧にあたって解決すべき課題も多く相当な時間がかかることが想定されたことから、
地域の交通を当社が責任を持って守りつつ、早急に安全で利便性の高いサービスを提供し地域の復興に貢献していくことを目指し
「BRT」による仮復旧を沿線自治体に対しご提案しました。
気仙沼線については2012年8月20日からの暫定運行を経て12月22日当社が事業者となり運転開始
大船渡線については2013年3月2日から運行を開始しています。』NETより
とある
実は今回の旅で一番印象深いのがこの「BRT」である
前谷地から終点気仙沼迄2時間半 陸前高田で又BRTにのり 終点盛(さかり)まで1時間半
この間の鉄道路線がバスに切り替えられた
全区間元軌道では無いが山やトンネルや街中を単線の幅の元軌道を大型バスが走る

一面の麦畑

廃駅となった駅舎がバスの停留所

殆どの町の新住居や病院・役所・学校などは山を切り開いた高台にある

病院や学校がある様な所は一般道を走る
軌道と一般道を出たり入ったり
元踏切は信号機に代わり BRTが優先で信号は必ず青になる
ただ単線なので反対からくるBRTとの交差は列車と同じでどちらかが退避する


写真の中央にトンネル入り口
手前で一旦停車して他の車や人がいないかを確認

トンネルは何キロも続く ごとごと上下左右に揺れる
列車は運転手が少し目をそらしてもトンネルの壁にぶつかることは無いが
バスは壁にすれすれの幅 一歩間違えれば確実に事故 そのトンネルが何十本もある
そのスリル感はレール上を走るジェットコースなどを超えている 運転手は毎日これを何時間もやっているんだ

新しく出来たバス停

海岸線のほとんどは高い防波壁で覆われている

工場や商店など一部は戻っているが住宅がほとんど高所に移住したようだ


残された気仙沼駅構内の線路


気仙沼で大船渡線に乗り換え 陸前高田まで行く

陸前高田駅の一つ手前の駅が「奇跡の一本松駅」
BRTから見えるのかみえないのか判らないがカメラを待機
するとひときわ高い防波壁の前に一本の木の下に人影が
多分これだ 夢中でシャッターを切る

この防波堤の所には延々と松林があったのだ よく頑張ったね



「高田松原津波復興記念公園」
記念館と公園には多くの観光バスと車が止まっている ここから歩いて一本松まで行っているんだ

陸前高田駅で盛駅迄のBRTに乗り換える

陸前高田も殆どが高台に移り新しい建物が立ち並ぶ

高い防波堤の内側は水田や松が守られている


終点盛(さかり)駅
盛から久慈までが三陸鉄道となる
今夜は途中の釜石で一泊する



一両編成の列車
内も外もド派手 蛍光灯がむき出しだが外れて落ちてこないかな


ホタテの養殖が盛んな駅舎にはホタテの貝殻に願い事を書いてぶら下げている



降りれないのが残念
やはりバスよりは鉄の上を走るので安定感がある

釜石と言えばまず製鉄とラクビーが思い浮かぶ
新日鉄釜石ラグビー全国制覇7連勝は強烈な印象がある

駅前にはその製鉄所の工場がスクラムをしているかのように建っている
これがあの釜石の工場なんだと感慨を深くした

今夜のホテルは「釜石クラウンフィルズ」
駅から徒歩15分 釜石は川を挟んで工場群と住居・役所・商店・金融街と分かれている様だ

ホテルの窓から工場の煙が見える
今日は作並から釜石までほぼ8時間かけてやってきた
雨もぼつぼつと降りコンビニ弁当で腹を満たして 明日に備える
4日目
朝食ビュツフェの写真を忘れたが腹一杯食べた
今日は昨日の続きで釜石から久慈まで乗って三陸鉄道乗車完遂させ
久慈からJR八戸線で鮫駅まで行く
TVの連続ドラマで一躍有名になった三陸鉄道は本来は
リアス式海岸線沿いに走り景色も素晴らしい路線だが大震災後
海岸線は3mを超す防波堤に囲まれ殆ど海岸は見えない
高台になるとトンネルや木々に阻まれ海自体も見ずらい

久慈行 LET’GOイシツブテ

釜石のあたらしいラクビ―場

ある駅から突然団体客が乗って来た
忽ち車内は満席で大賑わい 3~4駅で降りて回送バスに乗った
再び乗客3~4名に戻る


足を延ばしてのんびり車窓からの景色を楽しむ


宮古市 この駅から又別の団体が乗り込む 満席



観光列車は橋の上で止まる 下は鮭の養殖所

いろんな装飾の列車が有るんだ


団体と共に久慈駅で降りる
団体はバスがお出迎え
じじいは隣のJR八戸線のホームに行く

三陸鉄道全線を乗ってみて景色が一番いいのはこのJR八戸線だった




この沿線には面白い駅名が多い
「大蛇(おおじゃ)」

鮫駅

目的の蕪島神社までは徒歩15分

歩いていると上からぽちょんと何かが落ちてきた
クルミの殻である
上を見上げると又 カラスだ
道におとして殻を割ろうという算段だろうとみていると 殻は割れていない
そうか車に引かせて割ろうという目論み
車が来た しかしタイヤの端にひかれ歩道にはじかれた
どうするのか暫く観るも動かないので目的地に向かう
後で土産物屋の叔母さんと話していると「そんなのよくありますよ。歩道にはじかれたのは又降りて
道路に投げるんですよ」という あの小さい頭で生活の知恵は抜群だなと感心した次第






鳥の目て 怪獣の目だね
蕪島神社(かぶしま)
『蕪島はウミネコの繁殖地としても知られ、毎年3月から8月頃まで、約3万から4万羽の子育てを行うウミネコを見ることができます。漁場を教えてくれる蕪嶋神社の弁財天の使いとして、古くから大切にされてきたウミネコ。もし、ウミネコに「ウン」をつけられたら、蕪嶋神社の社務所へ行ってみてください。「会運証明書」を貰うことができます。2015年、火災により社殿が全焼しますが、全国各地から寄付金が集まり、約5年の歳月を経て再建。2020年3月26日の例大祭に合わせ、一般参拝ができるようになりました。』NETより
今回の旅の日程はこの神社のウミネコの繁殖時期に合わせている
糞除けに傘の貸し出しがある
臭いはマスクで防ぐ
しかしこの鳴き声は凄まじい
特にこの繁殖期は雛に近寄るとラッパの様に一斉に怒鳴る
決して逃げたり襲うことはない 足元に気を付けろよと警告をしているのだ
1度だけ靴の先を突かれたがそれ以上は無い
ここで100年も続いているので阿吽の呼吸で生息しているんだろう

味噌も糞も有ったもんじゃない
この間を通る時が一番激しい抗議を受けた
上から下から横から 鼓膜がどうにかなりそう




子を育てる親は強し
鮫駅から本八戸駅に向かう
駅から徒歩10分「本八戸グランドホテル」

少し高いなと思っていたら御用達のホテルなんだ
今日は大きめのお部屋に変更させていただきまいたとフロント 有難う


ありゃ ビールが勝手に置いてある そんな訳ないでしょう
明日から工程がややこしい まだはっきり時間を決めていない
というのもバス・列車の時間が今一情報が取れていない
明日予定の「是川縄文館」息のバス乗り場と時間が情報源によって
時間が違う バス会社のHpでも細かくバス停の時間まで書いていない
兎に角予定を勧めよう
5日目

これから先は縄文遺跡巡りが入る
2021年7月27日に「北海道・北東北縄文遺跡群」として世界文化遺産に登録
その1ヶ月前6月21日に三内丸山遺跡に行った すでに決定していたのか現地は盛り上がっていた
今回 丸で囲んだ三内円山以外の4ヵ所をめぐる
ホテルの近くのバス停から「是川団地行き」に乗った 是川縄文館は団地の路線上の途中に有る
と思って乗ったが終点まで来たが縄文館はない
運転手に「縄文館は行かないのですか」と問うと「行くバスと行かないバスが有ります」という
これは通らないバスだったのだ 判るわけないよ
ここから歩いて20分くらいらしい 真っすぐ行くと大きな建物が見えてくると思います
ということで歩く

中央にある建物のようだ

展示物の多くは地元の泉川兄弟が長年発掘・保管していたものを全て寄贈されたと書いてある
受付で入館料250円を払うと 無料で案内ボランティアが頼めますよと勧められる
1時間半後のバスに乗りたいのですがと言うと 1時間あれば大丈夫ということで
ボランティアの方が来られた 同年輩の女性(以後 Aさんと言う)だった
すごく勉強されているようで よく理解できた

『八戸市は、太平洋を望む青森県南東部に位置し、その中心部を流れる馬淵川(まべちかわ)と
新井田川(にいだかわ)沿いなどに多く遺跡が分布しています。
これまでの発掘調査によって、旧石器時代から江戸時代までの各時代の遺跡がみつかっており、
中でも縄文時代の「長七谷地貝塚」「是川遺跡」、古代の「丹後平古墳群」、中世の「根城跡」の4遺跡は、国史跡に指定されています。
八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館は、隣接する是川遺跡や風張1遺跡などを通して東北地方の優れた縄文文化を発信し、
埋蔵文化財の積極的な公開活用と適切な保存管理を図る施設として建設されました。
常設展示室は、是川中居・風張1遺跡の発掘成果及び重要文化財となっている出土品を中心に展示し、
直感的に縄文人の芸術性に触れる「縄文の美」、是川遺跡の調査研究成果を通して学習する
「縄文の謎」、国宝の合掌土偶を展示する「国宝展示室」などで構成されています。
企画展示室では、是川遺跡や縄文に関わる多様なテーマ、埋蔵文化財に関わるテーマの特別展・企画展を実施します。』NETより

漆が塗られている弓



土器や竹篭や木製の器窓に漆が重ね塗りされている
1万年近く前から漆の仕様が始まっているがこの仕事は現在と全く遜色がない
漆は現代のペンキや接着剤の役目をしているのだろう その保存性は高い 右は縄文人の指紋ですとAさん
縄文初期は狩猟された食べ物が多かったが後期になると栗やどんぐり・栃の実など広葉樹の実が多くなって
いるので気候の変化が考えられますとAさんが言う そうなんだ温暖化なんだ 現在の温暖化との関係はどうなんだろう




「遮光器土偶」~発掘当時 目がまぶしいからゴーグル状のものを付けていたのでは
ないかということで遮光器土偶と名づけられたが近年では目のデフォルメではないかとされる
明日行く亀ケ岡遺跡から最初に発掘された


Aさんの話ではこの土偶が小学生に一番人気だとか
中央の点線は正中線(妊娠線)ではないかと言う


こんなデザインを数千年前の人々がしていたんだ
土器などはアスファルトで接着修理の痕跡がある


この手は何をしているんだろう 顔は非常にリアル
土偶は女性が多いし じじいはこれは妊娠のポーズで安産祈願を表しているのでは
と考えた 確かエジプトの壁画にも同じ様なポーズでお産をするのが絵がかれていたと思う
いよいよ国宝にご対面だ
一部屋の中央に全面ガラス箱に入っていた
国宝「合掌土偶」(本物)


服装からしてこれは戦士ですかとAさんに言うと
Aさんは少し笑って 前から股の奥を見てくださいと言う
確かに男性ではない
では上の服と下の露出はどんな関係何だろうと2人で考えるもよくわからない
それに何の為に合掌しているのかも不明
細かい所まで彫りこんでいる
お産の時の姿だと思った 当時の医療から親も子も死ぬかもしれない 祈りもあるかもしれなし子宮が開いて
今まさに生まれれる陣痛に耐え 両手を合わせて祈りながらいきんでいるんだ
そう考えると上半身の衣服との整合性がとれる
同館のパンフによると
『「合掌土器」は、座った状態で腕を膝の上に置き、正面で手を合わせている形から名づけられました。
体には摩り消し縄文が施され、胴正面には刺突文が縦に並びます。両足の付け根や腕の部分が
割れており、割れ目にはアスファルトが付着していましす。当時の縄文人が修理して大事に
使っていた様子が伺えます。顔などに赤い顔料が残っっていることから
全身が赤く彩色されていたと考えられます。』

発掘時の「合掌土器」

同じ大きさと重さのレプリカは触れる 結構重たい