その39 いわき湯本・作並・つがる温泉(しゃこちゃん・光風)・黒石温泉(温湯・落合)

その2

楽しい一時だった
館の前から八戸行バスに乗る
なんとか五所河原に16時前に着きたい というのは「五所河原立佞武多館(たちねぶた)」にどうしても行きたい
 それが17時までしか開いていない  昨夜からいろいろ調べるに
当初の案では絶対無理なので新青森まで新幹線で 新青森から弘前バスで五所河原まで
但し新青森駅でのバスの乗り換え時間は10分程 はたして乗れるだろうか

南口の1階まで走る なんとか間に合う しかし5分過ぎても来ない
バス停の時刻表を見る なんとこのバスは土・日・祭は運行していない
あわてて駅に戻り 案内所に駆け込み 五所河原に一番早く着く列車を問う
13:58分発JR快速リゾートしらかみ4号 五所河原15:09分着 やれやれ
しかしこの列車 川部を超して弘前までノンストップで行って川部(奥羽本線と五能線の分岐点)まで又戻って
五能線で秋田行となっている どの様に引き返すんだろうと疑問に思っていた

全席指定の快適な乗り心地
観光用に五能線を使って秋田まで行くんだ
20分ほどで弘前に着く そして『10分ほど停車します 列車は川部駅まで前後反対に進行します
お席はそのままになります 川部駅からまた反対方向に変わります」というアナウンス
そうか スイッチバックなんだ 山間部では時々あったが 平地では初めてだ
運転手と車掌が入れ替わる
川部からは各停になる すると車内放送で「地元のおばあさんが津軽弁で地元の昔話を2ついたします
先頭車両のサロンに来ていただいても結構です」と言う
じじは先頭車両だったからそのまま座っていたが後ろの車両から何人か移動してきた
各車両(4両編成)にはモニターとスピーカーで姿と声は聞こえる

津軽弁は大好きだ 以前岩木神社からの帰りのバスで地元のばあさんの会話を聞いていて
意味は殆ど判らなかったが シャンソンを聞いているように酔いしれた
今日のばあさんはまだ一般向けにわかり易く話している 本気で喋られたら通じない
2~3駅の間に2つの地元の昔話 うっとりとして聞きながら車窓を見る

両側にリンゴ畑が続く

藤崎駅の看板
そうか 「ふじ」は「富士」ではなく「藤」なんだ

ばあさんの話の最後に
「青森には佞武多(ねぶた)は3つ有ります、青森市と弘前と五所河原です。
それぞれ掛け声が違います。
弘前は(や~やれ)五所河原は(やってまれ)青森は(らっせ~らっせ~)です
今から民謡の一節を歌います。はいと言ったら3つの掛け声をみんなで言ってください」と言う
列車は一気に祭り会場になり皆で「らっせ~らっせ~」「やってまれ」の声
本当につがる平野の真ん中で楽しい一時だった 残念ながら岩木山は今日も御隠れだったが
バスに乗れなくて結果的に大いに楽しめた 塞翁が馬だ



五所河原に着きすぐに荷物を置きにホテルに向かう
五所河原駅周辺はゴーストタウンの雰囲気

正面がJR五所河原
駅からホテルまで殆どシャッター街
先日五所河原出身の力士「尊富士」が優勝した時 多分この通りだと思うが
優勝パレードのニュースを見て すごい人が多いなと思ったが拍子抜けだ

以下は太宰治の「津軽」の序章の冒頭である
或るとしの春、私は、生れてはじめて本州北端、津軽半島を凡そ三週間ほどかかつて一周したのであるが、それは、私の三十幾年の生涯に於いて、かなり重要な事件の一つであつた。私は津軽に生れ、さうして二十年間、津軽に於いて育ちながら、金木、五所川原、青森、弘前、浅虫、大鰐、それだけの町を見ただけで、その他の町村に就いては少しも知るところが無かつたのである。
 金木は、私の生れた町である。津軽平野のほぼ中央に位し、人口五、六千の、これといふ特徴もないが、どこやら都会ふうにちよつと気取つた町である。善く言へば、水のやうに淡泊であり、悪く言へば、底の浅い見栄坊の町といふ事になつてゐるやうである。それから三里ほど南下し、岩木川に沿うて五所川原といふ町が在る。この地方の産物の集散地で人口も一万以上あるやうだ。青森、弘前の両市を除いて、人口一万以上の町は、この辺には他に無い。善く言へば、活気のある町であり、悪く言へば、さわがしい町である。農村の匂ひは無く、都会特有の、あの孤独の戦慄がこれくらゐの小さい町にも既に幽かに忍びいつてゐる模様である。大袈裟な譬喩でわれながら閉口して申し上げるのであるが、かりに東京に例をとるならば、金木は小石川であり、五所川原は浅草、といつたやうなところでもあらうか。

因みに五所河原の現在の人口約5万人である

「サンルートホテル五所川原」ここに2泊する
ホテルから2~3分に「立佞武多の館」がある

展示室は真っ暗
そして佞武多が一斉に光が入る
これはこれは!圧倒される


佞武多の大きさ

建物は38mでそれ自体が収納庫件組み立て場となっている
エレベーターで5階まで上がり 螺旋状のスロープで佞武多や その他の展示物が見れるようになっている





おいおい 君の運命は

まさに現在の人類の運命かも





立佞武多の館のパンフより

頑張って来れてよかった 横も良いけどこのこの高さの迫力は他には知らない

立佞武多館と吉幾三コレクションミュージアム

ホテルに入る前に
明日早朝に乗る(6時50分)駅前のバス停の確認と今晩と朝食の調達(ホテルの朝食時間が間に合わないのでキャンセル)

コンビニの前の五所河原市役所 裏寂れた街にしては・・・・

ホテルの最上階に天然温泉がある 宿泊客はいつでも自由に入れる ナトリューム泉で肌がつるつる
どこからか持ってきているのかな ボーリングしたのかな 良い湯だ


あすは5時起きだ 寝るぞ~

6日目 

弁当をかき込んで駅に向かう

明日乗る津軽鉄道の始発駅である
これからバスで40分 隣町つがる市の「世界文化遺産「亀ケ岡遺跡」「田小屋貝塚遺跡」とつがる温泉に行く


バスの車窓からやっと岩木山が拝めた 岩木川と岩木山
この山の反対側が鯵ヶ沢温泉と黄金崎の不老不死温泉




案内所は9時からだが草刈りのお姉さんが 人はいないが開いてますよと声を掛けてくれた

上の説明によると「亀ケ岡文化」は遠く北海道から近畿・四国にまで及んでいるという


上の解説では「縄文海進」で黄色の部分が湖(旧十三湖)や湿地帯でその縁の高台に集落が出来たんだ

辰砂やベンガラなどを塗った土抗墓である



発掘トレンチ 係員は誰もいない 早朝だからかな 日曜日だからかな 

歩いて3~4分に田小屋野貝塚がある


地元のじいじや お姉さんが草刈りとゴミ拾い

女性の人骨が出土した場所 現物はこれから行くカルコに展示されている
縄文後期でも住居近くに貝塚が有り土葬も有り混然としているんだ

ここのトレンチにもだれもいなかった
バスでつがる市の中心地に向かう

消防分所

つがる市役所
その隣が亀ケ岡・田小屋遺跡からの出土品の展示館カルコ



田小屋貝塚出土の女性骨(実物)

発掘時の映像


「遮光器土器」重文(レプリカ 実物は東京国博)

満足して市役所前の「しゃこちゃん温泉」に向かう(しゃこちやんとは遮光器土器からの命名))


モール泉でしょっぱい 熱めと温めで大きくて気持ちがいい(浴槽の写真はNETより)
日曜日とあってか近隣から多くの人が集まる 浴槽には10名程のじじい達

入浴料350円 駐車場から岩木山がまともに見える  近くに有れば毎日でも来るだろうに

ここから歩いて20分に「光風温泉」がある 是非行ってみたかった
バス停までもどると20分ほど待てば乗れるのでバスに乗る
東相野バス停で降りると目の前

しかしこのバスひどいな 錆びだらけ

なにが面白いかと言えば ここは自動屋さん 敷地内に温泉場がある
日曜日なので修理工場はお休みの様だ
近づいていくと母屋から60才くらいの叔母さんが来る
愛想の良い人だ 大阪からきたと言うと余計に愛想が良くなって 風呂の事は忘れるほどに
話していると ちょっとこれ見てくださいと隣の部屋に案内されると

2014年にNHK「鶴瓶の家族に乾杯」で鶴瓶が来たというお知らせ
その年の8月に鶴瓶が来て 10月に家族全員で東京のスタジオに出演したと言う
地元の新聞にも掲載された様だ
「へえ~こんなとこまで」と失敬が思わず出た
「そうそう 本当にね」と叔母さんも大笑い
今 父は100才で施設に入っているが数年前までここにいたんですと言う
鹿児島の嘉例川駅にも彼の訪問写真があった こんな所スタッフが捜すんだろうか
そうそう風呂に入るんだった


ここも やはりモール泉 只とても熱くて入れない
水道水をじゃんじゃん入れてもその周辺だけしか浸かれない
恐そうなじじいが1人いたので 写真は無理だった
次のバスは1時間半後で 直接五所河原駅まで戻るのが早くて楽なのだが どうしても五能線の木造駅
に行きたかった 木造から五所河原まで1駅で10分足らずだが列車時間まで2時間ある
駅まで徒歩20分 火照った体を冷やしながらぶらぶら歩くことにした


望遠レンズでここまで見れるところまで来た

道沿いの家の庭に芍薬か牡丹か そうか関西では4月末から5月初めの花だ


五能線木造駅
名物駅 これを見たさに駅に来た 今から1時間強 列車を待つ

ここでも人気だ けっぱれ!

今夜から又雨模様 
今夜はホテルのレストランで食事をしょう

あら 又勝手にビールがある そんな訳ないでしょう
今夜はヌルヌルの湯に入って寝ます


7日目
 

野菜をたっぷり
五所河原駅から津軽鉄道で金木まで行く

朝から結構本降りである

金木駅

金木駅から徒歩5分に「斜陽館」がある 9時オープン



館のお姉さんが「開館」の看板を出すや否や雨中から入館 チケットの右上に時間まで判る あなはずかしや



広い庭

東北の仏壇は寺並みの豪華さ







太宰治「津軽」序文中より
小学校の頃、遠足に行つたり何かして、金木の近くの幾つかの部落を見た事はあつたが、
それは現在の私に、なつかしい思ひ出として色濃く残つてはゐないのである。
中学時代の暑中休暇には、金木の生家に帰つても、二階の洋室の長椅子に寝ころび、
サイダーをがぶがぶラツパ飲みしながら、兄たちの蔵書を手当り次第に読み散らして暮し、
どこへも旅行に出なかつたし、
・・・・・・略




すぐ近くに有る「津軽三味線会館」に行く
10時から20分間 生演奏がある 1時間に1回なのでこの時間に合わせて来た

黒石から来られた佐藤晶さん  
簡単な説明をしながら津軽曲と最後に黒石発祥のじょんがら節など3曲を聞いた

客は3名だった でも3人とも叩きや前後バチなど連発で盛り上がる場面 拍手喝采
30数年のプロである 演奏が終わると 感動で思わずお礼をしていた
やっと津軽に来たんだと実感

金木からこの時間帯は津軽鉄道で五所河原まで戻りそこで快速リゾートしらかみ1号に乗り換えて川部まで行く
それを逃すと黒石温泉のバスが少ないので3時間遅くなる
 来る前に快速指定券をNETで予約していて品川駅で発券した
JRも一番乗りたい時間は特別料金が要るようにしている
特に九州などはそれが露骨である 新幹線が通って在来線の本数を減らせば
通勤通学でも新幹線を使わないといけないのと同じである
駅のホームで列車を待っていると失礼だがどう見ても快速リゾート列車にのるような雰囲気ではない
小柄な日焼けした 農作業の様なじじいがなにか言っている
何度も同じことを言う どうも自分は3つ程先の駅で降りたいのだが普通列車が当分ないので
特急指定券を買って乗るんだと訴えていた
本当にじじいがこぼす気もよくわかる じじいは5つ先の駅だもんね少しはましかな えろう変わらん


五所河原 さようなら

川部駅から黒石駅までバスで行く 弘前に出て弘南鉄道では全くスムースに繋がらない
電車とバスは同じ会社なのに黒石駅に着く5分前にバスが出てしまう
それで2時間待ち 考えられない世界だ
 今回は平日だが運転の有無の確認を何度もチェック
それでも黒石駅から黒石温泉卿のバスは1時間待ち

これでもまだましな方だ
明日はもっとすごいのでタクシーを予約している

駅の案内所で観光地を聞くととても親切だった
徒歩15分に黒石市の古い街並みがあり
そこにバス停があるので駅に帰って来なくてもいいらしい

嘗ての町の風呂屋が廃業した後を観光案内所に使っている
浴槽も展示の一つ


この形はつがる市役所横の消防部と同じだ

蔵の茶店で一服

雪のある暮らしを知らない者には情緒を感じる

バスで20分 上温湯(かみぬるゆ)で降りる
黒石温泉郷の中心地だがほとんどの宿は稼働していないようだ
共同浴場「鶴の湯」が唯一賑わいがある

温湯温泉(ぬるゆおんせん) 鶴の湯


「ぬるゆ」という名前だが温くはない40℃くらいか 塩味のするヌルっとしたまったりとした湯
何時間でも入ってられそう 次のバスは2時間後だけどそんなには無理

この温泉街の夜はどんな様子なんだろう 泊まる人があるのかな

今夜の宿はバスで3分ほどだが雨の中 暗くなってきて余り歩きたくない

「津軽伝承工芸館前」で降りる
宿まで7~8分

落合温泉

今夜の宿 「南風館」寿司屋が宿の経営をしているようだ
NETで夕食の寿司に惹かれて申し込んだ

宿に着くと 大きな手提げ袋をくれる
黒石市の宿に泊まってアンケートにに応えると街の特産品の詰め合わせがもらえる
え~ 米・酒・リンゴジュース・蕎麦・豆のつまみ・ポタージュスープ・焼き菓子の詰め合わせ
アンケートには交通が不便で旅行に慣れた日本人でも来難いのに インバウンドでは無理と書いた
でも明後日は飛行機に乗るのにこの量と重さでは 必死になって飲み物やお菓子は腹袋に仕舞おう

窓からの景色も良く宿は新品なのか全てが真新しい
今夜は6部屋の内3部屋の客 1人組2部屋と2人組1部屋のようだが部屋の壁が薄く女性の会話が
かしましい

鶴の湯と違って無色透明で源泉は60℃で加水 かけ流し 一晩中入れる



満腹 寿司も鯖の味噌にも唐揚げもしゃこも鍋もりんごシャーベットも全て美味しかった
こえでビジネスホテル料金と大差ない
寿司のネタも厚くて新鮮で美味いが 寿司はネタ以上にシャリが大事だと思う
ネタはシャリの美味さを引きだたせる為だとも思う 

かしまし も気に成らないほど寝入ってしまった


8日目

飯が美味い
バスが来る間に伝承館を見ようと思ったがまだ開いていなかった




黒石駅から弘南鉄道で弘前へ


弘前で1時間20分の待ち合わせ
城までは遠いし桜も無いし 前回 結構街中を歩いたし 駅近をぶらぶら 
駅近の イトウヨウー堂が9月29日で閉店しますの張り紙
大変だね

弘前から奥羽本線で鷹ノ巣駅まで1時間
駅前に予約のタクシが待っている
4月に「伊勢堂岱遺跡」往復乗合タクシー(本来の半額以下の片道900円)を予約していた
5月4日にタクシー会社から電話があり「今 駅で待っていますが」という
6月4日と間違えているんだ 「メールと電話で2回確認していますが」という笑い話
今回は前日に電話を入れると「お聞きしています」と安心電話
同年輩の気さくな運転手さん 「以前陣場の日景温泉に泊まりましたよ あそこは温泉・料理全てが最高の宿ですね」
というと彼も「本当 そうですよ 滝を見ながらの貸し切り湯もありますしね」
「昨日泊まった落合温泉の南風館も値段の割には食事が美味しかったですよ」
「住所など書いたものがあったら下さい」と彼も数奇者らしい おおいに話がはずんだ
10分くらいで着いた
前回2019年5月(温泉巡りその22)鷹ノ巣に来た時 寄りたかったが最寄り駅は廃線候補の秋田内陸線にある
この列車は1日2~3本しか走らない とても頼るわけにはいかない
今のところまだ存続していた
運転手さんに14時の迎えでお願いした 本来なら乗合タクシーなので時間が決まっている
しかしこんな所に来る変人は多くない
 
伊勢堂にある岱(泰山とか大山の意) 縄文後期のストーンサークルを含む遺跡である
大山と言っても白神山地を望む丘である
NETによると
 『伊勢堂岱遺跡は北秋田市脇神字伊勢堂岱に位置する、縄文時代後期前葉(約4,000年前)の環状列石を主体とする遺跡です。
これまでに4つの環状列石を中心に、配石遺構、掘立柱建物跡、土坑墓、柱穴、溝状遺構などが検出されています。
 大館能代空港へのアクセス道路建設に先立ち、平成6年から秋田県教育委員会が発掘調査を行い、
平成7年には直径約32mの環状列石Aと、弧状の環状列石Bが発見されました。
さらに翌年の平成8年には環状列石C(直径45m)が確認されました。
3つの環状列石が発見されたことで、地域住民や県民から遺跡の現地保存を求める声があり、
平成8年12月に道路計画の一部を中止し、道路を迂回させ、遺跡を現地することが決定しました。
 平成9から22年度まで北秋田市教育委員会が発掘調査を継続し、遺跡の範囲や4つめの環状列石など
遺跡の詳細な内容が明らかになり、4つの環状列石を主体とする、縄文人の世界観や社会構造を復元できる貴重な遺跡として、
平成13年1月29日に国の史跡に指定されました。』


4つのサークルがある 作られた年代が何百年と渡っている 世襲制で作られていたようだ

板道は周濠だった所を埋め戻して板を敷いている

ちょっとやばい感じ



でも安心してください 履いてます ではなく張ってます
周囲は電気柵で囲まれていた ここ北秋田市は熊の出没で大変なんだから


白神山地が一望

展示室に戻る



映像を視いているとストーンサークルの中心は立石棒に周りは長短の石が横に並んでいる
たぶんこれは日時計だろう 1年用か1日用かあるいは両用かもしれない
その場所は当時の人々には聖地だったのだろう
そんなことを考えながら映像を視ているとタクシーが迎えに来た

幻の列車秋田内陸線 列車が待機しているが・・・

秋田行の列車で秋田駅に着いた
ホテルは「ルートイングランティア秋田」駅から歩いて15分である
すこし遠いが天然大浴場付とあったので選んだが大夫 遠い 何度か人に訪ね乍らたどり着いた

フロントで大きめの部屋に変更しましたと言う 有難うラッキー
コンビニ弁当を食べて 風呂に行く
ホテルの横に大きなドーム型の浴場がある 宿泊者は無料で一般が800円

湯船は沢山あるのにどれも人で一杯
やはり スーパー銭湯の循環式では長居は無用
とっとと寝る

9日目
 
今日は最終日

流石に疲れが出る
今日は秋田空港から15時前の飛行機で伊丹まで
空港までバスで40分かかるので13時15分のバスに乗る予定
それまで秋田美術館と駅前の八代目佐籐養助で素麺を食べてバスにのろうと思っていたが
もう余り動く気がしない
空港で3時間ほど時間潰しをしようと早めのバスで11時に着いた

秋田空港は思った以上に大きかった 人も次から次に来る 札幌便が多い 秋田からだと盛岡か新青森に出て函館で又 在来線となれば
飛行機が多くなる


うろうろしていると佐藤養助の店がある
何とラッキー

でも何か違う 麺ののど越しが違う 
支払いをして表の看板をよく見ると

なぬ 養助ではないんかい 養助なら絶対並ぶもんな~
とかいいながら 飛行機に乗る

東北よさようなら ありがとう

これは鳥海山だと思う

富士山が見えると外国から帰って来たような感じがした

こうして無事8泊9日の旅を終えました
最後は少しばてましたが まず90%以上は予定達成できたと思います
いい旅でした