その25 (その1)嶽温泉・百沢温泉・浅虫温泉・洞爺湖温泉・登別温泉・

    企画から丸2年 やっとの思いでこの旅が出来たことに関係者の方々に深く感謝いたします。
少し無謀かもしれないですが行ける人は1人でも多く観光地に行って窮状をみてください。
観光地を絶やさない為にも

2020年5月実施予定がコロナ感染緊急事態で予約の宿や観光施設など閉鎖になり中止となった
2021年5月に同じコースを同じ施設で再予約をした しかし今年の2月頃どうもコロナ感染の状況は終息どころか再拡大の予感 
頼みのワクチンも遅れ気味
2月に往復の飛行機(JAL)と既に予約済の宿に6月21日から出発と1か月延長変更をした
しかし5月・6月と緊急事態も危ぶまれたが最終的に6月18日沖縄を除いて緊急事態が解除された
特に沖縄と目的地の北海道の数値が悪い 最後の最後まで気が気でない
最終的に断行決定は6月17日だった

決め手は管総理のメッセージと25日宿泊予定の「登別グランドホテル」が18日から再開するとNETにでた
昨年もグランドホテルから電話があり閉鎖するのでキャンセルしてくださいとあった
今回ももしそうならこの旅行自体のキャンセルもあり得るかなと思っていた
このホテルが何故こんなに厳格に政府の方針を厳守するのかその理由は行ってみて判った


1日目

朝1番の電車に乗り伊丹空港に着く
JAL受付でチケットをもらい荷物検査を受けて搭乗口まで行く
ここまで普段となにも変わらない
カウンター前や荷物検査もほとんど人がいないので全てが早い


とりあえず腹ごしらえ
空港内の店も普通に営業している
広い飲食店に3組の客がいたが久しぶりで外食をするが恐怖感はない


80席くらいの飛行機だが乗客は30名ほど
席は選び放題 全員マスクで大声会話は無し
予定通り離陸
全くゆれも無く1時間半ほどで青森空港に着く
少し雲が多く空気はひんやりしている

一番目の訪問先は「三内丸山遺跡」
出発前に北海道・東北の遺跡が世界遺産推奨にされたとか
正式に認定されコロナが明ければ賑わう事だろう
空港から遺跡迄の直接の交通機関はない(タクシー以外)
空港バスでまずJR青森駅まで行く

青森市内は市営の巡回バス「ねぷたん号」(料金一律300円)で青森駅・フェリ―ターミナル経由して遺跡に行く
明後日青森港のフェリ―ターミナルから函館に行くので又同じバスに乗るので下見が出来た





三内丸山遺跡は1992年運動公園予定地から発掘された前期縄文遺跡である
BC3900~2200年間約1000年近くの住居跡である
それはゴミ処理場に堆積している物から推測できる
土器の欠片や食料品の種類やゴミの堆積層などからはかり得る
この時代は東北も北海道の気候がもっと温暖だったことが植物の種類から知れる
九州の遺跡と比べここには土塁がないこと
ということは狩りの道具はあっても侵略されることがないので防護塁や武器がない
この地で1000年間狩猟や木の実などを食べ穏やかに暮らしていたんだろう



現地に行く前にシアターで予備知識

トンネルをぬけると5000年前にタイムスリップ
少し天候が悪い 涼しくていいがパラパラと雨 傘をさすほどもない









訪問者も少なく天気ももったし 予定より少し早めにバスに乗る

「ねぷたん号」は新青森駅にも寄る
JR新青森から弘前市まで普通列車で1時間20分



今夜の宿は岩木山麓の獄(たけ)温泉「山のホテル」
宿から電話で弘前駅城東口16:00に迎えに行きますという
バスで行くと50分ほどかかる
迎えの車が来るまで1時間半ほどある
弘前城は明日行く予定だしそれではと弘前大学を目指して行って帰ってこようと歩き出す
しかし日差しがきつい
汗が噴き出る ペットボトルが忽ち空になる
30分ほど歩いて大学の手前の威風ある建物(医療関係)の前で引き返す

弘前駅城東口のベンチで迎えを待つ
爽やかな風で一息つく
駅からスーツとネクタイ・革靴姿の同年輩の背が高く体格のいい叔父さんと背の低い頭の毛が薄い小柄な叔父さんが出てきて
ベンチに座った
この時期こんな場所できっちりした服装が非常に目立つ
銀行か不動産会社の偉い方と秘書 いや上級公務員かな といろいろ思った
迎えの車が来た
じじいが乗ると先ほどの背広2人組も乗って来た
え~こんな恰好で岩木山麓の「マタギの宿」に行くんだと吃驚

車中で2人が話しているのを聞いていると「診療所でなんとかかんとか」「看護婦がなんとかかんとか」
「会長 この通知はNETでしますかそれとも郵送にしますか」
「そりゃ郵送の方がいいだろう」と言葉は関東弁である
どうも大きい方がどこか地域の医師会の会長で小さい方は副会長か書記そんな風な会話である
いずれにしても背広の意味がわからない

30分ほどで宿に着く


上の地図で③が「山のホテル」④が小島旅館⑪が「百沢温泉」

 
これは何ですかと宿の人に聞くと「実は昨年当館は倒産しまして それで当館のファンの方々が
お金を出し合って頂きなんとかこの3月に再開出来ましたので
その方々のお名前を書いて感謝の気持ちを表していますという

そういえばNETでは嶽温泉には5~6軒の宿があるようになっているが現在営業しているのは隣の小島旅館と此処だけのようだ
もう一軒NETで掲載の「縄文の宿」とこっちとどちらにしょうか迷ったが「縄文」は閉鎖されていた
NETで予約しても返事は無かったと思う
実は昨年隣の小島旅館の予約を取っていたが今年は満室ですと断られていた
直前にもう一度メールをするもやはり満室だった
来てみて判ったが近くの学校でなにかボランティアの大会があるようで宿から若い人がぞろぞろ出てくる
値段も安い小島旅館に集中したのだ

食事まで付近をぶらつくも岩木山は雲で頭を隠している
岩木山に何故か郷愁を感じる
同じ感覚は奈良桜井の三輪山を見た時と同じだ
縄文時代の三内丸山遺跡と岩木山
古墳時代の巻向遺跡と三輪山
三島の「豊饒の海」に繋がるのだろうか


弘前城は桜で有名だが弘前から鯵ヶ沢(秋田犬で有名だった「ぶさお」がいたところ)
に向かう国道3号線には世界一長い(7km)「桜の街道」と呼ばれている並木がある

ツアーで鯵ヶ沢温泉に行ったがその時は岩木山を反対側から見ている

とにかく風呂さ~いくべ~


風呂は2ヵ所あるが同じ源泉らしい  いい感じ

少しイオウ臭のするまったりとしたいい湯だ
そういえば背広2人組はどうしているんだろう
散歩の時 宿の前のテーブルで50歳くらいのジャージを着た地元の人らしき人と会っていた
会長が「こんなところにお呼び立てして申し訳ございません」と挨拶していた
又土地でも買って介護施設みたいなもん建てるんかね

飯は食堂で
結局今日の客はじじいと背広2人組で合計3名だった
風呂では交互ですれ違わしたようで 一度も出会わなかった


何がマタギ飯かよくわからなかったが久しぶりに宿飯を食った
今日は早朝から動き回ったので食べて直ぐに寝てしまった
4時ごろ目が覚めて風呂に入って又寝た

アンケートに露天設備は無いが「湯は最高!!」
食事のコンセプトが今一不明と書いた
料金の3分の1は寄付の感覚
明日は宿9時出発

2日目

食事の前にもう一風呂浴びて朝食

車が出る前に散歩

今日は岩木山(津軽富士 1625m)のてっぺんが見えている

宿の横から岩木山への登山口があった
少し歩くが何かが出そうなので早々に止めた

背広2人組も一緒に送ってもらうようだ
車で10分ほど走ると国道沿いに「岩木山神社」がある
じじいは事前にここで降ろしてほしいと宿に言っていた
計画当初は温泉前8時30分のバスだった
降りるとき初めてお互いに「お気をつけてと」と挨拶をして背広2人組と別れた

通称「お岩木さん」として地元では愛されているようだ
駐車場には次から次に車が来る
創建は780年 山頂に建てられた
いわゆる山岳信仰である
ご祭神は顕國魂神・多都比姫神・宇賀能賣神・大山祇神・坂上刈田麿命



岩木山の雪解け水だろう 手が凍えるほど冷たい 旨い

上の写真は「岩木山神社」のホームページの頭に掲載の物を拝借
光景は弘前市のものだと思う
奥宮まで登れば奇麗だろうな
  
ここで降りたのはもう一つ目的がある
この辺りの地名は百沢といい百沢温泉としても有名
大きな宿は無く5~6軒が神社の周りに点々とある
今回立ち寄り湯として「百沢温泉」に行く
神社の横を10分程坂を上がると見えてきた

広い駐車場が用意されている
これだけの場所が必要なほど集まるんだ
以前の資料では神社近くの立ち寄り専門の小さな大衆浴場のようなことが書かれていたが
神社があり国道がありいい温泉があれば自ずと栄えるのであろう
風呂は10時半から 少し早いので待っているとじいちゃん・ばあちゃんの車が来る

津軽弁で日常会話
半分は理解不能

人が多く写真はこれで精一杯

上の写真1枚はNETより  風呂場の奥に打たせ湯があり天井のパイプから勢いよく温水が落ちてくる

嶽と違って少し赤茶っぽく鉄臭がする
ここもいい湯だが じじいの好みとしては嶽温泉の湯かな

何度も出ては入りでもう体がほてってペットボトルも空になる
1時間ほどで退散

温泉の奥にメープルシロップの製造販売所がある
その周りは楓の木なんだろうか
「ホタル・カッパとな!!」だって

弘前行のバス停は神社前にある
鳥居前の石垣の上でソフトクリームを食べながら涼む

バスは8時半の後は12時30分まで来ない
約1時間近く境内で涼む 下からクーラーのような風が酔いを醒ます
至福の時である
バスの時間が近づくと周辺の地元の人達が集まる
じじいを除いて5名程のおばあさんやおばさんが乗る
この人達は最初から大声で津軽弁で車内は大盛り上がり
病院に行く人や役場に行く人など ワクチンや膝のサポーターや天気や作物や話題は尽きない
意味は半分くらいだが固有名詞などで大体の話題は理解できる
音として聞いているとなんとも心地よい
円やかなやさしいメロディーの様に聞こえる
ハングルとも違うしフランス語でも無い 
この辺は津軽弁のメッカだよね~「そっだね」

弘前城の大手門に1番近いバス停留所「弘前市役所前」で降りる
ここから歩いて10分ほどで弘前城天守閣に行く


どこを見ても全て桜の木
桜は寿命が短いので空き地という空き地には苗木を植えているんだろう






天守閣のあった場所の下の石垣が崩壊の恐れがあるので
2014年くらいから天守閣を別の場所に移動される工事が始まる
移動の際に使用されたジャッキやころなど展示されていた

工事が終わり天守閣が元に戻されるのは2025年くらいと言われている

広い城内域はとても見切れない
近くの門からバス通りに出ると市内循環バス(15分おきに来る 1回100円)に飛び乗り
弘前駅に行く
14時47分発青森行「特急つがる」に乗る


青森だけのことはある
色んな種類のリンゴ100%のリンゴジュースだけの自販機 美味かった
駅の待合室で時間待ち



自由席の乗り口にいくとなんとあの背広2人組が並んでいる
2人共両手にいっぱいの土産物をぶら下げている
「又お会いしましたね」と後ろから声を掛けると2人とも目を丸くして驚く
若い女性グループならしもじじい同志ではなんともはや
別に話すことも無く違う席に着く
2人は新青森で降りたようだ

列車は7分遅れで来た
青森駅で5分間で「青い森鉄道」( 青森から八戸行き)に乗り換えないといけない
検札の車掌に大丈夫なのかを問う
青森駅では隣のホームで階段を上がって下る動作が必要だと言われる
列車は止まる駅の度に遅れの時間を伝える 段々遅れが短くなる
結局1分遅れで着いた
着いた途端陸橋を駆け上がりなんとか間に合った
席に着くと直ぐに動き出した



今夜の宿浅虫温泉「椿」に行く
前日宿から電話で駅まで迎えに行きますと言われたがあるいて7~8分だというので
途中写真も撮りたいので歩きますというと もし大雨なら電話下さいと言う
そんな雨なんぞと思っていた
ところが電車が進むにつれ雷が光 横殴りの大雨
浅虫温泉駅手前の長いトンネルをぬけるとなんとか小雨になったので
歩こうと思って改札に出ると宿の迎えが来ていた


ここの売りはなんといっても浅虫温泉の最古参
源泉かけ流しは勿論先代と親交のあった棟方志功の定宿でもあり製作現場でもある
彼の原画が数多く展示されている

食事まで時間があるので海まで歩く
雨はほぼ上がっていた
海まで歩いて10分 海岸沿いには何百人も泊まれそうな大型のホテルが並んでいる
しかし多くは閉鎖されていた
7月1日から営業します とかそのまま開かない所もあるようだ
大きい所ほど中途半端に開けると経費倒れになるんだろう

ここは夕日で有名らしいがそれまで待っていられないので宿に帰る
風呂は広々として如何にも源泉かけ流し感がある
露天は熱くて入れない写真用に飛び込んだがすぐに出る
湯の味は海水を少し薄めたくらい塩辛い
『明治九年七月 明治大帝東北御巡幸に際し浅虫温泉椿館にご宿泊ご入浴の光栄に・・・・』
と宿のパンフに記してある

食事は1グループづつ仕切られたブーツで食べる



これは見た目にも素晴らしい
各ブーツから歓声が上がるのが聞こえる
霜振りの牛肉 似非菜食主義者にとって肉など7ヶ月ぶりに口にする
屠殺されたものは食べてあげるのが成仏
〆は縄文うどんとあるがとてもそこまで行けなかった
味もちゃんと出汁が出ていた
さすが老舗の手間だと感心

例の如く朝は早いし昼間は動くので9時のNHKのニースを聞いて寝る
早朝朝ぶろを2回ほどして朝食となる
明日はいよいよ北海道上陸だ

3日目

朝風呂の前に散歩する
海と反対側に「ホタル湖」と書いてある

なんてことはない灌漑用のダム

with浅虫のオブジェ 洒落ているな~

浅虫小学校の廃校 避難場所になっていた
地元のお年寄りのお散歩道になってるようだ
5~6人と出会った 全員「おはようございます」と大きな声を掛けてくれた

すれ違いの散歩の叔母さんにこの上の赤松の巨木までだいぶ登りますか
と聞くと「それほどでもないよ」 「熊は出ませんか」「最近はあまり聞かないな」
などと会話その度にじじいが「そっか」「そっか」と言うもんで
叔母さんがそれを真似して大笑い
多分大阪弁で「そうかいな」と同じ使い方なんだろうが
津軽に来て一番耳に着いた言葉が自然に出たんだ
礼を言って別れても叔母さんは「そっか」「そっか」と言ってくすくす笑っていた

松には結局行かなかったが宿にその写真が展示されていた

宿に帰り風呂に入り朝食

生卵を半熟にし味噌を混ぜてご飯に掛けるという
何でも「ケンミンショー」にもでたらしい
さすが老舗旅館はやるね~

8時17分の青い森鉄道に乗るので8時に宿を出ようとすると又雨
又車で送ってもらった

青森駅からは一昨日の要領で駅前から「ねぷたん号」で津軽海峡フェリーで函館へ

50年ほど前青函連絡船で渡ったことがある
新幹線よりは旅情がある
あの時は青森駅から席取りの為連絡船まで走ったが
今は港まで数キロ離れているんだ
車無しの乗客も減っているんだろう


青森10時発函館13時40分着


船内のTVモニターでは雨
スタンダードの客はデッキには出れない
ビュールームには別料金がいる
20名位が寝れる部屋が8部屋くらいあるが各部屋が1人で占有していた
じじいは宿で出たお茶菓子を食べ乍ら寝転んでいた

函館港も雨だった
バスでJR函館駅に向かう

今日の宿は駅傍の「アパホテル」 寝るだけなら十分である
ホテルに入るには早いので駅の観光案内所にいく
➀土方歳三の終焉の地の確認
②一般的な観光コース
③市電の乗り方

➀は歩いて15分くらいの所
②は市電で末広町まで行ってそこから山手の方に歩く
途中函館山ロープウエーがあるので山頂まで行く下ってくるとレンガ通りなどの後十字路から市電に乗る
③市電は2km210円 4km230円 整理券を取って後払い 15分おきに来る

ということらしい
➀雨の中通る人も無く少し不安だったが行き着けた

新しいお花が一杯添えられている
やはり来る人が多いんだ もの好きはじじいだけかと思っていたが

駅に戻り 駅傍の「アパホテル」に行く 若い女性やビジネスマンのような人が多くチェックインの
手続きをしている
暫く待ってチェツクインした この手のホテルはほとんど先払いである
直ぐに部屋に入り荷物を置いて貴重品とカメラと傘を持って市電乗場に行く


市電の車内は思ったより狭い
結構人の乗り降りが多い 庶民の足なんだ 同じような路線を走るバスより盛況のようだ
車と同じで信号は停車するのでバスと同じ感覚

函館駅前から15分ほどで末広町停車場に着く
雨がぽちょぽちょ絡んでくる
基坂を上がると元町公園・旧函館区公会堂・北海道庁函館支庁舎そして八幡坂来ると教会が並んでいる
外国との接点のある港町は長崎や神戸とよく似た雰囲気だ



流石の観光どころも平日の雨でコロナでというと店もほとんど閉まっている
レストランもコーヒーショップもクローズ

ロープウエーの所まで来たがどうやら中止のようだ
ロープが途中 雲で消えてしまっている
函館山は300数十メートルなのにここだけはいつも雲を被っている
6月20日まで「緊急」で休んでいて21日から再開でラッキーと思ったが天候には勝てない

坂を下って十字路駅に行くとその先に「赤レンガ倉庫群」とある
信号を渡って歩いて10分の海辺に位置していた

ここはなかなか充実している 楽しい区域

駅に向かう途中「高田屋嘉兵館」があったがコロナで閉館していた
司馬遼太郎「菜の花の沖」の主人公である

十字路駅から函館駅に戻り予定ではコンビニ弁当で明日の早朝生鮮市場で丼を食べるだったが
夜景も見れないので生鮮市場で食べることにした それが間違い

食道街は殆ど閉まっていた 朝が早いので16時には終うようである

1軒だけ開いていたので表の看板を見るといくら・まぐろ・いか三種盛で1000円とある
これはいいと入るとメニューにそれが無い
女店員に言うとそれは昼間のサービスランチですという
店を出ようかなと思ったが「ミニ丼」1900円とある
これにしてくださいと頼んでしまった


本当にミニ丼にまずい汁 函館のイメージが一変してしまった
さっさとホテルに帰って寝よう

4日目

朝は近くのコンビニで温めてもらった弁当で腹ごしらえ

さあ 今日から温泉巡りも本番

8時55分発 JR洞爺行に乗るためホテルを出て5~6分で函館駅
切符を買おうと思うと予定の列車が無い
駅員に尋ねると「すみません 今 毎週水曜日と木曜日はこの時間の列車は間引き運転中なんです」
という特急北斗5号は間引かれ次は10時05分発の北斗7号である
まさかJRまではと油断していた 今日は水曜日だ
とりあえず「みどりの窓口」にいって係の人に言うとこれからの行先やら旅の予定を聞いてくれて
それなら29日までの期限の周遊券を作りましょうという
乗車券だけ函館から函館まで自由に乗れる 特急券は別である
これがいいのか悪いのかは未だに確認出来ないが いちいち切符を買う手間は省ける
普通「みどりの窓口」ではこんなに話すことは無いがじじいの他に誰も客がいないので
係の人も親切である

なんじゃかんじゃで10時05分の特急に乗る
函館駅のホームからは昨日あれだけ雲被りの山が頭を出していた


雨が強く途中大沼公園も海もあったもんではない



12:00に洞爺駅に着く
10分程の待ちで駅前から洞爺湖温泉行のバスに乗る
予定では洞爺湖バスセンターで有珠山ロープウエー行のバスがあるのだが
バスセンターに着いて確認すると5月の連休以外は現在動いていません
とのこと
これは何度も確認していたが最近再開されたようなことをじじいが何故か勘違いしたんだろう
さあどうするか 取り敢えず予約の宿「北海ホテル」に向かう
今日の宿は本来「松田忠徳先生」の100名湯の宿ではないが先生の指定の宿は数年前に無くなっている
バスセンターから一番遠いから低価格なのかしらないが他館よりもリーゾナブル
宿に着いて予約の者ですがというと40歳位のお兄さんが 「はい」
宜しくお願いしますというと 「はい」
おまえはロボットかというような応対
雨はしょぼしょぼだしな~とにかく昭和新山まで行ってみようと荷物をフロントに置き
タクシーを呼んでください 「はい」
距離は7kmくらいあるらしい 2350円

新山の前で降りた

新山は過去2回ほど来ているが有珠山に上がったことがない
後ろを振り向くと有珠山が雲に隠れたり見えたりしている
ロープウエーに乗るか迷う
いつか蔵王のロープウエーは途中で真っ白になって直ぐに降りた
今回は少しは見えている
よし上がろう!


新山と洞爺湖

有珠山の頭と噴煙が見えたのは一瞬だった
雲の切れるのを待つが無理
新山からここまで人がいたのはチケット売り場とロープウエーの係の人だけ
じじい専用だが普通に誰も来ないよな

下に降りると火山体験館無料とある
世界の火山噴火の映像と共に音響も凄まじいおまけに床が振動する仕掛け

有珠山の噴火も映像に出ていたが麓の温泉街も甚大な被害が出た
20~30年周期で噴火しているようだ

上はNETより2000年4月4日の最新の噴火
今夜泊まる北海ホテルの直ぐ後ろの感じ
そういえば駅からバスの途中に「噴火口登山口」というバス停があった
本当にホテルのそばだ

山も一周出来なかったのでホテルまで歩くことにした
1時間半~2時間で帰れるだろう
途中雨も降り洞爺湖迄50分ほどかかった

洞爺湖からは遊歩道があり
洞爺湖と彫刻を楽しみながら帰る



この写真を撮ろうとした時後ろから背中に何かが当たる
振り向くとカラスが2羽ギャーギャーと騒いでいる オット 愛の巣にお邪魔したんだ
1枚撮ったら直ぐ離れるからと思っていたら今度は頭を直撃してきた
畳んでいた傘を伸ばし振り上げて「こらー」「こらー」と怒鳴る
写真を撮るには後ろを向かないといけないので 右手にカメラを持ち左手傘を振り上げて「こらー」「こらー」
と叫びながら撮ったのが愛のファミリー像
漫画みたいな出来事 この時の様子を人が見たらどう思うだろう 




結構楽しみながら3km余りを歩いた
我ホテルは中心街からあと15分ほどだ

部屋から洞爺湖が一望 天気が恨めしい
歩いたぞ~温泉じゃ~

お湯は少し赤っぽいが臭いは無い
表示の成分表では微黄色濁、微炭酸味、無臭 ナトリゥム・カルシウムが多い 吹き出しで50.3℃
となっている
やはりいい湯だ 足の疲れには最高


浴衣に着替えて食道にいたのは3~4人
あと10数名がいたがどうも何かの工事のような仕事で宿泊しているようだ
食事の内容も浴衣族とは全く違った食道の定食風

浴衣族に出てくる料理のボリュームがすごい
桜マスの1匹分の刺身と1匹分の塩焼きにすき焼き等々
あんなにリーゾナブルなのに採算が取れるのかなと客が心配する

同年輩の女将さんが豪傑なんだ じじいが美味い美味いと言うとあれじゃこれじゃと声をかけてくれる
「桜マスは今が旬だからね」「今晩も8時半から花火大会があるよ 船から打ち上げるのでここの前から
向こうに行くので旅館街の真ん中にいった方がいいよ」
それで着替えて花火大会に出かけた


20分足らずだったが久しぶりの花火だった
カルデラ湖の水面に映り
 周りの外輪山に音が反響し体と心を響かせた

今夜もよく寝むれそう

5日目

今日は8時57分のバスに乗り洞爺駅から登別駅に行く

フロントで女将に本当に美味しかったですよとお礼を言った
昨日のロボットマンは居なかった
ロビーに2008年の洞爺湖サミットの写真が展示されていた
そう言えばあれは洞爺湖だったんだ
その時当館は英国使節団の宿泊場と展示されている
それではあの時のメイン会場はどこにあるんだろうと思いながらバスセンターに行くと

ベンチから見える左の山の上に白い建物がある
そうだそうだ確か洞爺湖を見下ろす雲の上にある白いホテルだった
あれに違い無い
その頃は下のホテル街も予約で一杯だったんだろうなと勝手にい思いながらバスに乗る

洞爺駅から北斗3号に乗る 結局北海道を効率よく周るには乗車券と変わらないくらいの
特急券も買わないととても周れない
いつか九州を周っている時もそんな思いをしたが新幹線で稼げない地域は仕方がないのかも

洞爺駅9:31発 北斗3号

登別駅10:10着

「ゴン太」君と鬼が向かえてくれる


駅前から温泉行のバスが40分後に出る
バスも2種類あって登別温泉バスセンター(山の麓)と足湯入り口(山の中ほど)
今日の宿「登別グランドホテルはそのバスセンターの前にある
当初そこで降りて荷物を預けて上に上る予定だったが次のバスは運よく足湯行である
センターから足湯まで登り道30分はかかりそうである

15分ほどでバスセンターに着く

そこから山手の足湯入り口まで乗り 降りて更に7~8分上ると
目的の足湯の立札

イオウ臭の強い白い湯の流れる小川に沿って遊歩道になっている


湯は37~8℃ とにかくイオウ臭が強い  温泉好きには垂涎の足湯
こんな川が家の前に流れていたら幸せだろうな


それではこの湯の元に行こう
5分ほど歩くと立ち入り禁止の看板
「大正地獄」である
木々が深く停止線からは撮影出来ない
「大正地獄」から10分ほど歩くと景色が大きく開ける


感動!! あの川の湯の源だ

大湯沼の隣に奥の湯がある


大湯沼展望台に登ってそこから反対側に降りると地獄谷に行ける


山を超えると地獄谷の世界

温泉の熱気と好天で水分が取られる

温泉街まで下りて来た

町の真ん中に源泉公園がある

これでも十分吹き出しているが3時間の間欠は待てない

源泉の湯の川沿いに歩いていると対岸に鹿が草を食べている
暫く見ていると草原の奥に入っていった
あとで旅館の人に尋ねると最近結構町の中で見られるそうだ
折しもTVで札幌市内で鹿が4頭出たのがニュースになっていた
途中「クマ牧場」とかあったがなんで自然にいる動物を見世物にしているのか理解できない

時間は2時半 「登別グランドホテル」の前まで来た
チェックインには早いが歩き疲れたので時間までロビーで待機させてほしいと
ホテルに入る
フロントでその旨を言うと「お部屋の準備が出来ておりますのでどうぞインしてください」とのこと
「今日は少しグレードの高いお部屋が開いておりますので変更させていただいております」
とフロントマン ありがとう!


部屋で少し休んで風呂に行く

多分今日の1番風呂だろう  気持ちいい

湯は硫黄泉とかナトリュウム泉鉄湯などの源泉毎に浴槽がある
湯守が絶えず温度管理にくる

夕食は価格的にもビッフェにした

人は疎らである ビッフェはどこも必ずマスクとビニール手袋をしないと料理が取れない


おいしゅうございました

ロビーの隅に展示コーナーがある

昭和天皇と平成天皇のご宿泊の様子である
そうなんだ だからここの防疫は完璧なんだ
次は令和天皇が来られるということだ
もしこの宿からクラスターが出ればここでのご宿泊は無いだろう

広くて適温で清潔なお風呂になんども入ったのは言うまでもない


その2に続く