7月31日
「景気」と「経営」という言葉
古来、山水画には六法という心得がある。四世紀後半の中国の謝赫(しゃかく)が唱えたもので、「気韻生動」「経営位置」「伝移模写」「随類賦彩」「骨法用筆」「応物象形」である。このうち「気韻生動(きいんせいどう)」が最も大切で、山水のスピリットとエネルギーはその絵にどれだけ気韻が生動しているかで決まる。しかし、そのほかの五つも大事なこと、とくに「経営位置」は山水画のコンポジションをつくる重要な方法である。「経営」という言葉は、このコンポジションをマネージメントをする経営位置から派生したものである。
また山水画は人々を風光明媚な場所にいざなうのだが、人々はそういう場所に「景気」を感じ、その「景気」が盛られた場所が「気色」であり、その「気色」のよい場所がいわゆる「名所」になっていき、ここに風景が生まれる。そもそも風景とは「景気」の強いすぐれた場所のことをいい、景気とは、景色のもっているスピリットやエネルギーのことで、今日、「景気がいい」とか「景気が悪いでんな」という挨拶ももともとは風景の中の景気のことである。
今山水画で「景気」を書けば、真っ黒な画面の山の上でライオンが吼えている絵になるのかな。
今年はやけに「蝉」の声が
なんだかしらないが、自宅や職場の周りで「蝉」の声の大きさが耳だつ。
「蝉」て、7年も幼虫で地中にいて地上に出てきて結婚相手を捜し、約300ほどの卵を生んで約2週間で死んでしまうらしい。
アメリカには17年に1度発生する(成虫になる)17年蝉なる物がおり、この蝉は本当に17年目にしか発生しない。その他の年には音沙汰無し。アブラゼミ、クマゼミ、ヒグラシ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシなど日本が一番種類が多いらしい。
蝉聞きて夫婦いさかひ恥ずるかな 伊原西鶴
やがて死ぬけしきは見えず蝉の声 松尾芭蕉
水打てや蝉も雀もむるゝほど 宝井其角
ひるがへる蝉のもろ羽や比枝おろし 与謝蕪村
蝉鳴くや天にひっつく筑摩川 小林一茶
7月30日
タブーへの挑戦
『郵政三事業を民営化すべきである!
今でこそ、政治家小泉純一郎の政治生命を賭けた主張として「郵政三事業民営化論」は広く世間に知られているようですが、政界ではタブー視され続け、現在でも風当たりは強いままです。今年2月国会の場で民営化は暴論だと、自民党の同僚議員でもある大臣から名指しされたりしています。
第2次橋本内閣は、「行政改革」「財政改革」「経済構造改革」「金融構造改革」そして厚生大臣所管の「社会保障制度改革」を5本の柱としてスタートしました。「社会保障制度改革」については、所管大臣として真剣に取り組み、改革の方向が見えるようとしています。が、むしろ内閣の運命を賭けて進むべきは、残る4つの改革の方でしょう。そしてこの4大改革の推進は、郵政三事業を聖域にしては、不可能に違いありません。にもかかわらず、同遼議員、同じ内閣の大臣から暴論と言われてしまった。もちろんこれには、奧の深い背景があるのです。私が郵政三事業民営化の必要に気がついたのは、大蔵政務次官をしていた78年頃のことです。以来一貫してこの出張を変えたことはありません。当時から「官は民の補完」という言葉は、多くの政治家が知っていて使っていました。官業は民業の補完に徹すべし。役所は民間の出来ないことをやればいいんだと。それも、国民生活にどうしても必要で、民間の誰もがやらないことに限ってです。それは民業でできることは、すべて民間に任せようということでもあります。国鉄、電電公社、専売公社が民営化され、JR、NTT、JTとなったのも、「官は民の補完」が政界の常識だったからです。
一方、日本の国家財政は、かなり以前から危機に直面していました。この危機を回避するためには、民間でできることはすべて、官でやることをやめるのが近道だということも、多くの政治家はわかっているはずです。そうすれば、民間経済が活発化することになり、同時に政府をスリム化して支出を減らせるからです。』
これは1997年9月橋本政権下で厚生大臣にあった時に出版された本、現総理大臣小泉純一郎著「暴論・青論」の一部である。
やっぱりというか、参院選も自民党の一人勝ち。あとは「人気の中身」を実感しますか。
それにしてもあの投票率は理解できないな〜
調査をネット中継
大阪大学考古学研究所が、兵庫県川西市火打2の勝福寺古墳で実施する発掘調査を、インターネット上のホームページで毎日公開している。日本で初めて、世界でもあまり例がないという。「遺跡ねつ造」問題で、考古学や発掘調査の閉鎖性の批判から透明性を高めようということだ。
同古墳は、近畿地方で数少ない初期の横穴式石室をもった6世紀前半の古墳。
7月27日
とにかく暑い。熱い。
京都は盆地、寒暖の差がきつい。といっても精々40度まで、タンパク質が変性するまでもう3〜4度の余裕がある。なんとか将来もこの辺までで収まるように人類の知恵を結集してもらいたいものだ。
寝苦しい夜のお話。
京都・清水の三年坂は、清水寺ができると間もなく開かれた古い道だ。大同三年(808年)に開かれたので三年坂の名がついたといわれる。幅の広い石段がついていてそんなに急な坂ではないが、この坂でころぶと三年以内に死ぬ、などという俗信が生まれ、転んでも死なないまじないだといって、坂下に瓢箪を売る店ができたそうな。今も一軒だけ残っていて店頭に大小の瓢箪をぶらさげている。
江戸後期に出版された京都の名所案内のような本に、おもしろい話がでている。七十才ばかりの老僧がこの坂で転んだので助け出した人が、「お気の毒に、三年以内に死にますよ」というと、その老僧は「やれありがたい、明日知れぬ命なのに、二年間は安心できる」と言って笑ったそうな。
もう一つ。
南禅寺の山門といえば戦国の大盗石川五右衛門が思い出される。歌舞伎の「楼門五三桐」では、この山門の楼上から京の都をながめて、「絶景かな、絶景かな」と名せりふを吐いているいるのだが、これは勿論作り話にすぎない。
五右衛門その人は、だいたい実在したようで、鴨河原で釜茹でにされたという記録もある。けれども、南禅寺の山門は応仁の乱で焼けたままになっていて、五右衛門が死んで三十年ほど後にならないと再建されない。そんな事実がどうであれ、芝居から生まれた伝説のほうが一人歩きをして、五右衛門は山門の前の大石灯籠を足がかりに楼門の屋根へ登ってなどと発展していく。山門の楼上に立つと、五右衛門が言うほど絶景ではないが、松林越しに京の町の一部が眺望できる。
おまけ
宇治は茶所である。
栄西は中国から以って帰ってた茶の実五粒を、栂尾高山寺の明恵に贈った。明恵はそれを栂尾で育てて、土質・気候が合った宇治へ移植させた。これが宇治茶のはじまりだとされている。宇治の里人たちは、与えられた茶の木を植えようとしたが、木と木の間をどのくらい離して植えたらよいのか見当もつかなかった。そこで明恵にうかがいを立てると、明恵は畑の中に馬を乗り入れ、「栂山の尾上の茶の木分け植えてあとぞ生ふべし駒の足跡」の一首を示して、この馬の蹄の跡に従って植えるようにと教えた。
黄檗山万福寺の総門の前には、駒蹄影園跡として、その歌を刻んだ大きな自然石の碑が明恵の徳をたたえている。
では又来週。
7月26日
北朝鮮の主体性(チュチェ)思想について
一、マルクス主義は物質によって政治生命を規定する。よって人間精神による主体的な改造の側面が捨 象されてしまう。こ の点マルクスより人間存在を重視したフォイエルバッハの方が優れている。
二、主体的な人間は禽獣とはことなり自主性、創造性、意識性をもつ高貴な存在である。逆に人間が自らを禽獣と分ける基準は「主体性」である。
三、人々が主体的に生きるには、人々を統一させるための司令部である脳髄がいる。これが首領であり、党は中枢、民衆 は 肉体である。これらは人体のように有機的に結合している。
四、主体思想は、神でなく、人間を信じる宗教である。
以上が現在の北朝鮮の指導理念、主体(チュチェ)思想の変貌した姿なのである。
もともとの金日成の主張していた主体思想とは、中ソ対立の頃に中国・ソ連にたよることなく、朝鮮民族独自の道を歩もうというほどのハウ・ツー思想でしかなかった。しかしこれが民族意識の肥大とともにやがて絶対視され、金正日が後継者となる1980年代からは、はっきりと上記に変わってきたのである。
これって儒教じゃあないのかな。
新聞記事に感動・・・
「絶対に焼けない、盗まれない、そしていつでもだれでも見れる仏像を作ろう」ということで1930年(昭和5年)福島県相馬市の三峰山を切り開き「百尺観音像」を彫り始めたのは荒嘉明氏。以後70年にわたり親子3代で108尺(約36m)の石仏観音坐像にいどんでいる。現在は腰の部分まで、約26.5mまで進み、完成すれば先日破壊されたバーミヤン遺跡の大仏立像に匹敵する。嘉明は相馬に生まれ13歳の時落馬し片足切断、彫刻の世界に。23歳から全国を遊歴し観音像の建立を思いつく。彫刻はノミとツルハシでこつこつやれるが土砂を他にやるには多額の資金と人手がいる。資金集めに東京や仙台にと走り回った。
1934年にお顔が完成、43年には胸、戦争末期には中断したが、58年腹部まで完成。風化防止のため表面にコンクリート化粧も施す。像高も八八尺になるが、志半ばで63年嘉明は亡くなる。そのあとを子の保彦が巨額の借金とともに事業を引き継いだ。保彦はひとりでこつこつツルハシでやるも80年死亡、その後3代目の大学をでたばかりの嘉道が、資金援助も無く、誰でもいつでも見れることを守り、無料拝観。其のため観音像の前でみやげ物店を開きそこから得たものを資金としている。なんとか4代目には重荷を背負わさずに完成した観音像を引き渡してやりたいと日々奮闘中であるとのこと。
是非一度拝顔したいものである。
7月25日
ゲノム創薬
ここ数年、製薬企業の研究開発担当者の耳目を独占してきた。
ゲノム創薬とは、ゲノムに乗った遺伝子情報を活用して、新しい薬剤を開発することだ。今やゲノム創薬は新薬の開発を目指す製薬企業にとって避けて通れない技術になっている。実際には創薬の登場にはもう少し時間がかかるが既にゲノムを利用して見出した化合物の中には早々と臨床試験入りするものも現われている。ドイツ・バイエル社とゲノム解析専門とするベンチャー企業であるミレニアム・ファーマシューティカルズ社(米)は2001年1月、ゲノム情報を利用した探求検索で見出した最初の化合物の臨床試験を年内に開始すると発表した抗がん剤の候補物質だ。
日本の企業も臨床試験目前にきている会社もある。
一方で、ゲノム創薬は同時に製剤各社に巨額の投資を強いている。E社は2年間で100億円の研究開発投資を発表し、S社は3年間で260億円、D社は5年間で180億円とめじろおしである。
再生医療
文部科学省は来年度から、網膜や角膜、内耳、せき髄を再生する医療技術に対する本格的な研究支援に乗り出す。10年間に40〜50億円を投入しこれら技術の確立をめざす計画である。日本はこの分野の基礎研究で世界のトップクラスにあり、多くの失明者や難聴者、せき髄覇破損者が回復する可能性がある。
(kantaのメモ7月18日 参照)
インドネシアの友より
7月23日『毎日毎日問題の山今日も爆弾テロがアチコチの教会に爆弾を仕掛け約16人が死亡した模様です、新大統領も来週にははっきりすると思いますがいまだに現大統領は辞めないと言い張っています。これでは大統領が2人居る事に成りそうですが』というインドネシアの友よりメールが入ってきた。罷免されたワヒド氏の去就結果次第で、さらに混乱も予想される。商社に勤める知人の奥さんも混乱を避けて又一時帰国してきた。おりしもASEANが始まる。注目の眼はジェノバから一転東南アジアに向かう。
7月24日
現代中国事情
人口13億人、世界貿易機関(WTO)加盟を控え其の全球化の行方は今後最も注目すべきことである。中国共産党成立80年にならんとするが、たぶんに2000数百年の儒教的感覚は抜け出ないものと宗学を中心に一考するもいまだかなわない
そのことは今後の課題であるが、とりあえず現状の数字をあげてみる。
中国の携帯電話の加入者台数は3月に1億台を突破。毎日15万台ずつ売れている勘定。年内に米国を抜いて世界第一になる予想。2005年には2億1千万台になるだろう。
国内総生産(GDP)は昨年1兆ドルを越え世界7位。貿易総額も4千ドルに達し7位。経済規模では「主要7ヶ国」の一員である。バイオリン、ピアノの生産は1990年代に世界一であるが、その質も世界の水準をいく。又その演奏も「中国の時代」が到来しつつある。世界のバイオリン・ピアノのコンテストでも軒並み優勝をさらっている。
航空宇宙技術も米国のあとをひたひた追っている。
1月無人宇宙飛行船「神船2号」を打ち上げ、7日間で地球を108周させ回収に成功。数年内に有人飛行の予定。中国のロケット技術は日本より上で、衛星技術も上回っているだろう。中国科学院は8年前から海外にいる中国人を毎年100人呼び戻す「100人計画」を実施中。現在532人。「世界の工場」から技術大国へ、日欧米などからの頭脳還流が加速されている。
21世紀初頭も7%台の高度成長をめざすがそのアキレスケンはエネルギー問題である。国内油田の生産低下もあり昨年は原油輸入は1997年の三倍、日糧140万バレル。2010年には日本に匹敵する日糧400万バレル。2020年にはアメリカのそれに匹敵すると予想される。
もうひとつ問題は中国は国民一人当たりの淡水資源が世界平均の4分の一という潜在的な水不足国家。「原子力淡水化プラント」の案も浮上しているが、「水の豊な南方から北方に水を送ってはどうか」という毛沢東の一言で、「南水北調」プロジェクトがすすんでいる。
そんな中で2008年のオリンピック開催地に決まった。
ナノテク開発国家がしのぎ
あらゆる産業の姿を一変させそうな技術が台頭、発展している。超微細技術である。
7月3日中国、人民大会堂で江沢民国家主席が日本人研究者と話し込んでいた。DNAの2重ラセン構造を世界で初めて写真撮影し日本のナノテク研究の第一人者川合知三阪大教授である。中国政府肝いりで開催されたナノテク国際シンポジュ―ムでの光景。
髪の太さの約10万分の1に相当するナノ(10億分の1)メートル空間。原子や分子を直接観察したり1個1個を動かす技術がこの数年で確立した。この技術を極めればモノ作りの万能の力を手に入れられる。
米国は昨年1月に「国家ナノテク戦略」を発表、2001年度は4億2200万ドルを投入。
ナノテク応用分野
IT〜超高速コンピューター。暗号技術
環境〜高効率エネルギー貯蔵電池
材料〜高機能メモリー。自己修復材料
生命科学〜DNAチップ。体内に入って治療、検査するマイクロマシン。
7月23日
「夢」・・
「夢」を重要視するユング派の心理学者河合隼雄が仏教に関心を持ったその入口に「明恵」があるという。さっそく「明恵」を調べる。『1178年1月8日紀州在田郡石垣庄吉原村で生まれる。(金屋町大字歓喜寺中越) 8歳正月、母没。 9月、父上総にて戦死。 9歳、神護寺に入山し、文覚 ・上覚の弟子となる。13歳、捨身を試みる。 高雄の金堂にて修行 (〜19歳)16歳、出家得度。 東大寺戒檀院で具足戒を受ける。 成弁と名付く。19歳、仏眼仏母像として仏眼法を修す。 「夢記」 を書き始む。21歳、華厳宗興隆にため東大寺に出仕。24歳、右耳を切る。 文殊菩薩を夢見る。27歳、春頃、神護寺に帰る。 2月に師文覚が流刑となり神護寺が荒廃したため筏立に戻る。29歳、「善知織曼茶羅」 を作成す。 この年、石垣庄糸野の成道寺の背後の草庵に移住する。31歳、春日明神の託宣によりインドへ渡ることを思いとどまる。 春日社に参詣し、貞慶をたずねる。 「十無尽院舎利講式」 を著す。34歳後鳥羽上皇より栂尾の地を賜り、高山寺を建立する。38歳、「金師子章光顕抄」を著す。40歳、「摧邪輪」 を著し、法然の「選択本願念仏集」を批判する。41歳、「摧邪輪荘厳記」を著す。48歳、仏光観を修し始む。「華厳修善観照入解説門義」を著す。52歳、楞伽山にこもり、偏えに坐禅入観す。56歳、11月、「光明真言土砂観信記」 を著す。60歳、正月19日高山寺禅堂院にて示寂』とある。
17,8才の頃から40年間にわたり「夢記」という夢の記録がある。恐らく夢の記録としては中世最大のもの。
仏教界は仏陀と直結すべしとインドに渡るを考えるが夢の中に春日の山が霊鷲山だというのがあり断念。その時の夢が能の「春日竜神」となる。高山寺に入り栂尾(とがのお)の茶を作る。当時栄西が持ちかえった禅の喫茶の風習とあいまって飲茶が広まり、「茶祖」と言われる。現在高山寺に松の木の下で座禅をする明恵の絵があるが、当時日本達磨宗という大日能忍がおこした禅があり大人気であったが、これに異議を唱えた栄西が「興禅護国論」を著わす。明恵は「はかなさ」を知りたいという極みから剃刀で耳を削ぐ。おじの上覚が明恵に送った歌に
見ることはみな常ならぬうき世かな 夢かと見ゆることのはかなさ とありそれに返す明恵の歌に
長き世の夢ぞと知る君や さめて迷える人を助けむ
とある。明恵の「月」の句に
あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかの月
夢の歌として
やどりして 春の山辺にねたる夜は 夢の内にも花ぞちりける (紀貫之)
住之江の岸による波よるさへや 夢のかよひぢ人めよくらん (藤原敏行)
かきくらす心のやみにまどひきに ゆめうつうつとは世人さだめよ (小野小町)
夢とのみ思いなさるゝうつゝこそ あひみしことのかひなかりけり (西行)
なかなかに夢にうれしきあふことは うつゝにものをおもふなりけり (西行)
国歌、国旗について
君が代は明治時代の初め、『古今和歌集』のなかの長寿を祝う歌、「わが君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」をもとに作曲されたものである。 しかし、君が代が作られた後、1882年に文部省が国歌選定の命令を出していることからも、君が代=国歌ではなかったことがわかる。 君が代は1893年に「祝日大祭日唱歌」として定められ、「天皇が治める世が、永遠に続くように」という天皇を奉る歌として小中学校で儀式の際に歌われた。 日の丸が法律によって正式に国旗と定められたことはない。1970年には、商船・陸軍・海軍用の三種類の旗が定められている。しかし、それはそれぞれに違いもあり、寸法・割合・色などもきちんと定められいない。 しかし、戦前日本国内では、1872年に一般には祝祭日に掲揚することが通達され、学校のなかで儀式や行事の際に使われたり、国民生活の中でも祝祭日に日の丸を門に掲げたり、出征兵士を見送る際にふられたりするようになった。
海外では
40年かけて作ったカナダ国旗〉 1925年国旗制定作業スタート。46年国会に委員会設置。寄せられたデザインは二六〇○。64年にデザインを三つにしぼって検討。同年国会の議決を受け、翌年に国旗として布告した。
第二次世界大戦後ドイツ・イタリアは、戦後侵略を反省し、国旗を変更した。イタリアはさらに国民投票で王政を廃止し、共和制にした。戦争中の旗をそのまま政府が使っているのは、日本だけ。ドイツでは学校行事に義務づけず、拒否しても罰せらない。
カナダでは教育の権限は州にあり、連邦政府は指導する権限もない。フランスでは強制されず、義務も罰則もない。
国旗への忠誠強要に最高裁違憲判決―アメリカ<BR> 1942年ウェストバージニア州教育委員会が、公立学校生徒に国旗敬礼行事への参加を義務づけた。バーネット家の子どもたちは宗教上の理由からこれを拒否し、罰を受けが。これに対し同家は、国旗への敬礼の強要は個人の自由・良心の自由を侵すものとして提訴した。 最高裁は、「国旗敬礼の強要は信教・言論の自由を保障した憲法に違反し、知性と精神の領域を侵している」と判決を下した。この判決は、現在の教育行政にも生かされている。
7月19日
聖域なき構造改革という聖域とは・・・
今話題の外務省やその他同じ穴の狢の各省庁、地方行政、選挙最中の参議院の存在、国会議員の定数、公務員の数、特殊法人、先進国でも突出した公共投資と建設業界、医療制度に「守られた」医療界。誰一人責任を負わない金融界。勿論この人たちも国民と一緒に、等しく「痛みを伴う」のであろうか。
中国共産党が80周年を迎える。今一番頭を痛めているのは高級官僚や党員による汚職である。
古来中国にあっても自律の道徳心を高めようとした努力があったにもかかわらず科挙官僚を含めて、官僚達が非常な汚職をおこなっていた。なぜか。これには構造的理由があった。中央政権といっても今日の日本のように末端の公務員にまで十分な給料を支払っていたわけではない。県知事クラスまでは中央政府が給料を支払っていたが、それとて十分ではなく、また県知事以下については、県知事の裁量であった。即ち適当にさせていたわけである。だからその適当というのは汚職というよりも補充生活費、役得、あるいはチップというべきであろう。この概念が中国(大陸、台湾を問わず)にもなお生きており、いわゆる「汚職」が多い。
会社(国)が赤字であろうが、危機的状況であろうが倒産することもなく、給与カットもなく、ボーナス支給も平気な国賊虫(こくぞうむし)や詐欺族がこの国の「士」であるなら、税金の不払いをやるか、国外脱出でもしたいような虚脱感しか残こらない。
今回の公務員が詐欺、横領で逮捕されるなら、なんで大阪府やその他の県市町で発覚して今返金作業がすすんでいる職員の裏金つくりは罪にならないのか、人殺しも国がやれば罪にならないのか。
スピード違反でたまたま捕まって、「皆やってるのに、なんで俺だけ」と思うなら事故は減らないし、税金なんていくらあっても足らないだろう。
『武士は食えてもつまみ食い kanta 』
(今日は怒り心頭、支離滅裂、お許しあれ)
ジョルダーノ・ブルーノ(1548〜1600)について
後期イタリア・ルネサンスを代表する思想家の一人で信念を貫いた生き様と衝撃的な死で知られる。そのあまりにも先んじていた学説のため異端視され、異端審問所での厳しい尋問でも、また、8年余りの狭く真っ黒な石の牢での獄中生活でも、自説を撤回せず、1600年2月17日「裁かれている私よりも、裁いているあなたの方が、真理の前におののいているのではないか」という言葉を残して火刑台の露と消えた。
ではその自説とはなにか。教皇庁の逆鱗に触れたブルーノの世界観・宇宙観とは、『コペルニクスを継承した地球中心説の否定にくわえ、宇宙の無限と不断の生々流転を説き、ローマ・カトリック教会の神による「天地創造」説を根本からつきくずすものであった。
世界は微細なアトムが集まって合成されたもの―生命あるものもないものも含め―から成り、その世界がさらに限りなく集まって宇宙を構成している、という。しかも、アトムの離合集散による、ものの形成・成長・衰減をつかさどる活動力たる個々の霊魂、それらすべてにつながる根源的な動力因たる「宇宙霊」の存在を認めている。
生き物は宇宙における無限の生成・展開過程で生まれ、生死は万物にとっては離合集散のひとつの形態にほかならないのである。』また『無限な宇宙の中には、太陽や地球はいくつもあって、人間と同様な能力資源をもつ生物も沢山いる』という説ももつ。
400年も前にこの様な説をもてるとは、まさに天才・変人の何物でもない。
7月18日
リュウマチ治療薬革命前夜・・
最近の一般新聞紙上にもリュウマチ治療薬開発のことをよく目にする。
『リュウマチ(RA)は全身の免疫異常が原因で、関節に慢性的に腫れや痛みが生じ、長い罹患期間を経過するにつれ、関節が変形し、歩行困難など重い機能障害を起こす病気、特に関節の内膜にあって衣服の裏地のような組織である滑膜がおかされる。
RAの原因は明らかでないが、TNF(腫瘍壊死因子)やIL6(インターロイキン6)など炎症性サイトカイン(細胞間相互作用を仲介するたんぱく質性の情報分子)の産生が症状を悪化させる中心的な役割を担っている。そしてそれらの働きをブロックすること(抗サイトカイン薬)によって、症状はおろかこれまで専門医の間でも「至難のわざ」とされてきた骨病変の進行を強力に阻止できる可能性も出てきた。これはリウマチ医療の現場にとって革命的ともいっていい出来事だ。』とある。
具体的には間もなく輸入承認されるイムネックス社の「エンブレル」、同じくTNFの動きを止める抗体医薬「レミケード」、IL6レセプターに結合して、IL6の動きを止める医薬など、又国内でも2002年に承認申請予定のT社「T-614」Y社の「セレコキシブ」などまだまだ開発中だが、いずれにしても国内の推定患者70万人、今後高齢化でその数も増加するとされるだけに、従来の消炎と鎮痛中心の治療から、一歩すすんだものと思われ、その開発ぶりは「熱狂的」とも書いている。
偏頭痛用の新薬
厚生労働省は、外資系製薬会社から申請のあった偏頭痛用の錠剤2種類を承認した。
偏頭痛は国内で600万人〜840万人の患者が推定されるが従来は注射薬しかなく発作時には病院に駆け込むしかなかった。承認薬は「イミグラン錠」と「ゾーミック錠」
がん増殖、焼酎かすが抑制
宗城大学(熊本市)の上岡竜一教授らのグループは焼酎のかすにがん細胞の増殖抑制効果があると発表した。米・麦・いも焼酎のかすでがん細胞の増殖を最大で98%抑えることができるという。がん細胞標的治療研究会総会で発表される。
再生医療がすすんでいる
切れたとかげの尻尾が再生するように入れ歯に変わって自分の歯を何度でも再生させる「第2永久歯」(1988年には人口歯根が日本で開発)とか皮膚の培養とか、試験管中で作った神経細胞をパーキンソン病患者に移植する(欧米では臨床が数年内に開始)などが近々に考えられるが、その基本技術として幹細胞を欠かすことができない。人の体はもとは一つの受精卵が分化・分裂を繰り返し、皮膚や心臓・肝臓などの細胞に変化して出来上がっており、幹細胞とはこの過程で色々な細胞に変化する前段階の細胞のこと。
これとは別に受精卵から分離して作られ、あらゆる組織や細胞に変化できる胚性幹細胞(ES細胞)が万能細胞として注目されている。
畏友の句に
夜盗虫今も老後も孤独なる
生き別れたる猫を恋ふ晩夏かな
四十年ぶりの立川街炎暑
孤独死を考へてゐる晩夏かな
草いきれ亡父今でも許せずに
7月17日
孫子の兵法に・・・
孫子の兵法に 『激水の疾くして石を漂わすに至る者は勢いなり』
水に勢いがあれば石でも浮かぶ
勢という字は、力こぶを出した腕の形をあらわす”力”という字と、草木を植えることを意味する字からなっている。したがって勢という字の本来の意味は木を成長させる力のことであり、それから転じてものを支配する意味になった。
同時に「余勢をかって・・・」という場合のように「はずみ」という意味もある。「はずみがついた状態」と解してもよい。強力な行動をおこすにははずみというものが必要だとし、また
鷲鳥の撃ちて毀折に至る者は節なり
(猛禽類が鳥を獲得できるのは節をこころえているから) という。
行政の改革など政治は必ずしも知的な見通しをもった政策だけで動くものではない、政治上に大変化があるということは、ある種の熱狂や興奮が必要であることは、古今東西を問わず共通している。
参院選が始まった。
地球上の鉄はどうしてできたのか・・
30億年前に海水中に緑の藻ができた。これは酸素を海水中に放出した。原始の海水や天然水は塩酸酸性であったようで、海水には鉄が2価のイオンの形で溶けていたらしい。そこに前述の酸素が放出され2価の鉄イオンは酸化されて、赤渇色の水に不溶な酸化鉄となって堆積した。10億年ほどの間で海では酸化鉄の沈殿は生成されつくし、海水中から鉄イオンは消失した。その後浅い海底の酸化鉄が隆起して陸上に分布し、これが現代を支える鉄材で、赤土が果てしなく続くオ−ストラリア大陸の鉄鉱石はこうして20億年ほど前に海の中でできたのである。
7月16日
お墓参りに行ったが・・・
お盆は道が混むので旧暦7月15日に因んでお墓参りをした。お墓参りをすると何か心が落ち着くというか、ホットするというか。
お盆とはそもそも「盂蘭盆経」から来ている。本来輪廻転生を説く仏教とは合い入れない。生・老・病・死で肉体の死とともに、霊魂は浮遊し、抜け殻である肉体は荼毘に付す。霊魂は中陰にはいり四拾九日目に次に生まれ変わる場所が決まる。
生前の善悪によって、即ち因果応報により六道(天上・人間・阿修羅・畜生・餓鬼・地獄)に転生する。これが満中陰である。
従って、四拾九日の後は、霊魂の浮遊など無いし、鎮魂の必要もない。永代供養もいらないし背後霊なども無い。しかるに3回忌とか7回忌など全て坊主的商業主義の産物であろう。恐らく儒教の招魂再生的発想と東洋的祖先崇拝感覚と前述の商業主義との合流であろう。本来仏教では骨などはあまり重要ではない、が儒教では骨特に頭蓋骨を大事にする。儒教では亡骸に招魂するということだから飛行機事故とかハワイ沖の沈没船の引き上げなどキリスト教的感覚からは想像できないほど尸(形代)に固守する。招魂再生は古代ギリシャ・ローマにもあったし、エジプトのミイラ、秦始皇帝陵の兵馬庸などその死生感は古今東西永遠のテーマかもしれない。
それにしても、こんなことを思いながら、この墓参後の清々しさはなんだろうか。自分が今存在していることの感謝の念を祖先に話し掛けが出来たという満足感と理由も無い安心感がハンドルを軽くする。
祖先崇拝とは何代くらい
中国人にとって祖先崇拝というのは、自分を含めて五代前まで(自分、父、祖父、曾祖父、高祖父)即ちふつう高祖父までを血縁として意識する。
それでは、六代前、七代前の人はどうかというと、その家の始祖(元祖、初祖)は絶対動かさずに必ず祭り、第二代目から以下、自分より六代前以上までの間の人の神主(しんしゅ)(仏教でいう位牌)はそれを祭っているところを廃して、始祖の神主を祭っている廟に合祀する、これらの人を先祖というのである。