百十六段 延命治療に思うこと
先日老人会の会合で「尊厳死について」と題した説明書が配られた
参加者ほとんどがもっとも近いとされる方々なのでおおいに話は盛り上がった
「意識がなくなったらもう早く逝かせてほしい」という声が多いが「形だけでも長く有りたい」とか
「家族がどう言うか」とかいろんな不安が出る
自分が経験したところでは父は車いすに始まり寝たっきりになりその間肺炎や胆石などで入院
など12年間の歩行困難の後89歳で死去
一度様子がおかしいので主治医に往診をしてもらうと血圧低下で心臓停止寸前
その場で救急車を呼び大病院でペースメーカーを埋め込み元気になった
数年後逝去の報告挨拶で主治医に行くと 先生が「家族に済まないことをした あの時あのまま自然にしておけばその後の家族さんの苦労も違ったのかも」
と涙ながらにいわれ恐縮した
母は痴呆症的な言動が現れて半年後に意識不明になり入院2ヶ月後に病院で死去
意識のあるうちはトイレは自分の足で行っていた
いずれも救急入院して体中にチューブを差し込まれ2ヶ月以内に死去
病院として医者として送り込まれた患者は死なしてはいけないということで最大の医療をする
これは家族としても当然そうあるべきだと思ったしこの国の医療システムにも国民の感情・慣習として納得していた
しかし最近
自然に寿命を全したいとう想いと最新の医療技術で延命をしょうとする医療現場とは大きく乖離しているように思う
最近の医療保険制度では2ヶ月以上の入院患者の点数が減って病院が赤字になるとか
父が2ヶ月で「病変が急変しました」と電話があり
母の時も2ヶ月たったころもうぼちぼち電話があると思っていたら案の定電話
医療としてはチューブ延命を2ヶ月すれば儲けそれ以上は赤字という算術である
その間患者は苦痛な痰の吸引や尿管へのカテーテル 中には遺漏までする
本人や家族の了解がないまま延命治療しないのは殺人罪を適用される
医療側とすれば「暗黙の定め」で2ヶ月は延命する
自分の経口で水や食事が取れなくなったらその時点で生物としては終焉である
このことは患者や家族もしっておかなければならない
問題はこの2ヶ月が必要かどうかである
国家の医療費がどんどん膨らむのもこの部分が大きい
「意識が無くなったら一切なにもせず自然に死なせてくれ」と自分の周りに何度も言い回っているが
誰しも人生で人の生死の判断をするという経験はない
ましてや肉親のそれとなるとついつい「先生なんとかなりませんか」と懇願する
患者の意思を尊重するべきだし患者も意識が無くなるまでにそのことを書面なりで表しておくべきである
だんだん寒くなってきましたね・・・・・