百三段 京都合唱祭に行く

知人が「京都合唱祭」に出演するというので聴きに行くことにした
出演予定時刻が18時過ぎだというので
折角久しぶりに京都に出るなら 行きたかったが行けていない場所に行ってみようと
早くに家を出る

地下鉄烏丸線今出川駅を上がると 御所と同志社大学である



今にも雨が降りそうな天気
この烏丸今出川を西に12分歩き 堀川通りをさらに3分ほど歩くと
今出川の北側に面して「京都市考古資料館」がある
考古ファンとしては京都はとかく疎遠である
勿論遷都後の遺跡は多数あるのだが それ以前が数少ない
遷都以前は「葛野村」寒村である
渡来系氏族秦氏が嵯峨野から鴨川付近まで勢力下にしていた
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茨田氏と宇治氏以外は秦氏が占拠している



堀川今出は西陣である
この考古資料館の建物は元「西陣織物会館」であった
中の造りも重厚である




ここの展示物ではこの「聚楽第周辺」から発掘された「金箔瓦」が素晴らしい







平安時代にこんなものを作って文字も書いていたんだ
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平安京の大極殿は今の御所よりかなり西にあった
今の千本丸太町付近(北角のパチンコ屋の裏)が大極殿である(数十年前に現地に行ったら 2mほどの石碑が建っていた)

今の御所は平安京の東外れに「上皇」の住まいとしてあったようで
鎌倉時代には院政や南北朝政変や右京が湿地帯で蚊も多く住む人が少なかった
などの理由で次第に東に移ったようである


(朱雀大路の突き当りが今の千本丸太町の大極殿)
向かって左が右京 右が左京



おお! 懐かしい「蛇塚古墳」のパネル
京都考古で一番有名な古墳
場所は太秦(うずまさ)にある文字通り秦氏の首長の墓であろう
大きさは「飛鳥の石舞台」と同じくらい
石舞台と同じく墓石がむき出しである



上の写真は数十年前に内部から写したもの
今は落石の危険性の為 柵と施錠で入れない
飛鳥のそれと違って住宅街のど真ん中にある



「資料館」を出て
今出川堀川を50mほど下がると現在の「西陣織工業組合」があり
その少し南側に今日の2番目の目的地「清明神社」がある
平安中期の陰陽師安部清明を祀る神社である




鳥居に「清明紋」


本当に使われていた部材でミニチュア「一条戻橋」を再現している
人の生死にかかわるいろんな逸話がこの橋の名の由来



厄除け パワースポットとしても人気なのか
修学旅行生や若い女性が多い
清明さんの足の先が金ぴか

6~7月は桔梗でも有名

お参りを済ませて 今出川丸太からバスに乗り 京阪丸田(川端通り丸太)で降りる
ここから東に歩いて岡崎まで約15分
疎水の向こうに今日の会場「ロームシアター京都」が見えてくる



その前に 疎水を渡る橋の手前に「細身美術館」がある

実業家の個人のコレクションを展示している
場所柄 常設展示よりも特別展示とか 音楽演奏などのイベント会場として使われることが
多いようだ
入場料1200円 う~ん
昨年「琳派と若冲展」をやったとか それならな~



撮影は禁止だし せめて展示物の葉書でも売ればいいのに



気を取り戻して音楽に行こう
その前にちょっと腹ごしらえ
普段京都ではまず食事をすることは無い
観光客目当てでラーメン以外は高くてまずい

大衆食堂に飛び入った
随分歩いて汗が出た
おいおいおい 「生中」450円かい
出演者に悪いが早めにやってしまった
たまりませんね

店主と客との会話を聞いていた
どうやら客は学生時代からここの常連らしい
今 京大病院の○○科の講師をしていると言っていた

会場前は出演者がグループ毎に輪になったり列になったりして
記念写真や音取りをしていた







このホール以前は「京都会館」という名前
最近全面建て替えが完成して スポンサーの名前を入れてのスタートである
センターホールを中心に「サウス」「ノース」と大小3ホールがある

センターは2000名収容で客席は4階まである
オペラも上演可能とある

2階と4階で聴いてみたが4階では真下に舞台があるように見えるし
楽譜をめくる音まで聞こえてくる


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本当にすばらしい会場である
出演者はそれなりに素晴らしいグループもあった
会場内は一切の撮影・録音禁止である
しかし携帯が何度か鳴ったのには驚いた

中国から30名ほどの女声合唱団がゲスト出演
Pで始まってFやFFもあるのかなと思っていたらPで終わった
この国ではまだまだかなと感じた

知人の演奏を終え会場を後にしたのは19時を過ぎていた
丸一日よく楽しめました
日本は平和だな~