百一段 ハノイ・アンコールワットの旅
アンコールワットに行きたかった
アンコールワットはカンボジアにある カンボジアへは日本からの直行便は無い(今年の秋からANAが直行便を出すようである)
従って現在はベトナムからか中国からの経由になる
ハノイとハロン湾巡りをしてカンボジアに入るタリフがあったので参加した
関空からハノイまで5時間半 10時30分発で機内食が出て ハノイに14時着
時差は2時間である
今回は添乗員がいない
ベトナム人の現地ガイドがハノイ空港に出迎えにきており
そこでツアー参加者が全員出揃った
夫婦5組 親子1組 一人組4名の合計16名である
2016年1月28日~2月1日

ベトナム航空 とてもしっかりした航空会社のようである







経済発展に伴い高層ビルが建っている
ベトナムは今は乾季だが着陸の少し前まで雨が降ったようだ
想定外に家々は洒落ている
フランスの植民地だったせいか 狭い間口が多い住宅の割には必ずといっていいほど小奇麗な窓とベランダが付いている
あちこちに日本企業の看板がある
日本企業は現在3000社ほどらしい(ガイドの話)
車はトヨタが多い 結構高級車が走る
ガイドの話では1ヶ月の平均収入は3万円くらい
やはり貧富の差が大きいようだ(共産主義国の不思議)


「KARAOKE」はあちこちにある これはもう世界共通語だ
アメリカとあんな戦争をしたのに フランス語よりも英語表記が多いのにはびっくりぽん

テト(ベトナムの旧正月)には桃の花とキンカンの木が定番である
テト前とあっていたるところでその販売と運搬が見られる
昨夜からの雨が止んで今日は街頭に人が多いらしい







「KARAOKE」

ベトナムの官庁街
ホアンキエン湖
「ベトナム社会主義共和国」が正式名
一党独裁の共産国である 現在世界には共産国が5カ国ある
中国・ラオス・北朝鮮・キューバそれとこのベトナムである
経済活動は自由のようである
面積は日本より少し小さい 人口は約9000万人
日本は減少傾向であるが この国は毎年100万人ずつ増えているという
日本と同じ南北に細長い
しかし中国・ラオス・カンボジアと国境を接している点が大きく違う その為
歴史的に周辺国との摩擦が絶えない
紀元前1世紀ころから中国の郡家として支配され おおよそ1000年の後
どうにか中国から解放されるも その後何度も支配関係が繰り返され またモンゴルやカンボジアとの闘い
そしてフランスの植民地となり 1945年に独立となるも 国家は南北に分断される
北の共産政権とアメリカ・南政権との戦争 いわゆる「ベトナム戦争」は記憶に新しいように
侵略・戦争・支配・被支配・分裂などその歴史は他国によって翻弄されている
中国とは現在も「南沙諸島の領有権」問題は周知の通りであり
カンボジアとも対立関係が絶えない
ホーチミン廟 遺体が保存されている
天安門広場の毛沢東の安置と同じ





喧噪の中 儒教のお寺がオアシスのようにある
やはり中国文化が色濃く残る







一歩外は交通地獄 歩道は道路が渋滞の為 バイクが歩道を走る
「バイク道」になってしまっている
逆走も多いから余計に混乱する
(下の写真で右端に逆走バイクが見える)


オペラハウスとヒルトンホテル
街中のレストランで夕食
ベトナム式フランス料理
店の様子も 白身の魚料理 スープもサラダもデザートも
想像のハノイとは違った 特にパンは大好評 皆追加をしていた

ベトナムはビール好き
生ビールもちゃんとでてくる 「サッポロビール」と書いたグラスに出て来た
とりあえず乾杯 たまらんですばい

ベトナムのコーヒー生産量はブラジルに次いで世界第2位
少し品質が落ちるので主にインスタントコーヒ―に使用されるらしいが
最近高品質のものも栽培されブラジルに追いついてきている
日本では高価な「ジャコウネココーヒー」が500円で飲めるらしいので
求めたがうまく出くわさなかった
しかし一般にどこで飲んでも旨い
思うにあちこちの国でコーヒーを飲むが 日本が一番まずくて高い
因みにこの国は農業が盛んでコーヒー以外に米・胡椒・カシュナッツなど世界1・2を争う

夕食後一路ハロン湾をめざす
旧正月の街の飾りつけ(上右の写真をクリック)youtubeへ
ベトナムの旧正月のお祭りの予行演習に出合った
上の画面をクリック youtubeにアップ
郊外には大きなイオンモールがある 現地では結構人気だそうだ
ここに来るまで車とバイクのバトル 気の弱い者にはついていけない
上画像をクリック(youtubeにバイクの画像)
バイクはほとんどHONDA YAMAHA KAWASAKI
この国では「HONDA」がバイクの代名詞


ハノイから4時間 ハロン湾宿泊である 夜11時過ぎホテルに到着
明日はハロン湾クルーである
ホテルも思いの外 豪華だ 水回りもしっかりしている TOTOの印がちゃんと入っている
WI-FIもOK ニュースをチェック(甘利が辞任 等々)して寝る
2日目

ハロン湾周辺は多くのホテルの建設が進む
少し もやっている
港に着いて世界遺産「ハロン湾」観光である
16名貸し切りの船で「海の桂林」と言われる景観と島の一つにある鍾乳洞を鑑賞
その後船上で昼食後再び4時間かけてハノイに戻り次の目的地カンボジアのシェリムアップに向かう
朝は8時30分出発であった


上の写真をクリック(youtube動画有)


世界遺産のマーク

上の写真をクリック(youtube動画)

自然には勝てません

船に生魚を売りに来る
大きなシャコが5ドル 船上で料理してくれる



ムクロジ科の「ランブータン」というらしい
身はプリプリ感の柔らかく薄い甘味
隣のおばさん同士の会話「これって男性の○○○て言うらしいよ」
どの料理も熱々で旨い
さつま揚げのようなものも春巻きも熱々 おこわの焼き飯も旨い
ビールにぴったし
シャコをたのんだ人も大満足だったようだ
食べている間は景色は飛んでいた
港から200kmのハノイ空港まで帰る
来しなは暗くて見えなかったハノイ近郊の街並み

土産物屋にも寄りました

ベトナムには「洗骨」の風習があるとガイドが言う
畑の所々に墓地がある
土葬で埋葬して3年後の決まった深夜に家族の長男中心に墓を掘り起こし
骨を酒などで洗い もう一度埋葬するという
たぶん骨を重要視する儒教の関係ではないだろうか
もしまだ肉が残っていたら削ぎ落したり もう一度埋め戻すそうだ
現在は都市周辺の土地不足や近隣住民のこともあり火葬が増えてきているらしいが
ガイドが「私は長男なんです・・・」と声を小さくしていた
発展途上のめざましい国
いろんな顔をもちはじめた若い活動的なこの国が今後どのように変化していくか
遠い国から見ていきたいと思った
ハノイ空港には飛行機の出発2時間前の16時に着いた
18時発のベトナム航空でカンボジアの西北にあるシェムリアップの空港
まで1時間40分
ローカル空港はターミナルまで歩き
空港にカンボジア人の現地ガイド「パレットさん」が迎えに来ていた
彼の日本語には驚いた聞けば2年位というが 2年でこんなに上手くなるんだ
かれは何度も2年先にはこの国の首相になるんですと言う
冗談かと皆笑うも どうも本気で選挙に出るらしい
その後の彼の心構え 行動をみているとそれもありかなと思った
上の写真をクリックすれば彼の日本語度がわかる
カンボジアは「カンボジア王国」シアヌーク殿下などはよく知られている
政治は立憲君主制 立憲は2院政 王様は象徴ですとガイド
この国ももとはクメールの大帝国を成していたが
相重なる戦争・侵略・内紛で疲弊してしまって多くの領土や
優秀な人材が失われた
GDPはベトナムの10分の一
世界でも最貧国に近い 1日2ドルで暮らすという
ほぼバングラデッシュと同じくらい
面積は日本の約半分 人口は1500万人
農民が半数 米中心の農業国
ガイドいわく それでもいい車走っているでしょう
あれは外資系とか会社の車とか賄賂役人なんです
健康保険も年金も無い
満足な学校・病院もない(スイスと日本人個人が14才以下の子供の医療費がいらない
という病院が2つできたそうだ)
その病院の前を通ると時間待ちの子供ずれの親子が周りの芝生などに
寝ころんでいた
14才以上は病気になっても治療費がないので行かない
平均寿命は50才後半
ガイドいわく 政府は賢い人が出来ると困るので教育委は全く力を入れないのです
学校も「熊本何とか学校」とか日本語の入った看板を掲げた学校が数個見られた
1学校500万円くらいで建つらしい
しかしあとの維持費はどうするんだろう
写真を撮りたかったがバスは一瞬のうちに通り過ぎるので叶わなかった
カンボジア入国には40ドルのVIZA費用がいる
交通違反で罰金を払っても 各種税金もきちんと政府に届いているのか
だれも知らないという
「私はこの国をなんとかしたいと思っています」とパレットは熱っぽく語る
みんな大拍手した
機内で軽食が出た 安い旅費だったので夕食はこれだろうと しっかり食べた
ホテルに着くと綺麗な食堂でホテルの食事が出た
日本人の若い女性が御もてなし係として働いている
女一人で豪いもんだ
このホテルなんか雰囲気が違う
いつもと違った高級感がある
お香の香りと民族音楽でお出迎え

この「アンコールビール」が旨い
さて部屋に行くことになるが このホテルの建物の上に行くのかと思ったら
本館の後ろにジャングルがあってそこにコテージが有るという
我々はゴーカートに乗って各家(部屋)に行くらしい
最初は意味が良く分からなかった
プールと食堂を中心に家(部屋)がある
要はアンコールワットの様な設えにしているのだ
歩いても10分足らずだが部屋番を伝えるとその前で下してくれる
kantaの家(部屋)
左が玄関 正面が泊まった部屋 右はトイレ
階段は2階にもう一部屋が有り 家族の場合や 別の客が泊まる
ここで2連泊だが 2日とも他の客は来なかった(怖いくらい静かだった)
玄関入るとダイニングキッチン
長期自炊する人がいるのかな




後で知ったがこのホテル五つ星
カンボジア系華僑の兄弟でこの周辺のホテルを幾つも経営しているとか
明日は本館ロビーに5時40分集合
アンコールワットの日の出に行く WI-FIが少し入りにくいのが難点
お休み
3日目
6時40分の日の出を見に行く
ホテルからアンコールワットまで20分足らずだが アンコールワットに入るには
入場券がいる それは顔写真入りのものなので その時間もとっての出発
その後一旦ホテルに帰り朝食を摂って バスで30分ほどのアンコールトム観光
昼食後又ホテルに帰り 2時間ほど休憩(シャワーや昼寝 プールなど)
3時に又ロビーに集合して再びアンコールワットの観光
夕日のアンコールワットを見てクメール民族舞踊レストランで晩御飯
朝から晩まで目いっぱいのスケジュール
上の写真をクリック パレットさんのガイドが聞ける
(11分と少し長いですが面白いです)

バスに乗り込んだらもう写真付きのPASSが出来てきた
これは1日用で入場料20ドル あと3日用1週間用とあるらしい
しかしガイドのパレットによるとこの20ドルの内5ドルはベトナムに渡すらしい
これは2045年まで続く協定だという
その理由はかつてカンボジアはポルポトなどの内戦があり
その時ベトナムが手助けをしたらしい
その時の代償として南の島壌土とか 前述のチケットのピンハネをしているという
太陽の位置とか雲で今一だが とりあえず ワットと太陽は写っている
ホテルに帰り朝食
明るくなってホテルの様子がやっと判った





朝食はビュッフェ
アンコールトム周辺は大変な混雑
トムは周囲3km四方の20万人の都市 その当時は世界でも最大級だったとか
アンコールワットは居住地というより寺院が中心である














天空の橋 と橋桁


像のテラス









タ・ブローム寺院
木が怪獣のように見える
上の写真をクリック(youtubeでアンクルトムの動画)
昼食に街まで戻りその後 ホテルに帰る



ホテルでシャワーをし 汗まみれの下着や上着を着かえ少しベットで休む
本当にこれは助かる カンボジアは熱帯地だ 日中は30℃を越えているだろう
結構蒸し暑いのでもう身も体もだらだら
昼間の休憩は理解できる
3時ロビー集合 遺跡まで20分足らず
アンコールワットである
戦争などで破壊された遺跡を各国その修復を支援している
日本は上智大学が調査・修復を担っている


ココナツ椰子のオイルを採取している
竹づつを差し込んで採取する
天気のいい風の無い日に逆さアンコールワットが見れる
この位置からは5本の塔が見える
(上の画面クリックでyoutubeで動画)







ただでさえ崩れかかっているのに
上るのは第2回廊までにしておけばいいのにな
第3回廊は階段が急なので危険だし
最近まで本当の階段を使っていたので擦り切れて段が無くなっているところも
世界遺産なんだからね
遺跡の表面は砂岩 中は軽石のようなすかすかの感じ
水はけが良いのかも これがラテライトなのかな(ガイドはそう言っていたが)

写真の上は天井がむき出し
その上の写真は天井が張られている
これはフランスが修復したのだが出来が悪く再修復したという
これはコンクリートかな
本来は板張りの天井ではないのかな



夕日も美しい

(上写真クリックでyoutube動画)

ホテルからすぐそばの民族舞踊レストランでビュッフェで晩御飯
タイとかジャワとか東南アジアの共通する文化を感じた
1日よく遊びました
4日目
午前中 東のアンコールワットと称される「ベンメリア遺跡」観光
街に戻って昼食後 ホテルに戻り2時間休憩(これは本当に助かる)
その間に帰国の準備して部屋前に荷だしをする
3時からバスで30分ほどにある琵琶湖の3倍の大きさ東南アジア最大の湖
「トンレサップ湖のクルージング」
市内にもどり 別のホテルで夕食後 空港に向かう
シェムリアップ21:35分発 ホーチミン行
ホーチミンで関空行に乗り換え明日の朝7時 関空着の予定
ベンリット遺跡までバスで1時間半かかる
この道中の道が未舗装が多く舗装があってもひどいもの
ネパールの時よりはましだが 各国インフラ整備でどこかのマネーをほしがるのも
やむをえんですかね




パレットがバスを止めて焼き米菓子を買って
売り子は道端に何十も並んでいる

1本30円ほどだそうだ
竹の筒の外皮を剥いた筒に餅米に小豆やココナツミルクなどで甘くてもちもち
焼きたての皮を剥いてフーフーしながら食べる
みな大喜び
パレットは自分でも言っているがアンコール遺跡にある彫刻の顔に似ている
まあよく笑う 1日中げらげら笑う







なんとか遺跡に着いた
ここもやはり相当崩壊している
自然の崩壊や 戦争による破壊も多いという
つい最近までこの近くには多くの地雷原があった
遺跡の前にはおおきな爆弾の跡が残っている
雨が降ると池になるとか







遺跡もすばらしいが 生き物の逞しさ 力強さに感心した
またあのゴトゴト道を引返し 街にもどり昼食の「タイ式鍋」だそうだ

肉・野菜鍋なんのだしか分からないがとても旨い
最後は残った具を引き上げ ご飯と卵で本格的なおじやだった 本当に旨かった
食後 ホテルにもどりシャワーをし着替えて 荷物の整理と部屋前に荷物を出しておく
帰国すれば この真夏日から一気に真冬に戻る
その服も手荷物としてだしておく
3時 最後の観光地「トンレサップ湖」のクルーズへ
クルーズとはまたよくいったもんだ
車のエンジンに長い棒の先にスクリューを付けたものを川にツケル
エンジンがむき出しなので音と臭いはたまりません
まっ茶色の湖




乾季は水深1mでも雨季になると水深9mになる
津波の表示のような高さ表示

水上生活者は34万人 湖上には学校もお寺もマーケットもある
水上の寺(あの高さまで水が増える)

水上レストランには鰐やナマズが養殖されている



ガイドがこの湖の面積は乾季の時は琵琶湖の3倍雨季にはその8倍になります
水ははるかチベットからの雪解け水です
なんて言うのでどんなに綺麗なのかと思いきや
いまやこの水をめぐって多くの問題をかかえている
そもそも水源は確かにチベットなのだが 地図をみればわかるが
湖の東を流れるメコン川はチベットを水源としている
このメコン川の中程に流れ込んでいるトンレサップ川
はこのトンレサップ湖から繋がっている
雨季になりメコン川があふれると トンレサップ川をメコン川が逆流して湖が8倍に膨れ上がる
上手にできた自然の水量調節湖 ポンプの役割をしているのである
ところが今問題になっているのは
一つは湖周辺の農薬(DDP・パラチオン)水の沈殿に使うミョウバン
などその水質汚染が深刻であり
それにメコン川上流のダム建設などによりメコン川からの逆流が調節されるため
水量の減少 当然汚染は一段と悪化していく
水上生活者のほとんどが漁業関連である





夕食に向かう途中
客の要望でマーケットに立ち寄った
夕食はマーケット近くの高級ホテルのレストラン

新しく「カンボジアビール」が出来ましたというので飲んでみたが
アンコールビールの方が好みの味だった

さっきの湖で獲れた魚料理です とガイドが言った瞬間
みんな顔を見合して・・・ 全く手を付けない人もいた
しかし総じて今回はホテルも食事も良かった
皆口々に満足を現していた
バス中でパレットの挨拶にはなんども何度も盛大な拍手が続いた
本当に彼がこの国の首相になればみんなでお祝いに来るぞと言わんばかりの
熱気だった
頑張れ!!パレット
また長い帰国の旅がはじまります
了