九十五段 仙台の旅
1年に1度くらいに 近所にいる10歳ほど年上の知人から電話がある
「KANTAさん今度は仙台で牛タンを食べたいんや」
この布袋さんに似たおっさん べたべたの関西人
一緒に旅行にいくと地元の人の視線が斜めに見える
布袋さんは「桜島の煙が見たい」というと本当にそれだけしか興味が無い
KANTAは勿論それだけでは承知できないので ここやそこやと周る計画を立てる
当人もその時は同意するがいざ現地に行くと 「しんどいからここにおる」「そんなの見たくない」
と怒鳴りだす
今回も「仙台の牛タン」にしか興味を持っていないようである
「牛タンだけ食べに仙台までよういかん 布袋さん1人でいったら」と断る
しかし何度かアタックされる
性格的にややこしいことは一切しない人であるが
押しだけは強い
たまたまH交通社のチラシに「伊丹空港から仙台空港往復JAL 秋保温泉2泊 39800円」
とあった
団体料金で個人旅行である
布袋さんに恐る恐る言うと即決であった
「ただし 現地では別行動ですよ KANTAは温泉と中尊寺が目的です それがご一緒出来る
条件ですよ」と言う
彼は神社仏閣や史跡などは全く興味が無い
「俺はどうしたらいい」
「牛タンでも食べて あとそうですね松島が近いから行かれたら」
「1人でいけるかな・・・・・」
ということで とりあえず伊丹空港へ
2015年2月7日~9日

土曜日とあって満席
南アルプスの上空を通過
仙台空港まで約1時間15分 快適であった

空港のすぐ横からJR仙台駅行きの電車
約30分である

予想以上にりっぱな駅近辺
「楽天イーグルズ」のグッズ専門店
宿泊地の秋保温泉は仙台駅から車で約1時間の山手にある
駅前まで1日朝晩4回の送迎バスが出ている
我々は16時のバスと指定されている
そのバスまで2時間少しあるので タクシーで「青葉城址」まで行く
少し足の不自由な布袋さんのこともあり 城址の上まで行って貰い
見学の間待ってもらって 同じタクシーで駅まで帰った
運転手さんも饒舌に震災の時のことや 牛タンの情報や 城址の多くを占めている東北大学
駅周辺の情報と 教えてくれる
震災で石垣がくずれ今も復旧工事が続く
そういえば街の建設物も真新しいのが多いと感じられるが・・


城址から仙台市街を臨む
下は「広瀬川」
伊達政宗公の像
送迎マイクロバスも満席
街周辺の山を貫いている結構長いトンネルをぬけると
仙台市の発展 開発されている郊外が続く
おなじみの全国チェーン店や各種工場やオフィース や新興住宅が並ぶ
その開発地区をぬけて 山辺に秋保温泉がある

今日から2連泊の「水戸屋」


なかなかセンスのある 小奇麗な旅館である
従業員もてきぱきしている

さっそく温泉に
湯は55℃のナトリウム泉 なめると塩辛い
大小3つの浴場はどれもりっぱ
40~42℃に無加水で調整 残念ながら循環だが まあ合格
低料金は食堂での食事と決まっている


それはそれは精一杯の内容でした
しかし本当に土曜日とあって一杯の客である
仙台市から1時間 地元の人が多いようである
大阪で言うと有馬温泉のような感覚かな
風呂も食堂も満席
寝る前に布袋さんと明日のスケジュールの打ち合わせ
KANTAは朝7時55分のバスで仙台駅まで行く
(旅館の前から路線バスが1時間に1本でている)
駅前から岩手県のJR一関駅までJR高速バスで約1時間20分
JR一関から2駅目のJR平泉駅まで行く
さて布袋さん まあ仙台まできたら 松島くらいは見ないとな~
と自分に言い聞かせている
「送迎バスが11時30分に出るから それで仙台駅まで行き JR仙石線で約30分で松島港駅に着く
港から12時 13時 14時と1時間毎に島巡りの観光船が約50分のコースで出ている
船の時間待ちの時に 船着場の周辺に海鮮料理や牡蠣の店が並んでいるので
それでも食べて待ってください」 と細かく書いたメモを示す
すると布袋さんが「連れてきてもらったお礼に 明日の夜 仙台駅の周辺で牛タンを奢るから
明日の旅館の夕食はキャンセルしょう」と提案があった
明日17時仙台駅西口中央改札口前で待ち合わせということになった
朝5時からの風呂と7時からの朝食ビュッフェを済ましてバスに乗る

一関まで新幹線で30分
しかし1駅でやまびこ 3500円 はやて 4020円の料金
高速バスは1500円
暖房が効いていてうとうと 高速道路もスムースで快適だった
平泉までは新幹線でもバスでも盛岡行きの各停に乗り換え(2駅)なければならない(左上)
隣のホームから気仙沼行きが出る(右上)
雪がちらつく平泉駅
この時期 観光客もまばら
とりあえず歩いて15分ほどの「柳之御所史跡公園」に行く
駅から100mほどのところに北上川が流れている
高い堤があるので川面は見えない
この北上川沿いに平安時代の末期 奥州藤原氏が拠点としたとされるのが「柳之御所」
「吾妻鏡」に記されている「平泉館」にあたるのではないかとされる
今はその発掘現場と遺品などの資料館があり史跡公園となっている
平泉の駅と中尊寺とは反対側の北上川沿いに史跡公園がある


広大な史跡だが雪に覆われて真っ白



今回もう一箇所 是非行きたかったところが「多賀城跡」
布袋さんの牛タンの誘いがなければ行っていたのだが
17時仙台駅には時間的に無理がある
いつかまた仙台に来ることがあれば行ってみたい
資料館の係りのお姉さんに中尊寺までの道を尋ねていると
町の循環バスがこの前に来ますよという
あと15分ほどで来ますから寒いので中で待っておられたらと言う
このバス 平泉の観光スポットに止まり 1回150円
何回でも乗り降りできる1日乗車券は400円という
そのバスに乗って400円の乗車券を買う
バスは今来た駅に向かう
そうか最初からこれに乗れば最後は今の史跡公園に来るんだ
駅の次駅は「毛越寺(もうつうじ)」
バスが次に来るのは大体30分毎
従って一箇所30分か1時間か 1時間半の間隔で観光することになる


30分後バスに乗る
次は中尊寺で降りた ここは1時間か1時間半はかかるだろう
バス停から月見坂を登ること800m

中尊寺
『三代の栄耀一睡の中にして 大門の跡は一里こなたに有
秀衡が跡は田野に成て 金鶏山のみ形を残す
先高館にのぼれば 北上川 南部より流るゝ大河也
衣川は和泉が城をめぐりて 高館の下にて大河に落入
康衡等が旧跡は 衣が関を隔て南部口をさし堅め 夷をふせぐとみえたり
偖も義臣すぐって此城にこもり 功名一時の叢となる
「国破れて山河あり 城春にして草青みたり」と
笠打敷て 時のうつるまで泪を落し侍りぬ
夏草や 兵どもが 夢の跡 芭蕉
卯の花に 兼房みゆる 白毛かな 曾良 』
「奥の細道」より
ここの丈六の釈迦本尊もなかなかのものだった
『兼て耳驚したる二堂開帳す 経堂は三将の像をのこし
光堂は三代の棺を納め 三尊の仏を安置す
七宝散うせて 珠の扉風にやぶれ 金の霜雪朽て
既頽廃空虚の叢と成べきを 四面新に囲て
甍を覆いて風雨を凌
暫時千歳の記念とはなれり
五月雨の 降のこしてや 光堂 』
芭蕉「奥の細道」より
金色堂(パンフレットより)
思ったよりこじんまりとしていたが その造りは豪華である
柱の螺鈿が素晴らしい
これで昨年の「最後の晩餐」に続いて
死ぬまでにどうしても見ておきたい遺産の1つが見れた
一関からのJRに間に合わせるため急いで山を降りる
帰りも一関からJR高速バスである
このバス1時間おきに出ているが 補助席まで使う満席!!
みんな思いはKANTAと同じだ 新幹線は高すぎる!!
仙台駅に着く頃 携帯が鳴る
忘れていた布袋さんだ
「KANTAさん 待ち合わせの場所がわからん」
「中央改札口にでたとこ」
「わからん!! 今 牛タン通りという所にいる」
「わかった もうすぐ駅に着くから待ってて」
仙台駅の3階にある「牛タン通り」のことだろう
昨日 タクシーの運転手さんが話していたインテリジェンスが役に立つ
駆け上がっていくと布袋さんがきょろきょろして立っている
KANTAを見て満面の笑顔
「松島行ったの?」
「行った 行った KANTAさんの言うとおり時間があったから焼き牡蠣を食べて・・・」
と子供の様にあれやこれやと一気にしゃべる
「良かったな」と肩を抱き合う
盛り上がった状態で 牛タン通りの一番の有名店「喜助」に入る
とりあえずビールで乾杯!!


普段 滅多に食べない蛋白を思い切り食した

外に出るとどの店も行列が出来ている
路線バスで旅館まで帰る
今日は疲れた ひとっ風呂浴びて即寝る
明日は11時半のバスで仙台駅まで出て 仙台空港に行きJALに乗る

(震災で津波に襲われた海岸に近い仙台空港)
機中で2人して「この398は値打ちがあったな~」と意気投合
楽しい旅行でした
布袋さん又行こうね・・・・
了