九十三段 屋久島・種子島の旅
屋久島は10数年ぶり2回目である
(その時の様子は「つれづれ2 五十三段 屋久島に行く」を参照されたし)
前回はレンタカーで海岸線と温泉と中腹部の杉ランドを巡った
今でもこの時の強烈な印象は忘れられない
足が動くうちにいつか「縄文杉」に訪れたいと思っていた

足もぼちぼち怪しくなってきた
情報を集めると
縄文杉の登山口(標高約1000m)までのバス運行は11月30日が最終であるという
思いついたのが10月の中頃
更に情報によると11月30日に種子島のJAXA宇宙センターから「はやぶさ2」
が発射されるということが判明!!
夢の「縄文杉」と「ロケットの打ち上げ」
両方見れるのだ!!
早速行程表の作成と予約の開始である
ところが現実はそんな甘いものでは無い!!
屋久島はなんとか素泊まりの民宿を2泊
と関空から行きは鹿児島乗り換え屋久島まで
帰りは鹿児島から関空までは簡単にGET
問題は種子島である
当然ながら
元々 日本中から殺到する客を受け入れる体勢が無い
宿泊先も20軒ほど電話・FAX・NETで申し込むが全て満室
すると1軒の船宿の電話先のおばさんが
「はい 空いていますよ」という
恐る恐る
「あの 11月30日の泊まり1名なんですが・・・」
「はい 大丈夫ですよ」
「あの ロケットなんですが・・・」
「はああ ロケットが上がるんですか」
と逆に聞かれて
これは大丈夫だと思った
「1名 6000円ですが」ともうしわけそうに言う
「あの 食事は・・・」
「はい 朝と夜出しますが」
2つ返事で予約する
さて次は移動手段である
レンタカー・タクシー・種子島行き飛行機・高速船は全て満席
見学会場までの臨時直行バスも満席で予約も終了とNET
なんとか可能性があるのは予約の要らない
島内の路線バスと
鹿児島ー屋久島ー種子島と毎日1便だけ運行している
貨物・フェリー船でついでに人間も運びますというのが2社ある
しかし高速船のように1時間毎に出ておれば 時間の調整も仕易いが
本来観光客用になっていない
ふ~んと腕組み
11月28日 関空12時10分発 鹿児島乗換え屋久島の宮之浦の民宿に
17時くらいに付く
翌日29日は早朝から1日登山
翌30日は宮之浦港発朝8時10分のフェリー「はいびすかす」で
向かいの種子島の西之表港10時10分着
ロケットの打ち上げ時間は 13時22分である
問題は見学会場まで1時間かかるが はたしてバスに乗れるかどうかである
まあ話はややこしい 宿さえ確保できておればあとは・・・
とりあえず出発しょう
最近個人で乗る飛行機はLCCである
とにかく安い(安い分 危険かと思われ勝ちだが 世界の潮流だし もし事故れば
やっぱしなと言われおしまいであるし操縦士も人間である)
関空から鹿児島まで時間帯や売れ行き状況で1980円とか2980円から7800円くらいの
幅がある普通で5800円くらい
同じ飛行機に乗っているのに予約のタイミングで
皆値段が違う 今回kantaは往復PEACH航空で行きは7800円帰りは5280円
でも前の席の夫婦は会話から察すると2000円台で乗っているようだ
関空までの交通費を払っても新幹線の半分以下である





関空には何度もきているが 関空に「第1ターミナル」と「第2ターミナル」
があるとはしらなんだ
国際線のある第1から第2まで無料送迎バスが出ている
結構面倒で移動に20分くらいみておかないといけない
PEACHはその第2である
NETで予約している予約コードをカウンターに備えてある
発券機に自分で打ち込んで発券する

乗り合いバスに乗る感覚である 満席

荷物の制限幅と一切の「おもてなし」を省いている以外は
なんら変わりが無い
飛行時間は約1時間
大阪は快晴である
鹿児島は一転雨空である
屋久島までの飛行機待ちが2時間30分
屋久島の2泊は素泊まりなので
飛行機の出発前に食事を摂ろう

空港のすぐそばが霧島温泉群
「足湯」のサービス


さあ飯だ さつまあげが旨い ついでに「生」もね
なんて調子よく空港WI-FIさくさくのタブレットを見ていると
なんとヤフーニュースで30日のロケットの発射が
翌日12月1日に変更決定と出た
が~ん
まだ屋久島にも着いていない これから縄文杉までの22kmを往復して
その足で種子島なのに もう夢が1つ消えてしまった
食堂のおじさんやおばさんにその話をすると一同「ええ~」と動揺
お構い無しに時間がくれば飛行機は出る


やっぱり例のプロペラだ
飛行場の大きさの関係でジェットののりいれは出来ない
石垣島は数年前新たにジェット可能な空港を作ったが
屋久島は出来ないのか しないのかは定かではない
小笠原は住民の意見が反映されていて
あえて空港は作っていない あの往復50時間は地獄である
珊瑚泥棒も命がけだろうな
今週の天気予報は最低である
台風並みの前線が通過するとか

雨なのに桜島の噴煙が見える
機内は横3人掛けで40名弱 満席
遠くで雷が光っている 竜巻の様な雲
「生」のせいでもあるまい 機体が上下にふわふわ
時々どすんと急降下 お尻が席から離れる

飛行時間30分 高速船で2時間 フェリーで4時間 ゆうても飛行機だ
さすがにプロの運転 感謝 懐かしの空港に舞い降りれた
亜熱帯の風が感じられる
30数名が降りたのに空港前からバスに乗る人はkanta約1名
他の人は何らかの迎えの車なんかな・不思議
10分ほど待つと「宮之浦港」行きのバスが来た
だれも乗っていない
運転手さんがどこまでですかと訊く
「宮之浦の民宿『あらき』ですが どこで降りたら良いのか」
というと「はいはい では港ではなく『宮之浦』で降りてください」
という
運転席のすぐ後ろに座ったから 運転手とすこぶる会話がはずむ
屋久島だけでなく種子島の観光案内までしてくれる
ロケットは残念ですねと慰めてくれる
会話の中で驚いたのは
「縄文杉」まで背広と革靴やハイヒールで来る人もあるらしい
特に外人は短パンにTシャツで 言ってあげたくてもしゃべれんし
30分ほど乗るが他に乗客はないのでバス停はすべて通過
17時過ぎもう暗くなってきた
運転手さんが「『あらき』はここです」と道沿いにある宿を教えてくれた
バス停から50mも無い

もう真っ暗の中探し回らなくて助かった
宿に行くと梅宮辰夫似の顔とヘヤスタイルー 日焼けした顔に笑うと真っ白な歯の
おじさんがにこにこと迎えてくれた
早速「明日の予定は」と訊く
「縄文杉にいきますので 朝4時45分のバスに乗ります」
「弁当の手配は」
「何もしていません」
「では朝食と昼食を予約しておきます 朝玄関先に名前を書いて置いておきます」
この民宿を選んだのは29日の早朝民宿から歩いて15分の宮之浦港から
種子島行きのフェリーが出るからと
NETでおじさんが親切なこと 部屋が清潔で細やかな気遣いがある
そして1泊3600円 等々
部屋に入る前に2泊分と弁当2食で1200円合計8400円を先払いした
朝食は登山口で食べるので 4時に起きれば十分であるが
その為には20時には寝たいが 寝れるかな
家から目覚ましを持ってきたが さすがに部屋に用意されていた
登山用に出来るだけ余計なものを置いていく
21時前には寝れていたようだが
室温は25℃ 布団をはねのけていた
夜中3度ほど雷と バケツをひっくり返したような雨音で目が覚める
本当に今まで経験したことが無いような降り様である
あ~あ
ロケットもだめ 縄文杉もこりゃだめだ
と思いながらとにかく4時に起きた
防水手袋が無いので 100円手袋の上から介護用のプラスチックグローブ
をはめる 念のためと持ってきた
カッパ上下と傘とこの手袋でどうじゃ
バス停は目の前 4時45分のバスが来た
バスに乗ると強烈な大蒜臭がする え~なにこのバスと思いおもむろに座ると
後部に座っていた7~8人の若い男女グループがしゃべりだした
ハングルである
わいわいがやがや プンプン
バスは「屋久杉自然館」まで行く 途中多くの登山客が乗りバスは ほぼいっぱいになる
次第にハングルも静になった
自然館前で降りると5~6分で荒川登山口行きのバスが来る
このバスが季節バスで運行が明日まで
富士山で言えば5合目まで行きますという感じ
30分で約600mまで登る
シートが傷付かないようにシートが被されている
真っ暗闇の中 くねくね
外は全くの闇
登山口に着くと懐中電灯で直ぐに出かける人や
kantaの様に休憩所で朝食をとる人などで50人ほどいる
シーズンになればここはもうごったかえすんだろうな
朝食はおにぎり3ヶと漬物や卵焼きなど
食べ終えると少し明るくなり
トイレを済ましたら6時過ぎ
昨夜 宿のおじさんと 雨がきつかったり体調の状態では途中で引き返す
と話していた
おじさんはもし引き返す気が有るなら「ウイルソン株」で引き返しなさいという
何でと訊くと「それを過ぎると ここまで来たんだからと引き返せなくなる」
という なるほど
KANTAの計画では11時 遅くとも11時半の時点で引き返す
そうしないと宮之浦行きのバスが最終17時なのでタクシーを呼ぶことになる
その時間にどこまで歩けるかが勝負である
歩き始めの頃はぱらぱらしていた雨も完全に終わり
晴れてきた


この周辺は切り出しの人々の集落があり住居や床屋などがあったと記されていた

話には聞いていたがこれがトロッコの線路である
油を多く含んだ屋久杉は江戸の町家の屋根葺きに汎用されていた
樹齢数千年の木も容赦なく切り出された
トロッコ道が緩やかに8.1kmほどで300m登る
途中休憩ポイントとして2.6kmの所に「小杉谷小学校跡」
更に1.8km「楠木のわかれ」1km行って「三代杉」2.7km「大株歩道入り口」
そしてここから残り2.4kmは一気に急勾配となる
「ウイルソン株」はこの急勾配600mのところである
縄文杉はウイルソンから1.9kmの約1300mの高さにある
トロッコ道は楽勝だと思っていたがこれがなかなか歩き辛い
休憩も無しで黙々と枕木を追いながら歩く



「楠木の分れ」「三代杉」も順調に通過


猿と鹿に行く手を遮られる
「お~い お~い」と声を掛けるが動かない 見ると線路の下側に子供がいる
彼女なりに守っているのである
前回もこの猿と鹿によく道を阻まれた
一時餌付けが問題視されたが今は収まっているようだ

さてどうにか「大株歩道入り口」に来た
トロッコもここが終点である
湧水を空のペットボトルに補充してトイレを済ませて さあ
右上の写真の木の階段が急勾配の始まりである



「翁杉」数年前に倒れたそうだ

さすがにきつい なんとかウイルソン株まで来た
「ウイルソン株」大きさが判り難いが右の穴が2m近くある
切り株の周囲は14mほど 周りの木と比べても圧倒的である

中は大きな空洞で大人20人は入れるだろう
何故か祠がある
右は中から上を見上げた写真
この時点で時計は10時だった
ここから縄文まで1時間30分
飯時間を入れて12時には引き返れそうだ
帰りは5時間以内で降りなければいけないが
よし!! ロケットの無い分頑張るぞ!!
う~ん より急になってきた
両手を使わないと登れないところもある
写真を撮る余裕も無くなってきた
ウイルソン株から1時間「大王杉」がある
縄文杉が見つかるまではこれが一番大きいとされていた
高さ24.7m 周囲11.1m
大王杉の下で昼食にした
おにぎり3ヶとウインナーや魚のフライなど普段食べないものでも
最高に旨い

大王杉から縄文杉まで30分
途中に「夫婦杉」がある
最後の30分の登りもきつい
これって本当に帰れるのかな

これが「縄文杉」
高さ25.3m 周囲16.4m
今は柵があって近寄れない 30mほど離れたところから見ている
大きさの比較が難しいが
鹿児島空港に実物大の写真があった
若い女性にすみませんと言ってシャッターを押して貰う
11時50分
道は縄文杉を一周するように出来ていて
ここでユーターン
帰りの下りは足に来る
なんどもすべったり 両手を使って這い降りた
よくこんな急な傾斜を登ったなと我ながら感心する
それにしても
韓国からの登山者が多い
同世代の20人くらいの韓国人の団体といくつかすれ違う
彼らは貸切バスで来ているので時間にとらわれない
わいわい言いながら登っていく
宿のおじさんの話では韓国からLCCで福岡まで1000円台で来れるらしい



雨の予想が全くの快晴になった
トロッコ道の8kmを何度も立ち止まり 休み休みしながらも16時15分に
荒川登山口まで降りてきた
朝は暗くて判らなかったがこんな所なんだ
16時と16時30分と17時のバスがある
16時には19人が乗ったらしい
16時30分はKANTAを含めて3人
縄文で出会った人は残り15人ほど 17時のバスだろう
そしてすれ違った多くの韓国人団体は貸切バスで帰るんだ
バスの運転手がいろんな人に「来年も宜しく」と挨拶をしていた
バスは明日までだが彼は今日で終わりのようである

勢いよく走っていたバスが急に徐行しだした
又 お猿さんだ
明後日からバスは来ないからゆっくり日向ぼっこでもしてね
宿に着くと「梅宮辰夫」兄いに報告をする兄いも「そりゃ早いな相当がんばったな」
「KANTAさん温泉にいきますか」という
そりゃ願っても無いこと
「すぐに支度しなさい 送ります」
といって桶にシャンプー・リンス・ボディーソープを持ってきてくれた
車で10分ほどの所
なんか見覚えがある
そうだここは「楠川温泉」だ 前回来ている
そうか宮之浦の近くだったんだ
おばさんに300円を渡す
辰兄いは1時間ほどしたら又迎えに来ますと言って宿に帰る
どこかの合宿なのか男女の学生グループと一緒になった
狭い洗い場で順番を待つ
隣の女湯から女子学生がぎゃあぎゃあはしゃいでいる
少し硫黄の臭い
もう汗も完全に流せた
辰兄いが来た 車の中で今日の感想など話していると
急停車する 又猿かと思いきや 若い男性2人のヒッチハイク
「すみません 宮之浦まで乗せてください」
「この車 静ですね」とハイカーの1人が言う
「そうなんだ これは100%の電気自動車なんだ」と辰兄い
さらに「屋久島は1つのダムで島全部の電気を賄っているんだ
電気代はただみたいなもんだから 知り合いは殆ど電気だよ
KANTAさん荒川登山口から帰るとき大きなダムがあったでしょう
あそこですよ」とうれしそうに言う
本当に大きなダムとダム湖があった
宿のそばでハイカーを下ろし宿に戻る
温泉の後は「泡般若」に決まっているもんだ
「辰兄い 近くで「生」が飲めるところは無いですか 一杯行きましょう」と誘う
「いや まだ仕事中だし 風呂にも入ってないので」と言うが
顔は行く様子
もう一度言うと「10分待ってください 風呂に入ってきますから」
宿の斜め前「とき」という小料理屋兼民宿
早速「生」で乾杯 蛸やサバの刺身など旨い
「とき」のラベルを貼った芋焼酎が並んでいる
酒造屋と提携しているとか
新しいボトルを1本下ろして泡般若の後に水割り
これも旨い 残りは兄いのキープ
料理屋のご夫婦と辰兄い4人で話は盛り上がる
ロケットが上がると昼間は真っ白な煙が見えるし
夜の打ち上げの時は数百kmは慣れているこの宮之浦港全体が夕日状態
になるという
そりゃ1発250億円の豪華な花火だもんな
そりゃすばらしいですよ
と言われれもなあ・・・
明日の朝も早いので1時間ほどで切り上げる
兄いが朝 港まで送りますよと言うが
歩いて15分なので断った
しかし断ったものの朝起きて足が動くか少し不安だった
30日朝 7時半に宿を出た
他の客はすでにだれもいない
辰兄いも幾ら呼んでもいなかった
港までやはり足が重い
しかし今回は1度も引きつらなかった
この間の意識したトレーニングと
水分補給に「ポカリスエットの粉末」を持ってきていた
ペットボトルの水に粉末を入れて振る
歩きながら頻繁に補給した これも効果の1つかもしれない
20分近くかかった 宮之浦港
8時10分発の「はいびすかす号」
名は体を表すと言うがこれは全く違う

そうか船体の色が「はいびすかす」なんだ
さらば「屋久島」
フェリーで種子島の北部「西之浦」まで2時間 2200円
ほとんど揺れることも無く雨の港に着く
さてどうしたものか
10kg弱の荷物が肩に食い込む
カッパを出すほどでは無いが
ルュックにカバーをして傘をさし びちやびちやと歩く
歩きながら ふ~ん
そうだな 1ヶ月以上も連絡していない宿にいって荷物を預かって貰い
宿泊の確認をしてから考えるか
それしか思いつかない
NETから手書きの地図を頼りに西之表港のフェリーの船着場と反対側
歩いて15分と書いていた
港のはずれの民家
「すみません 予約していましたKANTAと申しますが」
と2度ほどブザーを鳴らす
KANTAより少し若い感じの眼鏡をかけた上品な女将さん
見た目より明るく高い声でけらけら笑う
「今日はどこの宿もレンタカーもタクシーも全部キャンセルらしいわよ
けらけらけら」
「ここからでもロケットの音は聞こえますか」
「そりゃすごいよ けらけらけら」である
「はいはいもう 皆さんキャンセルなので あなたもそうかと思っていましたよ けらけらけら」
「とりあえず荷物を預かってください それで今からレンタカーのキヤンセルが無いか
さがしてきます」と言って宿をでる
レンタカーと高速船のカウンターは隣り合わせになっている
まず30日の今から1晩と明日12月1日ロケット打ち上げ後2時半までのOKをもらう
しかしそこから鹿児島まで高速船が取れなければ鹿児島空港の飛行機に乗れない
レンタカー屋にちょっと待ってくれと保留にして 隣の高速船の窓口の若いお兄さんと掛け合う
高速船15時30分発と16時発は満席
15時発ならキャンセルがあるかも
「1名なんとかなりませんか」と懇願していると がちゃがちぁパソコンを触っていると
今2名のキャンセルが出ましたという
レンタカーも高速船もキャンセルや変更で大騒動
早速7700円をはらって種子島 鹿児島間高速船をGET
そして次に正式にレンタカーの契約である
ガソリンを満タンにしたりで2時30分には返してくれという
ロケット見学会場は発射場を囲んで数箇所ある
この港に1番近い公園でも1時間(約45km)かかる
13時22分発射後少し無理がある
まあ どこで見ようが音さえ聞けば満足なんだと自分に思い込ませる
なんとか車を手に入れ降りしきる町に出る
車の運転も久しぶりだ
カーナビの操作がややこしい
「宇宙センター」に設定しようとするが出来ない
もう面倒だから標識に従うことにした
「宇宙センター」左と書いてある
よしよし
ところが次の信号で間違えたらしい
どうも様子が変だ
種子島は鼻から観光する気がなかった
というかロケットが発射されれば
すぐに引返して島を離れる予定で観光情報を持っていない
レンタカーでもらった簡単な道路地図を頼りに今の道を確認すると
センターとは直角の方向間違いである
でもこの先に「西之表市立種子島開発総合センター鉄砲館」
があると記されている
おお!鉄砲館ねえ
そうだよな 種子島といえば鉄砲だよな
今は種子島といえばロケット
鉄砲のこと忘れていた
思えば鉄砲にロケットに飛魚 飛物揃い組
島の名前も「飛が島」でどうかな
館内は撮影禁止だが展示物は鉄砲や遺跡物など充実している
鉄砲がどのように日本に伝わり国内で生産 広まっていったか
ポルトガルの船が難破したと思っていたが
中国の明船が「宇宙センター」にも近い島の南端「門倉岬」に漂流
その船に乗っていたポルトガル人が銃をもっていた
島主種子島時尭は高額で2丁の銃を買い鍛冶師にコピー
させようとしたがなかなか難しく1年近くかかったという
銃の底部分の「ネジ」が理解できなかったようだ
「ネジ」は当時日本になかったのだ
後日鉄砲のことをよく知るポルトガル人の上陸でその部分を教わり完成したという

(館のパンフレットより)
館内は雨にもかかわらず ロケット流れの客で一杯
通常この手の展示館など閑古鳥が鳴いていてもおかしくない
道を間違えたおかげで良いものをみせてもらった
道を修正しセンターまで50km 一直線に行く
途中海岸やサトウキビ畑や中種子町 南種子町を通るも
いかんせん強風と雨 カメラもままならない


まあ信号がないのが よかよか
1時間ほど走ると通行止め予告の看板が見えてきた
当日発射場の周囲1kmは立ち入り禁止
福島の原発状態
ここから宇宙センターの敷地なんだ


ここで見れたら最高だろうな
明日はここには立ち入れない
当日の一般見学場は周囲5km付近の高台にある




「宇宙船センター展示館」は人と車でごったがえしている
みやげ物売り場も絶えず10数名が並んでいる
みんな明日を期待して・・・
しかしこの強風はどんなもんだろうか
館の前に立っているロケットの看板が倒れないかと心配だ
人が立っているのもたいへんなくらい
夜 宿のTVで知ったが風速25mだったらしい
さていよいよ明日の本番に備え
港に一番近い見物会場「長谷公園」の下見と位置確認と
ここから港までの時間を計りながら帰るのだ


打ち上げ時はこの広場に人があふれる
すでに人がいる
公園の最前列にいくと 打ち上げ場が一望できる
こりゃ良いわ

テント張り禁止になっているのに張っている奴がいるな
と不審にに思っていたら
テントから2人の男女が出てきて
「ZIP!というTV放送なんですがどちらからですか」とカメラと向ける
テントの前にお花見の席取りのようにシートを置いていく中年女性2人
がカメラにつかまり「宮崎からです」と答えていた
するとこのカメラマンからとんでもない発言が飛び出す
「あの~ あくまでも裏情報なんですが 明日の打ち上げが中止になり
12月3日になるようです」と小声で言う
居合わせた全員絶句
シートの2人はさっさと折りたたんで帰ろうとする
カメラマンは3日まで待たないのですかという
「いや無理です」
カメラマンクルーは打ち上げまであのテントで過ごすのだろうか
又々ショックなニュースを聞いてしまったが
でもあくまでも裏情報 決定ではない
急にこの風が収まるやも
とりあえず出来る限り法定速度範囲内の運転で
港までの時間を計る
約50分だった
ちょっときびしい
あと10分ほど手前のどこか高台からくらいなら・・・
これも打ち上げが有ればの話
今日は早く宿に帰って明日に備えよう
宿に帰るなり「けらけら女将」がKANTAの顔を見るなり
「明日中止だってよ けらけらけら」
「そうなんです 途中TVのカメラマンが言っていました」
「へえ KANTAさんTVに写るのけらけらけら」
「いや 私はさけました」
「映ったらよかったのにけらけらけら」
こんな会話のとき横におばあさんが一緒になって
そうなのふんふんと聞いていたのでてっきり「けらけら女将」の
お母さんかと思いきや近所のおばさんだった
なんじゃかんじゃで大変ですは
とりあえずゆっくりお風呂にでも入りなさいよ言われそうする
飲み物はビール1本でいいですかというので
ちょっと首をかしげると
近所にミニスーパーがあるから自前で持ち込んでもいいよ
うちが出せば高くなるので 皆さんに言っているんだけどけらけら
いやそれは悪いから宿から出してくださいという
じゃキリンでいいですかと訊くので
いやそこだけは譲れないのです
「すみません アサヒでお願いします」

お風呂に入ろうとすると
「アサヒの中瓶5本お願いしますけらけらけら」と電話で注文の声
風呂上りの「泡般若」は最高!!
とりあえずの1本がこれ
TYのニースを見ていると玄関がさわがしい
同年輩の夫婦客が着いたらしい
夫婦の婦さんは少し東北なまりでけらけら女将に負けていない
うんだうんだ けらけらけら まあまあ・・・
夕食は夫婦と一緒だった福島県から来ている
かなり前から飛行機やレンタカーも予約していたようだ
予備日も入れて12月2日までいるとか
彼らもおなじ「長谷公園」に行ったらしい 途中で中止を知ったという
夫婦の夫さんは寡黙で婦さんがなにを言ってもうなずくだけ
夫婦で100名山を周り 今99まで行っているそうだ
「おとうさん 当分ロケットはだめだし次はなにを楽しみにしょう」
「ふ~んふ~ん」
夫婦の朝食は7時半というので「同じで良いですよ」という
14時半まで長いのでもっと朝食は遅くてもいいのだけどとは思ったが
8時半に宿を出た
昨日より風がきつい
朝のニュースで高速船が一部欠航と言っていた
とりあえず半日 島の北側を周って見る




北端の灯台を回れば太平洋側の海岸線を南下する

サ-フィンする人もいるんだ
右を見ると着物を着た男女がいる
映画かTVのロケをやっている
海岸の入り口の所に5~6人の学生風の男子が裃の衣装で輪になつて談話
していた
謡か詩吟のサークルの合宿かなと思っていたら エキストラなんだ
でも全員鬘を着けていないところを見るとリハーサルなんだろう
40kmくらいでゆっくりゆっくり走るも時間は進まない
景色を見ても落ち着かない
風は太平洋側は静かだ
12時頃 気が漫ろなので観光は終えて港に様子を見に行こうと向かう
丘の反対側はもうハンドルもとられそうな強風
13時過ぎに高速船の船着場に着く
「今日の15時は出ますか」
「出るか出ないかは1時間前でしかわかりません」と言う
「え~!」
「午前便は一応出ましたが 昼からさらに強風になるようです」
困った
隣の波止場に「プリンセスわかさ」というフェリーが泊っている
案内場にいくと14時に鹿児島までいきますという
しかも間違いなく出港するという
後で聞いたことだが高速船は波の高さが4mを超えると欠航
このフェリーは6mまでは出港するという
困った
「あなたなら どうする」
とりあえずレンタカーを満タンにして返却する
明日も要りませんかというが 2日後に必ず打ち上げられるか全くの保証はない
結局高速船をキャンセル
1時半に「わかさ」に乗船した
なんとか島から離れられる
高速船は鹿児島まで90分 7700円
このフェリーは3時間半で 3620円
14時発で17時30分着予定
時間通り鹿児島港に着くなら空港まで1時間くらいなので
20時20分の飛行機に乗れそうだ
フェリーの船内の案内嬢が
「種子島からは今日この船が最後の出港船でしたよ」とにっこり教えてくれた
正解!!
しかし港を出たとたん車がぶつかったような強烈な衝撃
波が船底や船腹を叩く
ローリングやドスンドスン
デッキにいた学生のグループはカメラから服まで全身濡れ鼠
と騒いでいる
しかしこの騒ぎもすぐに沈黙に変わる
立ってられない 周りで嗚咽が始まる
先の案内嬢がはき袋を配って歩く
彼女が天女に見えた
小笠原25時間 沖縄40時間に比べてもたった3時間半
と自分に言い聞かす
1時間半ほどすると「天女」が船内アナウンスで
「本船はまもなく錦江湾に入りますあと2時間少々ですが
天候の加減で予定より20分遅れます
船の揺れは徐々に収まります」
観音様に聞こえた
なるほどそれから30分ほどすると起き上がれるくらいまで落ち着いた
さっきのガソリンスタンドのお兄ちゃんが「30分が勝負」と言っていたのは
このことなんだ
高速船なら錦江湾まで30分
この船は30分ではなく1時間30分なんだ
やっとカメラを持てるようになる
雨の中「開聞岳」が望める
反対側は桜島が望める
鹿児島の街が大都会に思えた

「わかさ君」「天女ちゃん」みんなありがとう
高速船センター前から鹿児島空港行きのバス
約1時間
船の遅れもあり 空港で食事と思っていたが無理のようだ
出発まで20分
空港で「さつまあげ」を一袋買ってロビーでほおばった
関空まで1時間
1時間の待ち合わせで余裕でバスで乗れると思っていたが
そうだここは第2ターミナル
客が一時になるのでバスを何台か待つ
日付が変わって0時20分に自宅着
なんでこんな旅をしているのだろうと自分で可笑しかった
でもこれは一つのゲームなんだ
自分が決めたミッションをいかに成功させるか
鹿児島でもう1泊したり新幹線で帰ってくればなんてことはない
しかしそれをやるとゲームに負けなのだ
12月3日13時22分 TVでロケット打ち上げ中継を横に見ながら
いろんな人の顔や出来事を思い浮かべながら
複雑な心境でこの旅行記を書いている
了