八十二段 阿武山古墳・摂津峡・温泉ハイキング

2013年11月

もう20数年前から行きたかった古墳と
紅葉の摂津峡と帰りに立ち寄り湯のコースを歩いた

最近親愛なる方から最新の1眼レフデジカメをプレゼントされた
もっといいカメラで見せてくれとのこと
感謝と興奮のあまり早速本日使わせて貰います
(本日は1眼とバカチョンデジカメと温泉用防水カメラの3台を使う)



阪急電車茨木駅前より9時30分発阪急バスで阿武山古墳に向かう
登り口は桑原橋と安威(あい)駅の途中
バスの運転手にどちらでおりたほうが近いですか
と聞くと「私も地の人間ではないので」といって
立ち上がりお客さんに向かって「どなたかご存知ないですか」
と聞いてくれたが誰も知らなかった
運転手は「安威」だと思いますと言う




「安威」で降りて少し進むと反対側に登り口が見える
どんぴしゃ
コンビニでお茶と飴玉を買いトイレを借りて
いざ登山へ



いきなり急な坂が続く
息が切れ汗が吹き出る



途中「阿武山稲荷」鳥居と祠(1眼)

阿武山は茨木市と高槻市の境にあり標高281.1m
小高い山に京都大学の地震研究所があり
その近くの中腹210mのところに古墳がある




標識と(貴人の墓)の案内板
そうなんです
この古墳
あの大職冠の藤原鎌足の墓ではないかと推定されている所





古墳の周りは多くの見学者

発見時も古墳の墳丘(墓域は82m)は無く平らなところから
1934年偶然発掘された
60才前後の男性の遺骨は玉枕や冠の錦や漆塗りの棺など
出土したためこれは皇族に属する人に違いない
調査など恐れ多いと
ほとんど調査もしないまま埋め戻してしまった
鎌足は死ぬ直前に落馬して怪我をしているが
ミイラ化した遺体のレントゲン写真では
足の骨折も見られる
ただ
「多武峯略記」などに「鎌足は最初摂津安威に葬られたが
後に大和国(多武峰に改葬された」との表記が
あるなど
曽我倉山田石川麻呂とか阿部倉梯麻呂などの説もある



紫の大職冠と玉枕の再現レプリカ



(上写真5枚はネットより)

いずれにしても大変なもの
もう一度発掘できないのかな

阿武山の頂上はここから600mのところ



見たいものをみたからのんびり歩く(1眼)
「一般用」「シルバー用」
どっちを歩いたかはひ・み・つ・で・す



ここから下り(1眼)



山の反対側 高槻市の方に降りる
関電の「北大阪変電所」をめざす



降りる途中「東海道自然歩道」が消えて
造成地になっており ダンプが1分ごとに来る
工事の親方のようなダンプに指図してるおっちゃんに
「ここ通ってもええの」ときくと
「おお! ええで」 大阪やな~

やがて「変電所」に突き当たる
門前が阪急バス「阿武山口」の停留所
それを大きく時計回りに歩くこと15分





高槻市立「萩谷総合公園」に行き着く
公園を横切って野球場の斜め下あたりから
「摂津峡」に出る(ここから先はほとんど1眼使用)





10時前に歩き出してほぼ2時間
丁度弁当の時間となりました





家を出るとき「五穀ごはん」「サバの味噌に缶」「納豆」「コロッケ」
「大豆の煮物」「じゃこ」「シャケのフレーク」
など 冷蔵庫から適当にもってきた
旨かった
(写真でみると猫の餌みたい)
こんなに広いのにだれ1人と出会わない
平日とは言え 天気はいいし 紅葉はいいし



お腹もふくれたし 標識にしたがって「摂津峡」へ




ほとんどいきなり山









こんな所が大阪駅から30~40分ほどにあるんだ






本当に紅葉と景色を堪能しました
下たところに温泉「山水館」がある




だまって通り過ぎる訳が無い

「たのもう」ここは1300円(ちと高いな でも駅まで無料送迎があるし)
ここから歩いて15分ほど下に当館が経営する共同風呂(本物の温泉)
がある そこは800円ほど
でも折角じゃけん



ここから防水君の活躍



温泉は相当大掛かりなボーリングをしたらしい
2種類の泉質で
温度は37.5(噴出し時)
おばさんに「最初は1階にある内湯で体を温めてもう一度服を着て
3階の露天に行ってください」と説明を受ける
そうか内湯はすこし加温をしているんだ





露天も結構暖かい
今日の筋肉の使い方は尋常ではなかった
ゆっくり汗を流し筋肉を癒し
と思ってるとこのぬるぬるの炭酸泉
又足をすべらせた
思い切り足を開いてしまって股間が痛い
小指から少し出血
しかししかし 今度はカメラは離さなかった
ちょっとはプロ根性がでてきたかな??



下にある「祥風苑」からのバスのほうが早く出る
というのでそこまでいく

車内は15人ほど乗っていた
完全に「デイケアーお迎えバス」状態

JR高槻駅まで15分 助かります

短い時間でも本当に楽い旅(?)でした