七十段 トルコの旅(その1)
予定には無かったトルコに来ている
旅先で多くの人が「トルコはいいですよ」という
ではでは
トルコ共和国(トルコ語: Turkiye Cumhuriyeti)
通称トルコは、西アジアのアナトリア半島(小アジア)と
東ヨーロッパのバルカン半島東端の東トラキア地方を領有する
、アジアとヨーロッパの2つの大州にまたがる共和国。
首都はアナトリア中央部のアンカラ。
北は黒海、南は地中海に面し、西でブルガリア、ギリシャと
東でグルジア、アルメニア、イラン、イラク、シリアと接する。
(ウィキペディアによる)
とある。
面積は約783hkm人口は約7200万人 日本の約倍の面積で人口は半分より少し多い
とにかく広いところに少ない人口である
したがってすべてが比較的ゆったりしている(イスタンブールの交通渋滞以外は)
共和国とあるから多くの民族も一緒に住んでいるのだろう
特に大きくは西トルコと東トルコに別れ東トルコはクルド人が多く住み
その独立運動でたびたびテロ行為があった
今回の渡航の直前にトルコ政府とクルド人独立派との和解が成立と新聞にあったので
当分はテロの危険性は無いと思う
通貨 1トルコリラは約56円(以後 1TL)
なんでリラなのかガイドに訊くと「フランスが決めた」とかなんとか
なんでフランスがリラかなと不思議に思って調べたら 19世紀のデノミの際にクルシュからイタリア語
のリラにしたとか なんでイタリア語なのかは依然不明
イスタンブールを出て時計と反対周りに西トルコをほぼ一周してイスタンブールに帰ってくる
という旅のはじまりである

関空22:30分発トルコ航空 イスタンブール5:35分着現地時間 (時差6時間) 飛行時間13時間05分
イスタンブールはまだ真っ暗だった
ガイドのオウズとバスのお出迎え後
まずマルマラ海沿岸ヨーロッパ側をくるーと周りダーダネルス海峡をフェリーで渡りトロイまで(バスで
約6時間)行く
しかし道路はすでに多くの車が走っている 朝の渋滞をさけているのだろうか
高速道路を小一時間も走ると夜も明けて郊外に出る




前回のエジプトとは大分趣が違う
まず緑が多い ゴミがない 家が綺麗 モスクは同じ


ここも観光バスはベンツ 最初に寄ったガソリンスタンド
この国にはコンビニがない その代わりがガソリンスタンドである
ガソリンスタンド兼 トイレ兼 コンビニ兼 喫茶店兼 みやげ店兼
以後ずーとそうである
このスタンドの喫茶のCAY(チャイ 日本で言う紅茶 2TL)は旨かった


この辺はエーゲ海(Ege Denizi)に面した別荘地である
海峡とエーゲ海に挟まれた狭い半島を西に行くとアジア側に渡るフェリー乗り場がある
この地域はアジア・ヨーロッパにまたがっているチャナッカレ県
船に乗る前に昼食である








メインはさばの塩焼き 日本語で「醤油」とかいたソイソースをかける
ご飯とパンとスープとヨーグルトとさばの塩焼きを一緒に
食べるというのが変わってるというとこかな
やはり酒は高い
ビールは以後どこも8~10TL(350ml)
水・CAYは2TL 以後行程のほとんど どちらかを選択



アジア側まで約30分
ヨーロッパからの客が多いがやはりJAPANのお隣の国の団体も・・・ 「呉越同舟」
トロイ遺跡の木馬が現在修復中で見れないという
県都チャナッカレの港に映画「トロイ」で使用されていたものが
展示されているのが ガイドの機転で見れた






この国はどこにいっても国旗が立てられている
船という船 こんな露天商まで立てている
この国は古くから征服されたり征服したりと 国境が転々としたせいだろうか

不思議と車には国旗はない タクシーは統一で全部黄色(イエローキャブ)
ここからトロイ市まで40分

エーゲ海がまぶしい
汗の出るほどあたたかい のどかな田園の中に小高い丘(ヒサルルク)がある
紀元前3000年ころからエーゲ海交易で栄えたと言われるトロイ
以後何層(現在9層まで判明)にも重なった遺跡がある
ここが本当にトロイかどうか長年の論争の場であった
ドイツ人の武器商人で発掘荒しシュリーマン
がホメロスの「イーリアス」に書かれているトロイだという
盗掘が目的の為に乱掘になり実証に時間がかかる



一番上の左の写真の中央の黒い覆いが修復中の木馬
どっちにしても想像建造物
それよりもBC3000年のものがこれだけ残るというのは
大変なもの 日本では考えられない(AC200年頃の邪馬台国も判らないのに)
その後トロイという確証はないものの
1998年世界遺産に登録
遺跡見学後バスで2時間 エーゲ海沿いの温泉保養地エドレミットで一泊

海岸に近い別荘地

ADORINA HOTEL

ここが温泉保養地とは知らなかった
宿に着くと温泉に入れますという案内 3泊目では入れると聞いていたが ラッキー!!
日本以外の温泉は初めて
要領は部屋で水着に着替え 備え付けのバスローブをはおって 廊下に出て
一階の温泉プールまで行けという
ええ~ 本当にバスローブで廊下を歩いてもいいのと何度も訊くが「いいです」
プールには更衣室が無く 入り口でタオルやら石鹸をくれる
有料で垢すりやマッサージを頼める
さっそく水着に着替えプールに行く
トルコ人の若い女性が1人入っていた
若い係りの男性が彼女に向かって「ジャパニーズ」と私を指差す
彼女はにこっと笑って迎えてくれる
温水プールでぬるいのかと思ったら なんと温泉並み40℃前後
しかも深い 首まで浸かる

彼女の目を盗んでちょこちょこシャッターを切る
言っておきますが彼女を写していません
これはプールというより大浴場
隣の部屋がサウナや垢すりやマッサージをするトルコハマム(いわゆるトルコ風呂)

シャワー・サウナ・マッサージ室
マッサージ室の床やベッドは大理石で寝転ぶと温かい
kantaが出る頃にトルコ人のおじさんが隣で垢すりをしてもらっていた
若い男性と楽しそうに会話しながらワイワイガヤガヤ 15分ほどで終わる
マッサージは水着を取るらしい
これも場所によって やりかた 値段 質 いろいろあるらしい
言葉が出来ないkantaにはちょっとためらい
上がる頃には外人・日本人と入り混じってご入浴
濡れた水着の上からバスローブをはおり部屋に戻る
せっかく温まっていたのに 部屋でもう一度入りなおしだ
食事の前にホテルの裏の海岸に出る

夏はキャンプ場なんだろう 途中にキャンプ用の貸し出し店が沢山あった
奥の白い建物がホテル 老夫婦がきれいな石を拾っていた
飛行機からの長旅 エーゲ海の夕日が癒してくれます
宿に帰ってバイキングとビールで早く寝よう

朝もいつものバイキングスタイル
野菜や果物の種類が多いのにびっくり
トルコの食品自給率は100%
小麦・米・肉(牛・鳥・魚)野菜・果物(特に杏・チェリー・オリーブ・オレンジ・りんご・松の実・無花果)などは
いたるところに花が咲いている
松の木が多いのには驚いたがもっと驚くのは全部丸くカットしている
幹も真っ直ぐ 松の実を採るためだ
さて観光2日目はエーゲ海沿いに2時間走りベルガモに行く

エーゲ海沿いは全てオリーブの木
その油はイタリアにも輸出しているという

本当に農業が盛んだ
モスクとコーラムの響きが無ければイスラーム圏ということを忘れる
ガソリンスタンドとモスクはどこにでもあり目に付く
今 宗教は自由選択になっているというが・・・

ベルガマのアクロポリスの丘が見えてきた
アレキサンダー大王の死後、広大な領土はい
くつかの王朝に分割されるが
そのうちの一つがベルガモン王国
BC300年ころ独立 最大で人口20万人になったという AC800年頃まで栄える
この丘に登るにはケーブルがある


上からはベルガモの町が一望



どことなくマチュピチュを想像させるが時代が2000年ほど違う
ここには 神殿・図書館・劇場などの遺跡が多く残されている
15000人収容の劇場
特に図書館は有名
図書館跡 最大で20万冊を誇る当時世界最大
嫉妬したエジプトがパピルスの供給を止めたので
羊の皮を紙代わりにした「羊皮紙」の発祥地


ケーブル乗り場の前でトルコアイスやフレッシュジュース
を売っている
早速 アイスと石榴ジュースどちらも5TL
どっちも旨かった
ケーブルから降りてバスに乗るとアクロポリスが正面に見える
場所にアスクレピオンがある
古代ギリシャで病院のことを「アスクラピア」というらしい
ギリシャ神話のアポロンの子 アスクレーピオスは医学を佳くし
その子共達も代々医学に精通したという


と言っても 当時の医療技術ではそう簡単に治療できるものはない
ガイドの話では薬草などで簡単に治療出来るものもあるが
瀕死の患者は受け付けない
ゆっくりと死んでいける患者の保養所・療養所あるいはホスピスのような
所だったようで 普通の薬草と共に阿片も多用したらしい
上の写真の左のトンネルは下から水の音が聞こえ 上の窓からは 阿片の煙が出るように
なっている
トンネルを抜けると右の写真の部屋に来て瞑想に耽る 精神科のようである
病院内には劇場や神殿もある
勿論奴隷や貧者は入れない
エジプトのピラミッドや日本や中国の巨大古墳や南米の遺跡など
人間の生死にかかわる遺跡は規模や形は違ってもその想いは違わないと
思う
バスはトルコ3番目に大きい都市イズミールに向かう
途中例のガソリンスタンド兼により昼食

このピザなかなか旨かった
ピザ屋の前でビールを買う 500ccで4TL
レストランの3分の1 まあしょうがないかな
ホテルに着くまでにバスの中で一本飲んでしまった
いい気だね あらよっと

2泊目のイズミール市は人口240万人
1923年に主権が回復されるまでこの町はいろんな国に占拠される
政治的・軍事的・経済的に重要な場所である

今夜はイズミールのホテル・ヒルトン
このホテルは最低
部屋に着いて荷物を解いていると 隣の部屋からドンドンと壁を叩く
TVも付けてないし 喋る人も居ないのにである
なんと壁がコンクリートでなく木に壁紙である
寝るときに隣からフランス語の女性の話し声が聞こえる
トイレの音やら生活音は辛抱するが 話し声は信じられない
日本の文化遺産の様な温泉宿で時々あるが
話し声が聞こえるときは部屋を変えてもらう
食事まで時間があるので 海に面した所が面白いというので出かける

海岸に沿って1kmほど喫茶が出来る
多くの老若男女が行き交う

1軒の喫茶に座りCAYを注文した3TL
休み終えて支払いをするとき10TLしか無かった
お釣りを待つがなかなか来ない
その内に 違う係りの男性が来てまたメニューを置く
「お釣りを待っている」と日本語で言うが通じない
なんども日本語で言う
すると責任者らしき男性を連れてきて またメニューを指差す
「いや もうCAYはいらない お釣りをくれ」と日本語でごねる
そのうち責任者が2つ折になっているメニューを開くと
そこには5TL紙幣と1TL硬貨が2ヶ入っていた
メニューの間にお釣りを入れているのである
日本ではそんな習慣はない
思わず「おおー」と言って肩をすぼめた
「ごめんごめん」と日本語でなんども言った
若いウエイトレスと3人で手を広げて喜んだ
申し訳ないと思い コイン2枚を責任者らしきおじさんに渡した
おじさんは満面に喜んでkantaの手を取るや「ぶちゅっと接吻」をした
後にも先にも初めての経験である
kantaもおじさんの両肩をたたいてお別れをした
日本にも100円程度でこんなに気さくに座れる喫茶店
があればいいのにな
以前パリの経験で立ち飲み喫茶が良いなと思っていたら
やはりスターバックスのようなものがはやりだした
それにしてもこの国は1人で歩いていても
まったく危険性を感じない しつこい物売りもない
もう何年も前からここにいるような皮膚感がある
時々道をすれちがうひげのおじさんが
「JAPANESE? CHIN(ちん)?」と訊く「JAPANESE」と答えると立てに首を振って
通り去る 別の所でも何度かきかれた
もし「ちん」と答えたらどうなんだろう

ホテルでの食後 ガイドが隣の「MADO」という喫茶のアイスクリームが旨いです
というので行った 旨かった
イズミールはエーゲ海の真珠と言われているようで 部屋からの夜景


kantaの朝食 右端はミツバチの巣をぶら下げてあり たれてくるのをすくう
3日目イズミールを後にしてエフェソスに向かう
バスで30分
山の上にはエフェソス遺跡
聖母マリアの家
アルテミス神殿がある

聖母マリアの家と像
エフェソスは紀元前11世紀にイオニア人(古代ギリシャ)により建設された都市
アルテミス神殿を中心に都市国家として発展したもの
現存するギリシャ文明最大の遺跡で、
アルテミス神殿はアテネにあるパルテノン神殿を凌ぐ規模だったとかで、
ギザのピラミッドと並び、古代世界七不思議のひとつ
本来は港に隣接していたが川の土砂で埋まりエーゲ海は数キロ先にあった
本当にすばらしい遺跡である



さっきのベルガモと並んで世界3大図書館の一つの跡


水洗トイレの跡 皆並んで用を足していたのだ
遺跡の後はツアー特有のお土産店巡り
今回は毛皮店とトルコ石などの宝石店と絨毯店
どれもバブル期の買い物ばかり
お昼は肉の串刺し これは柔らかく美味しい
エフェソスからパムッカレに向かう 215km3時間
いよいよ温泉宿だ

道筋にはライラックが満開 杏やチェリーの花も満開 日本の桜のシーズンである
こんな光景が延々と続く
この辺で海抜600m
遠くの山裾に雪かと思われるような白い層がみえてきた
世界遺産の石灰棚である
わお~である


ただ 残念なことに この近辺に近年おおくの温泉ホテルができ
そこにお湯を取られるので この棚に流れてくる湯量の減少で
全面の棚に温泉水が入ってない
今は時間を決めて分割で水を流していると言う
ここでも自然保護と観光のジレンマがある
この近辺はこの温泉を目当てに栄えたのであろうヒエラポリスの遺跡がある
この石灰棚の反対側にNHKで放映された「アンティーク プール」がある
歩いて5分ほど
ヒエラポリス遺跡の真ん前にあるので
この施設の入場は無料
入浴料は約1500円ほどらしい
kantaもできればはいろうと思ったが 回りは世界中からの観光客の目の前で
とても老体を晒す気にはなれなかった
ここの売りは泉底に遺蹟物がころがっている
ということである
TVでは地震で倒れたのだと説明していたが
ガイドは少し興奮気味にあれはあとからほうりこんだんだ
有料だし 入らないでくださいという
さてどちらがどうなのか

成分表をみると圧倒的にCaが多い 温度は噴出口で35℃だから
みなさん30℃位で入られているのだろう


温泉の後ろの遺跡に向かう

温泉を好むのはこのトルコのほうがずーと先輩なんだ
しかしなんでこんなに劇場が多いんだろう
さっきのエフェソスの劇場の舞台でしゃべるとすごい反響だ
こんなところでカラオケをしたらと冗談で言っていたら
事実そこでは演劇や音楽会が開かれたそうだ
しかしスピーカーの振動で遺跡が壊れるという理由で
今は禁止になっているという
バスで下に降りて下から見る

結婚式に出会う 幸多かれ
さて今晩の宿泊地はここからバスで10分のところ