六十九段 エジプトの旅(その2)

ナセル湖のほとりのアブ・シンブル神殿の近くのホテル

コンドミニウムになっているkantaの部屋

17時20分に集合 バスにて10分ほどの神殿へ
「アブ・シンブルに泊まらないと見ることが出来ない神殿の音と光のショー」
という振れ込みのイベントに行く
アブ・シンブル神殿はアスワンの南約280kmにあり 新王国時代にラムセス2世によって
建造された岩窟神殿 アスワン・ハイダムの建設で水没の危機にさらされたが
ユネスコの協力で移転 この地に保存された

大神殿と小神殿


この岩壁を使って映像と音楽とナレーションがはいる
夜になると寒い 45分のショーである
白人や韓国人ツアー 中国人ツアーも多いのに如何いうわけか
流れるナレーションは日本語
どうもこの企画は日本人が大きく関係しているようだ
雄大でそれなりにすばらしい
岩の上にはオリオン座など砂漠の夜空の星群が印象的だった
ホテルに帰り又バイキング晩飯
朝5時15分起床 5時50分にまたバスでアブ・シンブル神殿に行く
日の出の神殿に行く
本来この神殿は太陽が昇るときに東向きに造られており その奥の至聖室の神像は年に2回だけ
入り口から光が差し込むという神秘的な設計になっている
その時期とは2月22日前後と10月22日前後である
kantaもその時期に申し込んだが応募が多くキャンセル待ちである
何年先になるやら とあきらめた
光は入らないが内部は照明で見ることが出来る
ところがこの日の朝は寒風がきつく 砂嵐のようになっている
太陽も黄色くなって視界も悪い
そうか太陽光が差し込む日でもこうなればまったくだめな時もあるんだ

正面の一番奥に太陽神・ラムセス2世・王の守護身・宇宙の創造神の4体が
並んでいる
結構奥まで長いのにうまく設計されている
カメラ撮影禁止である
入り口の門番のおっちゃんがチップを要求する
ここまで来て写してもいいよというのが右の写真
1エジプトポンド(15円)を渡した

小神殿
ホテルに戻り またバスで3時間 アスワンまで戻る

遠くまで見えていた砂漠が砂で霞んでいる
途中バスがトラックを追い抜く
なんと積荷は駱駝
やさしそうなかわいいもんだ
ところがガイドがこれはスーダンから輸入しているのです
エジプト人は駱駝の肉が好きです
脂肪が少なく旨いですよ
そうか日本なら牛や豚の扱いなんだ
昼食はまた例の車内用弁当 アスワンに着後飛行機でカイロまで1時間25分のフライト
ところが砂嵐のためか飛行機が飛ばない
空港で3時間待機してなんとか飛んだ
カイロに着いて中華料理店で夕食 これがまあ一番旨かったかな?


ホテルは5星でなかなか快適 ここで3泊する
尾篭な話だが 南米の時に驚いたが 普通 大便の時 便を拭き取った紙は便器に捨てると思うが
このエジプトでも便器の横の銀色の丸缶に捨てるのである
最初は非常に抵抗があったが もしそれで詰まれば多大な修理費を取られると
ペルーできいた なんでも水不足でこうなっているとか
ただでさえウオシュレットがないだけでも苦痛なのに
今回はさもあらんと日本からお尻拭き用の厚手のウエットテッシュをもってきた
ペルーの時のガイドが日本に来たとき
便器の横に缶がないのでうろうろしたと笑っていた
朝6時起床 今日はいよいよギザのピラミッド観光である
バス中でガイドからピラミッド観光の注意点を聞いた
とにかくこのピラミッド周辺が一番治安が悪く
なんでも2組の悪グループがあって たかり・すり・ゆすり
なんでも有りという
早朝に出るのはこのグループが来ないうちに観光しょうということらしい
駐車場には機関銃をもった護衛の人がいるので 車にカメラ以外の荷物は
全部置いていくように指示
売り子がきても一切無視 ターバンを巻きにきたり 物を押し付けられても
全て無視してください とにかく親切なことを言ってきてもすべて無視
特に駱駝に乗りたい希望者はまとめて交渉して
勝手に乗らない
乗るときは1ドルですと言いながら降りるときに過大なチップを要求され
渡さなければ降ろしてくれないらしい

ともあれ本当にすばらしい
1日300人限定のクフ王の墓の入り口は少し高いところにある
45度くらいの角度の 細い通路を腰をかがめながら 汗だくで石室まで上がる
石室は全くの狂いも無く5000年もここにある
待っている間上から下界をみていると
白人の夫婦や個人客などが無理からターバンを巻かれたり2~3人に囲まれて
せびられている
kantaもトイレのチップ用と思い持っていた10エジプトポンド(約150円)をスラれた
2~3人が周りを囲んだので手で払ったがその時だろう
金額というより すられたということがショックだった

駱駝は立ち上がるときと足を折って座るときが結構前につんめりそうになる
しっかりつかんでいないと振り落とされる
これは痔の人には無理
こんなのに何時間ものって砂漠の旅できるものだ
わずか10分ほどでもうギブアップ
ガイドが1人10ドルの一括交渉でなんとか無事に降ろして貰った

スフィンクスとピラミッドのショット前は大勢の人
ああ ここまで来れたんだと感激
昼食はピラミッドがみえるレストランでモロヘイヤスープと鶏肉
相対にkantaの舌には合わない
ただ生存の為に食べる
特にデザートのケーキの甘さには閉口

昼からメンフィス サッカラ ダハシュール観光に向かう
ダハシュールの屈折ピラミッド(クフ王の父親スネフル王の墓)
表面の化粧石が残っている
赤のピラミッド(スネフル王の2基目の墓)
赤色花崗岩で出来ているため赤く見える

郊外のやしの木に囲まれた畑

メンフィスのラムセス2世の巨像
メンフィスは古王国時代の首都でプタハ神の聖地
入口のおっちゃんがしきりにチップを要求して
一緒に写真に収まろうとする
いたるところに遺跡が並べてある

世界最古のピラミッド ジョセル王の階段ピラミッド
初期のピラミッドは台状の墳墓を積み上げて階段状にした
ギザのピラミッドの100年ほど前に造られた

お棺を入れる為の竪穴
観光の帰りにカーペットスクール兼販売所に寄らされた
40cmくらいで4~5万もするので手が出ない

織子は10代の子供
指の細いものしか出来ない

カーペッの店の前を家路に着く農民

夕食はまたピラミッドの見えるレストランで
主食はナンのような小麦と米である
米はジャポニカとインディカ両方あるようだ
この肉 もしかして駱駝か?
朝4時起床 朝食4時30分 5時ホテル出発
寒さと寝不足で鼻はずるずる 喉はひりひり
風邪も一進一退
バスでカイロ駅に向かう
最北の街アレキサンドリアに向かう

最近改装されてきれいになったという

人懐こい子供が写真を撮ってくれと前に来る 案内板はアラブ語

今までみたこともないほどぼろぼろの列車

中は広くてすわり心地は良い
エジプトの鉄道はイギリスに次いで植民地の加減か世界で2番目にできたという
ガイドの話では明治天皇がこの列車に乗られて日本にも鉄道を作るとおっしゃったとか
特急の一等車で4時間 アレキサンドリアを日帰りする
アレキサンドリアは地中海に面したリゾート地でBC332年マケドニア王国の
アレキサンダー大王によって建設された
大王の死後プトレマイオス朝時代には首都であった
王朝最後のクレオパトラがいた
バカンス時期には地中海を求めてこの列車が人であふれるらしい
ガイドが深刻な顔で説明する
「今日は金曜日で礼拝日 礼拝は12時からでそれが終わると街は人で
ごった返し またデモがはじまったりすると
車は一歩も進まない
今朝4時起きでここまで来たのは 13時くらいまでに全ての観光を終えたい
絶対に時間厳守!!となんども言う
街の光景を見て納得

駅の外の道路はすでに多くの人々が道路いっぱいにフリーマーケット
犬・猫・鳥・野菜・パン・果物・服・魚なんでもあり

遺跡ポンペイの柱とそれを取り巻くアレキサンドリアの街
ローマ皇帝ディオクレティアヌス帝が建てたと言われ アスワン産の花崗岩から
つくられた円柱で 高さは約30m
かつては400本もあったといわれる


早めの昼食は地中海に面した海鮮料理のレストラン

海鮮料理といっても白身の魚とイカのフライ

国立アレキサンドリア博物館
カメラ持ち込み禁止
ローマ円形劇場は車上観光
駆け足でなんとか街を抜けられそう
駅に向かう途中
道路で礼拝中

いたるところに機動隊が
でもVサインや歓迎を示す様子も
この機動隊 全国に600万人いるという
給料は一ヶ月30エジプトポンド(450円)
職のない若者の救済策だとガイド
でもこれでは食べれないのでほとんどが親のすねかじりだという

アレキサンダー駅 帰りの一等車の外側(信じられない)

座席は広くて快適 3等車は窓もなかった
一等車でも左の写真のようにガラスが割れている
右の写真は車窓のガラス 霧でも霞みでもない汚れているのだ
車窓からの写真も撮れない
帰りはノンストップで3時間半
ものすごいスピードで不安だった

カイロについてまたピラミッド近くのレストラン
今晩はコシャリというエジプトの名物
ミートボールと米とスパゲティーの豆や野菜を混ぜたもの
結構旨い
右は問題のデザート
一口で汗が出る甘さ メンバーの殆どは食べなかった

このピラミッドやレストランの近くに現在新しい博物館を建設している
世界一大きい博物館という
来年5月に完成するとか 遺蹟物が余りに多く 展示しきれないという

夜のカイロ市街 人と車でごったがえしている
食後ホテルへ
今日が最後の宿泊日 枕チップ(1ドル)も今日が最後
明日の荷出しは7時 忘れ物が無いように荷造り
朝6時起床7時40分発 気温14℃
観光最終日は国立カイロ博物館で約3時間
昼食後 オールドカイロ地域に行って
レストランで夕食後 そのままカイロ空港で帰途へ
ホテルの朝食時に東京からのツアー客の夫婦が話しかけてきて
今日からツアーなんですが様子を教えてほしいと言う
あれやこれやと経験談を皆で話すと真剣に とても喜んで聞いていた

カイロ駅にも近い ホテルから20分ほどのところ
12万点の遺跡物がある国立カイロ博物館へ
カメラ持込禁止 セキュウリティーチェックは空港並み
所狭しと遺跡物が置かれている
我々は開館30分前に一番乗りで並んだ
時間がたつと人でいっぱいになり
特にツタンカーメンの部屋は混雑するらしい
ミイラは「王家の谷」で見たが 例の黄金のマスクなど全てはここにある
黄金のマスクは11kgの金で作られガラスケースに収められいた
360度 目の前に見れる
内側のマスクにも文字が書かれていた
感動!!!
とても3時間では見れないがガイドがポイントを旨く案内してくれた
箱つめでころがしてある遺跡物も多い
来年の新博物館では公開されるのだろう
2階に別料金(100エジプトポンド)で入れるミイラ室がある
ラムセス2世やハトシェプスト女王などファラオの10数体のミイラ
が並んでいる
90何歳で亡くなったというラムセス2世のミイラは金髪が残っており
品のいいおじいちゃんという顔だ 本当に感動!
一通り見て最後にまたツタンカーメンの室のもどり
黄金のマスクを目に焼き付けた
博物館の横のビルは2年前の「アラブの春」の時期
追放されたムバラク大統領の側近が入っていた
ビルが焼き討ちにあったもの
夢のような世界と現実が隣り合わせ

博物館から昼食のためバスでナイル川の船上レストランに行く


昼食はいつものナンとターメイヤ(豆のコロッケ) これはいける
昼食後バスでオールドカイロへ


聖セントジョージ教会 コプト教会

ムアラッカ教会
ローマ時代の塔
ローマのビザンチン帝国が建てた要塞の遺跡
バビロンの塔といわれる
コプト教会の大半はバビロン要塞を利用した壁の中にある
なかでも聖セルギウス教会 バーバラ教会 聖ジョージ教会
ムアラッカ教会が有名である
エジプトのキリスト教コプト教徒は約300万人といわれ
85%のイスラームと共存している
「アラさん」に宗教の質問をするとイスラームの「アラさん」の
弁が止らない
次はイスラーム圏に行く
丘の上に建つモハメドアリモスク
次はハーンハリーリバザールに行く
バザールの入り口




「アラさん」が一時間ほど自由時間ですという
自由と言われてもとてもこんな所一人で歩けない
両側に店の者が ずーと声を掛けてくる
買うものも無いし モスクの前の広場で座って様子を見ていた
何度も靴磨きのおじさんが「ワンダラー ワンダラー」とくる
そのうちに違和感も薄らぎ一人でぶらぶらした
意外と一人の時は一度も声をかけられない
観光はここまで
やれやれお疲れ様空港までの途中

昼間のレストランの隣 ナイル川の船上レストランで鳥と魚と肉のミックスグリルの夕食 だって
最後の食事なので8ドルの高いビールで乾杯した
空港までがまた道路が混んでいる


車が進まないのでタクシーの客は降りて歩く
真ん中のピンクのシャツの人は渋滞の車にジュースを売っている
23時30分カイロ発大阪行き11時間15分のフライト
夢や幻のような10日だった
さて「陰」であるが
人類の偉大な財産 教科書で見ていたものが
多大に現存している 本当に素晴らしいし感動する
しかしそれを取り巻く環境があまりにも劣悪である
カイロに入るまであまり気にならなかったが
カイロから以北は特にひどいのがゴミ
まるで震災後のがれきの中に街がある

中央分離帯に捨てられたゴミ
これが延々と続く


ごみ捨て場は道路だけでない
川の両側は全部ゴミ捨て場
カイロは一国の首都 東京で考えられますか
川にはロバの死体や羊の死体が浮かんでいる
それに鷺のような鳥が肉を突いている

線路内のゴミ
「アラさん」にゴミの事をきいてみた
2年ほど前にゴミ収集会社が5社あったが 4社がつぶれてしまった
それでほとんど収集がないという
一箇所ゴミの収集所の様な所があった
なんと 沢山の山羊がいる
紙は山羊に食べさせると「アラさん」がなにげなく言う
感心していいものか複雑
たとえどういう理由にしろ 自分の住む環境がこんなのだったら放置できるだろうか
次に車とモラルの問題
カイロで信号機をみたのは2~3箇所
というのは十字路がない 分離帯がそのまま続いている
なぜそうなのかはわからない
(信号機がいらないので予算の節約のためか)
従って左右に行こうと思うと分離帯が切れているところまで行って
Uターンしなければならない
とにかく渋滞がひどい
我先に警笛を鳴らしながら突っ込んでくる
飲酒運転がないだけでモラルは最低

店も道路にはみ出し 人は車の間をぬけていく
逆走車は何台もある ロバ車や馬車も混在している
よくこれで事故が起こらないものだ
次に
旅行中ツアー客を悩ますのは執拗な物売りである
今 学校が休暇に入ったのか 子供の物売りが多い
とにかく目を覚ましてねるまで「ワンダラー」「ワンダラー」
観光施設に切符を渡して入ればやれやれと普通は思うが
とんでもない 施設内でも説明を聞いていようが 観光中必ず横にいて
「ワンダラー」「3ヶ1000円」
安心できるのはホテル内と国立博物館の中だけ
レストランも場所によっては1エジプトポンドのチップがいる
売り子だけならまだしも 施設の監視員までチップを要求して
写真を撮ろうかとか一緒に写せといってくる
どこの国でも物売りはいるし しょうがないとは思うが
せめて観光施設の中は勘弁してほしい
いくら貧しくとも人としての矜持があるのでは
観光が資源なら また行ってみたいと思われるようにその環境を
整のへないと きびしいものが残る
了