四十四段 京都東山を歩く
二条城横で月一回の仏像教室は昼からある
青蓮院の秘仏が創建以来 千数百年で初めて開帳されている故 昼迄に行こうと思った
京阪四条駅から 四条通を東に八坂神社に向かって 突き当り東山通りを北に上がる
青蓮院は知恩院の北隣にある。
知恩院に行く途中の白川
途中白川に出る 駅から10分ほどのところに水の澄んだこんな川原がある
知恩院は東山に沿って細長く 山腹に上がっている ここを通り越すと
大きな楠の木と青蓮院の大きな盾看板
開門は9時 8時50分に門前に着いた すでに5〜6人の参拝者が並んでいる


青蓮院門跡門前
青蓮院門跡由緒
青蓮院は天台宗総本山延暦寺の三門跡の一つで 現在は天台宗の京都にある5つの門跡寺院を五ヶ室と呼んでいるその一つである。
天台宗の祖最長が比叡山を開くにあたっては山上に僧侶の住房をいくつも作ったが その一つの青蓮坊が起源である。
・・・・・・・・伝教大師から円仁 安恵 相応など延暦寺の法灯を継いだ著名な僧侶の住居になり 東塔の主流をなす坊であったと思われる
その第十二代行玄大僧正に鳥羽法皇が御帰依になって第七皇子をその弟子とされ 院の御所に準じて京都に殿舎を造営して青蓮院と改称した。


庭は室町時代の相阿弥の伝作

国宝「青不動」
一文字手水鉢
本尊の「熾盛光如来」は曼荼羅の掛け軸となっている
普通本尊といえば立体の仏像が多いのに 驚いた 幾度か焼失したが現存は豊臣秀吉の奉納
梵字で大日如来を表しているとか 今回は平安後期創建以来はじめての開帳だそうだ
特別拝観料1000円 でお守り付き
庭が素晴らしい 紅葉なら最高であろう でもその頃は人で一杯だろう
庭におりて散策する 贅沢な時間だ
東山を借景に最高の贅沢な空間である
門前の大楠を後に 隣の知恩院にいく
知恩院は法然上人の浄土宗の総本山
1133年 岡山県久米に生まれ 15歳で比叡山に登り 「南無阿弥陀仏」を唱え 43歳で開眼 1212年80歳自戒
東山のすそのに 広大な敷地に御廟や阿弥陀堂がならぶ
三門は木造としては世界最大だという

阿弥陀堂
鐘楼(NHKのゆくとしくるとしで有名)

小堀遠州とも言われる
方丈庭園


法然上人の御廟
御廟で木魚を叩いて法然上人を拝み知恩院をあとにする
これまた直ぐ隣は 円山公園 ここは本来は知恩院の六坊のあったところ
現在も「左阿弥」などが料理旅館として存在する
京都近くに長くいて
円山公園に入るのは初めてである

公園内にある有名な
「いもぼう」
そのすぐ横から公園のいたるところに「枝垂れ」がある

円山公園の枝垂桜 その横に見えるのが ホテル
「長楽館」
長楽館はたばこ王・村井吉兵衛の京都別邸だったものを現在はレストラン・ホテル・結婚式場として存在

東山を背景にした円山公園
この辺で少し足の筋肉が張ってきた お腹もすいてきたがもうひと踏ん張り
もう二箇所 直ぐ隣の大谷御廟と八坂神社に行く
大谷御廟は団体の参詣者や お墓参りの人でごったかえしていた
早々に後にして 八坂神社に向かう

八坂神社は斎明天皇の時代の創建とされるが不明
「祇園さん」「祇園祭」のメッカ
もうお腹がすいてあるけない
今日は花見小路にある「うをた」という創作欧州料理に行く予定だ
「祇園さん」から少し東にいく
花見小路の入り口に
「一力」がある


歌舞練場と建仁寺にに繋がる
花見小路はいつも賑わっている
しかし 歌舞練場の隣に場外馬券売り場があり 大勢のおっさんが新聞片手にぞろぞろ
なんでよりによってあんなところに そんなものを建てさせるのか それに車の乗り入れを許すのか
京都ほど観光行政の遅れたところは無いと思った
昼食場所「うをせ」は花見小路から東に入った小路の奥
とても一元でははいれそうな雰囲気ではない

でも中は京の中庭を利用した小奇麗なレストラン 今「春と秋の特別感謝祭」でフランス料理ぽいものが 2980円で食べれる
かぼちやのスープと5種類のデザートケーキが美味であった。
少しビールが入って さあ午後からの見聞といきたいところだが
もう足が動かない 足がひきつる
予定していた高台寺と霊山神社と資料館はまたにする
駅に向かって歩く
ここは
「せせらぎの小道」



白川が鴨川におちるところ 鯉が泳ぐ 水は音も無くせせらいでいる
外人さんが「舞子さん」の貸衣装で歩く
柳が風になびいている
京都は奥深いところだ
完