百二十五段 大塚国際美術館・鳴門渦・沼島の旅



1日目

天気予報を確認したら2日間とも天気だったのでこの日に決めたが ホテル・バスの予約を終えた後に
判明したことだが 調べた天気予報の日付けが間違っていた
2日の夜の天気予報では明日・明後日は雨と雷と低温予報
出かける前の晩から気が重い
3日の朝はやはり曇天

大阪三番街に着くと10名程の客が乗り 10分後に徳島に向かった
神戸の街をぬけ明石海峡を渡り淡路島を縦断して大鳴門橋を渡った所にある大塚国際美術館前で降りる
バスは予定の10時より15分早く着いて9時45分
美術館は9時30分開館である
入館料は3300円と結構高い

建物は5階建てだが上2階だけが岬の地上に出ている
下はB3~B1で半地下になっている
更に入り口からは長いエスカレーターでB3まで行く(このエレベーターは和歌山勝浦温泉
のホテル浦島や京都駅のエスカレーターほど長い)
開館直前とあって人はまだ少なかったがお目当ての「システィーナ礼拝堂・最後の審判」(ローマ)のホールには
沢山の人がミサのように座って解説員の説明を聞いていた
ローマの礼拝堂に入ったことがあるが全面の装飾に目を見張った
しかし現地では一切の撮影は禁止で堂の高い所から監視員が絶えず笛を吹いて撮影者に怒鳴っていた
ここでは気軽に撮影が出来る
このB3は中世・古代の絵画で他に「エル・グレコ祭壇」「聖マルタン聖堂」「聖ニコラス・オルファノス聖堂」「秘儀の間」「スクロブェー二礼拝堂」
「聖テオドール聖堂」「貝殻のヴィーナス」など全て実物大である
グレコの「オルガス伯の埋葬」もある
1階だけでも見ごたえがある

12時過ぎには館を出なければならない 急ごう急ごう!
B2はバロック・ルネサンスである
「ヴィ―ナスの誕生」「最後の晩餐修復前と修復後」これは現地ミラノでもなかなか見れない
現物は最大25名で鑑賞時間は15分(つれづれ92段イタリアの旅ご参照)
ここでは原寸大で時間にきまりもなく撮影も出来る
「モナリザ」「夜景」「ラス・メニ―ナス」「真珠の耳飾りの少女」「大睡蓮」
など世界最高峰の名画が並んでいる
「大睡蓮」は中庭に4連で円形に仕立てている大山崎の「アサヒ大山崎山荘美術館」の様である
5~8才位の姉弟が「ラス・メニ―ナスだ」と駆けこんできた
お母さんに「これは何故有名なの」と聞いている
「真ん中が御姫様で周りは女官なんだよ」と言う
私はこの絵は知らなかった
後で調べてもよくわからないが子供が「ラス・メニ―ナス」だと言って
遠くから走りこんできたことがショックだった
兎に角ラファエロ・ダビンチ・レンブラント・モネ・ボッチェチリ・フェルメール等の
作品がコーナーごとに一度に見れることは有難い
ダ・ヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」はポーランドの古都クラクフで観た
すごい行列だった 特別室に一点だけ展示されていた
(つれづれ100段東欧の旅その2ご参照)
フェルメールの部屋では人物画以外も並んでいた でもやはり人物画がいいかな

B1は近代・バロックである
ゴヤ・ゴッホ・ドラクロア・マネ・ルノアール・ミレイ・ミレークリムト・ムンク
の作品集の小部屋が並んでいる
私が「絵画が自然を超えている」と思った唯一の作品
ルノアール「ピアノを弾く少女」は残念ながら
この陶磁タイルではあの透明感は出せないようだ
日本に来たときに実物を見て感動してあちこち印刷物などを求めたが
やはりあの皮膚の透明感やみずみずしさは実物でしか表現できないと思った

「皇帝ナポレオン1世と皇后ジョセフィーヌの戴冠」の大きさに圧倒される
前の長椅子に座ってみていると戴冠式の現場にいるような気分になる
ゴヤのコーナーではプラダ美術館を思い出す(つれづれ84スペインの旅その2ご参照)
作品はどこか北斎に似ているような雰囲気がある

2階・1階は現代の作品
シャガール・ピカソ
ピカソ「ゲルニカ」実物大は流石の感 何時間でも見てられる
今回一番感動した絵はジョン・エバレット・ミレー「オフィーリア」である

ところでお気づきであろうか
この間 1枚も写真が無いことを
実は次の鳴門渦潮遊覧の途中でカメラが動かなくなって「電池が無くなりました」
と表示される 今朝満タンだったことは確認済みなのでこの電池も寿命なんだ
まああとは携帯のカメラで繋いでホテルで充電をしたらいいと思っていた
ところがホテルで充電したら「SDカード」が入っていませんの表示
「え!エ!え!」とみるとカードが抜けている
大袈裟に言って何百回と旅をして来てこれは初めての経験
この美術館でいろいろアングルを変えて一生懸命何百枚も撮ったのが
すべて空撃ちだったんだ

それでなんとか言葉で伝えようとするが情報があまりに多くて無理
観たい人は自分で行って観てください 
ただ 洲本に行く途中 バスの乗り換えで40分待 バス停の前の海岸で美術館でもらった「マップ&ガイド」を取り出し
故大塚正士初代館長の「美術館ストーリー」が素晴らしく時間も忘れて読んでいた
是非これは掲載したいと思った






やはり偉い人は違う

美術館に後ろ髪をひかれ歩いて5分の渦潮鑑賞観光船の船着き場に行く
何故この時間かと言うと干潮の時間があるのだ
今日の大潮は13時という
天気は悪くとも花の時期の日曜日
もし乗り損じたらバスの時間に間に合わない
なんせ徳島駅から洲本バスセンターに行くバスは1日3便で14:25分を逃すと次は19時10分迄ないのだ

やはり船着き場(うずしお汽船)にはマイカーの多くの客が集まっていた 1運航は30分ほどで1隻がピストンしている
1度に50名位は乗れるのだろうか1名1600円
問題のカメラは船に乗っていい気分で渦を撮っている最中だった
ここから先はすべてスマホの写真である

(上の写真クリックでyoutube)
流石に迫力がある
時々大橋を通りかかるときに上から観たりするがそりゃもう潮の迫力が違う

美術館前に戻ると予定より早い徳島行の路線バスが来た
早く乗っても結局折り返すバスの時間が決まっているのでその分 バス停で
長く待つだけだが それはそれで安心である
4つほど徳島駅寄りのバス停「黒山」でおりる
どんな山と思いきや全面の海岸沿いである

大阪から淡路まで少し雨が降っていた 美術館では全く問題が無かったが
ここでふられたらいやだな~と思っていたが時々ぱらぱらときたが傘は必要なかった

時刻表をみると休日の表示が無い
焦る
左下に書いてあるバス会社に電話をする
電話先で14:25分のバスは間違いなく出ますと言う やれやれ
それでバス停前の海岸にねそべって先ほどの大塚元館長のお話を読んでいた

バスは高速に入り洲本バスセンター終点で降りる
雨も大したことがなさそうだしホテルに入るには早い

上の写真の山の稜線の一番高い所でとんがっているのが洲本城の天守閣

前回洲本には考古の会で来ている(kanta考古2006年「国生みの島」淡路ご参照)
その時は文化資料館などに入ったが城には登っていない
観光案内所で聞くとバスセンターからは片道45分ほどらしい
いっちょう頑張りますか

なんとか半分まで来た
もう息が苦しい 薄でのセータもブルゾンも脱いでシャツ1枚だ
上で子供の声が聞こえる そうか彼らはマイカーで上の駐車場まで来ているんだ


天守閣はコンクリート製のシンボルで登るようにはなっていない
やれやれよう頑張った
城を反対に降りれば洲本温泉街になっている
調べたがコロナの関係もあって日帰り湯をやっているところは無かった
阪神に近いこともあって一人客を嫌がるようだ
コロナ下でも結構賑わっている
あまりこの温泉地に宿泊する気がしなかった
宿はバスセンターの目の前のビジネスホテルにした
横は大きなスーパーなので弁当とビール(最近では久しぶり)を買って
「淡路第2プリンスホテル」のシングルに落ち着いた

5階建てのこれぞビジネスホテル

やっぱり朝5時半に起きて美術館内2時間と渦潮と城までの登攀
普段の2倍も食べた
湯船に湯を溜めしっかり足の筋肉をほぐして
お休み

2日目

天気予報は大きくはずれた
ホテルの窓のカーテン越しに大量の光を感じる
風雲一筋もない花見日和となっている
朝食を予約しておいたのでこのホテルの前にある第1プリンスホテルの食堂で食べる

メインデッシがししゃも3匹(一応尾頭付き) 滅茶ヘルシー 550円
 でも昨日の運動のせいか いつもなら1日分の飯を全部食べた

バスセンターから沼島に渡る土生(はぶ)港行きのバス停
バスは9人乗りの洲本市コミバス 1日4本出ている
50前後の男性と客は2人

一部山中になるが殆ど海岸線を走る
淡路島は結構広いのだ バスセンターから1時間近くかかる
(淡路島の面積は595㎢で琵琶湖は670㎢で琵琶湖より一回り小さい)
途中洲本温泉街をぬける

途中の市立灘黒岩水仙郷は閉鎖されていた

目指す沼島が見えてくる
どうもスマホでは撮りにくい

お疲れ様 帰りも同じ運転手 コミュニティーにしては片道1000円と高いが
タクシー会社と市との提携運営のようだ
船は1時間半に1本出ている
時間に合わせてバスは10分前に着いた


すでに多くの客が乗っている
島民よりも観光客や釣り人が多いようだ
船は10分で着く 往復920円


何で「沼島(ぬしま)」(周囲10km 島民約500名)
それはここは国生み神話の島
記紀ではイザナギとイザナミが矛で下界をかき回すと雫が垂れて出来たのが「オノコロ島」
そしてその島が「沼島」だといわれている(多くの候補地や説がある)
次に生まれたのが淡路島であり次々と周りの島々が生まれていく
思うに記紀を表す人々はおそらく海人族でその後本島で発展するも
沼島・淡路は彼らの故郷なのだと思う
淡路には多くの遺跡が存在する
       
古事記

 淤能碁呂島
ここに天つ神諸々の命もちて、伊弉諾命・伊邪那美命二柱の神に、「このただよへる国を修め理り固め成せ」と詔りて、
天の沼矛を賜ひて、言依さしたまひき。かれ、二柱の神天の浮橋に立たして、その沼矛を指し下ろして画きたまへば
潮こをろこをろ画き鳴らして引き上げたまふ時、その矛の末より垂り落つる塩、塁なり積もりて島と成りき。これ淤能碁呂島なり。
(おんころ島はこの沼島とか友ヶ島など諸説有り)
・・・・・・・・・・
かく言い竟へて、御合して生みし子は、淡路之穂之狭別島。次に伊予之二名島を生みき。
この島は面四つあり。面毎に名あり。かれ、伊予国を愛比売と謂ひ、讃岐国を飯依比古と謂ひ、土佐国を建依別と謂ふ。


と書かれている

帰りの予定の船は13時20分に出る
約2時間40分でどれだけ歩けるか
目指すは第1に島の反対側にある「上立神岩」
歩いて30分程とあるが勾配は判らない
2時間コースもあるが大事をとって「岩」を目指し余裕があれば他も行ってみる



崖の上から見ると想像より小さく見える
これでも30mもあるんだ
矛にも見えるし男根とも思える

岩にはここまでしか近寄れない
ひと汗を冷やして引き戻る

港近くまでもどり「おのころ神社」に向かう

地元のおばあさんがワカメを干している


きつい



一番驚いたのはこの銘板である
日清戦争からの戦没者名である
こんな小さな島からでもこんなに多くの戦没者がいるんだ
全員が男性であろう
こうしていても現在戦争で多くの人命が奪われている
鎮魂

麓に降りてきて海岸でシャツ1枚になり30分ほど日光浴
トンビに注意と書いてある
見上げるとトンビとカラスが戦っている
上も下も戦争じゃ
しかしトンビは翼を殆ど動かすことなくあんなにも上下左右を動き回る
今度生まれ変わったらあんな鳥になりたいと思った
汽車もバスもいらんもんな
一服して港に帰る前にもう一か所


八幡神は海人族の守り神
水の傍には必ず有る
幡は秦とも言われる 秦氏の元であるとも聞く

思い残すことなく洲本迄帰る
帰りのバスは1人だった
途中から聾唖のおばあさんと20才前後の金髪の白人が乗って来た
何故 聾啞者とわかったのか 運転手がしきりに歯を指差す おばあさんは横に手を振る
次に運転手が肩を揉む おばあさ縦に首を振る
2人は身振り・手振りで会話をしている
たぶんマッサージ屋さんにいくのだろう
しかしもう一人の白人女性は意味不明
あんな山奥の停留所からスリッパと上下水色のトレーニング服姿で
音の漏れるヘッドホーンうをしながらしきりにスマホをしている
一瞬最近よく見るロシア人かウクライナ人かと思った
金髪は地毛が赤っぽいらしく下から見えている
自分の想像力を精一杯動かすが見当がつかない
別にどうでもいいんだが
3人が終点のバスセンターまで乗っていた
白人は前の総合病院い向かった
結構上手な日本語で「いくらですか」と聞きながら料金を払っていた
別にどうでもいいんだが わからん
さて大阪まで帰る予約のバスは1時間後である

軌道の交通機関がないこの島ではバスが最大の交通機関である
バスセンターの周りに生活の全てが集まっている
ソフトクリームが食べたいので捜したが無かった
隣のイオンはサーテーワンだった
仕方がないからイオンの「丸亀うどん」できつねうどんを食べた
バスが来た JRバスである

来たバスが「ニシゲンノモリ156号」とある
なんじゃこりや 窓がない 乗客のおばさんが「なんかはずかしいな~」と言っている

窓は目の細かい素材に印刷されていたブラインドに覆われていた
中からは霧がかかったように辛うじて外が見えるがこれが観光バスなら怒るで~
なんか漫画の新しいキャラクターと思っていたが
淡路の北端にあるテーマパークに来て初めて分かった
若い女性が「ニジゲンノモリ」から4~5人乗り込んできた なんかやってるんだ
JRも必死なんだ
でも行きかう多くの車から注目を浴びている様子なので
少し嬉しい感じもした

SDカードを入れ忘れてなかったら完璧の旅だったんだろう
次回からは気を付けます
楽しい旅でした