山科川周辺を歩く

コロナ警報が解除され花の季節取り敢えずつれづれ旅の再開としょう


京阪電車中書島から宇治線に乗り黄檗駅まで行く
そして六地蔵駅に戻り山科川の周辺に点在するいくつかの神社・遺跡をめざして歩く


京阪宇治線の終点は宇治橋の袂にある
橋を渡れば平等院にたどりつく
宇治駅の一つ手前が花の寺「三室戸寺」
その一つ手前が「黄檗駅」である
臨済宗・曹洞宗とこの黄檗宗が日本三大禅宗
ここは其の本山萬福寺である
駅からは徒歩5~6分
60年ほど前に親戚家族と車で「普茶料理」を食べに来たことがある
昆布を唐揚げにしたものが美味かったことは覚えているが寺自体の記憶は全く無い

開門は9時だが10分ほど早く着いた
三門で拝観料500円山に入る





流石に大本山とあって厳かで清楚で大きい
中国の香りが特に強い禅宗寺である
中国風や日本式の門が混在する 建物の多くは重要文化財である






(寺パンフより)



若い禅僧達が甲斐甲斐しく掃除をする
この禅僧や建物を維持するのにどれほどの費用が要るのだろう
寺の事は全く記憶に無かったのはどうやら門前の普茶料理屋さんに行って寺には入らなかったからだと思う
今は寺が経営する普茶料理が寺内で食べれる

(寺パンフより)
10時過ぎの電車に乗れるよう駅に向かう
黄檗から2駅戻ると六地蔵駅がある
駅前から8番のバスで「誕生寺」に行く

「誕生寺」とは親鸞の生まれた里で 日野(現 伏見区)にある
足利義政の正室 富子の出生でもある
バスの終点地には「法界寺」と「誕生寺」が並んでいる
今回はそれが目的ではなく
その背後の小高い山の中にある遺跡「方丈石」が目的である
「誕生寺」は修理中なのか覆いに隠れ下には瓦も積みあがられていた

法界寺も一般公開していないようだ

帰りのバスまで40分しかない 村を出て後方の山に向かう

上の地図を頼りに「方丈石」に向かう
地図では高低差は判らない

萱尾神社の前を通りぬけ 山に繋がる道を右折れするとゆるい坂道になる

砕石工場の様な所の前を過ぎると区立の介護施設が有る
10名程の老人がグランドゴルフをしている
この辺から山は急こう配になる


まだ250mもあるヒエ~ 汗びしょ

小川に沿って登ると3m近くある石に出会う これが方丈石だ
石の手前を上に上がるとベンチがある

これが方丈の跡だ!・・・ そうだ
確かに石の上に4畳半程の空き地がある
背後に石碑がある


ここならすぐ下に小川があるので水には困らない
父の禰宜職を横取りされ出家して風来坊となった
米が無くなったらここから里村におりて托鉢していたんだろう
吉川英治「私説太平記」ではコミカルな形で登場していたが
長明さんを忍んで持ってきた手作りのサンドを食べる(意味不明)


ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず
よどみに浮かぶうたかたは かつ消え かつ結びて 久しくとどまりたる例えなし

世の中にある、人と栖と、またかくのごとし。たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる
高き、いやしき人の住ひは、世々を経て尽きせぬ物なれど、これをまことかと尋ぬれば、
昔ありし家はまれなり。あるひは去年焼けて今年作れり。あるひは大家ほろびて小家となる。

住む人もこれに同じ。所もかわらず、人も多かれど、いにしへ見し人は二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。
朝に死に、夕に生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。不知、生れ死ぬる人、何方より来たりて、何方へか去る。
また不知、仮の宿り、誰が為にか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。
その主と栖と、無常を争うさま、いはば朝顔の露に異ならず。
あるひは露落ちて鼻残れり。残るといへども、朝日に枯れぬ。
あるひは鼻しぼみて露なほ消えず。消えずといへども、夕を待つ事なし。

おほかた、世をのがれ、身を捨てしより、恨みもなく、恐れもなし。
命は天運にまかせて、惜しまず、いとはず、身は浮雲になずらへて、頼まず、全しとせず。
一期の楽しみは、うたたねの枕の上にきはまり、生涯の望みは、折々の美景に残れり。


さて帰りのバス間に合うだろうか
足が笑い始めている
誕生寺迄懸け戻った しかしバスは2分前に出ていた
ネキスト・バスは40分後である サンドが余計だったと後悔 
次の目的は地下鉄東西線石田駅や山科川を超えた山の中腹にあるという「明智藪」だ
とりあえず石田駅に向かって2kmを歩こう
大通りに出ると福祉施設がありその前にコミュニティーバスの停留所がある
なんと1時間に一本しかないバスが11時33分 あと3分で来る
本当にバスは来た ワゴンだが5~6名のおばあさんが乗っている
駅までなら直線で2km足らずだがそこはコミュニティーバス
なんとかリハビリ―センターとかスーパーとか区の施設とか
くねくねと街中を走る 終点は伏見武田総合病院である
途中石田駅にて下車 料金は210円 本当に助かりました

駅前の交差点から山科川(醍醐から淀川に流れる一級河川)を渡り

小栗栖の山にぶつかって日野街道を右に折れ少し歩くと山に向かう細い道がある
又坂道である 目印の正覚寺を目指す

目的地はこの寺の裏側にあるらしい
看板があった

曲がる所曲がる所に案内板をしてくれている

これが無ければ無理かも
旧家や新興住宅が混在する中を抜けると あった

伝明智光秀終焉の地
3m先の坂下にその藪があるという案内看板に従う

小栗栖に知人が居て何度かこの近くに来たことがあるが
こんな形で再現されていたとは
運動を兼ねた探訪も考古学と同じで面白い
近くの小栗栖八幡宮の枝垂れも満開である
ひとつの目的地を定めていろんな情報等を駆使して
そこにたどり着く一種のゲームである
これが長旅の訓練にもなるのである

石田駅まで戻り地下鉄で2つ駅目の小野駅に行く
1つ目の駅は醍醐駅である 多くの花見客が醍醐で降りる
(醍醐の花はつれづれ50段参照されたし)
小野駅を地上に出ると「勸修寺」の案内板に徒歩5分と書いてある
再び山科川を渡る

雪柳と菜種と緑が彩る山科川を渡ると
その突き当りが「勸修寺(かじゅうじ)
開基は醍醐天皇で真言宗山階派の大本山とある


映画のロケに出てきそうな白壁 桜が残念

氷室池と観音堂

勸修寺の拝観を終え小野駅の反対側にある小野小町ゆかりの寺「隋心院」の拝観までが今日の
目的だったが如何せんもう足が付いてこない 残念だが
踵を返して小野駅から六地蔵まで戻る 今日のトレーニングは完遂出来ずに終わったが
久しぶりの探訪でまあ仕方がないかなと自分に言い聞かせ家路に着く