愛宕山に拝む


一生に一度の伊勢参り 年に一度の高野山 月に一度の愛宕山
と言われるものの未だ愛宕山の拝眉は叶わない
混雑を避け開花や東京のコロナ解禁前に行くことにした
正直 月参りするくらいだからもう少し平易だと思っていたが豈図らんや・・・・


疫病蔓延以前 この駅の周辺は国内外の観光客で賑わっていた
早朝とは言えJR嵯峨嵐山駅・トロッコ嵐山駅は観光地の駅から通勤客の駅になっていた

渡月橋迄のゴールデンストリートは和洋食・菓子・コーヒー店・ファストフード・民芸品店
など各地観光地の先駆けモデルのような店が並ぶ




突き当りが天龍寺


桜より梅が残っている
帰りにもう一度此処へ立ち寄る心算だが脚が動いているだろうか

嵐電は四条大宮と北野白梅町から出て帷子ノ辻(かたびら)で合流して終点が嵐山である
沿線は竜安寺・仁和寺・東映撮影所・広隆寺・車折神社など多くの名所があるが
どうも乗り継ぎが不便

渡月橋から続く通りは嵐山の銀座
洒落た店が多いが今は時間外で開いている店は少ない
バス停で10分ほど待つと「清滝」行が来る
客は老人1名  途中学生風の背の高い男子が1名乗る

バスは野宮神社・清凉寺・念仏寺を越えて山に入る

トンネルは狭く信号で行き違いをしている
大型バスは幅すれすれ

写真の真ん中の赤い輪がトンネルのランプ

 バス亭は清滝が見下ろせる場所が終点折り返し
清滝川は愛宕山の麓を流れて保津川に注ぐ
流域には栂尾・槇尾など紅葉の頃も盛りである
洛北は結構雪が積もる地でもある
「降りつみし 高嶺のみ雪 とけにけり 清滝河の 水の白波」 西行法師

愛宕山登り口に行く道が二股に分かれていて少し戸惑う
老人と学生は
「どっちでしょうね」
「どちらでもええんちゃう」
「この先で合流しているようですね」と話しながら清滝川に降りる



「どこから来たの」
「はい学校は京都なんですが 今コロナで休みなんです。実家は静岡です」
「叔父さんは近くなんだけど愛宕山は初めて。東京が解除になったり
桜になると混雑しそうなので花には早いけど今日来たんです」
「はあ そうですね」

二の鳥居を入って直ぐの茶店の軒先に「人(犬)の良さそうな犬」がしおらしく迎えてくれる
あまりにも優しそうなので茶店の叔父さんに「名前はなんですか」「クゥー」です
「へえ~クゥ―ちゃんなんだ」「クゥ―ちゃん」「クゥーちゃん」と何度も呼ぶが
全く動じずこのポーズ
「何才ですか」「5才です」「すごくおとなしいですね」「人に慣れているんだろうね。この子はもう愛宕山に119回
登っているんです。この前新聞にも出たんです」「へえー叔父さんが登るんですか」
「いやいや お客さんがクゥーを連れて登るんです」という
「5才で119回か 老人は70余歳で0回」
と言うと学生も笑う

確かに5才 119回達成と書いてある

「写真を撮りながらゆっくり上るから先に登ってください」と言って学生と別れる

愛宕山は標高924m
裾野には高尾山や神護寺・嵐山など賑わう
山頂の少し手前に愛宕神社がある
先ほどの二の鳥居から約4km余りにある
御祭神はイザナキ・イザナミ二神がお産みになった三十五神の内の火の神ヒノカグツチノカミ
(イザナミはこの火の神を生んだ為に「みほと炙かえて病み臥せり」<古事記>とある)
火伏せの御利益を求めに毎年新しい札に取り替えおくどさんなどに貼る

黄砂も昨夜の雨で消え気温18℃前後快晴 最高のハイキング日である

しかし道が険しのか脚・肺が脆弱なのかとっても息苦しい
ほとんど人の出会いも無いのでマスクを取りなんども深呼吸
頂上迄ほぼ一直線





流れる汗と重い足と深呼吸を
後から来る若い人達は何組も先を行く
道沿に100m毎の標記板がある
駄目だ!8/40で足が止まる 汗が目に沁みる

おいおいおいここはまだ1/5だ!!
20歩歩いて一呼吸休憩
すると50mほど先の老人男性らしき人が暫く立ち止まったり
少し歩いて又しゃがんだりしている
初めて追いついた人だ
20歩で一休みの老人と10歩で一休みの老人が会話した
「ほんまにしんどいですね」
「きついわ。ケーブルがあったらええのに。わしらみたいなもんお参り出来んは」
「ほんまにね。せめて車の道があればね~」
と先を超す。
帰って調べてみると愛宕山山頂と嵐山を結ぶ電車とケーブルが昭和初期(1929年開業)にあったらしく
途中ホテルや遊園地もあり賑わっていたとか
戦時中に軍需品としてケーブルのレールを供出した為戦後は復興されないままになっているらしい

老人達を苦しめているのは先の戦争だったんだ


10~11/40を過ぎたころから呼吸が楽になってきた
体が慣れて来たんだろう
やはり家で足踏みしたくらいでは歯が立たない



標示板は一の鳥居から5kmのものと二の鳥居から4kmの二通りがあるので自分の都合の
良い方を採る
20を越えると少し傾斜も緩いところもある
距離は稼げる

なんとか半分まで来たようだ




下界も見て木にも応援されあと2000

もうここまで来たら虎に乗って来たが降りれない所謂騎虎の勢いだ

しかし昔の人は偉いな~
愛宕神社は1300年程前からあるらしい たぶんケーグルがある間を除いて
老いも若きも毎年このように登ったんだ

下山してから友の話では毎年7月31日夜から8月1日朝までに参拝すると千日分の火伏・防災の御利益(千日通夜祭)
があるという
そうなんだそんな日が設けられているんだ
谷汲さんへ行って33ヵ所廻ったことにしょうというのと同じやつだ

歩きながら今迄にしんどかった道を思い出していた
上醍醐・岩間寺・観音正寺・長命寺・熊野古道・花瀬・五島列島福江島大瀬崎灯台
極暑のペトラ・46.5℃の敦煌周辺砂漠・4000mの黄龍・・・・・
そうだ熊野古道の本宮から湯の峰温泉の「大日越え」が一番やばかったな~
元から鬱蒼とした木々の闇掛かかりは早い
水不足と脚の疲労で3歩歩いて休止状態
出会う人も無く 周りがどんどん暗くなる どうにかこうにか峠を越して
温泉宿の灯りを足元に見た時は
仏の光だと思った


数年前の台風で多くの木々が無残な姿
間伐が出来ないと木が細く根が浅いと仄聞する
確かその年は入山禁止だった

33/40で 「水尾のわかれ」
帰りはここから下って水尾まで行く予定
あと7/40だ 頑張るぞ~

「本当は月輪寺に廻るコースで降りる場所を間違えました」
と笑いながら同じバスだった学生さんが神社から降りて来た
「頑張ってください」と手を上げてエールの交換

やっぱり若い人は1時間は早いんだ

最後の詰めがきつい

中年ではないですよ~だ

やった! これが目に入らぬか

この300が又きつい

社務所

社務所から本殿に向う階段を見上げた
拝殿してから食事にしょうと思っていたが止めた
早朝出かけにタッパーに詰めた残り物を下界の見えるベンチで食べた

頂上付近なので寒風が真面に来る
手が震えて箸が上手く使えない

身は重くなったが荷物と気は軽くなった

さあ脚を取り直して60kgうんぬんを上げるぞ

参拝して下山に向かうと「10歩で一休み老人」が石段の途中に座っていた
へえ~結構早いんだ
まだ食事をしていないか それとも20歩老人が15歩老人だったかもしれない
僅かの優越感も消えた
「大丈夫ですか 私も脚が痛くて」
「あんたはまだ若い 脚どころか全身が痛い」
とマスクの下で笑う
マスクの下だけでエール交換して別れる

「水尾のわかれ」でさてどうしたものかと思案
まだ日も明るいし清水の舞台では無いが水尾コースにした
これが地獄のわかれ

水尾の村まで距離は2kmしかも下りである
ところがこの下りが半端ではない
スキー場で初心者が上から傾斜をみるような心持
バレーシューズを履いて立ち上がったことはないが
初心者は同じ痛みを経験するのだろう

踏ん張る脚力が失われている今の老人では爪先まで体重がかかる
爪がじんじんと熱を持つ
2kmの間全く平地が無い
余りの痛さに後ろを向いて後ずさり
しかし小石がごろごろズルズル滑る
嫌でも前を向く
今度は体を横にして蟹歩きをする
これも小石が邪魔をする
135種類の地獄があるというが

ええい!ここはなに地獄じゃ

バスの時間や天龍寺なんぞ全く意識出来ない
兎に角この地獄から逃れるのだ
登るとき以上に休止の間隔が短くなる

座った倒木にサルノコシカケが しかも三層になっている
明智光秀は亀岡から水尾を抜けて愛宕神社に必勝を祈している
重い鎧兜や銃刀を身に着けあの山道を駆け上がり
又駆け下って洛中本能寺で戦い近江の安土まで駆け上がる
これは背中に羽を付けないと出来ない事だ

1時間近く地獄を味って村里に滑り落ちた




柚子栽培発祥の地として名高い水尾も柚子の時期は終わっている
数十軒の集落の庭先には梅のみが香りと共に盛っている

数軒は民宿や柚子湯と湯豆腐の店としてある

以前に予約しょうとしたら1人は駄目らしい
せめて風呂だけでもと思うが残念
バス停にいくと案の定14:00のバスは10分前に出ていた
次は15:30分
農家の軒先にいた叔父さんに「JR保津峡まで何kmくらいですか」と聞くと
「3.5mkだね。歩いて1時間足らずだよ」
優しそうな言葉が閻魔さんに変わる
この脚で1時間だ
水尾を愛した清和天皇陵はここから歩いて30分
今回は断念

でも小石は無いし緩い下りの清流水尾川沿いの国道路
15:03発のJRめざして歩く

所狭しと柚子が植えられている



爪の痛みが無くなった分思い切り歩けた
大概歩いたつもりが駅まで2kmの表示に愕然
体の力が抜けてランランハイキングモード
清流を愛でシャッターを連発する

やがて目の前に赤い橋が
それは曲がった道沿いから急に現れた
思いのほか近くにあった


赤い橋の上からJR保津峡駅がみえている
駅には15:03分の列車がそろっと出ていく
やっぱり駄目か

15:28発京都行の切符を買ってバナナを食べて待つ
計画のJR嵯峨嵐山で降りて天龍寺は諦めているのだ




保津峡駅は両端がトンネルである
谷と谷の間の川の上に作られた駅

プラットホームからの景色も一興なり
左端は保津川に合流する水尾川

電車を待っている間バナナが効いたのか
15:28分に乗れば嵯峨嵐山駅着は15:38分
駅から天龍寺まで10分
天龍寺の拝観締め切りは16時20分
よし天龍寺に行ってみよう

嵯峨嵐山駅の改札に行くとスチュワーデスのような制服のお姉さんが2人
にこにこと対応してくれる
この人達は本来世界中からの賓客をおもてなしするんだろうな
「すみません。切符を間違えて買いました」と薄汚れた老人
「はいはい 140円お返しいたします」とこれまた鶯の様

改札から脚の運命も知らず駆け歩く
天龍寺の寺域も広い 2~3度尋ねて法堂にたどり着く
3月8日から7月まで特別公開「雲竜図」である
1997年加山又造の「雲竜図」
画伯がこれを製作する過程をTVが放映していた
完成の暁には是非実物を見たいと思っていた
その後長く一般公開は無かったが現在は期間を決めて公開している
その拝観時間は9:00~16:30なので朝は入れなかった
拝観料500円 撮影禁止 マスク着用 手の消毒
平日の閉館前とあって2~3名の男女がいた

(写真はNETより)

(法堂パンフより)

画伯のTV録画でも最後の目の落とし込みの場面は圧巻であった
「八方睨み」は全部の作業の集大成である

堂内の四方の椅子に座り鑑賞した
どこの席でも睨みは成功していた
以後数百年数千年の出汁がその旨味を
浸み込ませ天界へ駆上ることだろう

今日は至福の大満足である

お堂を出ると急に脚の元から痛くなり
駅までひきづりながら戻り
エスカレーター・エレベーターを最大限利用して家路に着いた