三十八段 近江八幡をサイクル


サイクルシリーズも結構な回数になってきた
今回は琵琶湖沿岸 野洲市の隣 近江八幡市をサイクった
近江八幡といえば 近江商人の発祥地 織田信長の楽市楽座を受けて豊臣秀次の影響が強く 京都と中部・関東との交通の要
として商業が栄えた街 その町並みの佇まいは多くの観光客を集めている
だがしかし われらサイクル隊の目的はあくまでも考古学的歴史見聞なのである。
でも今回は後半でちょこっと観光客ともなった

JR駅前のレンタサイクル屋で一日1200円のレンタル

写真は今回のマイカー
早速観光地とは反対方角の市内をぬけて 古墳をめざす
10分wも走ったか なんと早くも一発目に出くわす
住蓮坊古墳という

この地域は千僧供町という地名でJR近江八幡駅からバスで5分 このあたり一体に古墳が点在しており
千僧供古墳群といわれる
ほとんどが破壊されたり 削られたり 原型をとどめていないが この住蓮坊古墳は比較的保存状態がよい

というのも 墳丘の上に法然の弟子であった住蓮と安楽の墓があり 
このため 破壊をまぬがれたという5世紀中頃直径53mの円墳
なんと幸先良いことでうきうきしてくる その古墳からなんと数百メーターのところにはやくも
次の古墳が臨める 
供養塚古墳である



5世紀後半の全長70mの帆立貝式古墳
墳丘の一部が残されている

ここから町(村)の中心地に向かうと「千僧供町地域歴史資料館」がある しかし今は閉館していた 
がこの館の前にある石碑の立派さには驚いた


村の中に古墳が点在しているが これが古墳だったというのは 聞いてみないと判らないような状態

大将軍塚古墳



木のあるところがラカン塚古墳
村から少し離れたところに石室が露出している岩塚古墳がある

直径275mの6世紀末の円墳
なかなかりっぱな石室である。

ここから田んぼの向こうに次のトギス塚古墳が見えている
それらしき石がころがっているが ほとんど破壊されており慕域の一部がかろうじて確保されている



この横にジジババ古墳があると地図にはあるが 結局見つけられなかった
ここから県道近江八幡・竜王線にでると馬見岡神社がありその麓に冷泉寺がある
ここの千手観音がすばらしいときき訪れるが戸が閉まっていて 人の気配もない
あきらめる
この寺の横の山の見晴らし場所で少し早めの昼食じゃ
天気良し 成果は上々 すこぶる快調
食も進む

県道沿いにあった水車
ことことコットン ♪♪♪足取り軽く 歌も出る

お腹も膨れ 隣町東近江市に雪野山古墳と八幡社古墳群をめざす
ところがこれがまた遠い 上り下りが多くペダルが重い 途中雨が降り出す 傘をさす
本当にあるんかいな どこにあるんかいな
道がまちがってやしませんか
するとトンネルに行き着く 車は行きかうし トンネルは長そう
暫し躊躇 でも側道があるのでちょつと安心 トンネルは少し下りになっている
ペダルから足を離して「ヤッホー」と叫ぶ 反響は車でほとんど掻き消される
トンネルを出ると
八幡社古墳群
実はさっきのトンネルの上が雪野山古墳につながる

これは素晴らしい
この古墳群一帯を整備して公園にしている
山の裾野の川沿いに古墳が並んでいる その川を遡って行くと雪野山(308.8m)の頂上部に未踏掘の4世紀中頃の全長70m前方後円墳がある
ときおり小雨が混じる


しかしこの市もよくぞ予算を組んでいただきました
本当に感謝いたします
ありがたいことです
いつも思うのは これほど公共のお金を使いながら訪れる人は疎ら
もったいないことです

八幡社古墳公園と雪野山



今度は駅のほうに引き返し反対側の歴史観光ゾーンに行く
 
「近江商人の町並み」や市立資料館・歴史民族資料館に着く
こちらはさすがに観光客で一杯 特に外人の多いのには驚いた
目に付く外人があれほど多いということは 外見では判らない外人も含めると相当数がこんなローカルの文化にまで関心を示しているのだろうか
さっきの八幡社古墳公園でも20人ほどの外人(多国籍)がバーベキューをしていた これなんかは どこかの工場への出稼ぎかもしれない




近江商人の町並み

正面の山が八幡山
この町並みの中に西川甚五郎邸や西川利右衛門(現・西川ふとん)邸が並んでいる


旧西川家の庭園
旧西川家の隣が森五郎兵衛の控宅を「歴史民族資料館」として 往時の生活様式が展示されている

 おくどさんがあり 井戸があり土間に座って眺める 昔 母親の実家がこのような形態だったので
子供の頃の感触にしばしひたる

この隣が近江商人の代表的な人物・西村太郎右衛門の宅地跡で旧近江八幡警察署の建物を利用したという「市立資料館」
郷土の画家の作品や僅かの考古学的遺物が展示されてる 展示物より建物のほうが資料かも
その前が旧小学校を利用した資料館がある 展示物はさきほどと同様
ひとつ面白かったのは この地は朝鮮通信使の通る道にあたり 彦根に入る前の昼食場所
になっていたようで 当時の昼食の内容の模型が展示されていたが なんと豪華なことか
通信使に対する 当時のもてなしの具合や彼らに対する思いが伝わる




 

商人の町並みから八幡山に向かうとその麓に豊臣秀次が設けたという 運河 八幡堀がある
今は観光用の船が客を乗せて往来する

堀にかかる白雲橋を渡ると この町の名前の由来ともなる八幡宮がある
正式名は日牟禮八幡宮 平安時代の創建という


八幡山の麓にあるこの神社は下の社とされ本来は八幡山の山頂に上の社があった
豊臣秀次が上の社を下に合祀し跡地に八幡城を築いたが秀次は文禄4年(1595)に自害させられる

そしていよいよ八幡山に登ることにした
登るといっても今は八幡社のすぐ隣からロープウエイがある 往復610円 約5分ほどで271.9mの山頂に着く

ロープウエイから見た近江八幡の町並み

山頂駅から5分ほど歩くと西の丸跡・中の丸跡がる そこからの眺めはすばらしい
琵琶湖がきらきら輝いている
田植えの時期の田んぼが琵琶湖と連なって その境がわからない
眼下一面がまばゆく光っている

この旅もほどなく終ろうとしている
朝から自転車でこの地域をまわり 歴史と人々の現実の生活の場と匂いを肌で感じながら
素晴らしい 本当に毎回感動を与えられる サイクルシリーズの「近江八幡編」を