播州赤穂温泉と赤穂城祉を巡る
2025年12月4日(木)
晩秋モードから播州の温泉巡りにチェンジ
NET上でも評判の温泉宿赤穂温泉「銀波荘」に行った
赤穂には大阪から姫路まで新快速 姫路で隣ホームに待機している赤穂行普通に乗換えれば終点である
南口から「亀の井ホテル(かんぽの湯の居抜)行」のバス(1時間に1本出ている)で約20分「御崎」で降りる
途中「赤穂城址」「赤穂市民病院」など経過する
赤穂城址には温泉の帰りに寄る

赤穂駅周辺も随分奇麗になっている
駅の隣にでっかいホテルが出来ている

駅前のバス停で待っているが時刻より遅れている
するとロータリーの駐車場に「銀波荘」と書いたワゴン車が止まっている
運転手さんに「日帰りで予約しているんですけど」と言うと
「どうぞ乗ってください」とにこにこ笑いながら乗せてくれた
すでに5名程の客が乗っていた かれらは昼食付の日帰り客である
この宿は風呂からの景色が評判で混雑する
日帰りもNETで予約しないといけない

周りにも何軒か宿が有るがここは際立って手入れが良さそう

(上の1枚 写真は宿ホームページより)


正面は小豆島


ロビーで手続きの順番を待つ
「食事付き」の人達から始まる
日帰り組は2~3名いた バイクツーリングや車で来ている
フロントの男性も女性も案内や仕草や見栄えが精錬されている
当然 施設も素晴らしい 小さい宿だが見事だ

3階フロントからエレベーターで1階の海の際まで降りた所に浴槽が有る


内風呂と露天風呂が有る
内風呂にはサウナと水風呂や寝風呂がある
残念ながら次々と新しい客が来るので撮影は出来なかった
今日は大陸からの寒風がこの瀬戸内海にまで来て波が荒く
寝風呂に入るとガラス越しに足の先に波しぶきが上がる
露天は将に海と一帯になった気分

宿ホームページより
実際は海岸の岩に当たる波音が大きく 海に浮かんでいる感がより強い
湯は41℃ 海水以上に塩辛い
長く浸かっていると指がしわしわになる
山の温泉も良いが海の温泉も良いな~
こういう温泉地も何度か行ったが ここは清潔感なども加えて総合して素晴らしい
日帰りで予約で2300円 全て満足
帰りは14時10分に送ります と言われたが城跡にも行きたいので
13時32分のバスで城に向かう
少し時間が有ったので周辺を散策

宿の前の伊和都比売神社



恋人の聖地




この島は土砂が剥がされている 平にして基地空港にでもするのかな
赤穂城はAIによると
『赤穂城(あこうじょう)は、兵庫県赤穂市にある江戸時代の平城で、浅野家の居城として知られ、
「忠臣蔵」の舞台となった城です。現在は国史跡に指定され、本丸庭園・二之丸庭園は国名勝にも選ばれています。
赤穂城の概要
所在地:兵庫県赤穂市(旧播磨国赤穂郡加里屋)
築城年:
1648年(慶安元年)~
1661年(寛文元年)
築城主:浅野長直
構造:変形輪郭式の海岸平城。天守は建造されず
別名:加里屋城、大鷹城
指定:国史跡(
1971年)、本丸庭園・二之丸庭園は国名勝(
2002年)
歴史の流れ
前身:池田長政が
1600年頃に築いた「掻上城」が基盤
浅野家時代(
1645~
1701) 初代藩主浅野長直が近世城郭として整備。軍学者・山鹿素行の思想が縄張りに反映
1701年、浅野長矩が江戸城松之廊下で吉良上野介に刃傷
→ 即日切腹、赤穂藩改易
忠臣蔵事件(
1702) 大石内蔵助ら赤穂浪士
47士が吉良邸に討ち入り、歴史的事件として語り継がれる
その後
永井家(
1702~
1706)、森家(
1716~幕末)と藩主交代 明治
6年(
1873)廃城令で取り壊し
昭和
46年(
1971)国史跡指定、平成
14年(
2002)庭園が国名勝に
赤穂城は「忠臣蔵」の舞台として全国的に有名ですが
、城郭としても軍学思想を反映した独特の縄張りや、庭園の美しさが評価されています。
歴史好きだけでなく、庭園や城下町散策を楽しみたい人にもおすすめです。』
森家とは森蘭丸の家系とか
城に行く前に横後方にある「赤穂市立歴史博物館」に行く



赤穂の塩造り
入浜塩田と石釜の模型
穏やかな気候と千草川河口の遠浅の海 弥生時代末期頃から生産されていたとパンフ
江戸時代に潮の干満差を利用した入浜塩田が開発され全国に塩が運ばれた
船は復元された塩廻船「赤穂丸」
2階の忠臣蔵に関する資料(歌舞伎や浮世絵など)は全て撮影禁止
一つ面白かったのは
赤穂城内や城下町に張り巡らされた水道管の実物
当時は井戸水の利用が一般的だが赤穂では井戸を掘っても海水しか出ない
館のホームページによると
『赤穂で最初に上水道を整備したのは池田家の代官・垂水半左衛門で、
慶長19年から元和2年(1614~1616)の3年かけ、高雄の切山隧道を掘り抜いて千種川の水を取水し、
導水路を引いて城下に水をもたらしました。
城下に入った上水道は、地下を網の目のように走り、城内や町家の家々に各戸給水されました。
町を歩くと、今もその遺構のモニュメントや町家の井戸(汲出桝)が残っています。
これが天下に誇る日本三大水道の一つ、旧赤穂上水道です。』
三大上水道とは➀神田上水②福山上水③旧赤穂上水道

土管と木管がある(写真は館ホームページより)



大石神社
参道には47士の石像



大石親子の像が向かい合って立っている

義士祭は12月14日である 祭り前夜感


赤穂藩の項を読んでいると「山鹿素行」が出てくる
素行は「反朱子学」を理由に赤穂藩大石良重の一隅に蟄居にされたが 7か月ほどで朝野家からも飛び出し
罷免後 最初に有ったのが吉良上野介だったという
これも何かの因縁だろうか

今回大失敗したのは 赤穂城5万石を小さく見積もっていたこと
大手門から結構奥まで来たと思って なんか工事中もあり 引き返したがなんとその先に本丸が有り庭園も再現されている
後でその事を知り残念に思った やはり行く前にはきちんと調べておかないとね

NETの写真(本丸庭園)
駅まで800mぶらぶら歩く
名物「塩味饅頭」や蠣料理店(蠣不漁で多くは終了の張り紙)
日帰りでも結構楽しめた日帰り温泉地
次回来ることが有れば本丸迄行きたい