わら天神・原谷苑・平野神社・堂本印象美術館・龍安寺を巡る



『世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のぞけからまし』在原業平(渚の院にて)
の季節がやってきた
知人から「金閣寺の裏手に奇麗な桜苑があるよ」と聞いた
「原谷苑」のことのようだ
道が細く大型バスも入りにくいようだ
市バス停「わら天神」から坂道徒歩30分
神社前から花の期間中「原谷苑」のシャトルバスがあるとHpにある
地下鉄東西線「二条城」を上がると二条城正門前のバス停から「わら天神」まで10分ほど
京都のバスは路線が多いから 同じ行先でも通る道が違うので どこそこ行きというのではなく
番号で乗る 例えば京都駅からは以下のバスが出ている

50番・205番などが行くようだ

原谷苑の周りには多くの観光地がある
金閣寺・わら天神・北野天神・龍安寺・堂本印象美術館・平野神社・等持院・上七軒(花街)・仁和寺
この内 わら天神・美術館・そして上七軒は当然ながら未踏

いつもは観光客がいつぱいの二条城も早朝はがらがら

わら天神前にはだれもいない
少し早かったようだ 時間まで先に天神さん参り
「わら天神」は以前から名前は知っていたがその由来は知らなかった NETで由緒を見ると
『御祭神:木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと) 御神徳:安産、子授け
わら天神宮の正式名称は「敷地神社(しきちじんじゃ)」といい、その起源は北山の神という山を神格化した存在でした。
天長5(828)年の大雨、大地震の際、時の淳和天皇が北山の神に幣帛を奉られた旨が『類聚国史(るいじゅうこくし)』に記載されており、
その創建は平安時代 以前と推定されます。天長8(831)年、この地に氷室が設けられることとなり、
その夫役として加賀国の人々が移住してきました。彼らは移住にあたり、崇敬していた菅生石部神(すごういそべのかみ)の分霊を勧請し、
御祭神をその御母、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)と定め、北山の神の西隣に祀りました。
応永4(1397)年、足利三代将軍義満による北山第(後の鹿苑寺(金閣寺))の造営にあたり参拝に不便となったことから、
両社を合祀して現在地へ遷座、社号を菅生石部神社の通称である「敷地神社」としました。
その後は応仁の乱などで一時荒廃しましたが、仮社殿を設けて御神徳を受け継ぎ、
弘化4(1847)年の大補修、昭和10(1935)年の改修を経て現在に至ります。

「わら天神宮」の名称について
当神社では古来より稲わらで編んだ籠で神饌を捧げており、やがて抜け落ちたわらを、
安産を願う妊婦さんが持ち帰るようになりました。のちにそのわらを切り取り、
安産のお守りとして妊婦さんに授与するようになったのです。
そのわらのお守りの珍しさから「わら天神宮」という通称名が広まり、定着しました。

なにか祭りの準備中のようだ

9時20分前に鳥居前に行くとバス整理の叔父さんが来られていた
「いつもなら今頃は100名位は並んでるんやけどな」と言う
ここのところ寒さや雨で桜の開花も遅れているので躊躇する人が多いのだろう
彼の携帯を取り出して「これ平野神社の桜や 今は有料なんや」
「今日の入苑料はいくらですか」と聞くと「おれも知らんのや 帰って来た時教えて」
と言う
この原谷苑の入苑料は3月20日前後は500円くらいから始まり最盛期は2000円になるらしい
そうこうしてると20名位の列が出来た

行ってきます
細い坂道を対向車をかわしかわし15分




全体に桜は少し早いようだ
遅咲きの「御室桜」はまだまだ蕾のようだ
桜よりユキヤナギ(日本の原産)を見に来たよう  でも美しい

わら天神に戻ってくると4~50名が並んでいた
叔父さんに「今日は1500円だったよ」と伝える
叔父さんは列に向かって「今日の入苑料は1500円です」と声を上げていた

西大路を5~6分下がる(南方向)と平野神社がある

紅白の幕で桜苑にはいるには500円とある
でも上の枝を見ると全然花が無い
これでは種がばれた手品の様 入る人はいるのだろうか
ここは平成20年に一度来ている(つれづれ50段)
その時から思うとひっそりしている
あとでNETをみると平成30年の台風で多くの木や枝が損なわれ
現在も修復中だという 大変なんだ 本殿近くはそれなりに奇麗だった

「魁桜(さきがけざくら」は満開
これが咲くと京都の桜が始まる

急に笙・太鼓・鐘・笛・が鳴りだした
皆カメラを掲げて写しだす
桜祭りの何かの行事だろうか


多くの外国人は釘ずけ
日本人でも滅多に見れないのに 彼らはラッキー

平野神社から山手に10分ほど上がると 立命館大学校門前前の道路を挟んだところに
府立堂本印象美術館がある

庭では若手の作家の展示会があった

館内は撮影禁止だった 65歳以上は無料だった
残念ながら堂本印象の作品は一点だけだった
京都府の赤字財政では彼の作品が買えないのだろうか
府庁のエレベーターの扉の総漆塗りに数百万円使ったと非難轟轟だったが
自前の美術館に京都府出身の作家の作品が1点とはこれ如何に
NETで展示作品を捜すと

堂本印象「木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)」
おやまあ 偶然か「わら天神」の御祭神と同じ
同じ京都府出身の画家 特別企画「渡辺信喜 四季の譜」が開催
30点ほど展示されていた
どの作品も素晴らしい 特に「新山里山」は感動 魅入ってしまった
人造が自然をも穿つほどに感じた 絵葉書がほしかったが作られていなかった
NETで捜したが無い いつか何処かの展示会で絵葉書が有れば入手したい
代わりに彼の桜をNETから掲載


大学校門前の桜も満開

ここから山手に「きぬかけの路」を10分ほど歩くと「龍安寺」がある




50歳代の上品な白人のご婦人が一生懸命写真撮影
「IT,S CALL SISIODOSI」と言うと 夫人はにっこり笑ってうなずく

99%外国人

「吾唯足知」のつくばい

『真ん中の四角を漢字の「口」と考えると、まわりにある「五」「隹」「上の棒がない疋」「矢」は「吾」「唯」「足」「知」の4文字に見えます。
これは「吾れ唯だ足ることを知る」と読んで、禅の格言「知足のものは貧しといえども富めり、
不知足のものは富めりといえども貧し」をあらわすのです。』パンフ説明

英語を勉強している人はこんなところで外人相手のボランティアしたらきっと上手くなるだろうな

久しぶりの龍安寺も良かった
こんなに平和で安全な平安京を巡った安寧の日でした