その46 老神温泉・川原湯温泉・川浦温泉
その2


4日目
 
 
朝食もなかなかのもの
わっぱのおこわと味噌汁は最高

ありがとうございました

吾妻線も列車本数が少ない(東京から草津温泉口までの特急は多い)
8時台の次は10時13分発高崎行

発券機で証明書を発券する  高崎駅で清算

高崎は都会である
ここが県庁所在地かと思っていたら 前橋なのだ
これには歴史もからんで色々複雑な事情が有るらしい
(高崎城軍事施設問題・前橋の藩主越前松平家由来の意向等々 明治15年裁判の結果 前橋に移転)
高崎駅前からバスで30分 高崎市の郊外 綿貫団地南まで行く
バス停から徒歩10分 住宅街から突然公園が開ける 「観音山古墳」である



AIにまとめてもらう
『高崎市の観音山古墳は、6世紀後半に築造された東日本最大級の前方後円墳で、国の史跡に指定されています。
副葬品は国宝に指定され、古墳時代の文化や技術交流を物語る重要な遺跡です。

基本情報
名称:観音山古墳(正式には「綿貫観音山古墳」
所在地:群馬県高崎市綿貫町1752
築造時期:6世紀後半(古墳時代後期)

形状:前方後円墳
規模:墳丘長:約97m・後円部径:約61m、高さ9.6m・前方部幅:約64m、高さ9.4m
二重の馬蹄形周堀を持つ

石室の特徴
構造:両袖式横穴式石室
全長:約12.6m(県内最大級)
玄室:長さ8.2m、幅3.8m、高さ2.3m

使用石材
天井石:藤岡市金井地区産の牛伏砂岩(最大22トン)
壁石:榛名山の火山岩

埴輪と副葬品
埴輪:人物(武人・巫女など)や馬をかたどったものが多数配置
副葬品:銅製水瓶、獣帯鏡、歩揺飾付雲珠など(すべて国宝)

保存場所:群馬県立歴史博物館(群馬の森)

歴史的背景と意義

出土品から、朝鮮半島との交流(特に百済・伽耶との関係)が示唆されており、
当時の倭国(日本)の国際関係や技術導入の様子がうかがえます
石室が未盗掘だったため、当時の葬送文化を知る貴重な資料が多数残されています

見学情報
アクセス:高崎市街地から東へ約6km、井野川西岸の平野に位置
見どころ:石室内部の見学、埴輪展示、周堀の構造など

出典:群馬県』

 
横穴式石室は未盗掘だったため出土品は全て国宝(今から行く県立博物館に全て常設展示)


古墳からは高崎周辺が見渡せる


博物館に行く途中「不動山古墳」

群馬県立博物館まで徒歩20分 「群馬の森」の中にある
森の前にあるバス停で帰りのバスを確認したら
17時発と思っていたバスは違う方面行きだった
高崎行は14時19分しかない この後は15時50分になる これでは宿に入るには遅すぎる 
あと1時間足らず 焦って博物館に走り込む


時間があれば隣の美術館も行きたかったが無理だろう





これだけ一度に国宝を見ることはない
時間が無く ゆっくり見れなかったのが残念

関東の遺跡は2015年1月に埼玉県行田市の「埼玉(さきたま)古墳群」に行ったことが有る
(つれずれ94段)
その時も目の前に国宝「ワカタケル・・」の銘入り刀剣を見たが感動した
この地方とヤマト王権との結びつきが面白い

これは縄文時代から古墳時代の関東平野の地図であるが 海や河川が現在よりも相当内陸部に入り込んでいる
その後 河川からの土砂や火山噴火などで東京湾などが埋まってきた
当時の人々の生活区域は当然河川や海岸線に有るので遺跡もその周辺から発掘される
当時 埼玉の行田市付近まで船で行けたようだ
「埼玉の 津に居る舟の 風をいたみ 網は絶ゆとも 言な絶えそね」(万葉集)


馬の群れ と名の様に群馬 榛名山麓などには大きな牧場があったようだ
6世紀後半になると馬は最大の武器(戦車)となり 大阪と奈良の境の
駒が生きる の名の様に生駒山の両裾野は有力氏族(平郡氏・馬飼氏など)も輩出した牧だった
NETによると
延長5(927)年に成立した律令の施行細則『延書式』によると、朝廷に必要な馬牛を飼育・調教する牧(牧場)には、
馬寮(左馬寮と右馬寮)管轄の「御牧(みまき)」と兵部省管轄の「諸国馬牛牧(しょこくめごのまき)」などがあった。
前者は甲斐(現・山梨県)・武蔵(現・埼玉県、東京都、神奈川県の一部)
・信濃(現・長野県)・上野(現・群馬県)など東国に多く、後者は東西の18ヶ国に39牧が散在していた。

圧倒的に関東馬が多い
こうして見ると観音山古墳の存在の意味が見えてくる

他の展示物もおもしろかった

高山彦九郎て群馬なんだ

「昭和展」だって ど真ん中じゃん


こんなの残っているんだ  笑けてくる

見てたらキリが無い
元はこの遺跡コースに来る予定はなかった
甲府から「昇仙峡」の予定だったが紅葉には早そうだし一度訪れているので
古墳巡りにした この近辺には沢山の遺跡があるので又来てみたい

高崎駅に戻り八高線(はちこうせん)で八王子に行く

東京まで回らなくとも八王子まで行けるんだと喜んだが これがまた大変な路線
高崎から高麗川(関東の山手にも渡来人が多く 高麗とか狛などの地名も多い)までは非電化
で高麗川から八王子までは電車 従って同じ電車では行けない
必ず高麗川で乗り換えとなる
思った以上に田畑や山の中を通る 通学の学生が多い 途中 秩父線・東武東上線・川越線・青梅線
など接続する電車も多く 乗り降りが頻繁である
結局 八王子まで2時間半要した これだったらきっと東京周りの方が早いかも
しかし暇kantaには丁度いい
八王子は夜だった 意外に大きな賑やかな駅前 人も多い 駅から徒歩3分の
アーバンホテルに予約していた(素泊まり)
ホテルの前のコンビニで晩飯と朝飯を買った


昼間の好天・高温で汗をかいた シャワーして寝る
明日は高尾山に登り 中央線で甲府まで行く
高尾山ケーブルの時間を確認したら朝8時始発となっている
計画を立てている時は9時だったと思ったが それでは予定を早めてJR八王子駅7時11分の列車に乗ることにした

おやすみ

5日目


朝から冷麺とサンドイッチ 普段なら絶対食べないメニュー
これから登山?だ

高尾駅  少し天気が傾いている
JR八王子駅からJR高尾駅まで一駅6分
高尾駅構内に京王高尾駅が同居している そのまま乗り換えができる様だが
よく判らないので一旦JRの改札を出て京王線に乗る

京王電車は豪華
京王高尾から高尾山口まで1駅6分
高尾山口から徒歩8分で清滝高尾登山電鉄高尾登山ケーブルに着く
参道は商店で詰まっているが 早朝の故 シャッター街

ケーブル駅
始発まで15分待つ 既に5名が並んでいた チケットは往復980円
約6分で山上駅(201mから472mまで上がる)



大本山高尾薬王寺経由で富士山が見えると言う山頂まで 
ゆっくり歩いて1時間足らず



奥の院

下界は霞んでいる 富士山は無理だろう

登頂 成功!

富士は無い
少し望遠で撮る

おお! 薄っすらと冠雪  ご機嫌は如何ですか

墨絵の完成だ
満足して下山
社務も店も開き始める


ケーブル駅を通り越した様だ
リフト乗り場まで来てしまった
叔父さんに「ケーブルの往復券を買ったのですが間違えてここに来ました 乗れますか」
と言うと「良いよ 乗って下さい」と言う
良い気候だから ゆっくり景色も見れて心地よかった 紅葉は無いが


京王線高尾山口から高尾に戻りJR高尾(中央線)から甲府行に乗り換え 甲府駅まで1時間40分

甲府は果物王国 以前山梨市駅から「ほつたらかし温泉』に行くのに多くの果実園の間を歩いた
今日の泊まりの川浦温泉は塩山駅(えんざん)」の送迎だが
時間が早いので乗り越して甲府まで行き 明日帰りに行こうと思っていた駅前の甲府城址まで行く
甲府駅から徒歩5分





甲府駅から塩山駅まで戻る


駅から笛吹川沿いに送迎車で20分

写真は川浦温泉山形館のHPより
14時40分に着いた




部屋で少し休んで 川原の露天風呂に行った
この露天は16時迄が男性専用でその後は混浴になる
急いで行く
エレベーターでB1まで降りてさらに薄暗い階段を70段ほど下る
これは何度も来れないと思った


写真を撮っていると1人の客が来た
撮影中止
16時までなのに彼は一向に出る気配がない
しびれを切らしてじじいが先に出た 最悪
仕方なく上の内風呂に行く いつもなら朝駆け夜掛けをするのだが
あの川底の露天風呂には夜は行けない 送迎の運転手も露天風呂の掃除の時は皆で警戒していますだって



食事だ食事



おいしゅうございました

サービスでいただいた赤・白のワインで良い心持になった
明日はどこにも寄らず京都に向かう

6日目

朝食をいただき
10時に宿から駅に送迎

途中の峠にて 富士山が見送ってくれた

この写真1枚を撮る為に旅をしてきた様に思った
甲府発10時55分 京都着18時42分である



やっぱり旅は良いな~