その35 (水上温泉)・沢渡「さわたり」温泉・猿ヶ京温泉・湯宿「ゆじゅく」温泉・川原湯温泉・尻焼温泉
( )は再訪
その1
今回は温泉もさることながら 以前から行ってみたかった安曇野のわさび園や糸魚川のフォッサマグナ
や谷川岳なども合わせて楽しんだ
本来は7月9日に出発して御岳山ロープウエイ下の木曽温泉に1泊予約していたが
連日の大雨でとても山の景色も無かろうとキャンセルして10日から出た
全体に傘を差すことは無かったが又晴れ間も殆どなかった
しかし 若し晴天なら熱中症が恐かったので曇天が寧ろ頃良い天気だった
1日目
朝9時にはもう名古屋駅にいた
京都~名古屋新幹線から松本行特急「しなの5号」に乗継ぐ


木曽川上流 御岳山は木曽福島駅からバスでロープウエイ下まで行くことになる
2014年の大噴火で63名の死者・不明をだしている 現在はレベル1になっている
せめてロープウエイ位はと思っていたが今回も天候不良で断念した バスの運行期間が短いこともあり近づくには相当手強い

松本から大糸線に乗り継ぐ 35分ほど待ち時間があったので立ち食いそばを食った
これ以上に不味くは出来ないというような味(どうしたらこんな味になるんだろう)

大糸線は松本から糸魚川までだが 現在廃線計画があり いずれバス運行になるだろう
松本から南小谷
「みなみおたり」までが東日本鉄道で南小谷から糸魚川までが西日本の管轄
従って列車は松本からは信濃大町か南小谷で引き返し南小谷で糸魚川から来た列車に乗り換える
ことになる 又 1日1本新宿から白馬駅迄の直通特急「あずさ」がある
温泉紀行(その13)で小谷温泉に泊まっているがこの南小谷駅からバスで温泉まで行って
翌日は松本方面に引き返している いつかその先に行ってみたいと思っていた
そしてあの考古学上でも有名な姫川と翡翠 地質学的にも興味があるフィッサマグナのメッカ糸魚川
楽しみ一杯の旅である
その前にもう一つ行ってみたい所がある 安曇野の「わさび園」
安曇野は北アルプスを背景にその裾野に広がる扇状地にある
従ってこの地域全体が湧水の上にある様な場所である
至る処に「わさび園」がある
その中でも一番規模が大きいのは「大王わさび園」 駅からは2kmほど

「穂高駅」
この暑さの中 徒歩は無理 駅前で自転車を借りた
「しなの庵」という小さなレントサイクルショップ 夫婦とも優しく親切で感じが良い
全てに親切である 2時間ほどなら上記のコースではとアドバイス
「わさび田湧水群公園」はじじいの希望だったがご夫婦は少し首を傾げていた
湧水群公園に行くまでの川筋の道と穂高川沿いは良いが「公園」は・・・・
荷物を預かってもらい 地図も貰いいざ出発

東光寺の前を通る
門前には金属製の赤い下駄がある これを履いてお参りすると御利益があるらしい
暑いが足元軽い電動自転車は走ると爽やかな風が心地よい
「わさび園」まで10分ほどだった 歩けば30分はかかるだろう
外人の男性が歩いていた 暑いだろうな

この道路の突き当りが「大王わさび園」


駐車場には多くのマイカーや観光バスが止まっていた
自転車も10台ほど駐輪している



早速大好きなソフト しかもわさび味 でも山葵のイメージの味ではなく野菜臭の強い味 辛みは無い あまり旨くもない









わさび園を出て川筋を南下する

おじさんがカヌーで下っている

奇麗な水が湧き出ているのに周りの手入れをしていないので立ち入れない
「しなの庵」のご夫婦が首を傾げていた理由がわかった 残念
元来た川筋の道を引き返し穂高川沿いの道に行く

いたる所にわさび栽培畑がある


「早春賦」の歌碑がある
作詞 吉丸一昌(よしまるかずまさ) 作曲 中田章(なかだあきら)
とある
その時は余り気にならなかったが後に行く信濃大町駅の前に同じ歌碑とここでは吉丸の銅像迄ある


少し調べてみた
吉丸一昌は大分の生まれで夏目漱石の生徒であり 後に芥川龍之介の先生もしている
龍之介は漱石に見いだされているのでこれはすごい因縁だなと思った
何故その一昌の歌碑や銅像がこの地にあるのか
一昌はこの安曇野を愛しなんども訪れ「早春賦」もこの地の景色を詠ったと言われている
なるほど
因みに「日本合唱協会」の「早春賦」がyoutubeに有った
(275) ~早春賦~ 日本合唱協会 - YouTube

北アルプス連峰と穂高川
安曇野に3時間の滞在予定だったが暑いので1時間早めの列車で信濃大町まで行く

ここで1時間の待ち合わせで南小谷まで行く
ホームは暑いので駅員さんに1時間もあるので冷房の効いた待合室で待たせてくれと頼んだ
待合室は改札の外である 本来一定の距離数を乗っていなければ途中下車できない
穂高駅からでは近すぎる しかし死にかけのじじいを見て駅員も「本来は駄目なんですが」と一応 理を入れて
許可してくれた それで上に掲載の写真が撮れたということである ちゃんちゃん
この信濃大町は立山黒部アルペンルートの拠点である じじいはバスツアーで来たことがある
半分以上が外国人だった 雪の壁道路の頃だった 今は端境期なのか人もそれほど多くなかった



南小谷に着くとすぐに糸魚川方面から列車が来た
ほぼ同じ時間に2つの列車が南北に引き返す



この駅は残ることはあるかも知れないが列車はもう見ることはないであろう
ここから終点糸魚川までの景色は じじいが乗った列車では有数の秘境を走ってると思った
よくまあこんな所を列車が通れるような工事ができたなと感動する
列車は山間部(殆ど)は時速10~20kmくらいの徐行運転である 距離の割に時間がかかるなと思っていた
川と崖の線路の幅分しか軌道が無い




トンネルから出ると列車内と外気の温度差で窓ガラスが真っ白になり当分景色は見えない


この川が姫川である
人が全く住めないような所を通る列車の運命は決まっている
代替えの道路も嘗ては冬は雪や凍結等で通行止めだったが今は年中通れるそうだ
ご苦労様でした
終点糸魚川駅はローカルの横に北陸新幹線ホームがある
将来金沢方面と関西が新幹線で繋がれば来やすくなるだろう
駅についてすぐに明日の観光タクシーのチケットを買う為に駅の券売口に行く
明日の観光タクシーはJRの企画で地元のタクシー会社を使って糸魚川観光が安く出来るというもの
だそうだ 最初は意味が良く分からずタクシー会社と直接話していたら実はこういうことなので
チケットを購入したら会社に電話を入れて下さいとのこと

駅の係員に「観光タクシーのチケットをお願いします」と言うと「かんたくんですね」と言うので
「え~ じじいもこの業界では有名なんだ」と一瞬思った(ちょっとぼっています)
「案内します」と係員は新幹線の券売機で3時間コース10500円を打ち込み入金してチケットを受け取る

「かんたくん」というのは「駅から観タクン」のことだ
1枚で4人まで同じ料金
早速タクシー会社に電話を入れて明日の朝9時に駅前で待ち合わせとなった
明日の段取りが出来たので急いで今夜の宿 駅前の「ホテルえびや」に向かう
ここはビジネスホテル 朝食だけ付けてもらった(総額6250円)
今回は「その地に暮らしているような旅」を目指して出来るだけ宿泊費は抑えた




支払いを済ませ部屋に荷物を置いてすぐに飛び出した
日が落ちない間に日本海に出て「翡翠海岸」に行きたかった
ホテルから海岸までは10分足らずである
俗に「翡翠海岸」と言われているのはそこから1.5kmの北側にある
JRの駅にも「翡翠海岸駅」とある
国道8号線は広く車がびゅんびゅん走る
横断歩道が無く地下トンネルで反対側に出る
展望台の横に銅像と説明看板がある

堡礁の向こう側が姫川の河口

『奴奈川姫(なぬかわひめ)伝説とゆかりの地』
奴奈川姫はかつて糸魚川地方を治めたと言われる賢く美しい姫です。
その昔、糸魚川地方は「なぬかわ」と呼ばれ大珠や勾玉などのヒスイ製の玉を盛んに作っていました。
日本最古の歴史書「古事記」には出雲国(現在の出雲市周辺)の八千矛神(大国主命)が聡明な奴奈川姫の噂を聞き
はるばる高志の国の沼河(現在の糸魚川市)に来て姫に求婚した神話が描かれています。
二神は結ばれ建御名方神(たけみなかた)という息子が生まれました。建御名方神は長野県諏訪市にある
信濃国一の宮諏訪大社の祭神として祀られています。令和元年度には上記の神話が伝わる出雲市・諏訪市・糸魚川市
の3市で「神話の縁結び かみがたりネットワーク」が設立されました。
この銅像から1.5km北の海岸まで歩く



下司にはどれも翡翠に見える ここのは拾って帰れる 休日には人が一杯らしい
月に一度鑑定会があるという

こんなんかな~

日が暮れるから帰ろう 夕日は無理そう
途中で食事でもと思ったが駅前も殆ど閉まっている
結局 駅中のコンビニで缶ビールとのり弁


庶民の味じゃ
今日は朝早くから安曇野サイクリング最後は翡翠海岸往復と疲れた
シャワーして早く寝る
しかし初日の洗礼「足痙攣」が酷い
2日目
9時少し前にタクシーの運転手さんと挨拶をして乗り込む
チケットを渡すと「どちらのコースにしましょう」と2つのコースを示される
じじいは3時間内だったらどこでもいけると思っていたので
➀フォッサマグナミュージアムと長者ヶ原遺跡⓶高浪の池と小谷翡翠の谷③フォッサマグナパーク
を希望していたが ヒスイ峡とフォッサマグナパークはどちらか1つの選択だという
ヒスイ峡コースを選んだ
➀のミュージアムと遺跡は隣り合わせにあるので1時間の間に自分で配分して見学してくださいとのこと
結局フォッサマグナパークは諦めた
ミュージアムまでは5~6分で行ける
まず長者ヶ原遺跡の博物館に入り一通り写して集落跡まで行くがこれが山道300mを上がったり下がったり

館の案内文によると『遺跡は糸魚川の中央を流れる姫川の河口より約2.5km標高90m前後の
河岸段丘に広がります。その範囲は13.6Ha似も及び、周辺には湧水もあり、縄文時代にはクリ・ナラ・シイ
などの森が広がっていたようです。北陸屈指の規模を誇るこの集落は、海、川、山に囲まれた豊かな
大地にめぐまれました。
遺跡の南には縄文時代早・前期、中央には中・後期の集落跡が埋もれ、西と東の沢地には湧水も
点在します。中央の集落跡は南北180m、東西100mにも及び、5000~3500年前の集落跡
には広場を囲むように墓や掘立柱建物さらに食糧の貯蔵穴や250~300棟の竪穴住居などが築かれ
、その外側には廃棄域が広がるいわゆる「環状集落」であったようです。
集落跡の約10%に及ぶ発掘調査では大小24棟の竪穴住居と3棟の掘立柱建物を確認しています。
用途に応じて形、大きさ、文様などの変化に富む土器は、食糧の煮炊きに用いる調理具あるいは食器
として用いられました又、土器の変化はそのその年代や地域性を知る物差しでもあり、膨大で多様な出土土器
は長期の安定した生活と他地域殿盛大な交流を物語っています。
縄文人は石の堅さや割れ方などの石野特徴を見抜き、巧みに加工して様々な道具を石で造っていました。
特に、長者ヶ原遺跡からは製作途中のオノ、チョウナ、ノミとその加工具である砥石やハンマー
などが大量に出土し、それらの盛んな製作を示しています。
土偶は食糧の貯蔵穴や石皿に寝かされて出土し、石棒は集落中央の広場付近から出土している
ことから、豊かな実りや命の再生の祈りに用いた道具のようです。自然と共生して大地とともに生きた
縄文人の精神文化を示しています。
この集落では縄文時代早期から木を伐採加工する石斧と耳や首を飾る石製の装身具を作り始め、中期
になるとこれらの製作と流通の拠点集落となりました。出土した原石や製作途中の資料は、石斧の原石を
海岸などで拾い、ヒスイのハンマーでかたちを作り砂岩の砥石で削り整えた製作過程を示し、ヒモを通す
穴が開けられました。

中央が姫川の河口 左側はヒスイ海岸









『ヒスイ大珠は各地域の中心となる大きな集落の限られた墓などから1・2点出土することが多く
単なる装飾具ではなく、地域や集落における所有者の立場を示すステイタスシンボルであったようです。
ヒスイの産地は列島の数か所で確認されていますが、ヒスイ加工遺跡を伴うのは糸魚川地方に
限られることから、各地の遺跡から出土するヒスイ大珠は当地から供給されたものです。
その出土分布は列島の中部以北を中心に、北海道礼文島から九州まで及び、産地である北陸は勿論
八ヶ岳山麓、伊那谷、東京湾周辺、那珂川流域、東北北部により多く出土しています。
新潟県内においても信濃川中流域に集中し、産地からの距離に関係なく広がっています。
こうした出土分布から、ヒスイ大珠は単なる物々交換によって広がったのではなく、目的をもって
運ばれ、交換されたようです。
長者ヶ原遺跡から出土する黒曜石や他の地域から持ち込まれた土器などはこうした交換の
一端をしめしています。





考えように依れば彼らは一等地に住み奇麗な空気と水・自然食品
エコで健康的な生活をしていたんだ
汗をぬぐい息を切って隣のミュージアムに向かう


ミュージアムの横にはMYタクシーが一台
平日の朝の9時半他にはだれもいない
ミュージアムも独り占めだった

ミュージアムの前庭の噴水池には大きな翡翠の原石









フォッサマグマのおさらいをしてみよう
約2000万年前 地殻変動で大陸から別れ東西の大きな島となった


東西の島の間は関東山地を挟んで海で隔てられていた

この深さは6000mあったが 両方の山からの土砂などが堆積して
地層が出来る

地層の底からの火山噴火等で更に溝は陸地となり
東西の島は一体となる
島の西端が「糸魚川ー静岡」東端が「柏崎ー千葉」である
そうか ということは太平洋プレートなどの圧力も有り
将来又大陸にくっ付いてしまうかもね
隣国とは仲良くしておかないとね
それにしても遺跡とミュージアムを1時間ではとても見れないよね
とりあえず写真を撮るだけ
次は高浪の池と小滝川ヒスイ峡だがそこまでは結構距離がある
30分程姫川を遡り山側に入る
運転手さんと旅の話や地元観光の話をしていると意気投合して
運転速度が自然に遅くなる 話に夢中になって観光そっちのけの雰囲気
糸魚川には素晴らしい観光資源があるのに町(人口5万から4万に減少)はどんどん寂れる
と運転手
ここを観光したいと何年も前から計画するが交通の不便さで免許証の無い人には難しい
以前、市の観光課で観光地巡りをやっていて今年それに参加しょうと待っていたが一向に気配が無いので観光課に
問い合わせたら今年はやらないという返事 それで他の手段を捜すとこの観光タクシーをみつけました
と乗客
結局双方とも結論は「行政が悪い」となった 一件落着
ただJR企画のこの観光タクシーは半額くらいの値段ですよと運転手
普通なら2万から2万5千円くらいでしょう
なので3時間コースを2つとか3時間プラス2時間コースを周る方もおられますとのこと
なるほど4人で来たら滅茶安い


全体が石灰石の山「明星山」400m その下が「高浪の池」 絶景撮影ポイント



明星山の麓はヒスイ峡


ヒスイがごろごろころがっている









運転手さんが「独り占めやね」というほど他に客はいないが
本当に素晴らしいパワースポットだった
これで駅に戻る
運転手さんも拾った翡翠でベルトのバックルを作りましたと見せてくれた

山を降りて暫く行くと交差点がある
運転手さんがここを右に行くと「フォッサマグマパーク」が見える所があるので行きますわ
と言う
フォッサマグナパークは公園の駐車場から川原を10~15分歩くので
結構時間がかかる それでコースを別にしている
ここでは「断層露頭」「枕状溶岩」「柱状節理」が見られる
運転手さんがゆっくり走っている 突然「あれが見えますか」という
左外を見ると遠くに「断層露頭」と目印の看板が見える
まさか見えるとは思わないからカメラの用意をしていなかったので 慌てて取り出す

シャッターを2回押せた(少し望遠)
畑や田んぼの向こうは川筋になっていてジオパークになっている
一番の目玉が上の写真である
過ぎた所で引き返した 運転手さんも他の人に見つかるとまずいので静かにさっさっと過ぎ去る
ジオパークも一部だったがこれで全部行ったことになる
運転手さんに感謝感謝(糸魚川の事良い様に宣伝しておきますよ)
予定通り糸魚川駅12時着
12時11分発 直江津行き((越後トキめき線)に乗る
これに乗り遅れると2時間待ち
雨は無いが日本海の海岸は鉛色だった

直江津から六日町(ほくほく線)の列車に乗り換え
六日町から上越線で水上まで行く
北陸新幹線なら高崎で上越線に乗り換えになる
しかし六日町周り上越線と新幹線使用とは水上着は1時間しか違わない
しかも料金は六日町普通列車使用(2980円)
高崎経由北陸新幹線使用(9040円)
1時間早いだけで3倍の料金がかかる これで昨夜のホテル代が浮いた
貧乏旅行は楽しいね
水上温泉は温泉巡りその33「宝川温泉」などに来た時に1泊した
その時駅前から谷川岳ロープウェイ下まで出ているの知り
この近くを通ると何度か試みるも大雨による設備補修で休止中とか
天候不良で運航中止などで駄目だった
今回はなんとか上がりたいと再び水上温泉の安宿に泊まる
でも若し天候不良なら代案として沼田の近くの老神温泉を用意した

今夜は水上温泉「坐山」(最近 ホテル水上館が身売りして坐山の名前になっている)




今夜も夕食無し朝食有りで予約(総額8950円〈群馬割り2200引きクーポン使用〉)
やはり水上温泉は少し高めだ(椅子の背もたれは模様ではない剥げているだけ)
夕食の仕入れと散歩に出る
犬を連れた男性にコンビニを聞くがこの近くには無くスーパーなら10分くらいの所にあるらしい


ホテルの外観 射抜きになってまだ間がないのか建物の半分だけ改修されて
半分は廃墟のまま
商店街も暗い


余りふれあいたくない「ふれあい交流館」
今全国の温泉地はほとんどこんな状態 支援が無くなり今が一番辛い時ではないだろうか
頑張れ温泉地


宿に帰る途中さっき道を尋ねた叔父さんとワンちゃんが行水している

じじいも行水(湯)して

冷麺と鶏肉団子にビールとデザートに「みなかみ産アイスクリーム」
朝は早い 寝る
3日目以降はその2に続く