その34 (須川)・鶯宿温泉・国見温泉・(乳頭)・蒸の湯温泉・(新玉川)・籐七温泉・(松川温泉)
                                      (  )は再訪温泉

    国見温泉・籐七温泉は機会があればなんとか行きたい温泉
今回8ヵ所の内初めての温泉が4ヵ所入っていたのでツアーに参加した
梅雨時にピッタリの雨中の温泉巡り さてさて


1日目

朝8:00発の伊丹空港には7:00集合である
チケットを受け取り時間通りにANA731便仙台行は飛び立った

満席である 6割はもうマスクは無い アテンダントもマスク無しである
後期高齢者は絶対はずさない心算
低気圧の接近で少し揺れる ベルトサインは最後まで消えなかった

空港には現地添乗員が迎えに来ていた
伊丹から8名 博多から3名 名古屋から4名 合計15名の集合という
バスで30分程他空港からの到着を待ち 揃ったところで出発
全員が老男老女だった

大阪から雨だった 仙台もしとしとと雨だった

今回「一人旅」に初めて参加した 
家族・友人グループが無いのと 2席で1人なのと雨のせいなのか車内は終始沈黙だった

高速道路でトイレ休憩をとりながら一ノ関で降り栗駒岳に向かう

奈良大仏の金はこの近くで採れたんだ
店内には金色の土産物が多かった

須川温泉は2019年5月24日に来ている(つれずれ22その2)
その時は残雪が多く車が入れない所もあったので今回6月を選んだが
今回は雨と霧だった なかなか自然は思う様にならない
前回は須川高原温泉に一泊だったが今回は秋田県側の高原温泉から徒歩3~4分の岩手県側の「栗駒山荘」
の立ち寄り湯である

山荘で立ち寄り湯と食事(フリー)タイム
晴天なら露天(仙人の湯)からの景色は鳥海山や多くの山々・原生林が見渡せるのだが 真っ白の世界だった

 晴れていた時の露天からの展望(写真は山荘HPより)

恵庭うどんが旨かった

時間があったので高原温泉まで出かけた

4年前と
変わらず熱湯があふれ出ていた



60~70℃はあるだろう
これが硫黄臭と共に休み無く流れ出ている
一部は栗駒山荘に譲られその他は全て横の沢に流される
 この時代に・・・
来る前に2~3名に声を掛けたが全く関心が無いようだった
少し歩けばこんな景色があるのに 勿体ないな~

山から下りて中尊寺の近く「毛越寺(もうつうじ)」を見学
今回の旅で唯一の観光地 時間調整だろう
寺のパンフによると
『世界文化遺産(特別史跡・特別名勝)
平地七町歩 塔山15町歩を合わせて22町全てが特別史跡と特別名勝の二重指定で 平成23年〈平泉ー仏国土を表す
建築・庭園及び考古学的遺跡群」として世界遺産文化遺産に登録された 創建時の建築は焼失したが 当時の堂宇・回廊の
基壇・礎石・土塁などが遺されていて 平安の伽藍様式を知る上で貴重な遺構として保存されている
また大泉が池の中心とする浄土様式は 日本最古の作庭書「作庭記」の思想や技法を伝えている池庭で 背景の
塔山とともに自然を象徴する景観をのって仏堂を荘厳し浄らかな仏の世界を作り出している』

山を下り金色堂の麓を通り高速にのり矢巾から鶯宿温泉に向かう
2019年は花巻からバスで大沢温泉・鉛温泉と行ったが 鶯宿温泉には花巻から別の路線になるので
行かなかったが 楽しみである

今夜の宿「加賀助」は雫石町の町史によると
『天正の頃(1573~1591)の発見と伝えられている。加賀国(石川県)の山賤で、「助」と称する者が陸奥に来て雫石郷の無尽蔵に
見える見事な自然林に魅了され、この地に住みついた。村人は生国を冠してこのを加賀助と呼んだ。あるとき、谷川に湯煙を見、
探し尋ねて岩の間より湯の湧き出るのを発見した。たまたま、この湯に傷ついた脚を浸しては近くの梢に宿ることを繰り返していた鶯が
、数日にして傷が治り飛び去った跡に紫雲のたなびくのを見た。不思議に思い、行脚の僧(盛岡祗陀寺二世住職)にこのことを問い、
効能の著しい湯であることを知り、村人に入浴の便を計ったと伝えられている。また、鶯の湯治から「鶯宿」の名が起こったと言われている。

鶯宿の湯の効能は、祗陀寺の住職(先の行脚僧)の口から伝えられてから次第に湯治に利用する人々が増していった。
しかし湯治湯といっても僅かに雨風を凌ぐ程度の小屋と露天に浴槽があるに過ぎなかった。このように施設も整っていない山奥の
谷間の湯にも、祗陀寺住職の勧めがあったであろう延宝七年(1679)から元禄五年(1692)にかけて藩主行信公の側室
(岩井氏か、別に重信公の側室蟇目氏ともある)が御仮屋を建て度々来ていた。湯治を中止され御仮屋は盛岡川原町の某に下されている。
また宝永二年(1705)八月二十四日から九月六日まで藩主恩信公並びに生母と奥方の三人が、
葛西平右衛門以下百五十人の供揃いで湯治に来ている。十日余に及ぶ湯治であるから当然御仮屋が建てられ、
また民家も使われたと考えられる。建てられた御仮屋は、その性格上一般の使用は禁じられ、
湯守弥十郎がその管理を命じられている。:

加賀助については、二戸郡安代町石神の斉藤系譜に、“鎮守府将軍藤原利仁裔歴代未詳、其先加賀国に住し
、天正年間奥州に下り浄法寺に居住し浄法寺修理の譜代となる。
或は云ふ初雫石の山中に居り後浄法寺の岩渕に住し又田屋に居る云々” と伝え、天正年間泰高の代に奥州に下り
、巌鷲山麓に住み鶯宿の温泉を発見したと伝えている。
石神の斉藤家は渋沢栄一によって全国に紹介された名子制度で有名な家で、石神の大家といわれ七代目までは
加賀助または加賀を家号としていた。その一族も繁栄し、文化年間(1808~1817)金融によって巨大な利を得
、盛岡から雫石まで他人の土地を歩かず返ることができる程の大地主であったと伝えられる斉藤屋善右エ門も
其の一人と伝えられている。 』等々伝々

大型バスがやっと入れそうな川筋の温泉町
来る途中 川筋から離れた山裾に大きな新しい温泉宿が多く在った
どうやらこの温泉も「新鶯宿温泉」という名の町が出来るのかも




雨と狭苦しい宿で少し意気消沈
おまけに今夜はバス2台分の修学旅行生と同宿らしい
長く宿泊旅をしていて修学旅行団体と同宿は初めてである
あとでわかってきたのは どうやら旧鶯宿温泉(勝手に名付けた)の宿は多くの学生団体を受け入れているようだ
同宿は山形県の小学校だった アフターコロナでやっと再開できたんだろう
宿としては嬉しいことなんだが・・・・
案の定 フロントで孫達は大声や走り回るで大賑わい
風呂も19:30~20:30は孫達の貸し切りで使用不可
早々に風呂に向かう

写真2枚はNETより

お湯は素晴らしい 源泉かけ流しですと標記されている
しかし熱い 47℃前後はあるだろう とても入れない
水道でどんどん加水するが湯船が大きいから時間がかかる
水道の横を皆でシェアーして入った

熱湯の後はこれしかない

夜の10時頃まで全館が太鼓の上にあるように孫達の枕投げに揺れていた
想像がつく
10時頃収まった じじいも疲れて朝まで寝ていた

2日目

いつもは朝風呂に入るがあの熱い風呂には行く気がしなかった

孫達は我々より1時間ほど早くチェックアウトした
考えようによっては 大事な子供たちを預けられる宿ということで安心できる
思ったほど違和感は無かった
宿側も風呂の時間やフロアーを遠ざけたりと相当気を使っているんだ
アフターコロナ 頑張ってくださいね

出発15分前に部屋に電話が鳴り「皆さんお揃いですが」とフロン
慌ててバスに行くと添乗員さんが「すみません」と謝る
「私が遅いんですか」と聞くと又申し訳なさそうに「すみません」という
どうやらみんな出発時間まで待てなくて早くからバスに乗り込んでいるらしい
どうも雨と老化現象が重なって全てが前倒しで進んでいるようだ
それ以降 バスの出発時間の10分前には必ずバスに戻るようにした

さて今日の1番目は今回のハイライト「国見温泉」
ここは公共交通機関が無い 最寄駅(田沢湖駅・雫石駅)からタクシーで30分
NETでタクシー料金を調べると片道8710円×2=17420円
宿賃が1泊1万円 これ如何に
本当に山奥だ






露天風呂は混浴の為男女20分づつの入れ替わりで入った

国見温泉の特色はなんといってもこのお湯の色である
宿のパンフには
『緑の湯の不思議~森山荘の湯は全国でも珍しいエメラルドグリーンが特徴です。
源泉は無色透明ですが成分中に藻(植物9の一種が含まれており、紫外線に当たると
光合成分が始まるため、湯船全体がエメラルドグリーンに変化するのです。
重曹の含有量が岩手県の温泉平均の7倍と温泉成分が濃いため、入浴者が少ないと
湯船の表面には氷が張ったように湯の花が広がります。
湯温に関係なく、浸かった部分のみ温泉の成分が浸透して赤くなるのもこの湯の特徴です。』
又ある大学の研究論文には

とある
天気がよければ県境の山の景色と紅葉時の色の祭典は想像を絶するものがあるのだろう

車が多いのだろう ワンちゃん専用の湯船

内風呂


国見温泉には「森山荘」「石塚旅館」がある

絶対来れないだろうと諦めていた温泉に入れて至福の極みである

田沢湖で昼食



恵庭うどんと比内地鶏の親子丼ぶり 秋田飯を満喫

さていよいよ温泉巡りも佳境に入る
昼食後 乳頭温泉郷の大釜温泉・ふけの湯・新玉川温泉と行く
乳頭温泉は混浴ですかと問う老婆「いえ違います」と添乗員
「でも白色の露天風呂混浴ではないのですか」
「それは鶴の湯のことですね 乳頭温泉が鶴の湯と思っている方が多いのですが
乳頭温泉郷には8つの源泉があり「鶴の湯」「妙の湯」「蟹場温泉」「大釜温泉」「新鶴の湯」「国民休暇村」
「黒湯温泉」「孫六温泉」今日はその中の「大釜温泉」に行きます」
「え~なんや その白いのに行きたいのに」と大阪の老婆
以前は団体ツアーの立ち寄りでも乳頭温泉といえば「鶴の湯」だったが
道が細く 駐車場も狭く 露天風呂も人で溢れていたので多分団体の受け入れは
止めているのだと思う 受け入れているのは「大釜」くらいだろう

じじいは以前「大釜」に泊まって7湯は巡ったので「大釜」から徒歩5分程の「蟹場温泉(がにば)」
の露天が素晴らしいので添乗員に告げて一行から離れた
雨の森の中 他に来る人の様子はない


これだこれだ 幻想的な深い森の露天

本当に素晴らしい 何時間でも入ってられる

ここから八幡平を登り今日の宿泊宿「新玉川温泉」を超えて「ふけの湯」まで行く
以前は「ふけの湯」の手前の「後生掛温泉」に1泊した
泥の湯には感動した
「ふけの湯」はすぐその上にあるがバスは1~2時間に一本なのでどちらかを選ばざるを得なく
「ふけの湯」には行けなかったので今回これも楽しみである

雨が強い

宿の100m先には湯煙がふけている テンションもふける


文字通り「野天風呂」である
女性用は一応 塀がある おばさんはバスタオルで混浴に入っている

バスは元来た道を下り新玉川温泉宿に着く
強酸性湯と溢れ出る湯量と岩盤浴で草津温泉と共に日本の代表的温泉の一つ
前回も新玉川温泉しか泊まれなかった 玉川温泉は新玉から徒歩15分ほど
前回は歩いて宿の周りの地獄谷と湯噴塔と岩盤浴を見学した
でもお風呂には入れなかった
17時までなら新玉から送迎のバスもあったが時間切れだった
雨も降るし諦めた
新玉は玉川に収容できない団体客や一人旅用の施設のようだ
お湯は玉川から送られている 館内で岩盤浴も出来るようになっている

写真はNETから
源泉100%と50%がある 100%は強酸性なので傷が有ったりするとぴりぴりする
目はこすれない 初めは50%で入り慣らして100%に入る
背中がぴりつく 掻いた跡だ
少し温泉疲れか2度入りはしなかった

久しぶりに大好きなスイカが食べれた

3日目


最終日である
もう一つのお楽しみ温泉「藤七温泉」に行く

「ふけの湯温泉」を通り過ぎ八幡平の展望台に来たが全く霧の中

上は2019年5月19日展望台からの写真

バスはすぐさま下降して「藤七温泉」に向かう





硫黄臭と泥の湯 お尻の下から泡がブクブク湧いてくる
雨混じりで少し温度が低いが いい湯だ
時折強風で霧が晴れる 全体の景色が表れる
前回ここの存在を知らなかった
八幡平展望台からごく近いところだったのに なんとか来たいと思っていたので感動した

湯船から出ると雨と強風で寒い
決死の覚悟で露天から板の上を駆け上がり内風呂で体の泥を落とし
体を温めてバスに戻る

次は最終の温泉「松川温泉」である
ここは2017年10日「温泉巡りその16」で来ている
温泉水を使った地熱発電所の横にある
あまった湯を温泉にしている


上はNETより
硫黄臭の白濁湯 最後の温泉で天気も良く気分もゆったりとする
盛岡駅まで1時間 駅近くで昼食(フリー)


盛岡名物は「わんこそば」「ジャージャー麵」「盛岡冷麺」らしい
冷麺を食べようとラーメン屋に入って注文したら冷麺ではなく来たのは冷やしラーメンだった
ありゃ・・・   まあ旨かった

土曜日とあって駅は若い人で混み合っていた
ここから仙台空港まで3時間  18時55分のANAで帰る
名古屋組は20時15分のPEACH まあ夕食でもしてゆっくりして下さい
空白が埋められた充実感があり いい旅でした