その28 上・下諏訪温泉・横谷温泉・益富温泉・湯村温泉・ほったらかし温泉・下部温泉
その2

4日目
 
  

健康第一の朝食をとり
宿のすぐ傍から始発の山梨交通バスは出た
韮崎駅まで1時間 甲府市行きの普通電車は30分後である
15分ほどで甲府市に着く
荷物をロッカーに入れて昇仙峡行きのバスを待つ
カメラを持つ男性2人が近づいてきて参院選のアンケートを取っていますと言う
経済問題や防衛問題など6項目の内重要視しているもの2つを選んで
ボードにシールを貼れと言う
私は地元ではないと断ると一回は離れたが再び来て要求する
応じるとTVカメラが回り始めた
テレビ山梨の取材らしい
何故この2つを選んだのですかと聞くのでしっかり答えた
「つかえたら使ってください」と言った
いつ放送されるのかは知らないがいずれにしてもローカルなので見ることは無いだろう
  
多くの人が乗ったが昇仙峡に近づくと客は1人になった
運転手さんに「さっき駅で聞いたんですが 昇仙峡の遊歩道の途中が崩落で通行止めになっているんですね」
と言うといろいろ親切に教えてくれた
車の道は大丈夫なのでバスでロープウエー下まで行って仙娥滝(せんが)の先まで行けるので
そこで引き返してロープウエーに乗って帰りはロープウエー下からバスに乗られたらどうですかと言う
予定では遊歩道6kmを3~4時間歩くつもりだったが そうすることにした
途中歩けない所に来るとバスは徐行して写真を撮れるようにしてくれた


この辺の下の歩道橋は通行止め
バス道から写す 
バス停をおりて先に仙娥滝から覚円峰を臨むことにした
昇仙峡は日本5大名峡(帝釈峡・長門峡・備中豪谷・寝覚めの床・昇仙峡)の1つ

仙娥滝

覚円峰

覚円峰を少し下ったところから通行止め
2022年9月頃開通予定
上流に戻りロープウエー駅まで行く
来たときは重い雲だったが少し明るくなっていた

沿道には渓谷で産出する水晶や宝石の原石や加工品の店が並ぶ
以前 ツアー参加で富士五湖巡りと石和温泉に行った時もこのような店に
立ち寄ったことがある(つれづれ113段)


山頂から早速富士山が薄っすらでも見えている
9割方無理だと思っていたので 皆歓声

ついつい手を合わせたくなる

右下の岩肌が覚円峰の頭部分

晴れた日は八ヶ岳から南アルプスが見えるという

荒川ダム(高さ88mロックフィルド式〈岩石を積み上げる方式〉)

渓谷を6km歩くつもりだったので甲府駅のロッカーに荷物をおいてきた
今夜の泊りは昇仙峡の麓湯村温泉
いったん駅まで荷物を取りに行く
ロッカーは鍵式ではなくICでQRコード式
もたもたしていると30歳代のビジネスマン風の男性が横について教えてくれる
なんとか開錠した 御親切にとお礼を言うと 100ほどあるローカーが全部使用されていて
彼は開錠の人を待っていたのだ
じじいがもたもたしていたので彼もいらいらしていたのだろう
昔からロッカーは鍵ときまっているのにな~
駅前から再び昇仙峡行きのバスに乗り「湯村温泉通り」で降りる
今夜の宿「弘法湯」

左が本館で右は風呂 2階の陸橋で渡る


風呂から出たら横になりますと言うと早々と布団を敷いてくれた

湯村温泉はこの近辺に8つの温泉井戸が有りそれぞれが名乗っていたものを
まとめて湯村温泉にしたという
湯や夕食にも時間があるので旅館の山手にある寺や温泉街を散策

多くの文人が来ているんだ
近くに芥川龍之介記念館もあるとか
でも温泉街は少し無惨に寂れている
歩いて10分ほどの大通りの方が大きな温泉街になっている
宿に戻り橋を渡って風呂に行く



湯船は小さいがお湯の量が半端ではない
温度は38~9℃と少し低め(女将さんがもう2~3℃たかければな~と嘆く)
洗い場にお湯があふれて 出るときに足を拭いても拭き切れない
貸し切り湯のほうの洗い場も1cm位湯にあふれている  いい湯だ
こりゃ寝てしまいそう
部屋に帰って堪らず冷蔵庫からビールを取り出す


何故か又馬肉の刺身が出た
今日は疲れた 即寝る

5日目

朝6時に風呂に行く
他の客は全く見ない
相変わらずお湯はあふれている

今日の朝もゆっくり目の出発
宿を8時55分に出て甲府市駅までバス
甲府から石和温泉駅等経由して山梨駅に行く
駅に荷物を預け
午前中に1本しかない10時30分発のコミュニティーバスに乗る
目的は「ほったらかし温泉」である
甲府盆地の山手 葡萄や桃畑の中ほどに「フルーツ公園」「フルーツセンター」がある
バスはそこまでだが センターから30分ほど山を登りそのてっぺんに温泉はある
センターもバスも市の管理なので温泉までは行かない
もしこのバスが無ければタクシーか歩いて2~3時間登ることになる
バスの帰りは13:50分(センター発)なので往復と風呂で3時間の勝負

両側葡萄畑

フルーツ公園

坂がきつい 暑い でも左に何時も霞か雲の中から富士山が見えている

着いた!!

風呂は2つある
「あっちの湯」「こっちの湯」両方に入浴料800円かかる
違いは富士山が正面に見える風呂と甲府の町が真下に見えるかである
ここはご光来と夜景も素晴らしいので入る時間によって選べばよい
「こっちの湯」に入った
若い人がバイクや車で来るのか絶えず客がある

あっちの湯



(ほっらかしホームページより)
当日の実際は盆地や山や富士山が霞んでいたが
下からの爽やかな風を受け1時間ほど夢心地 写真で見るより数倍気持ちがいい
温泉の温度も丁度の感じ この際湯の質は問わない

(ほっらかしホームページより)
早朝から夜遅くまで営業しているので天気を選んで車でくれば最高
汗をかいて来た甲斐(甲斐の国だけに)が有った
堪能したがまだ1時間の時間の余裕がある
早く下りて「フルーツ公園」に行こう
帰りは楽だ 20分足らずで下りて来た

公園前にある「フルーツパークFUJIYA HOTEL」最高のロケーションだ
公園の周りは今プラムの取り入れの最盛期





園内は子供ずれの家族でいっぱいだった
桃やプラムを箱で買って車に積んで帰る人も多い
バスで山梨駅まで戻る
駅で30分待って松本行の列車に乗り甲府で富士行に乗り換え「下部温泉」まで行く
この身延線は以前「温泉巡りその13」で西山温泉に行くとき身延駅で降りたことがある
今度は甲府の方から身延線に乗っている
この線は東海道線と中央本線を結んでいるが単線なので退避が多い
「下部温泉駅」も無人駅だった


下部川にそって上流に歩くと旅館らしきものが見えてくる(実際は病院)
15分ほど歩くと温泉街がある
川沿いに嘗て金鉱だったものを金山博物館としている看板


なんか温泉町自体が死んだような様相
その奥まったところに「湯坊源泉舘」がある


鳥居をはさんで岩風呂のある別館「神泉」
全てが不気味だ

部屋名が「山本」なので何故かなと思ったら
山本勘助だ 1に信玄 2に信玄なんだ


女将が来て「しきたり」の説明を受ける

「当方は他の温泉旅館と全く違います。風呂は本館に1つ 隣の別館に1つあります。
本館のは24時間かけ流しの温かい湯です。別館のは30℃の湯になります。
大体20分浸かって本館から引いている温かい湯に浸かります。それを何度か繰り返してください。」
という
まあこれは普通でもある
「神泉は混浴になっています。一応6~7時までは女性専用ですので今からですと本館の男湯
にはいられて食後 神湯に行かれては」と言う
これもよく有る話
「混浴時は先に全身を石鹸で洗ってください。それから男性は腰にバスタオルをして下さい。
ここにタオルとクリップがありますのでこれで止めてください」
「でも 女性は来られないでしょう」と言うと
「いいえ私共の8割のお客様は常連ですので普通に入られますよ」と言う
この辺からおかしくなる

バスタオル(入湯可)とクリック
練習したが全く止まらない 現場では端をくくった
とりあえず本館の男湯に行く

いい湯だ わざわざ30℃に入らなくてもと思ったが・・・・・


女将が温泉水で炊いたご飯です美味しいですよと言う
本当に美味い 普段は1杯も食べないのに御櫃ごと全部食べた茶碗3杯分だ
宿特製の水「信玄」はサービス
7時を過ぎたので隣の神泉に行く
脱衣室でタオルを撒いて端をくくり浴室の戸を開けて驚愕
洗い場に2~3名の女性 温湯にも3名の女性
大浴槽は2mほど下にあり階段おりて湯船に入る
湯船にも男女10名ほどが輪になったり横並びで雑談している
新来者は一斉に視線を浴びる
洗い場は背中合わせになっているので背中は見えるが前は見えない
又長くなるが松田先生の本に
『数ある信玄の隠し湯の中でももっともしられているのは、ここ富士川の支流、下部川沿いに湧く
下部温泉であろう。
下部の温泉は昔から三十度前後の単純温泉である。信玄が浸かったと思われる岩風呂の湯温は
30、5℃。毎分200~415リットルもの湯が、戦国時代と変わることなく約36畳もある大浴槽の
岩間からこんこんと湧いている。「日本温泉案内」がかかれた約70年前と異なるのは
沸かしの浴槽ができたことだ。あとは夕方に女性タイムが設けられたものの、
混浴なのは昔のままだ。』
とある
女性タイムなんて全く関係ない世界だ
入るとやはり冷たく感じる しかし10分ほどすると全身がほかほかしてくる
それにしても先客の10名程の男女は大声でわいわいわいわい(男女比は6対4で女性が多い)
年齢も幅がある 男性は40代から70代 女性は50代から70代の感じ
夫婦らしき人達も2~3組
結構な客数である
じじいは2クールで上がったが 彼らは全員湯船から上がることは無かった
ここは世間とは隔絶された世界があると思った コロナなんて微塵も感じられない世界が

(NETから) 36畳大浴槽

洗い場の横にある温湯(大浴槽から階段の上にある)

もう湯疲れだ
ここが最後の温泉
明日は駅まで車で送ってもらう
寝るぞ~

6日目

早朝 混浴は面倒なので温湯に入った
朝もご飯が美味かった 流石にお茶碗2杯だった でも絶対美味い

手作りの豆腐だろうか これまた美味い
列車は身延駅を通り越して富士宮に来た
「身延山」か「富士宮浅間神社」どちらかに行こうと迷ったが
浅間神社にした
富士宮は結構垢抜けした奇麗な街だ

富士宮の駅前から
こんなに曇っているのに富士山は全景見えている
浅間神社までは駅前からの大通りをまっすぐ歩いて5~6分信号を左に商店街を5~6分
歩くと大きな鳥居が見合てくる
商店街も洒落た店が多い



少し想像とは違った
神社の遥拝所の後ろに富士山があると思っていたら山は本殿より30度位右に見える
本殿の右手に富士山の伏流水が湧き出す「湧玉池」がある
以前 反対側の三島の湧水源を訪ねたが山の周囲何平方に渡って水を噴出させているのだ
霊峰とあがめるのも無理はない

駅に戻る頃天候がいよいよ怪しくなる
終点富士駅に向かう途中スマホで次の目的地「日本平」を見ると
久能山東照宮に登るロープウエーが6月13日から1ヶ月保守点検の溜め休止
とでている なんだこりゃ
富士から東海道線で静岡に行きそこからバスでロープウエー下までの予定
しかし富士駅で豪雨となっていた
これは中止出ざるを得ない
静岡駅で接続して浜松行に乗り換えた
もうこのまま名古屋に行く
浜松・豊岡・と乗り継ぎ名古屋駅に着いた
駅近のビジネスホテルに着いた
荷物を置いて駅の観光案内書に行き名古屋観光の地図や情報を入手した
以前から 新しく完成した名古屋城本丸御殿と徳川美術館に来たかった
何時かの折にと思って今回1日費やした
名古屋城は駅からバスでも地下鉄でも15分かかるという
ホテルに帰る前に名古屋駅周辺を探索
週末とあってか駅の上も下も周辺も人でごったがえしていた
歩くのもままならないくらい
梅田の地下街のようだ
飯屋も多いがひつまぶしか味噌カツかどれも同じような物ばかり
生中と味噌カツスパゲティ―1700円
結構美味かった

食堂屋さんも一息ついた感じ
明日は日曜日 本丸御殿は人気で結構並ぶらしい
跡のスケジュールを考えると朝1番に大手門に立つことにした

7日目

朝はホテルの部屋で昨夜コンビニで買っておいたサンドイッチやサラダを食べた
地下鉄東山線で栄駅で名城線にのりかえ市役所前で降りて
地上に上がれば官庁街と城の石垣がある水は無く空堀である

ここから大手門まで徒歩5分
9時開門だが8時半に着いた

城の係の叔父さんといろいろ話している内に体温測定係の人も来て
チケット販売所まで案内され開門と同時に販売・登城が始まる

9時になると荘厳な音楽が流れ大太鼓が鳴らされ
「ご開門 ご登城大儀でござる」とスピーカーが流れる
笑った でもこれは9時に来ないと聞けないんだ


天守閣は現在耐震性不足で閉館中
二条城のような形の御殿が天守閣の前にある

総ヒノキなので建物には一切触れられない
監視体制は徹底してる
フラッシュでなければ写真はOKは助かる




釘隠しだけでも 大したもんだ
しかし尾張藩から一人も将軍が出なかったことや
幕末における反幕府派的な立場からして贅沢な感じもする

大手門前から観光地だけ巡る「メーグル」バスに乗る1回200円で1DAYチケットなら500円だ
このバスの案内も洒落ている最初は通常の案内だが
次にじじい声で「徳川美術館にご参上頂き誠に有難き幸せ 下馬の際には御気をつけ下され」
のような事を言っている 笑うわ
「徳川美術館」までは直通で15分
徳川美術館はかつて徳川家一族の居住地だったが隣接する徳川園(今回は閉鎖中で入れなかった)
とともに財団法人として運営
 尾張徳川家の大名道具や調度品・絵巻物等展示している


写真はロビーだけしか許されなかった
藩主の鎧兜

藩主の謁見の間 これはすごい(NETより)

展示の一部(NETより)
この日は特別展示「名刀展」で50振り余りの名刀が並べられていたが
切れ味などもわからないし
1時間ほどで退散した
駅への帰りは市バスだった
かつて路面電車が走っていたのだろう
道路の真ん中にある路面電車の駅がバス停になりその線路跡がバス専用道路となって色分け
されている この区間は信号以外はすいすい走れる
名古屋の道は広い 6車線が多いので街並みがスッキリとした感じだ

名古屋から岐阜駅までは30分ほどだ
駅ロッカーに荷物を預け岐阜公園前までバスに乗る

公園の奥に金華山ロープウエーがある

お目当てはロープウエー乗り場の横に信長の「おもてなし館跡」がある
そうなんだ織田信長は岐阜の人なんだ
岐阜という地名も「井之口」から岐阜に変名したのも信長のようだ
岐阜の岐は枝とか左右・別れの意 阜は岡の意
金華山に上がり天守閣から長良川や遠く伊吹山などを臨み
世間の左右を見ながら天下を思いはせたのだろうか
この地で既に楽市楽座など経済政策も行っていたと言う
言わば天才・革命児 こんな人が今現れたらどうなんだろう

どことなく安土城に近い雰囲気

見たいものが見れて大満足
日曜日とあって上も下も大賑わい
ロープウエーに乗る順番も途中で人数オーバーで切られた
8分ほどで上に行く

ロープウエーを降りてから城までが
結構きつい 昔の人はロープウエーなんかないよな

城内はパネルやら信長の人形や肖像画や蝋人形など展示されている
なかなか迫力がある

今にも喋りそう

ああ面白かった

バスで岐阜駅に戻り米原で快速に乗り換え京都駅まで帰った
世の中にはまだまだ知らないことが多く
驚くことも多い
これだから旅は止められない
楽しい旅でした