













熊野三山(くまのさんざん)は熊野本宮大社 熊野速玉神社 熊野那智大社の3つの神社の総称。
日本全国に約3千社ある熊野神社の 総本社である。
2004年7月に世界遺産「紀伊山地の霊場と参旨道」の構成資産として登録された
俗に「蟻の熊野詣で」といわれるほどに平安時代から盛んで
歴代の天皇 特に後白河院は34回の参旨があったという
よくもまあこんなところまで 何回もきたもんじゃ
ただし本宮の元の場所はここではない熊野川の中洲にあった
明治時代に洪水になり全部流されてしまったので
少し高台に移築された
元宮跡はここから歩いて5分 日本一の大鳥居の奥にある
さてここからが本番
本宮からバスに乗れば10分ほどのところに「湯の峰温泉」がある
今日はそこが泊まり
本来本宮に参る前にこの周辺の温泉で体を清めるというらしいが
今回は反対になってしまった
湯の峰から本宮には「赤木越え」と「大日越え」がある
赤木越えはだらだらと6時間
大日越えは少しきついが2時間とある
宿には5時頃には着きたいので 「大日超え」を選んだのだが
これが本当に苦しかった
あとでわかったことだが 本宮からの登りがきつく 反対ならもう少し楽だとか
でも距離にして3.5kmだからとすこしなめたかな
富士登山のように 10歩いては一休み
登り700m(月見が丘神社まで)が20分とあるのにもう1時間
こんな調子では今晩中に宿に着くだろうか
なんとか登り切った
もう500ペットのお茶も切れた
タオルもシャツもズボンも汗で重い
「鼻欠け地蔵」まで400m もう少しで登り切る
ここで倒れたらいつ見つけてもらえるだろうか
携帯は届くかな なんて自問自答
月見が丘神社 と 鼻欠け地蔵
やれやれなんとか果たしたぞ
次の「湯峰王子」まで900m 所々45度のようなところもあるが
下りなので足にはきついが 心臓に優しい
ここまできたらもう大丈夫
あと200m 足元に温泉街が見えてきた
鼻を突くイオウの臭いがする
なんともしんどい達成感
「四村川の流れる狭い谷の両岸に15軒の旅館が軒をならべる、静かな温泉街である。
共同風呂は2箇所存在する。そのうちのひとつは、日本最古の共同浴場と言われるつぼ湯である。
川岸の小屋の中に2から3人程度が入れる岩穴があり、そこに温泉が湧いている。
1800年の歴史があるとされ、小栗判官回復の伝説がある。1日に7回湯の色が変わると言われている。
つぼ湯の少し下流に湯の峰共同浴場があり、つぼ湯もここが管理している。
共同浴場前の川岸に湯筒という源泉自噴口がある。
湧出温度が高いため、ここで温泉玉子や茹で野菜を作る光景が見られる。
近所の店で卵や野菜を売っているので、観光客も温泉卵作りを楽しめる。」
とある
湧き出る湯は ぐらぐら煮えた切っている
まさにそのとおり 街全体に硫黄臭がただよう
今回「あずまや」という老舗の湯がいいということで
宿を予約しようとしたが生憎 土曜日にかかり
予約できなかった
この旅館が経営している「民宿あずまや」が空いていて
お風呂は本館のも自由に入れるということなので民宿を予約した
客は20代の女性3人組みと2人組と親子2人連れと独居老人1人
食事時はきゃきゃと華やいでいる
鮎の塩焼き 鹿肉のたたきなど なかなか美味
お目当ての「つぼ湯」の予約にいくと1時間半待ち
その間にすぐ前にある本館「あずまや」のお風呂に行く
熱くて 硫黄臭とぬるぬるの湯
生足撮り(これは一人のときで無いと撮れない)
さて「つぼ湯」入浴料は700円
一人30分としているがとても熱くて長く入れない 自分で加水して調整する
もう回りは真っ暗 川底に小屋がある
50歳代の夫婦が出てきた 次はいよいよ独居老人
扉に番号札を掛けて 入浴中を示す
思いのほか広い
つぼ湯自体も2人は入れる
熱くて入れない 水道水で調整 ああこれが夢に見た「つぼ湯」だ
もうその興奮と喜びにひたってさあ上がろうとした瞬間 悲劇が起こった
ぬるぬるの岩場で天と地がひっくり返った
幸い頭は打たなかったが ひざをすりむき 小指が痛い
ややや 手にしていたカメラが無い
買ってまだ2ヶ月足らずのデジカメが無い
つぼ湯の底に なにやら黒っぽい物体が
何と
底に そこにある!!
つぼ湯にひたっている!!
カメラはまったく作動しない チップは大丈夫だろうか
(家に帰りすぐに見るとチップは無事
いままでの写真はこのつぼ湯つかりのチップである)
ショックで何もかもふっとんでしまったがとりあえず明日からまだ長い
10年前から使っていた予備のデジカメを使う段取り
3日目
今日は交通機関は使わない
ここから次の宿「川湯」まで歩く
川湯温泉の川原で寝転ぶのが目的である
だらだらとした川筋の山道を1時間ほどで川湯についてしまうので
ほぼ中間点に「渡良瀬温泉」があるそこで時間調整をする

渡良瀬温泉前のキャンプ場でのんびり汗で濡れた服を乾かし
ペットのお茶を飲む
聞こえるのは川の音だけ
爽やかな川風が赤とんぼをゆらす

700円で日帰り客も多く ドライブ途中の人が多い
こんな風呂が男湯だけで5つもあった
あとで知ったが日曜品の「コーナン」が買収
確かに近年の温泉地の衰退はすさまじい
景気低迷で多くの温泉地が「駅前商店」化している
名の知れた老舗旅館が廃業や統合されている
せめてもの独居老人の一灯をささげたい
湯上がりの生スーパードライでのんびり時間をすごす
さて「温泉トンネル」を超えると「川湯」である

トンネル内を歩くのは非常に恐怖を感じる

トンネルを越えると「温泉」だった
「川湯温泉は古くから温泉利用されており、仙人風呂は江戸時代初期に始まったとされる。
昭和32年熊野本宮温泉郷の一部として湯の峰 渡良瀬とともに指定された」
とある
今日の宿は老舗中の老舗「冨士屋」
料金も今回の旅では一番 高く倍近い
確かに部屋の造りから料理から 部屋係の人たち(女性はすばらしい和服)の対応が違う
全てが昔の温泉の様式を保っている
部屋の下は大塔川(熊野川支流)

水着に着替えて川原に下りる




さっそく川に座ると 熱い 熱い
お尻がやけどしそうだ 川の水と適当に混ぜないと入ってられない
適当なくぼみに身を沈め 天を仰いだ
手で水を取り入れてぬるめながら空をながめる
ああ いい気持ちだ

「老人の足と温水川原」
家族連れの通り客がきゃきゃとたわむれている
背中の下から熱い湯が
時々飛び起きる

泊まった「冨士屋」とその部屋
のんびり2時間ほど寝転がっていた
宿にもどって又お風呂に入る
もう体がふやけてしまっている



しかしさすがに名湯 何度入っても飽きない
スーパードライがたまらない
食事は部屋食 りっぱな鮎の塩焼きと鹿肉は絶品
4日目
朝はいつもご飯を3杯は食べて出る
中食(なかじき)は原則摂らない 次の宿までお腹を空かして行く
夢の川湯の宿前がバス停 8時58分発 熊野交通バスで権現前9時55分着予定
昨夜はわからなかったが朝 ロビーには外人が多い
白人夫婦(フランス語) 有色人家族3人(中国語)
ここから先 多くの外人に会った 英語 フランス語 ドイツ語 中国語
以外にハングルは一度も聞かなかった
(中国が一番多い でも大陸か台湾かは不明)
リックを担いだ夫婦ずれは必ずといって外人である
車連れや団体はまず日本人である
新宮までのバス客は10数人
6人までは外人と確認した


JR新宮の手前 権現前で降りる
降りたのは独居老人1人
これが熊野三山 熊野速玉大社 権現ともいわれるので
神仏垂迹が強いのだろう
あとでいく那智も大社と西国札所が隣り合わせである
イエスと釈迦が一緒に並んでいるような感じ
権現から歩いて15分 JR新宮駅に着く
駅前から熊野交通バスで那智駅までいく
なんでJRを使わないかといえば 便がないのである
JRのローカルは一日2~3本しかなく あとは特急である

バスで40分那智駅に着く
ここで那智山行きに乗り換える 待ち時間は20分
その間に走って近くにある「補陀洛山寺(ふだらくさんじ)」と那智浜に行く
仁徳天皇の治世にインドから熊野の海岸に漂着した
裸形上人によって開山されたと伝える古刹で、
平安から江戸にかけて人々が観音浄土である補陀洛山へと
小船で那智の浜から旅立った宗教儀礼「補陀洛渡海」で知られる寺である。
井上靖なども小説を書いている
南方にあるという補陀洛(極楽浄土)をめざし多くの坊さんたちが
この寺の前の浜から出港した

補陀洛山寺
この船にわずかの水だけを積み 棺おけ状に釘で打ちつけ必死の出港であった
中にはどうしても行きたくない人も出てきて
沖で脱走したり 脱走者を見つけて再び海に戻したりというようなドラマがあったという
駅の反対側がその浜

那智山に行く途中は洪水の被害が最も大きかったところ
バスの運転手の話では 新しく家を建てるより外に出て行くらしく
この地域では3分の1の人がいなくなったという
那智の滝から那智大社まで相当きつい坂

これで何千年前から伝わっている「熊野参旨」
熊野三山参旨が完了した
ありがとうございました
なんとか無事(?)にお参りできました
この大社のすぐ隣が西国三十三箇所巡りの一番札所那智寺である

巡礼をする人たちにとっては泣いて喜ぶ一番札所

神社の境内からみた那智の滝
前にいる夫婦がなかなかどかないからいらいらして写したが
中国人だった
滝に降りていく石の階段で独居老人の前を歩いていた60歳代女性が転んだ
5~6段ごろごろ転んだが意識が無いのか立ち上がらない
家族が呼びかけるも返事が無い
これはと思い 重い足をひきずって社務所に連絡した
この山の中救急車も20分はかかっていたようだ


独居老人も一昨日はあのようになっていたかも
くわばらくわばら
バスは20分ほどでJR勝浦駅に着く
駅から港まであるいて5分
今日の宿「ホテル浦島」専用の船が出ている

島全体がホテル 津波が怖いので少し高価になるが「山上館」を予約した
下のロビーのフロントで手続きをして エレベーター若しくはエスカレーターで
33階に そこにまたフロントがありキーをもらう 35階が老人の部屋


先が見えないほど長い廊下と33階までのエスカレーター
部屋に入って驚いた なんとすばらしい見晴らし!!


高さ55mだから津波もまず大丈夫だろう
黒潮が眼下にせまっている
この海面が30mも盛り上がってきたらどんなんだろう
勝浦温泉での湯はこの「浦島」が目的ではない
この湾の反対側にある「一の滝」という宿の湯が目的である
荷物を部屋に置き 下まで降りて船に乗り
歩いて20分


「一の滝」と宿からみた海」
「すみませんお風呂だけお願いしたいのですが」
「はいはいごゆっくり」と40歳代のおくさん ご主人も優しそうな人
800円
それがまあ なんとなんとこんな湯は初めてだ
湯船には先客1名がいた 死んだように動かない
老人も入る 死んだように動かない
湯はミルクのようにまろやか
温度は胎盤の羊水のような絶妙な加減
露天ではないが もう何時間でも入れるし
何時間でもそうしていたい
自分がこの世に生まれ出る少し前の数ヶ月を思い出させるような
海を眺め 羊水に浮かびながら ゆらゆら
後から入ってきた2名もまったく同じ
4人が頭を並べてゆらゆらゆらゆら
出たくない 宿に帰りたくないが 1時間ほど浸かって「浦島」へ
「ホテル浦島」はかの有名な洞窟風呂など館内 6箇所巡り
もうどうでもよかったが 6箇所スタンプを集めれば景品がもらえるというので
食事(食堂でバイキング まぐろ解体ショーなどでにぎわう)をはさんで全部まわった
さすがに平日というのに数百人の客がいる
団体が船から下りると 従業員数十名と太鼓で歓迎
まあこれもありかな


人が多すぎて写真は撮れない ホテルのHPから拝借
自然の洞窟を利用しているのだろう なかなかの迫力
なによりも 海が目も前に迫り 波の音が迫力
部屋の窓からの日の出は感動である




朝バイキングモーニングをすませて チェックアウトして船で送ってもらう

JR勝浦駅9時45分発ローカル JR白浜駅11時36分着
今回の旅で初めてJRを使う
途中本州最南端の駅「串本」や大島をみる

駅とマイカー
勝浦駅では激しい雨だったが白浜に着くとびかびか
白浜駅で自転車を借りる
白浜は如何いうわけかバスの時間がもうひとつ不確か
多分団体のバス来客やタクシーの力関係かな
それで自由に移動できる自転車にした
明日の朝まで借りて1000円
さっそくホテルに向かう
でも暑いのなんのて 暑いし結構坂も多い 車も多い
約40分ふらふらでホテルに着き荷物をあずけた
ホテルは「白浜御苑」
例の遊歩グループ
前回湯村の「三好屋」と同じ一泊二食7800円
なんとロビーは修学旅行専用宿の様子
10~20才代の男女若者がうじゃうじゃ
なにか大会か勉強会か
それ以外でも若いカップルや 若い女性グループなど
ふ~んやっぱりデフレかな まだまだ質より量かな
自転車は炎天下海岸に向かう


「ホテル古賀の井 」 しらら浜と「ホテルむさし」


「さきの湯」の入り口 中は撮影禁止 NETからの写真
今日の一番の目的温泉はこの外湯めぐりの中の「さきの湯」である
白浜温泉はまさにこの温泉からはじまっている
料金は300円
「かつては天皇から貴族から将軍とたびたび訪れ「牟婁(むろ)の湯」
と呼ばれ
日本書紀にも当時の歴代天皇(斉明天皇 持統天皇 文武天皇)が訪れたことが記載されている
それ以後、貴族(江戸時代は紀州藩主)から庶民まで、
たくさんの人が白浜温泉を楽しんでいる。
江戸末期には『紀伊続風土記』によれば、「村中六十余戸、皆浴客の旅舎となり、
飲食玩好歌舞の類に至るまで都会の地に羞じざる…」
と記されるほどの賑わいを見た。
もっとも、牟呂の湯として古くより名を馳せていたのは湯崎地区のみである。」
とある
風呂のすぐ下まで波が来る
太陽が全身を焼く
東京弁をしやべる2人の客は放心したようにふにゃふにゃ話している
「これはいい これはいい」
入り口で1人の白人の長身の50歳代の女性
「スリーハンドレッドエン ノーなんとか」とかいろいろ説明されていた
ははん ははんといって入っていった
なかなか勇気がある

「さきの湯」のそばに白浜温泉の源泉ポンプがある
あまりの気持ちよさに40分ほど入っていた
あと5ヶほど外湯があるが もうどうでもよくなった
城崎のようにあまり整備もされていないし かなり遠くに散らばっている
今日は休みの館が多い
どうも白浜温泉はいろんな面でまとまりがない
個別があまりにも強力なので 協力しあう必要がないのであろう
そんなところは大概すたれている
そうだパンダを見に行こう!!
マイカーをさっそうと走らせて途中三段壁や千畳敷に寄り


アドベンチャーワールドに向かう
それがまた大変 このワールド 白浜空港を超えて 山越えて 駅のレンタル屋さんに
ワールドだけは行かないでと言われていた
坂が大変なのと 帰りの坂が急でこの整備の自転車では危険
先日も大学生が怪我をしたらしい
でも行くんだ!
あの大日超えが出来たんだ
さっき買ったペットボトルがもう空
自転車に乗るというより荷物をのせてほとんど歩き
空港は旧と新が並んでいてその下を恐怖のトンネルがある


白浜空港と眼下に見える温泉の町並み
空港を過ぎると下りになり なんとかワールドに到着
ゲートに2輪車通行料200円とある
払おうとすると 若い学生さんのような女の子が これは単車の料金ですという
自転車は と訊くとさあ~という
「自転車で来る人はいないんですか」と訊くと
「はあ そうですね」
こんなところに自転車で来る人はいないらしい
料金の設定は無い
ゲートの横に駐輪して入園切符を買う
なんと大人3800円
こんな暑い中 こんなに苦労して汗流して来たのに
生まれて初めて本物のパンダがみれるというのに
この関所はきついよな
17時閉館なのであと1時間と少し
ごちゃごちゃ言ってられへんよ

パンダ館は一番奥
一目散に向かう
途中ペンギンの館や白熊 オットセイのショーなどあったようだが
冷房だけ利用した
そのパンダ館
人山が出来ている

一番前の列になるのに30分はかかる
今日は平日でしかもさっきの3800円
パンダはすごい!
どうやら最近赤ちやんが生まれたらしい
老人の後ろに並んでいた60歳代のおばさんはパンダマニア
今日は3回も並んでいるという
赤ちゃんが生まれてから毎日来ているとか

お腹の所の白いのが赤ちゃんパンダ
ずーとだっこしている
おばさんによると こんなに見えるのは昨日あたりからだという


ジャイアントパンダというからもう少し大きいかと思ったが意外と小さい
やっぱりかわいいね
でもあれって全身真っ黒だったり 全身真っ白だったら
また人生かわっていたかも
とにかく目的は達成した
帰りはあのブレーキを意識して右 左と交互にしながら宿に向かった
坂を下るのは速くて楽勝
ホテルまで帰るも 少し明るいので先の海岸まで行く


だれもいない夕暮れの海岸
水は温泉と間違えるほど暖かい
海パンはないが トランクスなので入った
今年初めての海水浴
生ひざでもいかが
もう全身真っ黒に日焼け
人が見たらグァムかハワイの帰りかと思うだろうな
ホテルで体の潮を洗い
生スーパードライ
夜 朝は例のバイキング

「白浜御苑」とマイカー
朝10時18分白浜駅発明光バス 紀伊田辺10時48分着に間に合うように
ホテルを9時15分に出る
紀伊田辺駅で30分ほど待つと龍神バスの「龍神温泉」行きが出る
駅 11時35分発 温泉13時着
料金は1700円(往復3400円)
なんぼ山道で 人が乗らないからといっても・・・
またまた山深い秘湯の旅
なんでもこの龍神温泉 最近の秘湯の調査で人気ナンバーワンという
名前からして謎めいている













| 戻る |