その1 湯村温泉
城崎温泉・木津(きつ)温泉



京都駅13時25分発 山陰本線「きのさき5号」に乗るべく家で待機していた  
TVのニュースをみているとJR城崎駅の先で落盤事故の為「現在不通」と文字表示 
これは困ったと早い目に京都駅に行く 駅員に聞くと「城崎からバス振り替え」とのこと
とりあえず城崎まででもと汽車にのる。






城崎でローカルに乗り換え 約1時間で「浜坂」迄いく 到着予定時間は17時14分
特急の車掌に聞くと「情報は速やかに入れます」と言う
1時間ほどして車掌が「今 落石を撤去して開通したようです」とのこと
大丈夫かな
城崎を越えると本当に両側は崖 天井のないトンネルを走っているようだ 時々海も見える
途中湯村温泉の宿泊先「三好屋」さんから大丈夫ですかと電話がかかってきた
なんとかあと20分ほどで浜坂ですと返事
浜坂の2つ手前が「餘部(あまるべ)」そうかここが有名な「餘部の鉄橋」だ
風速20m以上になると手前で待避するという 過去には風力で脱線転落 6名が死んでいる


車内から


                           
下から見た新鉄橋(ウェキペディ提供) 旧鉄橋と慰霊碑像


鉄道小僧5~6人が降りたが次の電車まで何時間もあるのになあ!?

浜坂に3分遅れで着いた
駅には旅館から向かえに来ていた


ウェキペッディアによると

湯村温泉(ゆむらおんせん)は、兵庫県美方郡新温泉町にある温泉
平安時代(848年)開湯という歴史ある山陰の山峡にある閑静な湯治湯。
「湯けむりの郷」と称し、また1981年のNHKのドラマ「夢千代日記」のロケ地として
その風情が全国に知られるようになり、以来「夢千代の里」とも称する。

今回は森林露天風呂で有名な「三好屋」にとまる
ここは以前「三好屋グランドホテル」といっていたが たぶん遊湯リゾートに吸収されて
 全国共通の一泊2食7800円食事はバイキング形式になっている
この時期客が少ないのではと思っていたらなんのなんの 
食事は一回50名くらいで3回に分けてバイキング
内容は値段どうり 部屋も値段どうり
一人旅は断られることが多いので泊めてもらうだけでもありがたい ありがたい
 それよりも風呂である
この旅館は7階建て 最上階が展望風呂になっている


目当ての「森林露天風呂」はさらにそれから階段を登るところ後ろの山の頂近く
 何度も通って汗だく
しかしそこにあるのはもう天国か 極楽の世界


朝な夕な通った天国行きの地獄の階段






この竹垣の向こうは女性用 この垣根がなければもう完全に極楽じゃ
極楽がそんなのだったら いついってもいいよ



街をあるいてみよう

街はライトアップされ 湯煙とあいまって幻想的
ここは源泉の「荒湯」90度以上の湯が湧き出している
この湯と川の水を混ぜて「足湯ゾーン」 なかなか洒落ている

川原の足湯



夢千代像と夢千代舘

夢千代日記(ゆめちよにっき)はNHKの『ドラマ人間模様』で放映された三部作のドラマである。
吉永小百合主演。後に映画化や舞台化され、舞台では数々の女優により主人公夢千代が演じられている。
物語の舞台 湯村温泉はこのドラマ放映後、「夢千代の里」として脚光を浴びた。
現在、温泉街の中心部である荒湯のそばに吉永小百合をモデルにした
「夢千代の像」が建てられている。また平成16年11月に
資料館「夢千代館」がオープンし、館内には湯里銀座や煙草屋旅館内部などが再現されている。
物語中で芸者たちが度々舞う「貝殻節」は山陰地方でのみ知られる民謡だったが、
このドラマで一躍全国的な知名度を得た。
主人公の夢千代は母親の胎内にいたとき、広島で被爆した「被爆二世」。
原爆症を発病しており、余命2年と宣告されている。物語はその夢千代を取り巻く人々の生き様を
山陰の冬景色を背景に物悲しく描く。ストーリー展開は夢千代が毎日書き綴っている日記が
軸となっており、随所に夢千代が日記の一部を読んでいるナレーションが盛り込まれている。
また、湯村を訪れる謎の人物がシリーズ毎に登場し
 次第にその過去が解き明かされていくというミステリー的な魅力もある。

三部とも物語の冒頭は、夢千代が原爆症の治療に神戸の病院へ行き
 その帰りに山陰線の列車が餘部鉄橋にさしかかるころの車内から始まる。」

とある



猛暑の中この川原歩き 涼しい川風で心地よい

ついでながら
「七福神湯めぐり」
「湯めぐり札」を購入することで、指定の内湯や外湯に入ることができるというもの。
七福神各々の像が湯ごとに用意されている。
対象の施設:毘沙門天「勝利の湯」 - 福禄寿「幸福の湯」(展望露天風呂「天神の湯」) -
弁財天「美人の湯」 - 大黒天「結びの湯」(庭園風大露天風呂「織姫」「彦星」) -
恵比寿天「金運の湯」( 森林露天風呂「伏龍の湯」) -
寿老人「長寿の湯」(「長寿大岩風呂」「展望桧風呂」) -
布袋尊者「和合の湯」 (露天風呂「やまの湯」「かわの湯」)

とあるが 「森林露天風呂」だけで十分
次の朝はまた旅館の車で駅まで約20分 送っていただく
 
10時17分浜坂発 ローカル(各駅停車) 城崎駅11時21分着
なんせ山陽本線は単線 何度も待機して列車を交わす
汽車の旅を満喫
さすがは城崎 駅前は大きく賑やかだ



「さきの湯」と城崎駅

駅の隣に外湯めぐりの1つ「さとの湯」がある
城崎は各温泉旅館の内湯より 外湯が有名で しかも充実している
本来温泉に行くとは源泉外湯のことで 旅館には内湯など無かった
しかしいつのころからか 源泉を旅館内に引き入れて 独自の温泉にしてしまった
それがために湯の取り合いになり 温泉場全体の湯量が減少し
温泉場そのものが不良 湯枯れになる 熱海などがその例(最近は外湯を増やしている)

ガイド版にも
『城崎名物といえば「外湯めぐり』

「外湯めぐり発祥の地と申してもよいでしょう。
遥か昔から城崎の人々は宿を客間、
道を廊下とし湯治に訪れた人々を町全体でもてなしました。
この精神は今でも変わらず息づいています。
宿についたら浴衣に着がえ
ゲタを鳴らしてお気軽にお出かけください。」
とある


駅に着くとさっそく予約の「新かめや」にいく 目当ての旅館に断られ 
とにかく泊まるのと食事さえできればというこんな旅館がたくさんある
そして城之崎独特のシステムで外湯「七湯めぐり」
その日の内ならいつでも何回ででも1000円
(因みにそのチケットを買わなければ一箇所600~800円)
このバーコードチケットを 各旅館の無料サービスと触れ込んで客を呼んでいる
小生も早速旅館に足を運んだのはその為である
旅館は40代のご夫婦がされているようで 客は私1人のようだ
入館は15時以降なのでとりあえず荷物を預かってもらい 例の「無料チケット」をもらった
ところが 旅館が発行するチケットは当日の14時から翌日の10時まで有効とのこと
へえ~まだ2時間はたっぷりある
とりあえず街をぶらつく

城崎のシンボル「大谷川」と柳並木

といっても連日35度(日本一暑かった豊岡は隣の町)の猛暑 また極楽の中の地獄
街の一番奥に「ロープウエイ」がある なんでも街が一望とか
ところがおりからの台風の影響か 強風のため本日中止へえ~
その横は「温泉寺」

門前の横に何と城崎の「源泉所」がある
その横には「足湯」がある ここが城崎の湯のメッカや



さすがにもう暑くて 足湯はできない
足早に「七湯」の写真だけ撮りに行く


まんだら湯                 御所の湯


柳湯                   鴻の湯



一の湯               地蔵湯



さとの湯

と約300~400m間隔に点在している
夕方になればこの七湯をめぐって浴衣姿の老若男女がげたをからんからんと響かせて
この川筋を遊歩するのである
しかし今は真昼間 気温は35度以上
どこかクーラはないのか
そうだ「城崎文芸館」に行こう



城崎と言えば志賀直哉
かれは交通事故で瀕死の重傷を負い それを癒すために長逗留していたらしい
彼以外にも白樺派といわれるメンバーが多く逗留している
少し汗が引きほっとしていると 14時になった
早速 一番目は「さとの湯」からはじめた
駅の隣なのに入り口は「足湯」二階は露天になっていて 炎天下でも素っ裸に爽やかな風があたり
やっと来たことの正しさが証明された
このあと「地蔵湯」「柳湯」といったがどこも湯が熱い
露天がなければゆっくり入ってられない もう湯あたりというより熱中症気味
これはやばいと 「新かめや」にもどり 食事でもして再挑戦

「新かめや」泊まった部屋 冷蔵庫には「ドライ」がびっしり

一昨日のバイキングと違って とりあえず普通の旅館食事 季節はずれでも一応「かに」も付いていた
なんせ昨日から風呂から出た後の「スーパードライ」が美味いこと美味いこと
「酒は旨いし・・・天国よいとこ♪♪」
温泉街はいたるところにビールの自販機がある これは助かる

暗くなるといよいよ温泉街の雰囲気
街がお化粧し活気ずく
これは町内のお祭りに屋台が出て 浴衣姿の若者がぶらぶらしている
ここでは365日お祭りなんだ


街の端から端まで数キロが夜店の屋台

さて第2ラウンドは「一の湯」から 
この湯が一番というところからきた名前
確かに建物も一番大きいし 人も多い
でもお湯そのものは相変わらず透明で熱い 舐めると少し塩辛い
ここ城之崎の源泉は70度以上なので 加水している
露天があるのでゆっくり入れる

湯めぐりは皆首からパス入れのようなものをぶら下げ
各湯の入り口でパスのバーコードをかざす
ピンポンといえば 下駄箱に行きあとは街にある一般の銭湯と同じ



つぎに「御所の湯」にいって最後に「まんだら湯」(上は夜間照明)
そうなんです その日の内に全部は回れないんです
何故なら 曜日によって必ずどこかが休館している
今日は「鴻の湯」が休
そのために翌日の10時まで有効になっている
最後に残った「鴻の湯」は明日早朝いくことになる

朝食前にウオーキングシューズで温泉寺の周りを散策しながら一汗かき「鴻の湯」の露天につかった
もう本当に満足じゃ満足じゃ
(館内は撮影が一切禁止 人が途絶えることがない為隠し撮り不可)

旅館までの帰り道をメイン通りから一本横の「木屋町小路」にした





この川には蛍もいるとか
表は商店街で喧騒なのに のんびり歩ける
地元の人たちの通路でもあるようで 多くの通勤 通学者と行きかう
ランニングとウオーキングシューズ姿なので地元の人と間違えられるのか
子供達が「おはようございます」と声をかけてくれる



宿に帰り朝食を済ませて早く出たいのだが(客は私1人なので気を使ってのこと)
列車の時間が10時08分(その前は8時10分)までないのでTVを観て過ごす
10時前に宿を出て豊岡に行く(城崎から2駅目)
この街はカバンで有名 この地域では最大の街だが
今年日本一暑い街としても注目(35度以上が32日は今のところ日本一)
何でわざわざ暑いところを選ったんだとはあとの祭

駅のロッカーに荷物を預け駅前からバスで30分 「出石(いずし)」に行く
出石といえば「出石そば」昼飯にそばもいいかと向かう

出石(いずし)は兵庫県豊岡市にある地区で、かつての出石城の城下町
。城下町として整備された町割が碁盤の目状であることなどから、但馬の小京都と呼ばれている。
豊岡市出石伝統的建造物群保存地区の名称で国の
重要伝統的建造物保存地区として選定されている。」
又神話の地でもある
「古事記」応仁記の八(天之日矛の渡来)九(秋山之下氷壮夫と春山之霞壮夫)
では新羅王の子天之日矛(出石族集団とも)が伊豆志に渡来
この地で繫栄し八神とも七神とも言われる祭神を伊豆志神社に祭るとある
今回時間的に神社には行けなかったが次回に期す
 
なるほど 町全体が落ち着いた静かなたたずまいに出石焼きの風鈴があちこちから聞こえ
京都より京都らしい


代官屋敷とその周辺



  




出石城の大手門


城の堀に掛けられた風鈴



とある

城から見た城下町

さてお目当てのそばやに行く
なんせ名物なので2~30軒もあるらしい
事前に調べていた一番の老舗「「よしむら」に向かう
ここは一番はずれにあって 知らなければ多分行かないところ
それでも昼前に行っても1席しか空いていなかった

席に座ればなにも言わなくても まずお茶とそばの薬味(海苔の刻み・ねぎの刻み・つゆ・生卵・わさび)
が出てくる
一人前は5皿から(一人前850円から)あとは何皿でも注文が出来る
一皿には一掴みほどのそばが乗っている
たぶん椀子そばのような感じだろう
そばは注文を聞いてから茹でるので追加は早めがいい
あと3皿注文した
1250円 美味いといえば美味いが(粗利は大きいだろうなと思いながら払った)
20皿食べれば将棋の駒の10倍くらい大きい形の板に大食賞のようなものを書いた賞をくれる
若い男性と5人の家族ずれがもらっていた
「そば」に7000円とか3500円とか
そばとあの薬味でね~

汗は引き お腹も大きくなったところで又バスにのって豊岡駅まで帰る
そこから最終目的地の「木津(きつ)温泉」に向かう
豊岡から木津までは北近畿タンゴ鉄道(かつてはJR現在は第三セクター)にのって
ローカル(ディーゼル・ワンマンカー)で30分
14時51分発

豊岡駅の北近畿タンゴ鉄道

それにしても今回山陰本線や北近畿タンゴ鉄道に乗ってみて
窓からの景色や 車内の様子 列車の雄姿
鉄道マニアの気持ちがわかるような気がした


木津温泉駅と駅構内にある「足湯」

「木津温泉は京都府内でももっとも古い温泉で、別名「しらさぎ温泉」とも呼ばれる。
奈良時代の僧侶行儀が、白鷺が傷を癒しているのを見て発見したという伝承も残っている。
今から1250年ほど昔、天平の飢饉が起こり、この丹後木津でも少なからずその影響を受け
 疫病が発生した。そのとき、この地を訪れていたのが行基であった。
行基は法力をふるうとともに、人々に温泉につかるよう説いてまわったそうである。
そのおかげで、この木津の地は疫病の難から救われたといい伝えられており
 その疫病とは皮膚病の一種だったようで、それ以来木津温泉は
皮膚病の効能を第一にうたっている。」

とある
15時21分着 駅の周辺に少し民家があるだけであとは畑と森
100mほど先に森に囲まれた温泉宿「えびすや」がある


                                  3階の窓からみた周辺

ここはなかなか由緒ある宿
松本清張が『Dの複合』をこの宿のこの書斎で執筆したとのことで
現在も保存公開している



作家て儲かるんだ

宿について早速持参のウオーキングスタイルに着替え 
ここから歩いて30分ほどの「夕日が浦海岸」に夕日を見に行こうとしたのだが
海のあたりが真っ黒でときどき稲光
一風呂浴びて様子をみる




なかなかいい風呂である
すこしぬるめだが ゆったりとする
(お風呂に浸かって写真を撮る「湯線撮り」というのは温泉マニアのあこがれである
これが出来るにはよほどのタイミングがいるのである)

一風呂すれば少し明るくなってきたので海岸に向かう


夕日が浦の浜

少し前まで多くの海水浴客で混んでいたのだろう 夢の後
この周りは最近「夕日が浦温泉」として脚光を浴び 多くの大型旅館が林立している
かつては海水浴と「かに」の民宿が今や一大リゾート地としてかにのシーズンは大阪方面から
観光バスが連なってくる
ここからあるいて30分の「木津温泉」は海に遠い駅前の温泉もほとんど機能していないようだった

「かに」で有名な丹後半島も関西の旅行会社が募集している1万円前後の旅は
丹後や越前のかにでも「せこかに」といわれるくずかに
若しくは韓国からの輸入品をつかっている
国産の近海ものは「間人(たいざ)かに」などを使えば一匹3万円はする
それを旅館で食べようとすれば一泊4~5万が相場である
これがまた温泉マニアの夢である

夢はともかく空があやしい
夕日どころではない 稲光がしてきた 早く宿にたどりつきたい
やはり宿の手前200mのところで どしゃぶり
少し小止みまで雨宿り
宿に帰って早速 温泉
夕食時のスーパードライがまた美味い
料理も但馬牛(少し)や刺身も美味かった

客は3組と1人(大きなルームでテーブルに分かれて食べる)
母娘の2人組と50台の男性2人組と得体の知れない男女4人組と初老男性1名の9名が泊り客
この宿は鉄筋の新館と 木造の「大正館」があってどちらでも選べる


大正館への渡り廊下

大正館を選んで落ち着いた部屋だと思っていたら
隣の部屋から女性の話し声が聞こえる
さっきの親子だ
さっそくフロントにいき 新館の声の聞こえない部屋に変えてくれとお願いした
おかみさんがいいですよといって新館の3階に変えてくれた
やれやれこれでゆっくり寝れます
なんせ温泉疲れですので

2人の男性とはお風呂で雑談 名古屋かららしい
「さっきからみていたんですが 一人旅て私たちのあこがれです」
というから「いやいや結構大変ですよ 第一なかなか泊めてもらえないんです特に土曜日とか
祭日 シーズンになるとね」などと話がはずむ

タンゴ鉄道は木津温泉駅10時20分発西舞鶴行き
駅では昨夜の全員が同じ列車に乗った
天橋立駅11時02分着
初老以外は降りずに去った



天橋立駅

舞鶴に近いせいか ロシアの水兵がやけに目に付く
駅前で30分バスを待つ
今から「伊根の船家」に行こうという算段
バスで約50分 料金910円
天橋立を右に見ながら湾の先端に進む


「伊根湾めぐり」の港  660円 約30分






船が自家用車のような扱いで 生活の知恵とはいえ海洋民族の象徴
でもあの「津波」などではどうなんだろうか
と余計な心配をしてしまった
 港に着くと乗れないだろうと思っていたバスにうまく乗れた
一時間に一本なので一時間得をした
それで予定に無かった 天橋立観光をしょう
バスは橋立駅まで乗らずに途中の丹後一ノ宮籠(この)神社
で降りる
 
籠(この)神社

神代と呼ばれる遠くはるかな昔から奥宮真名井原に豊受大神をお祭りして来ましたが
 その御縁故によって人皇十代祟神天皇の御代に天照大神が大和国笠縫邑からおうつりになって 
 之を吉佐宮(よさのみや)と申して一緒にお祭り致しました。
その後天照大神は十一代垂仁天皇の御代に、又
豊受大神は二十一代雄略天皇の御代にそれぞれ伊勢におうつりになりました。
それに依って當社は元伊勢と云われております。
両大神が伊勢にお遷りの後、天孫彦火明命を主祭神とし、
社名を籠宮(このみや)と改め、元伊勢の社として、
又丹後国の一之宮として朝野の祟敬を集めて来ました。』

とある
使っている材料がどれも中途半端ではない
なんでこんなに金があつまるのだろう
この神社の左から「笠松公園」行きのケーブルがでている


ケーブルは70人ほどが乗れるが びっしりいっぱい
やはり客の人数が違う
15分間隔で出ているので 上に着いたらすぐに「股覗き」をして
次のケーブルにのる
15時01分橋立発 「はしだて6号」に乗るつもりである



笠松公園から見た橋立



おっさんの股から覗いた橋立
(色気もなんにもなし)

ケーブルからおりて7~8分のところに向え側(橋立駅)に行く船が出る
この橋立を歩いて渡ると1時間余りかかるという
貸し自転車で渡る人も多い
これは面白いかも
この船着場に10羽くらいのカモメが並んでいたので 何をしているのかなと思っていたら
船が動き出したら一斉に船に同伴してきた
船の中では「かっぱえびせん」の袋が100円で売っており
船の甲板でカモメにえさをやるのだ
カモメも対岸近くまで付いてきた
 


カモメと橋立







着いた港のすぐ前が 日本三文殊の一つ「知恵の文殊堂」




思うに海があり 天然の造形があり 宮や寺があり 交通も完備され
全てが観光に照準が当てられている
そりゃ これだけの人がくるはずだ

駅で切符を買うとき 指定席をと言うと 駅員が「指定はいりませんよ」とホームを指差した
発車30分前なのに特急「はしだて6号」はいた
3,4号の自由席をみると一人も乗っていない(出発間際に4~5人)
あの観光客のほとんどが車か団体バスなんだ
平日の丹後半島を列車で回ったが 新幹線の料金が高いのはある意味仕方ないかなと思った

お疲れ様