台風、テロ一過、絶好の考古学日より。今日は万葉の里「大宇陀・阿騎野」に行く。
奈良県大宇陀郡宇陀の榛原西南の方向、宇陀川に沿って約6km行くと、大宇陀の町に達する。近鉄榛原駅から「大宇陀」行きバスで約15分終点が大宇陀。この町は古城山に城郭が築かれると、その城下町「松山」として繁栄したが、さらに壬申の乱古跡、莵田の吾城、万葉の阿騎野としても有名である。
バスを降りると200mほど東山裾に文化財史跡「森野旧薬園」がある。(写真はその入口)白壁と白木の格子が時代を感じさせる。
暖簾をくぐって300円の入園料を払う。薬草園というから広い園を考えていたら全然違った。

概要〜森野旧薬園は今から250年前(享保14年)森野藤助によって開かれた。その祖先は吉野朝に奉仕し、宇陀松山に移って葛粉の製造で知られていた。藤助は元禄3年生まれ。たまたま享保の八代将軍吉宗は本草学を好み、幕府採薬使に命じて諸国に薬草を求めた。
享保14年に大和地方に来ていた幕府採薬使植村佐平次に見出され、共に近畿、北陸まで足を伸ばして薬草の採取に精を出す。その間、カタクリを発見、カタクリ粉製造の端緒見を得、その功績大につき当時官園に栽培していた貴重な薬草木の種苗を下付し藤助はこれを自分の家の裏山に植えつけたのが森野草園のはじまりである。薬園はおいおい幕府の補助機関となる。昭和26年昭和天皇が来園されている。


 店の奥に吉野葛晒し工場があり、その間を通って小山に向かうと、資料館や茶室があり小山を登っていく途中に約250種の薬草が植えられていた。



そこから10分ほど西に「かぎろいの丘」がある。これについては「kantaのメモ」の「5月22日」を参照
「かぎろい」は陰暦11月17日午前5時50分頃と推定され、今年は12月31日にあたる。
その隣に5年前に出来たという「人麻呂公園」とその工事の時に出土した「中之庄遺跡」に行く。
公園の真中に人麻呂の石像があり、その周辺には弥生、飛鳥、中近世までの三時期は重複した遺跡があり、
掘立柱建物十一棟、竪穴住居三棟、苑池状遺構があり、一部復元されていた。これは7世紀後半から8世紀にかけてのもので、
宇陀の吾城(阿騎野)の時期にあたっている。



昼食後すぐ西側の山手に阿紀神社に行く。
天照大神を主神とする式内阿紀神社で「皇太神宮儀式帳」にある「宇太の阿貴宮」のことであるという。
一般に神戸明神と呼ばれ、伊勢神宮の神戸(かんべ)(神宮領)で21年ごとの造営が行われていた。
因みに兵庫県の神戸とは生田神社の神戸(かんべ)のことである。
本殿は伊勢神宮と同じで南向きの明神造、又本殿前には能舞台があった。
これは織田藩三代目の長頼公により造られ、以後毎年6月に蛍能が催される。

阿騎野を歩く
柿本人麻呂はこの阿騎野で天武天皇の皇孫軽皇子の狩猟に同行し野営した時の歌が多くある。
    一、 軽皇子の安騎野に宿りませる時 柿本人麻の作れる歌
        やすみしし 吾大王 高照す 日の皇子 神ながら 神さびせすと
        太敷かす 京を置きて 隠口の 泊瀬の山は 真木立つ 荒山道を
        石が根の 禁樹おしなべ 坂鳥の 朝越えまして 玉かぎる 夕さり
        くれば み雪ふる 阿騎の大野に 旗薄 しのをおし靡べ 草枕 旅宿りせず 古思いて
短歌  二、 阿騎の野に 宿る旅人打靡き 床も寝らめやも 古おもふに
     三、 真草刈る 荒野にはあれど 黄葉の過ぎにし君が 形見とぞ来し
     四、 東の野に 炎の立つ見えて かえり みすれば 月傾きぬ
     五、 日並の皇子の尊の 馬並めて 御藐立たしし時は来向ふ 
阿紀神社から山手に歩いて10分香具山古墳がある
。この古墳は松源院というこの地方17ヶ村の大庄屋であった山岡家の住宅で県指定文化財になっているのだが、
その家の裏山にある。直径18mの円墳で南に開口する横穴式石室は全長9.6m。
玄室奥壁が四段に、左右の側壁を五段に積み上げている。出土品は須恵器の長頸台付壺
、鉄鏃、鉄斧、刀子、耳環など6世紀後半の築造。
入口が狭くすこしかがり気味に前の人に付いていく。蜘蛛の巣やかび臭い中電池の明かりを頼りに玄室にすすむ。
写真もなにが写るかわからないままシャッターを押す。両側の石積みがいつくずれるかという不安のまま
「壁には絶対触れないで」という事前の注意も納得。


山沿いに15分徳源寺に向かう。少し坂が多いので汗も吹き出るが、風はひんやりしている。
臨済宗の寺院で、織田家の菩提寺。寛永五年(1793年)織田常真(信雄)をここに葬り同九年に
織田信頼が亡父の菩提寺として京都北野の古寝殿を移築して本堂とした。境内裏山には藩祖四代の五輪塔が並ぶ。


今回はハイキング気分で、初秋の阿騎野を歩く。
稲が色づき、彼岸花とのコントラストがいつもながらの秋の舞台を設える。
少し早めに切り上げ、隣駅の長谷の観音様に手を合わせて帰途につく。