第一次出雲地域遺跡調査紀行あれこれ
2000年8月13日新大阪9:16分発ひかり111は音もなくホームをでた。岡山10:20分発やくも7号で一路松江へ。列車は帰省と観光客で満員、禁煙席を指定したのに喫煙席になっていた。うしろのおじさんはチェーンスモーカー、なんで進行方向と逆に私の鼻のほうに流れてくるんですかね。帰りの切符が気になって取り出したらやっぱり煙の出ているタバコの絵が書かれていた。こうなったら昔とった杵柄、2〜3本ぐらい吸ってやるわ。それにしてもよくゆれる列車だ。昨日知り合いの島根出身のおばあさんが「最近、出雲に帰える時は電車だと酔うんでバスにしてるんじゃ」と言っていたが納得。窓から線路に沿っている清流を追跡、どこから流れが変わるのか、つまり日本列島を横断しているのでどこが分水地点かなと目を凝らして看るもそのうちに寝てしまった。13:02分松江着、駅構内でわんこそば定食980円。13:30分から予約の駅レンタカーでトヨタカローラ(本当はもう一つ下のクラスだがおじさん曰くまけとくとのこと、有難う)に飛び乗る、さあ時間との戦いだ。なにせ島根は国道9号線知らずして島根を語るな、と自分で決め付けていたのでそれが渋滞とかで走れなければこの紀行はほぼ失敗といってもいい。おそるおそる宍道湖を右に見ながらはしるも、あにはからんや走るで、走るで、ヤッホーの気分。目的地の荒神谷まで約50分出雲大社まであと13kmのところで左の山手に向う。ああこれがあの荒神谷だ、大賀ハスの池の奥の谷の中腹にありました。ご対面。2000年近くも私がくるのを待っていたのだ。本当になんでこんな所に埋まっているのかな。本当によく見つかったものだ。ダイヤモンドを見つけるよりも難しいと思う。スピーカーから流れてくる説明を聞きながら写真をとりまくる。腹ふくるるの思いで後にする。それにしても、さすがに神話の国、竹下王国。道路や橋や遺跡の整備のりっぱなこと。一体一日何台通るのかなと思えるような所も高速道路のようだ。今から向かう加茂岩倉遺跡もそのような道路工事の途中発見されたらしい、と言うことは私がこうして楽しめるのも竹下さんのおかげかも。黙祷。駐車場からすぐと思っていたら太陽ギラギラの中、山道10分そこにほぼ垂直に近い階段が設けられていて崖の中腹より少し上、青いビニールシートで覆ってあるこれが加茂岩倉遺跡。へー、よくまあこんなところになんで埋まっているのか、又よくこんなところのものが見つかったなと、ほとほと感心する。これは正しく奇跡だ。崖の下のプレハブの中から学生風の娘さんが出てきて「お茶でもどうぞ、発掘の時のビデオも上映してます」とのこと聞けば村の職員でボランテアでやっているとか、ここに資料館が建設されるまで頑張るとのこと、思わず絵葉書や有料パンフを買ったのはいうまでもない。この2大遺跡で今回の調査の目的は半分終わったという安堵感で玉造温泉をめざすが道を間違えて出てきたところは、行く予定の無かった神庭神社古墳、怪我の功名か。玉造遺跡は温泉街の周辺に点在しており主に玉造の為の施設が多く公園のように整備されている。天気は最高、景色も最高、何で調査員は一人だけなんだ。遺跡公園の隣が玉造温泉「ゆーゆー」600円、滝湯、露天としっかり汗を流したあとは勿論アサヒスーパードライ。だいぶ夕日も傾いてきたがホテルに入るにも少し早やいしもったいない、案内看板が読み取れるまで走ろう。赤い顔が夕日で更に赤く染まっています(内緒)。夕日に燃えるような宍道湖の湖畔にアベック(こんな言葉生きてるのかな)が電線に並んでる雀のように連なっている。それを左眼にみて、おっさん一人がなんで墓を求めて走り回っているんだ。いいや、何千年の眠るご先祖様が私の来るのを待ってくれてるのだ、と自分にいいきかせつつ、でも雀もいいなあ。薄暮の「出雲風土記の丘」、資料館は当然閉館、周辺の岡田山1号墳、2、3、と回る、段段字が読み辛くなる、本来古墳調査は冬がいい。草が少ないし、蛇の恐れが無い、蚊がいない、いまはその逆。でも田んぼのあぜ道の中、国府跡、国分寺跡とまわる。写真とるも、もはやフラッシュもきかない、案内看板も読み辛い。今日はこれぐらいにしておいてやろう。19:30分。今晩の宿は松江駅前の「グリーンホテル松江」朝食付8500円ちと高いかな。着替えをして前述の松江のおばあさんに聞いていた「料亭みなみ」を捜すもみつからず。たまらずガソリンスタンドのお兄さんに聞く。こりゃ難しい、地図をコピーしてもらってやっといきついたら、21時までの営業、到着は21:01分京都から来たんですがと言うと泣きそうな顔で謝られたので、又出直しますと言ってしまった。ホテルの近くの料理屋さんでうなぎ定食1700円勿論アサヒスーパードライ中生付き、あとはばたんキューでベットに。
8月14日7:25分起床。8:15分ホテル出発。ホテルを出てしばらく走っていると昨日のビールがたたったか、下腹が痛む。夕べ寄った風土記の丘の資料館の横に立派なトイレがあったのを思い出して急ぐ。ああよかった。すると資料館に電気が点いている、今日は月曜日なので休館日のはずなのにと思って入るとかわいいお嬢さんが今日は臨時開館ですよとのこと、ラッキー、「ウンがついたのかな」9時からなのに8:30分から照明させましてすみません。「出雲風土記の江戸本原本」があったのは感動した。岩屋後遺跡によつて、一路足立美術館へ、快適のドライブの途中広瀬の尼子氏の居城月山富田城址に立ち寄る。が本丸まで急坂30分、下から合掌。今度の旅の第2のメインディシュ足立美術館はそこから15分、なんの変哲も無い畠の中にひなびた温泉(鷺の宮温泉)と隣合わせにある。500台位入る駐車場も私が入る頃は10台ほどだったが、2時間して出てくると観光バスなので満車。入館料2200円・・ムウ。
さて一言で言うなら「極上の料理を名物器」に盛りこんだもののようだ。大観をはじめ、竹内栖鳳、川井玉堂、富岡鉄斎、榊原紫峰、上村松園、川端龍子、平山郁夫、速見御舟など極上品。私好みでいえば大観よりも龍子や又造がいい。彫刻は3点、どれも感激、平櫛田中の「維魔一黙」米原雲海のレリーフ「南海観音立像」もう彫刻やめたくなった。それにあの庭園は厭味なほどに完璧だ。洋の大原、和の足立、個人の収集では最高峰だろう
。館を出るとすぐ前にある「安来苑」にいく、温泉に入れて下さい。というとどうぞと言われ400円。時間は11:30分、前の美術館はごったかえしているのに、ここの静寂はどうだ。岩風呂に透明のお湯がこんこんと湧いている。全く誰もこない、こんな贅沢許されるのだろうか。しかしこのお湯の熱さはなんとかならないかな。ゆでだこのまま隣の食堂へ、勿論アサヒスーパードライのここは大生、それに「どじょう定食」1500円、実はここのことはインターネットで調べていたので初めてきたとは思えない。http://www.yasuragi.or.jp/~yasugien/
お湯の熱とスーパードライでまさに「ゆでだこ」。時間がない、四隅突出型で有名な仲仙寺古墳群に向かう。10分程はしるも何の反応もなし。おかしいという直感で引き返すとやはり案内板が草に覆われて見えなくなっている、小学校の裏山一体が古墳群になっている。蛇に気をつけながら登っていくと遠くに宍道湖がみえ周辺の山々は輝きこの地が中心地であるかのような位置にあり、ここに眠る人達は何千年もこの景色をみているのだろうか。ここの四隅突起はこの地域独特のもので学会でも論争の絶えないものだ。私は基本的にこの地域は大陸系、特に新羅以北、高麗系が有力と思っている。墓の上に立って数千年前の周囲を思い浮かべタイムスリップにしばし放心。酔いも醒め
て、清水寺に向う。「出雲風土記」によれば用命天皇3年(587)尊隆上人によって開かれたという、山陰道屈指の天台密教の霊場である。旅の成功と無事を祈願。門前でおばあさんが梨を売っていた、かごにいっぱい入れて売っているので、今食べながら行きたいと言うと一つだけ取り出して皮をむいてくれた。この美味さ、汁がしたたり落ちる、おばあちやんにこれ美味いわ、と言うと満足そうに、そうじゃろうの返事。腹ごしらえもできたし、さて最後の目的地島根県との県境鳥取県西伯郡淀江町に行くぞ〜。
ここはかの有名な「上淀廃寺」のあるところ。途中「天の真名井」の案内板、一体何だろうと思いながら看板についていくとそれは、日本名水100選の一つ。村の突き当たりの山合いから冷たくて澄みきった水がこんこんと涌き出ていた。夫婦づれが5Lぐらい入るポリタンクを5〜6個もってきて満タンにしていた。私はなんせ急なこと天然の腹タンクに満タン、ほんまにうまいの〜。・・・ゲップ
なんかすごく豊かになった感じ。そこから10分山の中腹、日本海が見渡せる絶好の位置に廃寺跡がある。暑い日差しなのに、下から吹き上げてくる風はまさに至福のいたり。ついにここまできたか・・・・感傷にひたってる場合ではない、調査調査。山の下に「淀江町歴史民俗資料館」があり、廃寺の出土物が展示されている。KANTA感激!発掘当時新聞で連日連夜報道されていた壁画の現物が目の前にずらっと並んでいる。しかも私一人しかいない、一人きりで堪能できるなんて。この気持ちわかるかな?もしあなたが、「モナリザ」の展示会に行って一人きりで思う存分鑑賞できたとしたら、感激しません?管理のおじさんに思わずありがとうと言って退室した。道を挟んで向い側の小高い丘が岩屋古墳、向山4号墳、長者ケ平古墳と連なり、更にその向こう側に「伯耆古代の丘公園」がある。この一帯はまさに古墳の宝庫である。公園は古代を再現して子供達にも親しんでもらおうということか金かけてるな〜。仕事を終えた後の充実感と、安堵感のようなものが、公園を楽しくさせている。
9号線を又松江方向に戻り、皆生温泉で一つ風呂でも入って汽車待ちをするか。ところがどっこい皆生温泉は海水浴場でもあるので、車びっしり、芋の子びっしり、海岸でしばし目の保養だけして早々に米子に向う。愛車カローラ18時30分返却予約の為19:21分発やくも9号まで駅ビル食堂でカツカレーとスーパードライ大生で1時間もたす。ちと酔ったかな、改札のお兄さんに乗るホームを聞いたのに反対ホームに階段を上がっていると、さっきのお兄さんが改札業務を放棄して走って追いかけてきてくれました。「岡山ですね、岡山ですね」と何度も確認してくれました。これ大阪だったら間違い無く出雲大社でもう一泊だろう。米子の恩義をあとにしてまた喫煙車に乗る。でも今は、お盆のど真ん中、列車はがらがら、車掌さんは、どこでも空いてる所に座ってくださいとのこと、やれやれ。3分遅れで岡山に、もともと8分の乗り継ぎ時間なのに、なんで遅れるの。必死に走る。ふと横を見ると一見してそれ風の強面のお兄さんも一緒にはしる。学生時代、北海道旅行で、まだ青函連絡船のあったころその乗り換えの時に数百人が一斉にはしりだす、私はなにがなんだかわからんままに走ったが、船底のいい場所を確保する為とわかって力がぬけた。今回はちと事情が違う。21:31分最終ひかり384は音もなく大阪へ。(そうそう、これも学生時代、ユーレイロパスという乗り放題の切符でヨーロッパを汽車で回った時、何が驚いたかというと、列車は音も無くホームに入り、音もなく出て行く、構内放送もなければ、車内放送もない、自分の責任でやりなさいということかなと解釈して関心したことを思いだした。)家にたどりついたのは日付変更前。さっそく友の開催するHPに報告。
「KANTA只今出雲より生還」・・・・・・・・おしまい