はじめに
考古学との出会い・・・・考古学なんて何の興味も知識も無かったのですが、ある日何気なく訪れた奈良県立橿原考古学研究所付属博物館での体験(タイムスリップ)が、「時間の広がり」をめ ざめさせてくれました。まったく別の世界と思っていた千数百年前の人々の生活の一遍が非常に身近に感じられたのです。私達の祖先がどんな言葉を話し、どんな物を食べていたのか、何を考え、なにを感じていたのか、全てが新鮮で、興味深いものでした。其のうちよくよく考えると私達のこの国の生い立ちがもうひとつよく判っていないなと思いました。いろいろ調べると、調べれば調べるほどやっぱりよく判っていない事柄がいっぱい有りました。その代表が「邪馬台国」論争だとおもいます。あの有名な「仁徳天皇陵」も本当の被葬者はまだ決定されていないのです。ほとんどの「陵」の被葬者が不明なのです。(立ち入りが出来ないことも原因かもしれませんが。)山科の天智天皇の陵、ヒノ隅の天武・持統天皇の合祀陵などが確定している数少ない例だとおもいます。出会いは、別れの始じめいといいますが、この出会いは一生別れられないものとなってしまいました。ま、これも何かの縁、気長に、気楽にボチボチ、中途半端にやっていきます。ふるーい事に少しでも興味の有る人は私と一緒にタイムスリップしませんか。
kantaの一言
考古学の世界ではいろんな意見や主張、推理が活発にかわさてます。
そのことは裏返して言うなら、実証できうるものが、まだまだ、なかなか発掘、発見されていないと言うことでもあります。そのことが、我々アマチュア考古学フアンにとっては、幸か不幸か自由にものが言える環境でもあります。
また、松本清張や黒岩重吾などの素晴らしい推理とそれにまつわる小説が生まれてくるともおもわれます。私自身の推理を、お話すると一番の関心事はやはり国家の形成、成立過程。ですし、だれが、どこで、どのように成立させていったのか。どんな言葉で、どんな感性で、
どんな生活をしていたのか、
そしてその過程にあるいろんな不明、疑問点の解明なのですが、最初に結論めいたことをあげておきますので今後こんなことをめぐってワイワイガヤガヤ論争にご参加いただければ幸いです。国家形成の関心事は「邪馬台国だと思いますが、基本的に私自身は「九州説」 ですし「部分的騎馬民族説」をとっています。其の根拠は非常に通俗的で一般的なこと(銅鐸.銅矛や、魏書の距離問題、鏡問題など)ですが、それよりもさきほど述べました、「部分的騎馬民族説」(こんな言葉はないと思われますが)から、騎馬民族かどうかは判りませんが、比較的小単位の土着集団が点在している島に、有る日突然(それは、調度インデアンが点在して生活している南米や北米が、圧倒的な高度文明と武力で侵入されたように)烈火のごとく、上陸、制圧していったと、推測しています。
特に私の場合は、古代朝鮮に非常に関心がありまして上記の問題を考えると、古代朝鮮と倭の関係をぬきには考えられないと思っています。古代朝鮮でも特に「加悦近辺」に興味があります。数年前に加悦地方と北九州に有る博物館巡りをしましたが、その出土品の類似性には本当におどろきました。国境の無い時代には人々の交流は想像以上に活発だったのでしようね。
「九州説」に関しては、最近畿内における数々の重要発掘で少しおされ気味なのですが、あの箸墓を中心とし巻向遺跡やその周辺の古墳群の解明如何でどうなっていくのでしょね。 余談になりますが、あの三輪山を背景にした箸墓を観る風景を、司馬遼太郎ならどのように表現しているのでしょうね。どなたかご存知なら教えてください。
それはともかく、箸墓及びその周辺のどれかが「卑弥呼」あるいは、「壱与」なのか本当に考古学フアンならずともワクワクするような問題点です。 それと最近の関心・注目地域は「出雲」です。古代大和王朝の成立過程でどのようにかかわったのか、それと「吉備」との関係はどうだったのか。吉備の巨大古墳群(数年前にレンタサイクルで調査?済み)や出雲の特殊古墳・大量の鉄器などは何を物語るのでしょう。今松本清張がいれば何と言ったでしょうね。 近かじか「出雲」に調査?旅行したいと思っています。
ほかの関心地域として「近江」と「敦賀」を含む地域と「陸奥」を中心とした「奥羽」などがありますが何故なのか、何がか、についてはボチボチゆっくりいきましょう。このようにとりとめもなく書いてきましたが、問題提起ばかりだとお思いだと思います。そうなんです、とにかく判らないことばかりなんです。「倭の五王とはだれだ」「卑弥呼の鏡はどうなんだ」「大和の古墳群と河内の古墳群との関係は」「椿井大塚古墳や黒塚古墳の鏡の意味するもの」「古代朝鮮内部の対立と倭内部での対立の影響はどうなんだ」「倭と中国大陸との関係」など、ちょつと考えるだけでもたくさんでてきますね。いいですね、当分楽しめそうですね。こんなことを考えながら、考古学への探求がすすんでいきます。
日々報道される新しい発見や発掘に自分なりに推理、推測を加えて楽しんでいます。