「国生みの島 淡路島」に行く

古事記の冒頭にイザナギ・イザナミが天の沼鉾で下界をかき回すと塩の雫が固まってできたのが日本最初の島「おのころ島」が出来たと書かれている。(「おのころ島」は淡路島の南端の沼島とも加太の友ヶ島など諸説多くある)




淡路島は旧石器時代(氷河時代)は陸続きだったのでナウマンゾウなどが存在し、それを仕留めたり解体したりする石器(約15000年前)が出土しているという。
その後気温が上がりドングリなどの木の実が豊富になり大型動物から小動物になり魚介類、鯨、イルカなども食べられたようだ。人々は集落に定住し多様な土器を作り始める。
2千数百年前弥生前期に水田稲作が伝わり青銅器や鉄器なども出土している。

まさに年輪の重なりのようなロマンの島に今回は主に銅鐸の出土地を中心に橿原考古の会から訪れた。集合場所は新大阪駅。
当初はバス2台の予定が申込者多数で3台になった。
東京支部から27名 名古屋支部からも35名も参加総勢130名
補助席でも了承という会員も多くいた

連休の間とあって道路もパーキングも大混雑



1.南あわじ市滝川記念美術館 「玉青館」~「松帆(まつほ)銅鐸パネル」




(出土現場の砂山)NETより

平成27年4月に南あわじ市内の石材店の砂山から7口の銅鐸が発見された
この砂の採集地が松帆だったので「松帆銅鐸」と名付けられた
大小の銅鐸が入れ子状態だったので2ヶで1組だったと思われる
さらに各銅鐸に舌が伴っている
銅鐸と舌が同時発見は鳥取県泊銅鐸 南あわじ市の慶野中ノ御堂銅鐸しかない
見つかった舌は8ヶなので他にもっと有ったと想像される

3・4号銅鐸の頭頂部に紐が確認されたというのも初めての事である
放射性炭素年代測定によると紀元前4世紀~2世紀の埋蔵だと判明

2・4号銅鐸と慶野中ノ御堂銅鐸
3号銅鐸と加茂岩倉27号銅鐸
5号銅鐸と荒神谷6号銅鐸が同范関係にある
(同范だからといって出土地域に関係があるとは限らない)
(以上 橿考研 北井利幸先生)



この玉青館は本来日本南画の直原玉青の南画を収集 展示する美術館



(同館パンフレットより)

館内はパネル以外は一切撮影禁止
「松帆銅鐸」が出土して大騒ぎになり急遽展示公開することになり適当な場所がないので
この館の片隅でやったらしい
今はこのパネルだけ
現物の公開は発掘当初だけでその後はない(調査研究中につき?)



淡路島は三州瓦と石州瓦と並ぶ3大瓦の産地
橋も瓦で装飾



玉青館から少し海岸寄り北側は瓦工場が多い

2.古津路銅剣出土地

昭和41年に13本 昭和44年に1本合計14本の銅剣が
南あわじ市大字松帆古津で水田工事中に発見される
播磨灘に面する砂丘に埋納していたと思われる(同北井)





銅鐸といい銅剣といいその埋蔵方が加茂岩倉や荒神谷と比較するのも面白い
かたや山の斜面にかたや砂丘の砂地に
銅剣などはなぜ纏めて埋葬するのだろうか




3.慶野中ノ御堂銅鐸出土跡



播磨灘沿いの松原から少し山手から舌を伴う銅鐸が発見された
1686年大水の際に8口発見されたとされるが現在1口(重要文化財)のみ
日光寺が所蔵するとのこと(同北井)

現在淡路島で確認されている銅鐸は最大26口
その多くは銅鐸の最も古い型式に位置づけられる菱環紐式1式からその次の型式である
外縁付紐式1式に分類されるものである
出土・発見地は三原平野に集中している
この地域からは14本の銅剣も見つかっている(同北井)

4.洲本市立淡路文化資料館

淡路島の中心洲本市に来た




大浜海岸からすぐそばの山の頂に洲本城の天守閣の様なものが見える




(城跡にコンクリートで模造されている
徒歩20分

その山の麓に市立の博物館がある
元旅館買い取ったとか
3階建てで3階は先の直原玉青記念館
2階は淡路島の美術と文芸の展示
1階は淡路人形浄瑠璃と歴史展示館となっている
ここも撮影禁止の上展示は「慶野銅鐸」一点のみ
*慶野銅鐸~播磨灘を臨む海岸地帯で出土した外縁付紐
(がいえんつきちゅう)式
銅鐸の一つ。弥生時代の銅鐸祭祀に海の民が携わったことを想像させる(同館パンフ)



5.五斗長垣内遺跡(ごっさかいと)

島の北部まで戻ってきた
難しい名前の遺跡であるパンフによると
『史跡五
斗長垣内遺跡は、弥生時代後期(1~2世紀頃)の鉄器づくりを行ったムラです。
23棟発見された竪穴建造跡の内、12棟が鍛冶工房建物であることがわかりました。
鉄がとても大切であった弥生時代にあって、発見された建物の半数以上が鍛冶工房であり、
しかもそれが同じ場所で100年以上も続いていた他にあまり例をみない遺跡です。
淡路島で発見された〝鍛冶屋のムラ”は鉄器の時代に移り変わる社会の様子を知ることができるとても重要な遺跡です。
平成24年9月19日に国史跡に指定されました。





五斗長垣内遺跡の動画youtube(クリック)


帰路の途中の明石大橋のたもと淡路サービスエリアから対岸の
「五色塚古墳」を見る



神戸市垂水区五色山に有り 千壺古墳とも呼ばれている
古墳時代前期の兵庫県最大の全長194mの前方後円墳
周濠を巡らしており三段築葺石は総数223万個で淡路産



(NETより)

明石海峡に面した場所に立地し海上交通の要衝を占めている
これに関した有力者の墓と想像できる(同北井)

帰りの渋滞もひどかったが大阪駅19時に着く
東京組はこれから大変だ
お疲れ様