東大寺を歩く


橿原考古学の鶴見泰寿先生のご案内で東大寺周辺を炎天下歩く
近鉄奈良駅から歩いて10分。奈良県庁に200人ほどの集団





地図の順番通りに歩く

東大寺西大門跡~東大寺の正門であり平城宮朱雀門に繋がる
1573年大風で倒壊 以後再建されていない





西塔院跡~現状では基壇の高まりが未整備の状態で残される。
基壇の一部が発掘調査され、一辺23、8mの凝灰岩製壇正積基壇を検出している




勧進所経庫(重文)・戒壇院(県指定文化財)~
勧進所経庫は東大寺境内に6つある校倉のひとつ。もとは正倉院の西方にあったものを移築した。


   
その前にあるのが戒壇院



755年に鑑真が受戒をするために創建された。
修二会時の準備や稽古もここでおこなわれる

中門跡~現状では道路の左右に礎石が3つずつ並んでいる。
1606年の焼失し「焼門」とも呼ばれる



転害門(国宝)~奈良時代。三間一戸八脚門、切妻造。創建期東大寺の門で唯一現存するもの。



正倉院宝庫(国宝)~奈良時代。一重高床式寄棟造。
南北に北倉(校倉)中倉(板倉)南倉(校倉)と呼ばれ
北倉には聖武天皇の遺品を 中倉と南倉には東大寺に関わる品々がおさめられている



(この時期これが一番近くでの正倉院の写真)

講堂跡・僧坊跡~大仏殿のすぐ後ろが僧侶の勉強室や寮やその横には大きな食堂施設
があった。これは寮制の学校だな。

正倉院宝物の「殿堂平面図」により創建当初の詳細な建物配置を知ることができる
講堂は礎石が原位置のまま並んでいる



東西および北側に配置されてた三面僧房も西側が発掘調査で確認されている

大仏殿(国宝)~745年建立の開始。1709年の再建当時の財政事情で大仏殿11間の間口
が7間に縮小された。大きさだけではなく廻廊も前半分で後ろは石垣となっている



食堂院跡~現在は礎石を残すのみである。付属施設の食殿・大炊殿の一部が発掘調査されている



大仏殿東斜め後方にある。寺関係者の駐車場あたりか。

大湯屋(重文)~土間・前室・浴室・釜場とあり前室には1197年鋳造の鉄湯舟がある



鐘楼(国宝)~鎌倉時代に栄西が再建。梵鐘は創建期のもの。
重量26.3屯「奈良太郎」とよばれている



念仏堂(重文)~1237年建立。もとは地蔵堂といい本尊は地蔵菩薩坐像である



四月堂(重文)~1681年建立。三位堂とも呼ばれ本尊は十一面観音。



閼伽井屋(重文)・仏餉屋・湯屋・参龍所・食堂~閼伽井屋は修二会時の「お水」の井戸がある。
この修二会は越前の若狭神宮寺の若狭井と一対となしており、「つれずれkantaその2 42段」を
参照。



仏餉屋・湯屋・参龍所・食堂は修二会時のお供えを作ったり11人の練行僧が入浴したり修二会の期間中11人は参龍所で過ごす。





二月堂(国宝)~湯屋・仏餉屋から石段を上がると2月堂に繋がっている
この石段を松明を抱えた練行僧が駆け上がる。



二月堂は1667年修二会の火で出火したがすぐに再建される
752年から始まったとされ五穀豊穣・万民快楽を祈願されるものとする
本尊は十一面観音だが練行僧もみることができない絶対秘仏とされている。

法華堂北門(重文)~1240年造。法華堂には廻廊と南門もあったという。
法華堂手水屋(重文)~1335年法華堂衆によって法会や集合、宿坊に用いられた。

    


法華堂(国宝)~前部入母屋造、後部寄棟造。正堂と礼堂の双堂形式。



屋根が重なったように見える
本尊は不空羂索観音。羂索堂とも又3月に法華会が行われるので3月堂ともいう。

法華堂経庫(重文)~奈良時代。もとは正倉院の西方にあったものを江戸時代に移築した。

手向山八幡宮(重文)~794年東大寺を建立するにあたって宇佐八幡より東大寺の守護神として勧請された。
八幡宮からの分社では第一号である。当初は平城宮南の梨原宮に鎮座し、後東大寺大仏殿南方の鏡池付近に移座したが、
その後の戦火で焼失、1250年に北条時頼が現在地に再建した。



手向山八幡神宮宝庫(重文)~奈良時代。もとは上司の油倉であったが、江戸時代に現在地に移築した


東塔院跡~奈良時代の七重塔は治承四年に焼失、1227年に復興されるが1362年落雷で焼失。
発掘調査で1227年の基壇が検出されている




最近の調査で1227年の基壇の下から創建時の基壇も発見され
それをもとに10数年後には東塔院の再建も計画されているとか
㉓南大門(国宝)~1199重源により再建された。発掘調査により現在の基壇(鎌倉時代)
の下から凝灰岩製の奈良時代の基壇が検出され、当初から現在の位置の門であったと推測される



35度の炎天下鶴見先生ありがとうございました。
大仏殿から近鉄奈良駅まではまさに「国際通り」
白・黒・黄色・仏教・キリスト教・イスラム教なんでもあり観光はいいですね



鹿も煎餅食べる元気もなく木陰でグッタリ



なのに、奈良国立博物館の横を通ると上記開催中
足を引きずりながら一回り
結構難解な出し物だが人が多い

展示物を見ていると30歳前後のお母さんが5歳前後の息子に中国語で
源信の書物を読んで聞かせている
たぶん台湾人親子だろう
現在の中国人にはあの漢字は読めないと思う

「極楽と地獄」は子供がきいても興味があったらしく
熱心に真剣にきいていた。

漢文をあんなにすらすら読めるのはやはり母国語なんだ。