百二十四段 京都周辺( 亀岡・湯の花温泉・嵐山トロッコ)を巡る
近くにあるのになかなか行けてない所は結構ある
』
保津川くだりは何度か乗ったことがあるが
亀岡市内や亀山城址・湯の花温泉・嵐山トロッコは初めてである
トロッコの指定席予約はNETで1か月前である
予約のことを忘れていて気が付けばこの時期12月初めまで全席満席(一部18時頃の下りは空いているが夜の紅葉は・・・)
ところが今日の15時30分発の下り亀岡発だけが空いていた たぶんキャンセルだろう
それで元の計画では上りにトロッコ帰りは亀岡から電車としていたが 逆コースになった
朝の内は好天だったが天気予報では曇り時々雨となっている
京都駅から30分JR亀岡駅まで行く 通勤・通学と観光が重なり電車はモーニングラッシュ
嵯峨嵐山駅で観光客がどっと降りたのでガランとなった。

京都の奥座敷といわれる湯の花温泉の町
盆地なので霧が多く寒暖が激しく 霧も多く湿気が多いので住宅地としては人気がなかった
近年京都市内まで30分とあって急速に発展している
駅には明智光秀の像や駅前には「京都サンガ」の本拠地となるサッカー場が建設中である

来年のNHK大河ドラマの主人公が明智光秀とあって亀岡の町は今色めきたっている

駅の真正面に亀山城址がある(亀岡城とも言う 町自体が元は亀山だったが伊勢に亀山が有るので明治になって亀岡に改名したという)
亀山城址に入るには「大本教」の本部の売店に行って記名してパンフレットと説明を受けて散策する
記帳には愛知とか結構遠くからの住所もある
叔父さんが親切に説明をしてくれる







城は明治に完全に壊されたが石垣などは再現されている
「大本さん」のパンフには
『丹波亀山城は 天正5年(1577年)頃 織田信長公の命を受けた明智光秀公が 丹波攻略の拠点として築城した
本能寺の変後 豊臣政権下では その重要性から城内や城下町の整備がなされ ついで江戸時代に入り 幕府が西国大名に
命じ 天下普請により近世城郭として大修復がなされた
しかし300年余り続いた丹波亀山城も明治初頭の廃城令を受け 天守はもとより すべてが払い下げられ多くの遺構や石垣
までもが切り売りされ各地へと散っていった』
大正8年(1919年)亀岡出身の「大本教」の教祖出口王仁三郎は城址を買い取り信徒を動員し地中から残った石を掘り出し
上の写真のように積み上げたという
現在見学できるのは赤線の所のみ しかしこの時期紅葉が鮮やかである






石垣は穴太積み
城址を出て観光地図に従って歩く
次に行く湯の花温泉旅館「烟河(けぶりかわ)」は亀岡駅11時30分に迎えに来る
それまで2時間市内を観光する




観光地図にもある赤い道を行けば迷うことはない








地図の観光コースの途中で駅に向かう 2時間ではとても周れない
駅前広場には温泉旅館の送迎車が数台泊止まっている
「烟河」の迎えが無い
絶対どこかが間違っている 5分前になったら他の旅館の運転手に尋ねてみよう
「烟河の車はここですね」「いやいやここは南口で烟河は北口だよ」と教えてくれる
あわてて階段を駆け上り陸橋を渡り北口に行く
客が乗り終えようとしていた
湯の花温泉は駅からバスで20分
路線バスもあるが1~2時間に一本でどうしてもトロッコの15時30分と合わない
いろいろ検索するとこの「烟河」の送迎バスならぴったり計画に合う
「烟河」の昼食ビッフェは11時30分からと13時30分から
それで11時30分のに予約して1時間ほどビュッフェを楽しみ13時から温泉に入り
14時の送行バスで亀岡駅に戻る
バスは30名ほどで満席だった
お風呂に入ってご飯を食べて駅まで送り迎えしてもらって2300円(65歳以上は2100円)だって・・・・

広々として奇麗な旅館
門前に北陸海岸の砂で明智光秀



豆乳鍋の出汁が絶品

(上2枚の写真はNETより)
温泉は29.4℃のナトリウム泉 60℃まで加温して加水と書いてあった
1時間はゆっくり入れた
14時に駅までのバスが出る
亀岡駅で30分待つ
城崎温泉からの特急や快速列車が行き交う
トロッコ亀岡の始発は1つ京都よりの「馬堀駅」から京都よりに歩いて5分の所にある


聴こえてくるのはほとんど中国語である














嵐山「ほしのや」
トロッコに乗ってる時間は30分足らず

嵯峨駅で降りて嵐山をぶらぶらしょうと思っていたが人と疲れで終点の嵐山駅まで来た
ここでもこれから亀岡まで乗る人と交差する
乗ってみて気が付いたが席はABCDと空いていたAとDは窓側だろう
それでAを指定したが亀岡からの下りはA席はほとんど崖側
後半少しA席から川筋の写真が撮れる
逆のコースならA席が正解だろう
今日のミニ旅行の唯一のミスかも
しかし外人さんのバイタリティーには感心
帰る途中東福寺や伏見稲荷の駅にもバックパックをかついだ多くの外人が乗り降りする
この時期17時は暗い
いい旅でした
了